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恋の巻その八   それぞれの想い

 その後モーガンは死体を処理して埋めて墓を作った。そこへカンナがやってくる時間はもう夜になるというのに、こんな時間にどうしたのだろう? モーガンはそう思ったがいつも通り笑顔で受け入れる。

「やあ! こんな時間にどうしたんだい? アレクの様子を見に来たのかい?」

やはりこの笑顔は苦手だとカンナは思った……そして血塗れのモーガンを見てギョッとしてしまった。

「あなたどうしたのその姿⁉ 血塗れじゃない? もしかして怪我でもしてるの?」

心配そうにするカンナにモーガンは笑顔で答える。

「いやあ、返り血ってやつだよ。僕は全然大丈夫! 無傷だから安心してくれたまえ。」

 無傷と聞いても心配にはなるものでカンナは何があったのか聞いてみると、モーガンはすんなり話してくれた……奴隷商からの襲撃を受け、それをモーガンが打ち倒した。簡単に言えばそんな内容だった。しかし辺りを見渡してみても襲撃者の姿はない……あるのは謎の墓があるだけだ。

「このお墓は?」

 そう聞くとモーガンはさも当たり前かのように「襲撃者の墓だよ?」と答える。ん? なんだかこの男の感覚おかしい感じがするぞ? そんなこと笑顔で言うものだろうか……? どこか違和感を感じたカンナはこう言った。

「あなたどうして笑っていられるの? 人を一人殺したんでしょ? 普通の感覚なら罪悪感に苛まれたり頭がおかしくなることだってあるわよ……そんな中あなたは笑っている。それもあなたの笑顔でいる理由の一つなのかしら?」

そう問われモーガンは押し黙ってから一言こう言った。

「あはは、それも僕の一部なのかもしれませんね。僕はね……昔……子供の頃にね、妹を亡くしているんだ。それは貴族の馬車の前に飛び出してしまった妹が無礼を働いたとしてその場で斬り捨てられたんだよ……僕はね、何もできずにただ黙ってみていることしか出来なかった。お兄ちゃん助けて……という言葉も何の力も持たない子供の僕には、どうすることも出来なかったし……両親も笑顔を失った。僕に出来ることと言えば笑う事で家庭に笑顔を届けることしか出来なかったんですよ……だから僕は笑顔で居ることが義務付けられてしまったんです」

聞いている分には同情の余地はある。しかしだ、こんな状況の中でも笑顔で居ることは不自然極まりない……不気味と言ってしまっても過言ではないかもしれない。

「モーガン、あなたねえ……他人の命を奪っておいて、笑っているのはおかしなことよ。過去を忘れることや消し去ることが出来ないのはわかってる。しかも親の顔色を窺って生きてきて癖になっていることも理解できるわ……でもね、こんな状況で笑っているあなたは不自然よ。すっごく不自然‼」

 カンナの反応にモーガンはハハハと笑いながら言った。

「不自然かあ、今までは誰にもそんなことは言われなかったし……武勲を上げた時にはみんなが嬉しそうにしてくれたになあ。参ったな……こんな時どんな顔したらいいのかわからないや……」

不自然な笑みを浮かべ星空の下で穴を埋めていく、そこにはきっと襲撃者の死体が埋められているのだろう。月明りはモーガンとカンナを煌々と照らし、モーガンは黙々と作業し続けた……自分の役割と葛藤を胸に秘め、カンナは作業が終わるまでモーガンを眺め続けた。その間二人はずっと無言だった。


 翌朝、孤児院に泊まったカンナはアレクの隣で目を覚ますと……アレクは安心した表情で眠っていた。ここに居ればモーガンが守ってくれる。そういう面ではアレクにとって安全な場所と言えるだろう。

 ただ気掛かりなのはモーガンの昨日の発言だ……妹さんを殺されてしまったという話は、カンナにとっては理解したくても出来ないものだった。カンナは肉親を殺された経験など無いのだ。理解できなくて当たり前の事である。ましてや殺人を犯したこともないのだから理解しろという方が到底無茶な話である。

