8. ドラゴンなんか倒しても一円にもならないわよ
「そうなの?よく分からないけど」
アンが言うには、森の奥に続く足跡があるらしいが。だとしたら、不自然だ。わしとメイドは、奥から進んで来た。ここから戻ってはいない。
「辿ってみましょう」
今度は、アンが先導して足跡を辿って行く。程なくして、わしが生まれた場所に出た。森の中で、丸くぽっかりと開けた場所。真ん中を小さな川が横切り、川のほとりに一本だけ広葉樹が生えている。人の手によって整備された公園にも見える。
川のほとりの木陰に、幼女が1人で座っている。銀髪が特徴的な、3歳くらいの幼女が、全裸で座っている。手に持った十字架のネックレスを日の光に翳して眺めている。不自然極まりない。
「そのネックレス、返して欲しいのじゃけど」
そのネックレスは、墓に眠っている王女のものだ。戻してやりたい。
「分かった…。あなた達ニンゲン?」
銀髪の幼女はネックレスを返してくれた。妙なことを聞かれているが、こいつも人間ではないのだろう。こんなところに、人間の3歳児が全裸で居られるわけがない。
「少なくとも私は、人間ですよ」
「…だったら、ついてきて」
「行きましょう」
この中で、アンだけは人間だ。わしは女神だし、クリームは1万6歳だから人間とは言い難い。我々は、銀髪幼女に続いて森の奥へと進んで行った。森の奥には洞窟があった。
洞窟を抜けると、ロストワールドみたいな空間に出た。周囲を高く切り立った崖にぐるっと囲まれた、野球場程度の広さの場所だ。山を麓から眺める限りでは、この様な構造物があるように見えなかった。ここは、人の目からは、うまく隠れているのだろう。もしかしたら、ここに来た人間は、アンが初めてなのかも。
中心付近に見える、巨大な樹が目立つ。
そして、猫。
樹の根元で、丸くなって猫が寝ている。とらじまの猫。日向で幸せそうに寝てる。背中に羽があるけど、猫だよな?
「ニンゲンを連れてきた。」
銀髪幼女が猫に伝える。
猫は、くあーっと大きくあくびをすると、ぐーっと伸びをした。猫だね。
ぺろんぺろんと前を舐めると、顔を洗う動作をした。猫だね。
すっとすました感じで座ると、じーっと、我々を見上げる。猫だよね?
みーっと目を閉じて開く動作をしたので、こっちも同じ動作を返す。猫だろ?
「ニンゲン…。ちょっと違うけど…。まあ、いいか。」
猫じゃないかも。人間の言葉をしゃべった。
「そこにいるドラゴンの幼体の世話は任せた。ぼくはもうおしまいなので。」
は?
「じゃあ、あとはよろしくね。そこの樹になっている生命の実を持って行っていいよ。ドラゴンが成体になるには1000年はかかるからね。ああ、でも君には必要ないのかな…」
そう言って、再び丸くなって目を閉じると、やがて光に包まれて、ほわほわほわっと消えていった。
何が起こったの?
「これは、ドラゴンの代替わりというやつかしら?」
クリームの言っていることが答えなのだろうか。じゃあ、今の猫は?
「ドラゴンね。そこの幼体が当代のドラゴンというわけよ」
え、あれがドラゴンなの?
そして、銀髪幼女はドラゴンの幼体?
「ドラゴンを退治したけど、証明するものがないから、1円にもならないわね」
これは、ドラゴンを退治したことになるのじゃろうかあ?わしってドラゴンスレイヤー?違うじゃろうな。
「生命の実、これがそうなんですか?」
巨大な樹に、ひとつだけ赤い実がなっている。アンが、無造作にもぎ取った。
「アン、食べたら?」
「それは、ご命令ですか」
「いやならいいけど。明日には腐るわよ」
1万年生きてきたクリームは、自分と同じ時を生きる仲間が欲しいに違いない。今なら、わしが居るのか。悪魔セリカは2000年前の話をしていた。女神であるわしも、数千年の単位で付き合えるはずだ。
アンにも主人の気持ちが分かるのだろう、少し迷ったが、手で綺麗に真っ二つに割ると、生命の実を食べた。すごい握力だなあ。すぱっと割れている。
「半分は、姉さんのお墓にお供えします」
「これ」
銀髪幼女型ドラゴンが、何処からか革袋を持ってきた。中には金貨が詰まっている。
「これは、ドラゴンのコレクションね?」
「あげる…。ここ…いけない…」
ドラゴンの幼体は、おしゃべりが、苦手みたいだ。女神と違って、辞書がプリインストールされていないのかも。
「リーザの飼育係を探しに来たのに、私達が、ドラゴンの飼育係になってしまったわね」
これでよかったのじゃろうか?
王女様に十字架のネックレスを返し、お墓に生命の実をお供えした。
夕陽を浴びて輝く短剣が綺麗だった。やはり、伝説の聖剣に見えた。