3. 君は天使を見たか?
「異世界に着いたら、すぐに幼女を拾って下さい。それが女神なので。後は、状況をキャッチアップして、能動的に動いて下さい」
メイドのミーは、この世界に転生する直前に、天使からそう指示されたそうだ。
もっともらしい事を言っているように聞こえるが、ただの丸投げだ。勝手にやれと言っておいて、作法が違うと怒り出す。どこにでも居る無能なクズの仕事だ。こんなクズに導かれる人間共が哀れだ。
乗り心地の悪い馬車に、ぐったりした頃合い、宿場町に着いた。入口の町案内図によると、ここは、オタマ市のナマタ村である。
町並みには、統一感というものがまるでない。レンガ造りの建物があれば木造建築もある。どういう進化を辿るとこうなるのか。記憶の中にある、現代日本のようだ。
まずは、馬車を処分するため、中古車センターのようなところへ行く。
この世界の馬車はリセールバリューが高いので、乗り合い馬車の無い区間は、こうやって馬車を転売して凌ぐそうだ。
出発地のターマ市での購入金額よりも、遥かに高く売れたそうだ。山を越えた奇跡の馬車としての評価が加味されたそうだ。
転売利益も出るから、用が済んだら処分する、というのは分かる。
しかし、もっと快適な馬車を買って、ゴールまで一気に進む方が、効率が良いと思う。
縦ロール達は商人なので、別の計算があるのだろうが。
今夜は、ここに宿泊するので、宿を探しつつ町を散策する。
宿場町なので宿が当然多いが、飲食店も多い。団子屋まである。
団子屋の「もちもちおもっち」と書かれた幟を眺めて、今更ながらに気付く。
日本語。
思えば、クリーム達とも日本語で会話している。自身の記憶にある、異世界の言語と同じだ。私には都合が良いが、疑問は残る。
神社があった。
赤い鳥居の隙間から見える境内では、巫女さんが掃除をしている。こういう光景も、異世界の現代日本と共通している。
「あら、この神社、エタナル教なんじゃない?、ここに祭られているのは、リーザなのよ。お参りしていきましょう」
私の名の引用元であるリーザは、エタナル教という宗教の祭神なんだな。
クリームの提案に従い参拝をする。
巫女さんは、手を繋いで歩く幼女二人を微笑ましく見つめるだけ。私が女神だと気付いている様子はない。やはり、私の見た目は人間の幼女でしかないようだ。
何を願おうか?同僚である女神に、面倒な頼み事をするのは気が引ける。この世界の食事が、おいしいものでありますように、と願っておいた。
おみくじもひいた。
小吉だった。女神への忖度は無いらしい。
小吉
方角:西
旅立ち:よい
金運:かなりよい
出会い:とてもよい
ラッキーアイテム:熊
おみくじを見た縦ロール幼女クリームに、ワワンサキまで一緒に行かない?と誘われた。そう言うからには、ワワンサキはここから西なのだろう。クリームは、これはきっと運命の出会い、などと言って浮かれている。
どうせ行くあても無いのだ、しばらくは縦ロール達を頼らせてもらおう。
次に、「閉店セール」の幟の立つ、衣料品店に入る。異世界では、衣料品店は常に閉店セールをしているが、この世界もそうなのだろうか。
女児の服装を選ぶ知識が無いので、メイドのミーとクリームに任せる。
パンツと、服を数着、靴などを購入。レジで、死体から強奪した金貨を出すと、断られた。
「お釣りのお金が足りないからごめんね」
金貨は、結構な価値である事が伺える。異世界だと、一枚四十万円程度だ。この世界でも同じ程度なのだろうか。
老舗の温泉旅館だという宿に泊まることになった。熊肉の買取額の方が宿泊費よりも遥かに上だった。
畳敷きの八畳間。ここに大人二人と幼女二人で泊まる。障子を開けると縁側に似た空間がある。もしかして、記憶にあるのは異世界ではなくこの世界なのだろうか?
部屋に通してくれた中居さんがお茶を入れてくれた。まんじゅうと一緒にいただく。
「どちらから、来られたんですか?」
「ターマ市よ」
「山を越えられたんですか?それは大変でしたね」
ターマから山を越えて来た宿泊客は相当に珍しいのだろう。中古車センターの店員同様、かなり驚いている。
「どちらまで行かれるんですか?」
「首都ワワンサキよ。学校に入るの」
「もしかして、エタナル学園ですか?」
「よく分かったわね?」
「あそこなら、オタマ山を越えてまで行く価値がありますからね」
縦ロール達は、越えてきた山をターマ山と言っていたけど、女将さんはオタマ山だと言う。
山の反対側で呼び名が変わるというのは、それだけ山を越えた交流が無いという事だろう。
「食事は今準備中ですので。お風呂に入られたらよろしいかと。露天風呂は、うちの自慢ですよ」
記憶の中にあるのが、異世界なのかどうか分からなくなってきた。私の中で、異世界がゲシュタルト崩壊を起こした。