12. 働くか人類を滅ぼすか選びなさい
堕天使達は、つるぺた具合まで、そっくりだったわ。おしりの痣が少し違うみたいだけど、まじまじと見るわけにもいかないわよね。
このマンションの1階には、定食屋だけでなく、お風呂まであった。源泉かけ流しの温泉。お湯が黒いことだけは、ワワンサキもターマと同じ、ダモンとも同じ。お湯の色みたいに、国境なんてなければ、良かったのにね。
「堕天使は、話が長くなるくせがあってね…、ごめんね。重要なことから伝えておこうか。縦ロールが膝に乗せている女神様は、2代目のリーザ様だよ。偶然にも、同じ名前を名乗っているところが、リーザ様たる由縁だと言える」
この堕天使は、暁だったかしら。お湯で髪がぺったりしているから、区別がつかないわ。まあ、どうでもいいのだけど。今の私は、湯舟の中で膝に乗せたリーザちゃんを支えるのに必死だ。湯舟の中ならなんとかなるかと思ったけど、無理だったわ。アンに預けましょうか。
「2代目ということは、先代は引退したのかしら?女神は世襲制なのね。落語家みたいだわ」
「そうだね。先代は、引退してニンゲンに帰化したらしいよ。多分、ダモンに居るんじゃないかと思うけど。あの国は、リーザ様を守護神として崇めているからね。王族は、リーザ様の子孫だという伝承もあるしね」
ダモンの王女様は、ドラゴンをも倒すという。その人間離れした能力は、女神リーザの血をひいているからという伝承がある。王女様は代々の記憶と経験を引き継いでいるから、強いのだとも言われている。1万年間鍛え続けているのだから、ドラゴンより強くなるのは当然だ、とは如何にもダモンらしい考え方よね。もしそうなら私にだってドラゴンが倒せるはずなのだけれど。私は、6歳児のまま身体能力はまったく向上していない。
「子孫伝承は、まったくのデタラメだよ。我々堕天使もそうだけど、女神様も、魔女や天使の連中も、地上にいる間は、ニンゲンと同じ体をしているけど、生殖能力だけは無いからね、繁殖するのは無理だ」
「それ以外は、ニンゲンと同じ体なの?」
「そうだね。むしろニンゲンよりもひ弱かもね。他にもうひとつ違いがあってね。それは異世界の知識を持って生まれてくることさ」
「それは僕にもある。天使も同じだ」
このハナってポニーテールの子は、天使の幼体なのだという。私は彼女を知っている。ワワンサキの大天使と呼ばれ、その名前はターマ山すら越えて、ターマ市にまで轟いている。6歳でオエド銀行に丁稚として入り、17歳で頭取になった怪物。
オエド銀行に行った時も、玄関脇のロビーで寝ているところを見た。「頭取は、いつも仕方ないですね」と言われながら、受付の行員が毛布をかけていた。見た目が6歳児なので驚いた。大天使の二つ名の通りに、天使なのだと知って、もっと驚いた。
1万年も生きてきた私は、今まで一度も、こんな生物達に会ったことはないのに。ターマ山を越えた途端に、女神様を拾い、堕天使と十字路と取引をし、ドラゴンの保護者になって、天使と出会った。すっかり人生に飽きてしまっていたけれど、もっと楽しくやっていけそうだわ。すべては、リーザちゃんのお陰なんだという気がする。こんなに愉快なリーザちゃんは手離せない。洗脳してでも逃げ出さないようにしないと。
そういえば、リーザちゃんが言っていた、ファンタジー動物まんが祭りって何かしら?そんな神話があるなら読んでみたいのだけど。
「我々堕天使は、その知識を元に、お金を稼いでいるんだよ。地上で暮らすには、お金がいるからね」
「異世界発明無双しておるんじゃな?何を作ったのじゃ、あの痛車じゃろうか?」
リーザちゃんが、またよく分からない事を言い出した。リーザちゃんにも、ここに居る堕天使達や天使同様に、異世界の記憶があるのだったっけ。
「半導体と、コイルだよ」
暁だったか、黄昏だったかが、そう言って左手をじゃんけんみたいな形にした。うまく出来ないのか、ぐきっていった。
「フレミングのつもりじゃろうか?その形は、おいなりさんなんじゃけど」
私には理解ができない話になってきた。つまり、どういうことなのだろうか?
「…。簡単に言うと、照明があるだろ?あれは、僕たちの知識をもとに、ワワンサキの職人が作ったLEDだね。LEDは半導体なんだよ。発電するモーターはコイル。最近だとニャンブー線の開発もしたね」
「鉄道があるんじゃろか?蒸気機関じゃのうて?」
「うん。リニア誘電モーターを使った、リニアモーターカーだよ。異世界基準だと、300年分以上の技術革新だね。蒸気機関は複雑だろう?モーターの原理はシンプルだからね。知識だけがあって、それを作った経験の無い我々には、複雑な構造のものは無理。技術的飛躍が起こるのも仕方ない」
私に理解できたのは、こいつらが市場を独占する製品を何個も持っているという事だ。莫大な資産を持っているのではないだろうか。
「我々は、もう働く必要もなく、暮らしていけるんだよ。これ以上は、ニンゲン達の進化に介入することはしない」
「はぁー、ええのう。わしも養ってもらいたいのじゃ」
「残念ながら、それは無理だよ。堕天使は、代償がない取引をしない。こうやって情報を与えるのは構わないけど、お金を与えることはできない。たとえ、リーザ様の頼みでもね」
「むぅ…。わしは働きたくないのじゃ…」
働きたくないなんて、この国では絶対の禁句で、庶民ですら口にしないのに。リーザちゃんを教育するのは大変だわ。
「気持ちは分かるけど、遊んで暮らすのは、ほどほどにして欲しいな。7日目に人類を滅ぼさないで…」
「見た目は6歳児なんだから、学校に通えばいいじゃないか。働きたくないなら、学ぶんだね。僕だって、そうしたいけど、全財産没収されちゃったからなあ…」
ハナという天使の子が言う通りだ。私達が、やるべきはそれだ。ワワンサキの大天使を巻き込んで学校へ行く段取りをつけよう。貴族にはならずに、だ。