「昨日は散々だったわね……」

 一人呟くとアレクの頭を撫でてやる。「うーん……」と寝返りを打つと、剥がれたシーツを掛けなおす。アレクはむにゃむにゃ言いながらまた眠ったようだった。

笑顔で墓堀りをするモーガンを思い出しながら、考えていた……肉親を奪われる辛さ、そして親の顔色を窺って生きることの生きづらさ、貴族への憎しみ、数えれば切りが無いほどの精神的負担を抱えているのだろう。それを隠すための笑顔——————それは親に売春をさせられたカンナも理解は出来た。親の顔色を窺っていた頃を思い出すだけで嫌気がさす……あの頃は地獄だと思っていた環境も今では遠い過去、しかし決して消えてくれない過去でもある。

その過去が未だにカンナを苦しめているのが事実、悪夢を見て目が覚めるなんてこともしばしばあるのだ。安眠することが出来ない環境下に居たカンナは気が付いた時にはぐっすり眠ることが出来なくなっていたのだ。

カンナはどんなに泣いても、どんなに叫んでも、誰も助けに来てくれない事を知っている……今までの経験上そういうもので他人が口を出してくることなど皆無だったのだ。児童相談所などの存在は知らず、どこに助けを求めたらいいのかもわからない状態で生き抜いてきた。

カンナ自身がこんな状態なのに正直アレクやモーガンを救うなどということは、想像し難かった……状況を変えてあげることは出来るかもしれない。しかし、精神的な部分でサポートできるかどうかはお手上げであった。気持ちを理解しようとすることはできるが、受けてきた人にしかわからない想いというものがある。それは百人いれば百通りあるだろう……それをわかった気になってサポートするのは何かが違う気がする。

だからこそカンナは悩んでいた……自分の生い立ちを持ち出すつもりは無い、だがそれならばどうやって二人を救えば良いのだろうか? 頭の中はぐちゃぐちゃで全て放り出してしまいたい気持ちになるが、それは得策とは言い難いのでやめた。

何が一番の最善策か? 何が悪手か……それを考えて行動しなくては。アレクを起こさないように静かに食堂まで向かうと、モーガンはもう起きて朝ごはんの準備をしている。シスターと院長も一緒だ。湯気の向こうに居るモーガンは相も変わらずニコニコしている。

こうやって見ていると働き者のイイ男なのだが、どうもあの不自然な笑みを見ると昨夜の事を思い出してしまい……何とも言えない気持ちになるのだ。

「おはようございます。カンナさん。」

すると院長が声を掛けてくれた。モーガンに対してまじまじと見つめ過ぎただろうか?

「おはようございます。今日もいいお天気ですね……モーガンさんはいつもこんな早くから働いていらっしゃるんですか? もう少し休んでいても良いと思ったのですが……昨日の事もありますし」

 院長は困った顔でこそっと話す。聞かれたら困るような事なのだろうな。

「昨日はビックリしましたよ……急に襲撃されたものだから、シスターは人質に取られるし、モーガンさんは襲撃者と戦うことになるし、相手の方も亡くなってしまって……アレクくんには見せてはいけないものを見せてしまいました。せっかくカンナさんがアレクくんを連れて来てくれたというのに、きっとカンナさんには不安にさせてしまいましたよね……」

 ここにはモーガンが居るそういう面では安心しているのだが、精神面のケアが必要になりそうだ……アレクは強くなりたいのか、貴族に復讐したいのかわからないが剣術を習い始める始末。おネエさんは心配です。とか、カンナは心の中で思っていた。

「まだアレクは寝ていますから、昨日の事もあるでしょうしゆっくり寝かせてあげてください……もしかしたら彼の中で精神的なショックを受けているかもしれないですし、そこはケアしてあげてください」

 そうカンナは告げると院長がこう言った。

「それはもちろんです。アレクくんには最大限注意して見守らせていただきます……ただ、精神的なストレスは時間の経過が大切だと思っているのですが……アレクくんには焦りがありますから、なんと言ったらいいか……生き急いでいる感が否めないんですよ。きっとそこには復讐というものがあったり、奴隷商の下で沢山の苦労をしてきたことが原因でしょうから……」

