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恋の巻その四  貴族と運命の出会い

 そして何日経っただろうか? 宿屋をとり、朝からトレーニングとしてランニングしていると朝靄の中で新聞配達の人とすれ違ったので。

「おはようございます。今日もお疲れ様です」

 一礼して通り過ぎると配達員の方も一礼していく、こういうコミュニケーションは大切だ。人と人との繋がりはいつの時代も大切にされてきたのだ。現代日本では希薄になってきているが、カンナはそこを重要視している……何故か? それはカンナの職業病ともいえるかもしれない。

 お客さんとの関わり合い、従業員との接し方、友達や家族との繋がり、それらはカンナにとってはどれも大切で手放し難いものである。それは母親からの教えもあり、カンナの周りに沢山の人が集まるように願っていたからだそうだ。

 だからカンナは礼節を重んじる……クリスと一緒に居る時は、馬鹿をやったりして楽しむことも出来てはいるが……周りから見たら無作法な連中だと思われても仕方ないところもある。しかし、カンナは一線は超えてはいない……人前では出来る限り醜態を晒すのは避けている。

 まあ、誰もがそうだろうが醜態を晒さないようにするのがマナーというところはある……人一倍気を使っているカンナは、例えばフラれた時……泣きじゃくったり、駄々を捏ねたりはしないとか。お酒を飲んだ時にへべれけになったり、とにかく人前でだらしない姿を晒したくはないのだ。

 要は一人だけで居るなら問題なくそういう表現を表に出すことは出来るのだ、周囲の目があることが重要で他人の目が気になってしまうところはある。

 挨拶を次々と交わし出会う人たちの印象をよくする。別に仲良くなってどうということは無いのだが、最低限のコミュニケーションは必要なものである。

「ふう、今日も沢山走ったわね。これから帰ってストレッチしましょう!」

 健全な肉体には健全な魂が宿る……カンナはその言葉を信じていて、一日に五キロほど走って一時間入念にストレッチをするのだ——————。

 そしてふと入り込んだ脇道にて、子供が倒れていた……。

「あら、大変⁉ どうしたの? 坊や? こんなところで倒れているなんて、何があったの?」

 少年は年の頃は十歳くらいで、すらりとした体つきをしている。セミロングで整えられた髪はどことなく育ちの良さを感じる。見たところ外傷は無さそうだが、何かの病気だろうか? 感染症ではないことを祈りつつ少年を抱き起すと端正な顔立ちをしていた……カンナはキレイな顔立ちをしているなぁ。とは思ったが小児性愛者ではないのでそれ以上の感情はわかなかった。

「うう……、誰ですか……?」

 意識を取り戻した少年に優しく話しかけるカンナ。

「ワタシはカンナ、冒険者をやってるのよ。坊やこんなところでどうしたの?」

 その言葉に少年は涙し、少しずつゆっくりと話し始めた。

「ボクは……アレク、近くの奴隷商から逃げてきたんだ……でもお腹が空いちゃって、もう力が出なくって倒れこんでいたんだ……そしたらお兄さんに声を掛けられて。」

 奴隷という言葉にカンナは震えだす、そう……カンナも遠い昔に親によって売春をさせられたことがあるのだ。それが女性というならいくらか傷は浅かったかもしれない……しかしそれは同性同士のまぐわい。理解できない事ばかりでとにかく辛かったという想いしかなかった……そう、言うなればこの世の地獄、そう表現してもおかしくはない。何とか震えを抑え込んでカンナは言った。

「お腹が空いているのね。それじゃあワタシについてきなさい……美味しいご飯をお腹いっぱい食べさせてあげるわ!」

 カンナの異変に気が付かなかったアレクは喜んでついてきた……『居酒屋 トム』は朝の六時から夜中の二時まで回転している。そろそろ開店時間だろう、そう思い歩き出すと通りの向こうから男が向かってくる。

 挨拶する間もなく男は襲い掛かって来た!

「何するのよ! 危ないじゃない⁉」

 そう言って襲い掛かって来た男の腕を後ろ手にして絞めあげる。イテテテテッ! と声を上げる男、いったい何者なのだろうか? 恨まれるようなことはした覚えはない。

「あなた何者なの? どうしてワタシたちを襲ってきたのよ?」

 そう言っている間にも腕を絞めあげると、男はすんなり白状した。

「イテテテ‼ 俺は奴隷商に頼まれただけで、そこのガキを連れ帰りに来ただけだよ! 頼むよ見逃してくれよ」

 奴隷商の使いという事かそれならばとカンナは腹に一撃パンチを入れると、男が気を失うのを見てから歩き出した。

「凄いや! さすが冒険者だね。お兄さん!」

 お兄さんと言われることに抵抗を覚えたカンナは。

「ワタシの名前はカンナよ。これからはカンナでいいわよ!」

 ほぼ無理矢理といってもいいほどの圧を掛けるカンナ……アレクはそれを気取ったのか、カンナと呼ぶようになった。素直でよろしい! カンナはそう思った。

 男を縛り上げ道端に放置すると、二人は『居酒屋 トム』に向かった。そこではアレクがご飯を頼むと、もの凄い勢いで食べ始める。

「あらあら————そんなに急いで食べなくても、誰も取らないからゆっくりお食べなさいな……。ああ、もう……こんなに汚して、ちゃんと口の周りをお拭きなさいな⁉」

 ガツガツと食べるアレクを静止して口を拭いてあげるカンナ。最早母親か歳の離れた姉弟の様になっている。

「いい? アレク。食べ方で育ちが知れてしまうものよ。だからゆっくりでいいから、キレイにお食べなさい」

 そう注意してみると意外や意外キレイに食べ始めた……もしかして本当は育ちが良かったのか? さっきのはただ単に、お腹が空きすぎてがっついてしまっただけなのだろうか?

