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恋の巻その五   過去と自己投影

 かれこれ小一時間は話しただろうか? モーガンの自慢話はまだまだ尽きそうにない……。

「そろそろ読み聞かせも終わったのではないでしょうか?」

 話し続けるモーガンの腰を折ると、モーガンはまたもやニコリとして会話を中断した。

「いやあ、申し訳ない……話すことに夢中になっていたよ。読み聞かせはもう、とっくのとうに終わっていると思うから案内するよ!」

 とっくに終わってるんかい‼ と、心の中で突っ込むと後ろについて歩く。施設の中はとてもキレイで掃除が行き届いている……やるわね。カンナもだてに何年も一人暮らしをしていない。家事スキルは高いのだ……いつか役立つだろうと思って、料理教室にも通ったし、掃除は毎日欠かさずこなしていた。

「キレイな場所だね? 優秀なメイドさんでも居るのかなぁ?」

 アレクが口に出すと、モーガンが答えた。

「ここの掃除は孤児たちと僕で行っているんだ。子供たちは素直だし、隅々までキレイにしてくれるから大人顔負けの実力だよ。こうして家事をこなしたりして貴族の下なんかにメイドとして、時には執事見習いとして旅立っていくんだよ!まあ、食堂の下働きなんかにも奉公に出るんだけどね!」

 子供たちがこれほどキレイに出来るわけがない……モーガンが誰も見ていないところで見えない仕事をしているのだろう。さっきも草刈りをしていたし、この男は孤児院の為にどれだけ貢献しているのだろうか? 自分はもしこの世界にずっといると考えた時に、モーガンの様に弱いものに手を差し伸べられるだろうか?

「子供なのにしっかりしてるんですね……頭が下がります」

 カンナの言葉と共に現れた一人の子供が声を上げる。

「あ⁉ ハルク兄ちゃんだ! ボクたちと遊ぼうよ?」

 後から後から子供たちが続々現れる。相当モーガンは慕われているのだろう————子供たちは無邪気にハルクに抱き着いてくる。子供たちに囲まれ仲良さそうに相手をするモーガン。

「こらこら、今はお客さんの案内をしてるんだから後で遊ぼうな。ほら、みんなお外で遊んでおいで」

 そう促すモーガンに慈愛の精神を感じたカンナは、なんとなくだがモーガンに対しての見方が変わった……これだけ子供たちに慕われているのだ。そうなる為の努力というか、相応の行動をとって来たという事だろう。

「ハルク兄ちゃん絶対だよ! 遊んでくれないと泣くからな‼」

 半ば強制的に遊びに誘われるモーガンと子供たちを見守ると、微笑ましくてこちらも笑顔になりそうだ。アレクもニコニコしながら見守っていた。

 子供たちが外へ向かうのを見届けた後、モーガンは引き続き案内をしてくれた。そこでもニコニコしているモーガン、子供が好きなのだろうか? じゃないとこんな孤児院で仕事したりはしないか。

「子供たちに慕われているんですね?」

と、口から零れ出た言葉にアレクが答える。

「きっと子供は純粋だから良い人かどうかがわかるんだよ⁉」

さすがにそれは無いだろう……もし、そうなら誘拐事件とか殺人事件なんかが起きたりはしないだろう……悲しいことだが。

「良い人かどうかはわからないけど、子供たちと接するときはいつも笑顔で居られるように意識しているとか、全力で子供たちと遊んだりするっていう事が嬉しいんじゃないかな? きっとそういう面を見て認めてくれてるんじゃないかな?」

 つまりは日頃の行いが良いという事か……ますますわからなくなる。自慢話をしたかと思えば、こんな風に良い人のような一面もある……はじめは自信過剰で自慢話が好きな嫌な人かと思い込んでいた。だが、今となっては子供好きの良い人……本質がわからない。

「いつから孤児院で働いていらっしゃるのかしら? 信頼関係から見ると長く勤めていそうですけど?」

 子供たちみんなから信頼されることはとても難しい。その子の性格や人懐っこさもあるが、それを見極めてどう接するかが大切なのだ————そう考えると小学校の教員は大変なものがあるなと感じた。

「いやあ、実は孤児院の職員という訳ではなくてですねぇ……僕は完全なボランティアなんですよ。簡単に言えばお手伝いみたいなものです。僕なんかに何が出来るのかはまだまだ未熟なんでこれからの努力だと思いますけどね!」

 ボランティアとは恵まれない孤児の為に行動するところは男として尊敬に値するとは思う……しかも子供たちの信頼をしっかり得ているのだから大したものである。

「孤児院の経営は上手くいってるんですか?」

 下世話な話だが経営は大切だ……こうして受け入れても経営難では身も蓋もない。守りたいという想いだけではやっていけないのも事実、国からの補助金なんかもあるだろうが……それだけでやっていけるほどの国なのだろうか?

