冬のおつかい
長袖を着ていないと震えてしまうほど寒い。空には雲ひとつなく少し風が強かった。
カフェひだまりは、5時には閉店する。店の外にCLOSEという看板を出して、私は店内で掃除をしていた。
私はカフェひだまりのオーナーをしている。ひだまりカフェは、お客様にひだまりのような心地良さを感じていただけますようにと願ってつけたらしい。
なぜ、20代でカフェのオーナーなんかになったのかと不思議に思う方もいるだろう。実際は、そう変な話でもない。
亡くなった祖母が、経営していてそれを引き継いだのだ。
祖母は小さい頃からこの店に遊びに来るといつも優しく接してくれた。
「彩ちゃん。よく来たねえ」
「オレンジジュースでものんでいくかい?」
家で、嫌なことがあった時。親と大喧嘩して泣いて駆け込んだこともあったっけ?
そんな暖かい思い出が私にとってはかけがえのないものだったから、私の夢はみんなを癒すことが出来る喫茶店で働くことだった。
祖母が働いていた頃から、看板娘として働いていたので常連客も暖かく客足は途絶えることは無い。
そのおかげでまだまだ、お客さまを笑顔にできているかは分からないけど何とかやっていけているのだ。
カラン……コロン……
入り口のベルが美しい音色を奏でた。
「いらっしゃいませ。すみませんが、本日は……」
ドアが開いて、ひょこっと顔を出したのは、髪をロングヘアにして、白いワンピースを着ている小学生位の女の子。不安そうに周りをキョロキョロしながらカウンターの方に歩いてきた。
ここまで来るのにどれくらいかかったのだろうか。手に握った紙幣にしわがついてしまっている。
「おばあちゃんに、お料理作って欲しいの」
握りしめていたお金を手渡して、か細い声で言われた。
小さな子に、今日は定休日だから出来ないと言うのもしのびなくて、しゃがんで目を合わせ事情を聞くことにした。
「今日は一人で来たの?」
「陽葵のおばあちゃん、元気がないの……だけど、ひだまりのお料理が大好きだっていつも言ってたから。プレゼントしたら元気になるかなって思ったの!」
なるほど。おばあちゃんは、多分体調が悪くなった。それで、この子が料理を買いに来たということか。それだとすると、おばあちゃん心配してないかな。
「お母さんとか、お父さん。心配してないかな?」
「お母さんとお父さん?いないよ。」
不思議そうにそう言われて、複雑な家庭環境なのかと思う。そうだとすると、おばあちゃんがどれだけ心配してるか不安になった。
「お名前と住所言えるかな?」
「陽葵はひまりだよ!住所?」
どうやら、子供だから住所は分からないらしい。
「家がどんなところか分かる?」
このままだと、家に帰してあげることも出来ないし、探偵では無いけど陽葵ちゃんからの話で家を推理してみよう。
「おうちはね、紅月ヶ丘にあるの」
そう言われたので、スマホでルートを検索したら車で20分ほどで行ける場所だったから。おばあちゃんのための料理を作って持って行ってあげることにした。
「じゃあ、お姉さんがお料理作って持って行ってあげるよ」
ここは、美味しい料理でも作って、陽葵ちゃんを家まで送ったあげよう。
「本当に!ありがとう」
野菜を刻んで、炒める。小松菜、人参、じゃがいも。ピーマン。米と一緒にコトコト煮て、味をつける。卵を1つ2つ落としたら、おじやの完成!
これだったら、体調の悪いお年寄りの方でも食べられるだろう。
お鍋を紙袋に入れて、車を出す。
「陽葵ちゃん、乗って。今からおうちに向かうから」
「うん!」
陽葵ちゃんは元気に返事をした。
車の中で、陽葵ちゃんは楽しげな歌を歌っていた。なんだか懐かしい感じがして曲のタイトルを聞いてみた。
「その歌なんて言う名前なの?」
「えーっとね、朝顔の約束だよ!」
たしか、私がこの子くらいの頃に流行っていたテレビアニメのオープニング曲だっただろうか。もしかしたら、お母さんが思い出の曲をを聞かせたかったのかもな、と少し懐かしく感じた。
そのうち、疲れて寝てしまったのか後ろは静かになった。
もう少しで着くから、このまま寝かせておいてもいいだろう。
目的地に着くと、そこには、家も建物さえなくてただ広い丘が広がっていた。本当にあっていたのかと後ろを振り向く。
そこには誰もいなかった。
おじやの入った紙袋をもって外に出る。
ちょうど冬だからか、椿の花が咲き誇っている。階段を登りきると見事な景色が拡がっている。遠くには、ぼんやりとした山々と少し薄暗くなり灯りをつけた家が見事な夜景を創り出していた。
黄昏時の逆光で2つ大きな岩があった。気になったから、スマホの光で照らしてみるとお墓が浮き上がってきた。そして思わず、背筋が冷えた。
目の前にあったお墓にはこう書かれていた。
ひとつは「平良陽葵」あの子の名前。
もうひとつは「平良雅子」
平良雅子さんは、おばあちゃんの同級生で親友で小さい頃にカフェひだまりで何度かあったことがある。
もしかしたら、それを覚えていた陽葵ちゃんがおばあちゃんのために料理を買いに来たのかもしれない。
私は、おじやの入ったお鍋を置いて静かに手を合わせた。
空は赤く染まり、くっきりとした影が丘の向こう側とこちら側をはっきりと分けていた。
「ありがとう」
陽葵ちゃんの楽しそうな声が、聞こえて来たような気がした。
後日、おばあちゃんの遺品を整理しているとひとつのノートを見つけた。
「カフェひだまりには閉店時間後に死者がやってきます。死者の未練をひだまりのようにつつんで解放すること。それがひだまりカフェのもうひとつの由来です。」
ひだまりカフェには時々死者のお客さんがやってくる。死者のお客さんまで、暖かく包んでしまえるような…おばあちゃんが作っていたカフェをこれからも続けて行けたらいいなとそう願った。