「あら? アレク、あなた本当は良い育ちなの? キレイに食べられるじゃない?」

 褒めてあげると頭をなでなでしてあげるカンナ、アレクは満更でもなさそうに嬉しそうにしていた。この子は褒められて伸びる子なのね……と、カンナは感じた。

「実は僕の家は男爵家だったんだけど、魔王軍との繋がりを疑われて……父さんと母さんは処刑されてしまったんだ。何とか生き残った僕は奴隷として売られて……でも、父さんは決して魔王軍と繋がりなんてなかったし……カンナ、僕悔しいよ……」

 それはさぞ悔しかろう……親の仇はわかっているのだろうか? 自分に出来ることならその貴族を見つけ出して本当の事を吐かせてもいい。カンナは面倒見も良くこういう話には弱い性質だ。

「相手は誰なの? 名前はわかる?」

 仇討ちを成功させるには正確に相手の事を知る必要がある。そうすることで相手がどんな人物でどういう事をしているのかがわかる。わざわざ殺しなんて復讐を望む人間はそんなに多くはないと思う……心の底から死んでほしいと思う時もあるのだが、それをしても結局は自分が損をするだけ————簡単に言えば捕まって牢獄に入れられるのはカンナということになるのだ。そんな損な役回り誰が好き好んでやるものか⁉

「相手は忘れもしない……エドワルド・ダービッツ侯爵。あの男の事は忘れたくても忘れられないよ……親をあんな目に遭わせた相手だし、僕自身にも酷い目に遭わされたんだ! 貴族の男色家に犯されたり、強制労働をさせられたり……今までの僕の人生では味わったことのない恥辱を受けたよ」

 エドワルド・ダービッツ……注意しなくては。この国を裏で操っている可能性がある……表立ってあの王様が悪事に加担するとは思えない。あのこじんまりとした姿で悪行を働いていたら、もう誰の事も信じられなくなりそうだ。

「その貴族の事はワタシに任せて。こう見えてワタシ王様に顔が利くのよ?」

 これでも報奨金も貰った仲……簡単に帰されるとは思えない。とはいえ一度牢獄から追い出されている身だ……取り合ってくれない可能性も充分に考えられる。

「カンナって凄いんだね⁉ 王様に顔が利くなんてその辺の貴族よりも凄いじゃないか‼」

 そうしてやいのやいのとカンナはトラブルに巻き込まれていくのである……もちろん本人には自覚が無いのだが。


 カンナは食事を済ませると孤児院に向かった。何をするのかというとアレクを一時的に預かってもらうのである。大人の前でなら奴隷商といえども簡単には手は出せないと考えたのだ。

 カンナはアレクを連れ孤児院に向かうと、教会のような建物が目に留まる。

「やあ! 君はたしか魔王軍幹部のアルバート・メヴィウスを倒した……そう! カンナだ‼」

 やたら馴れ馴れしい感じで話しかけてきたのは、教会で草刈りをしている男だった……誰だっけ? この男。

「ええと、どちらさまでしたっけ?」

カンナは聞いてみると。

「魔王軍幹部は君の手によって落ちたが、雑魚共を抑え込んでいたのはこの僕……ハルク・モーガンだ‼ いやあ、あの時は助かったよ。僕一人では幹部までは手が届かなかったからね、はっはっは!」

 モーガンは鎌を片手にしゃがみながら笑った……この人はどういう人なのだろう? 鎌を片手に笑っていると危ない人に見えてくるのも不思議なものだ。見た目は金髪で短髪のがっしりした男だ。

「それはどうも……あの、院長さんはいらっしゃいますか?」

 あまり長く話していると自慢話が始まりそうな予感がしたので、早々に話を切り出す。が、モーガンは気にも留めない。

「院長かい? 院長は今書斎で子供たちに読み聞かせをしてるから、もう少し待つといいよ。その間は僕が話し相手になろうじゃないか!」

 親切心で言ってくれているのだろうが、なんだかすごく嫌な予感しかしない……。

「いえ、ワタシたちはワタシたちで時間を潰してますんで、大丈夫です」

 丁寧に断るとモーガンは言った。

「そんなに遠慮しなくたっていいよ!僕もちょうど一仕事終えたところなんだ‼僕の時間潰しに手を貸してくれよ。いいだろ?」

 仕方なく手近にあった切り株に座るとアレクも一緒に座り込む。モーガンは地面に腰を下ろし静かに話し始めた。

「いやあ、それにしても素晴らしい功績だったね。まさか僕以外に幹部を退けられる人間が居るとは思いもしなかったよ。ホント……世の中は広いねえ」

 遠くを眺めながら話し出すモーガン。どうして遠くを見つめているのだろうか? モーガンという人間は人の顔を見て話せない人なのだろうか? 様々な疑問が頭を駆け巡る。

「人と話す時はきちんと相手の顔を見んかい⁉」

バチコーンっ‼と、頭を叩くとアレクは驚きの表情だったがモーガンは何事もなかったかのように。

「いやあ、ごめんごめん。遠くを見るのが好きでね……僕はこの丘にある景色が好きなんだ」

と言って、こちらを見つめてくるとニコリと笑った。その表情をカンナは忘れられなくなる……それはカンナも今はまだ気づいていないのだった。


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