 院長のいう事はもっともだ……アレクにはストレスが酷くのしかかっている。それをケアしてあげられることが出来るのは信頼を得ているカンナとモーガンの二人くらいだろう。院長やシスターにはまだ信頼を得られてはいないだろうから、じっくりと時間を掛けて関係性を構築してもらいたいものである。

「ごもっともだと思います。アレクにはまだまだ時間があるのですから、ゆっくりと時間を掛けて心の傷を無くしていけると良いのですが……でも、あの子は今復讐に憑りつかれています。だからきっと剣術を学びたいと言い出したのでしょう。今はそれが気休めになると思いますが……本気で復讐を考えた時は何としても止めなくてはですね」

 それにしてもモーガンが慕われているのは、きっとアレクと同じように心の傷があるからだろうか? 昨日聞いた話では妹さんを貴族に殺されたという話だった……その復讐の念は未だに燻っているのだろうか? 言い方は悪いが不気味な……いや、不自然な笑みというのが正しいだろうかそれをいつも浮かべているのは違和感でしかない。

「アレクくんの事は私たちもしっかり見守っていくのでご安心ください。復習なんてこと思いつかないくらいに楽しい毎日を送らせていけば、いつかはそういった想いも消えてくれるでしょう」

 それはそうかもしれないが心の中で燻っている想いはそう簡単に消えてくれるものではない。モーガンがいい例だ……表面上隠すことはいくらでも出来てしまうのだから。

「さあさあ、朝ごはんにしましょうか! 子供たちを起こしてみんなで一緒に食べますよ! カンナさんもご一緒にどうぞ。食事は大勢で食べた方が楽しいですからね⁉」

 食事を一緒にと思っていたカンナには願ってもない提案だった。そこからは子供たちを起こすのを手伝うと食堂に皆集まる。皆で摂る食事は悪いものではなかった、アレクは隣にチョコンと座りカンナにばかり話しかけてくる……このままではいけないなぁ。他の子供たちと打ち解けてくれると嬉しいのだが、元が貴族の出だからかどこか見下している感は否めない……そんな身分なんて気にしなくても良いというのに。すると、どこからか男の子の声がした。

「なあなあ、アレク? アレクは本当は貴族なんだろ? 何でここに来たんだ? ここは孤児院だから親が居ない子供たちばかりだぞ⁉ アレクの親もいなくなっちゃったのか?」

 子供が故の残酷な一言……アレクはその一言を聞き固まってしまう。

「アレクはね……ご両親を亡くされているのよ。だからみんなも仲良くしてくれるかしら? ほら、アレクもみんなにご挨拶しましょ?」

 この行動がアレクにとってのプライドのようなものを傷つけたようで、アレクは反抗的な目をしてこう言った。

「僕はこいつらと同じなんかじゃない⁉ 僕は元とはいえ貴族だったんだ! その僕が平民の親が居ない子供たちと同じなわけないじゃないか⁉ 僕はこんなみすぼらしい格好をするような人間じゃない‼ いつか復讐を果たして、貴族に返り咲くんだ‼」

 その表情は険しく怒りを孕んでいた。アレクの中で何かが砕ける音がする……するとストンと椅子に座りまたブツブツと何かを呟いている。この子の精神状態は思っているよりもずっと良くないようだ。独り言、怒り、反抗的な態度、自分を素直に受け入れてくれる人にはそういった姿を見せない——————モーガンの前ではそういう素振りは見せなかったのに、今回は相当頭に血が上ったのか食事中だというのにあの発言だ。