「んー……補助金もありますけど、僕の冒険者としての報酬も一部ですが寄付してますしね! 経営的には子供たちに心配を掛けなくて済む感じじゃないですか? 情けない話ですが、経営は院長に任せてるので……」

 なにも情けなく思う必要など無いだろうに———————むしろ誇って良いと思うくらいの事をしていると思うのだが、本人はきっと努力が足りないと思っているのだろう。

「もっと胸を張って良いと思います。ワタシにはそんなこと出来ないでしょうから……モーガンさんみたいに社会貢献されてる方は尊敬できますよ」

 すると奥まった部屋の前で立ち止まるモーガン。

「そうでしょうか? 僕みたいな若輩者が何か役に立とうと藻掻いているだけですよ。社会はそういうところを認めてくれる人って少ないじゃないですか……院長はいつも褒めてくれるから僕は尊敬してますね!」

 この人も社会というものに悩んでいるのか……自分の存在価値みたいなものを探し求めているのだろうか? カンナは突然バチコーンと頭を後ろから叩くと。

「痛いですよ……何するんですか?」

 と、ニコニコ笑いながら言ってくる。

「もっとあなたの本当の感情を表に出しなさい! 痛いならそんなニコニコしてないで嫌そうにしてても良いのよ⁉ ニコニコすることがあなたにとって当たり前になっているかもしれないけど、それは本当のあなたなの? ワタシには不自然に見えるわよ? 若いんだからもっと素直になりなさいな!」

 カンナにはとても不自然に見えたのだろう……後頭部に一撃ツッコミを入れるとともに放った言葉には、魂がこもっていてモーガンの心に刺さった。

「もっと素直に……でも、僕がこの世界で生きていく上でも笑顔で居ることは必要なことなんです。子供たちと接する時や、人と接するうえでどうしても必要だったんです。それでもあなたは僕が間違っていると思いますか?」

 縋るようにカンナに笑みを向け続けるモーガン……生きていく上でどうしても必要なものだったのか、捨てるに捨てられないものになっていたのかもしれない。

「笑顔っていうのはね、心がワクワクしたり、嬉しくなった時に自然とでるものよ……愛想笑いなんてしてても疲れるだけだから、およしなさいな。子供たちと接する時あなたは嬉しいのでしょう? だから笑顔になるでもワタシがツッコミを入れたってあなた嬉しいの? 頭を叩かれても嬉しい人間なんてマゾヒストくらいでしょ……? モーガンさんあなたそういう人なの?」

 どストレートに聞くカンナ、もじもじするモーガンを見て、もしかしたらその気があるのかもしれない⁉ そう思ったのも束の間。

「嬉しいわけではないですけど楽しい話題とかなら……叩かれても大丈夫ですかね? ささ、とりあえず中に入りましょう」

そう言ってモーガンは院長室のドアをノックする。コンコンコン、三度ノックすると中から「はーい」という声がする。

「モーガンです。お客様をお連れしました」

 ドアノブを回すとガチャっと静かにドアを開く。中には小柄なお年を召した老女が一人と、修道女のような格好の若い女性が立っていた。二人の後ろには聖女の像であろう像が置かれていた。

「こんなところにお客様なんて珍しいですね。今日はどういったご用件でしょうか?」

恐らく院長であろう老女が答える。

「こちらはかの魔王軍幹部の一人、アルバート・メヴィウスを倒したカンナです。ワタシも戦場に居ましたが、見かけただけで声は掛けれなかったので嬉しくなりましたよ」

 それを聞いて院長たち二人は驚く、まあ……そんな大層なものではないのだが。しかし、そう驚かれるほどのものなのだろうか? 確かに幹部の一人を倒したのは事実だが、それが弱かった可能性も否定できない——————ましてや剣なんてド素人のカンナに負けてしまったのだ。もしかしたら強い奴の陰で調子に乗っている金魚の糞だったのかもしれない。

「まあまあまあ!こんな所へ足を運んでくださるなんて、どういったご用件でしょうか? 私どもに出来ることはなんなりと……」

 遜る院長とそのお付きの修道女……こちらもそんなに偉いわけではないので、頭を下げ。

「今回はこの子、アレクの件で参った次第でございます。この子は元貴族の子供で奴隷商から逃げてきた子です……どうか保護してやってもらえないでしょうか?」

 奴隷商から逃げてきたというところからなんだか院長の顔が険しくなってきた。まあ、考えてみればそうか……奴隷商と事を構えることになるかもしれないのだ。

「奴隷商から逃げてきたのですか? それはそれは……よく生きていられましたね。もしかしたら暗殺者に狙われているかもしれませんよ? 奴隷商は欲深です……自分の利益にならない者は殺してしまおうというのが彼らの暗黙のルールです。その子を預かるには他の子供たちの危険も考えなくてはいけませんね……」

