9. 庶民に搾取されるのが貴族のつとめDEATH!
痛車に乗って、この街に辿り着いたわ。
ところで、痛い車って何かしら?この車に描かれた魔法少女メルリが「痛い子」という設定なのかしら?痛い子の車?メルリの紙芝居は、ここワワンサキで見られるはずだ。リーザちゃんと一緒に見に行きましょう。
本来なら、3か月はかかるはずだった道のりは、痛車のお陰で、半日で完走出来てしまった。深夜になって、私達は首都ワワンサキに辿り着いた。
1万年も生きてきて、初めて女神なんて生き物に出会ったと思ったら、堕天使に痛車をもらって、たったの1日で首都まで来てしまった。ターマを出てから、私の人生は激動ね。
私達は、食事をするために、ギンロウ街にやって来た。ここは首都ワワンサキでも、一番の繁華街だ。こんな時間なのに、営業しているお店が沢山ある。
食事は、最悪だった。
味もひどいし、サービスも悪かった。こんなお店、ターマにあったら1週間ももたないわね。ダモン王国のような観光地であれば、こういう店も珍しくはないのだろうけど。1度きりのお客さんを騙せばいいのだから。2度と来るか、と思われても平気だものね。でも、ワワンサキは、事情が違う。
「随分と、ぼったくりでしたね」
「私達を貴族だと思ったのでしょうね。幼女二人がメイドを連れているものね」
「この国の庶民は、貴族からお金を取り放題というのは、本当だったんですね」
そうなのだ、この国には、庶民が貴族を搾取する不思議な構造がある。私とアンが居たターマ市も、同じ連合王国ではあるけれど、元々は別の国だし、ターマ山を越えない限り交流することが出来ないので、未だに連合王国のやり方には染まっていない。ターマは近いうちに独立することになるだろう。あまりにも文化が違い過ぎる。
夜は車中泊というのをやった。
リーザちゃんに教えてもらった。痛車の中で寝泊まりするのだ。海岸近くの公園まで行って痛車を停めて、その中で眠った。
寝ずの番をしてくれたアンには悪いけど、リーザちゃんと狭い車内で並んで寝るチャンスを逃す私ではない。リーザちゃんの話に出て来る、日本という異世界は、おもしろいことするのね。
夜が明けてから、近くの喫茶店へ行った。住宅街の中にあるので、ここは庶民向けだ。昨夜と違っておいしい食事をいただいた。ビックリ料金をむしられたのは同じだけども。リーザちゃんは、あんこトーストが気に入ったようだ。痛車とメイドは、お店の人と他のお客さんを驚かせてしまった。
馬小屋付の家を確保しないとね。予定外の出費なので、補填する方法も考えないといけないわね。
朝食を済ませてから、銀行へ行った。ワワンサキ最大手のオエド銀行だ。口座を開設して、クレジットカードを作るためだ。
私はターマのナニワ銀行に口座があるけど、リーザちゃんは口座を持っていないし、私もワワンサキの銀行に口座があった方が便利だ。5か月後に入る学園には、9年も通うのだから。
ドラゴンコレクションの金貨は、150枚あった。私が、ターマから持ってきた金貨も同じ150枚。現金を下ろしたり振り込んだりするのは手数料が高いので、金貨で持って来た。これだけ持って来ても、エタナル学園の学費で消える。
「金貨の買取金額は、1枚44万円です。金貨150枚ですと、6千6百万円ですが、それでよろしいでしょうか」
「随分と値が上がっているわね?」
「はい、ダモン王国では革命をきっかけに内戦が続いていますし、近々ターマも独立すると噂になっておりますので」
どちらの戦争もワワンサキには直接関係は無い。でも、こういう時は、価値が大きく落ちる心配のない金に資産が集まる。その影響で金貨の値段が上がっているのだろう。
今、値が落ちているのはダモン王家発行の金貨だけだ。王家の滅亡が確かなものとなれば、ダモン金貨は、金としての価値だけになるのだから。王女亡命の噂があるから、暴落はしていないけれど。
「リーザちゃんは、どうする?ゴールドカードになってしまうのだけど」
「わし、カードはピンクがいいんじゃけど」
「ピンクゴールドもございますよ」
「ほぉう。サンプルある?見たいのじゃ」
リーザちゃんに説明していなかったな。6千万円を越える預金を一度に口座に入れると、無条件でゴールドカードが発行される。それは、この国の貴族になることを意味する。だから6千万円ぎりぎりにしたつもりだったのに、予想以上に金貨の値上がりが早かった。
そもそも、たったの6千万円で貴族扱いだなんて。ターマだったら半分以上が貴族になってしまうじゃないの。前は6億円以上だったのに。それだけ国が衰退しているということね。ターマが独立を目指すのは当然だわ。
この国の貴族になるなんて、お断りだわ。といって金貨のまま持っているのも危険だし。とりあえず、カードがないと、不動産の賃貸契約が面倒になるのだけど。
金貨の扱いは保留にしたままで、銀行は仮カードを発行してくれた。仮カードはピンクだったので、リーザちゃんは喜んでいる。
この国の貴族社会は少子高齢化で子供が貴重だ。リーザちゃんと私は、銀行にとっては、多少の無理を通してでも、新規口座を開設させたい上客ということなのだろう。どっちも貴族じゃないのにね。
仮カードを手に入れた私達は、不動産屋に行った。
仮カードでも、オエド銀行の保証があると見なされて保証金が不要になる。ナニワ銀行のカードではこれが出来ない。
痛車用の馬小屋がある物件を探したので、貴族用の物件になってしまった。家賃は高いけれど、リーザちゃんと一緒に暮らせるなら、それでいいわ。
リビングと、子供部屋がひとつ、寝室がひとつ、トイレと洗面。キッチンとお風呂はなし。広過ぎなくて、とてもいい。自然にリーザちゃんに近寄れる。いいわね。
キッチンとお風呂が無いのは、ターマと同じね。ターマでは、商売に専念するために、家事にかかる手間をお金で解決する。食事は外食、お風呂は銭湯、掃除や洗濯はメイドに任せる。ワワンサキでは、庶民が休みを増やすために、同じサービスを使う。ただし、その費用はすべて貴族持ちだ。
貴族が庶民を養っている、とも言えるけども。庶民が貴族を搾取する。ここはそういう国だ。
こんな国で、貴族になってはいけない。