「コラっ!今は食事中だよ。静かに食べないか⁉」

 モーガンの一声にビクッとしてしまうアレク。本当は臆病なのかもしれない……貴族の出ということで気丈に振舞っているかもしれないが、そういう所は隠せていない。

 そのまま朝食は静かな食事となった。


 子供たちは庭先で遊びアレクとモーガンの二人は剣の稽古をしていた。遠巻きに見ているとカンナはこの二人が一緒に居ても平気なのだろうか? もしかしたら悪い影響を与える可能性も考えられる……しかしだ、同じような境遇の二人が仲良くすることによって良い影響を与える可能性もある。二人の関係性次第では良薬にもなるし、毒にもなるという事だ。

 追いかけっこする子や、洗濯物やシーツを干している子、砂遊びをしている子、それぞれ二十人くらいだろうか? この人数を三人で見ているのだから孤児院というものは大変だなぁ……と、感じるのだが。アレクの下にもチビちゃんがついて棒切れを振り回している。ここだけ見ればとても微笑ましい光景なのだがなぁと思いながら「はあっ……」と深いため息をついた。

「どうしたんですか? そんな深いため息なんてついて……何か悩み事ですか?」

様子を窺っていたモーガンが話し掛けると、まさか本人に向かってあなたとアレクの様子が気になって出掛けられません! などと、いくらカンナと言えども言えはしないのだ。

「まあ、いろいろ思うところがあって……ね。なかなかここを離れるわけにはいかないかなぁ?って」

とりあえず口からでまかせを言う。

「アレクの事なら大丈夫ですよ……襲撃者が来ても僕が追い返しますから‼」

 力強く放たれたその言葉がなんだか強がりのような感じがして虚しささえ感じる。

「そう? じゃあ、ここはあなたに任せるわね。ワタシは行くべきところへ向かうとするわ——————」

 そう言って立ち上がると孤児院を後にした……向かった先はというと『居酒屋 トム』である。

「やっぱりワタシの憩いの場はここだわぁ。ここの空気は美味しいわね……いつも通りの空気が流れてるわ」

 そう言っていつもの席に座ろうとすると、隣の席に待ち受けるように座っていた。いつものように席をポンポンされるとそこに座る。

「来た来た! もー、あれから大変だったんだよ⁉任された海賊風の男をどうするか……凄い悩んだんだから⁉」

 昨日の苦労を包み隠さず話すクリスに向かってカンナは言った。

「それで? その後はどうしたのよ? 衛兵に突き出したの?」

素朴な疑問にクリスはこう答える。

「そんな勿体ない事しないよ⁉ 今はアタシの借りてる倉庫に隠して、閉じ込めてるよアスターが監視をしてるから安心して! こんな状況だからね……手札は沢山あった方が良いと思って‼」

 機転を利かせたクリスとアスターに称賛を……ここまでやってくれるとは正直思っていなかった。衛兵に突き出して終わり……そんなもんだと思っていた。だが二人はしっかりと今後の事も考えて行動してくれた。こんな時は仲間って良いなって思う。

「さすがね……ワタシの考えをしっかりと汲み取ってくれるなんて、正直そこまでしてくれるとは思わなかったわ。ありがとう! あの時は頭に来ちゃってすぐに門番のところに行っちゃったから、これからどうしようか算段を練っていたのよ」

困り顔で言うとクリスはニッコリと微笑み、したり顔で言った。

「お客さーん……アタシが何年冒険者してると思ってるんですかぁ? こういう時にどうしたら一番良いかなんて、も・ち・ろ・ん、知ってますよう」

 ニヤニヤしながらゴマをすってくるクリスにカンナが答える。

「クリスー、アンタも悪い女ねぇ……将来ロクな死に方しないわよ」

 二人はクスクスと笑い合うと、一転して真剣な表情に変わる。二人はピッタリとくっつき、これからの事を話し合う。

「でさぁ、とりあえずだよ? アタシたちの目的はこの悪事を大っぴらにすること……で、合ってる?」

キリッとした表情は緊張感を生み出す。

「そうね。きっとこの裏には第二王子のジェラルドが関わっているはずよ……目標はエドワルド・ダービッツ侯爵なんてチンケな相手じゃないわ。ジェラルドの首よ⁉」

ハッキリと言い放ったカンナはクリスと共にこの国を正す為に動き出すのであった。


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