 そう言うと困り顔で考え込んでしまった。おそらくアレクが入ることで、自分はおろか他の者にまで危険が及ぶのを危惧しているのだろう。

「まあ、大丈夫じゃないですか? 僕もここに寝泊まりしてるんだし、何かあったら僕が退治してやりますよ‼」

 そう息巻いたのはモーガンだった——————彼はどの程度の実力なのだろうか? メヴィウスを倒した時には雑魚共の相手をしていたという事だが、雑魚兵相手に苦労しているようでは任せるのは心許ない。しかし、モーガンの口振りからすると普通よりは強いのだろう。

「ではモーガンお願いしますね……それにしてもどうして貴族の子供が奴隷商に? 貴族程裕福な方はこんな孤児院には無縁だと思うのですが……何があったのですか?」

 アレクに問いかける院長の顔は不思議そうな顔だった。

「実は僕の親は貴族だったのですが……とある貴族の手によって、没落してしまったんです。そして両親は殺され……生き残った僕も奴隷商に売られ、小児性愛者や男色家に弄ばれて逃げ出してきたところにカンナが助けてくれたんです。僕はいつかその貴族に復讐してやりたいんです‼」

 復讐というがそんな力があるものに簡単に復讐なんて出来やしないぞアレク! と、思ったが口には出さない……カンナも同じようにレイプされた経験や売春をさせられた経緯がある。だから憎む気持ちもわかるのだ……復讐したい気持ちもある。だからこそアレクに肩入れしてしまうのだ。

「復讐したい気持ちはわかりますが、復讐心に心を奪われてはいけませんよ。神様もそのようなことは望んでいないでしょうから……これからの自分の人生をしっかり考えた方が、どれほど役に立つか————」

 全くもってその通りだと思う。アレクはこれから自分がどうするのかという、分岐に立っているのだからそれに集中するのが良い。そうじゃなければ復讐心の鬼と化して何をしでかすかわからないのだ。

「復讐は諦めなさい……そういう輩はいずれ排除されるものよ。アレク、あなたが手を汚す必要なんてないの。だからこれからこの孤児院で、ゆっくりと未来のアレクがやりたいことを探しなさい」

 まるで聖母のような微笑みでカンナは返すと、アレクは戸惑うように言った。

「僕が復讐するのは悪い事なの? みんなで正しいことをしちゃいけないみたいに聞こえるんだけど……僕は父さんや母さんの仇を取りたいんだよ! エドワルドをやっつけて親の無実を証明したいんだ‼」

 アレクは力強くそう宣言する……そうは言うが、その後のアレクの人生はどうなるだろうか? 復讐を仮に果たせたとしても待っているのは、殺人を犯したという事実だけが残る————そうしたら、どうだろう?アレクに待っているのはきっと処刑だ。それだけは避けたいものだ。

「違うのアレク聞いて。あなたがするべきことは復讐なんかじゃないの! それは誰かがやってくれるから、あなたは自分の幸せを最優先していいの‼ そうじゃなきゃあなたは不幸になってしまうから、ワタシはアレクに不幸になってほしくはないの。だからこうして言っているのよ」

 必死になって説得するがアレクに届いているかは定かではない。むしろアレクは何かをブツブツと呟いている……うーん、あまりよろしくないなぁ。そんな時だった……モーガンが鶴の一声を上げる。

「じゃあ、僕が剣の使い方を教えてあげよう。そうしたら自分の身は自分で守れるし、何かあった時でもこまらないだろ? 何かに打ち込むことで、もしかしたら気が晴れるかもしれないしね!」

 思わぬ妙案に皆納得したのか、うんうんと頷いていた。

「えっ⁉ 剣を教えてくれるんですか⁉ 嬉しいです! 僕もまだ貴族だった頃剣術を習い始めたばかりだったんです‼」

 復讐のために剣を習うのは良くないが、モーガンの事だ……きっと、良いように向かう感じで進めてくれるだろう。

 カンナは思った、自分も何度父親に復讐しようと思ったことか……数えればきりがない程恨み続けている。ましてやアレクは赤の他人に両親を殺されたのだ……自分よりも憎悪する気持ちが強いのだろうな。そう思っていると、院長が話しかけてきた。

「この子には今は復讐心の塊になっています。子供たちと触れ合ったり、剣の稽古に集中したりといったことが必要かもしれませんね? 少し忘れさせてあげることが大事かもしれないです」

 そう語る院長にコクコクと頷くカンナ……二人は目配せをしながらモーガンにお願いすることにした。


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