恋の巻その三 冷たい視線
カンナはその時牢獄に居た……不敬罪、そういう名目で投獄されている。あの後、散々暴れまわったカンナは十人近くの兵士に押さえつけられジェラルドを手放さざるをえなかった……引き離されたカンナとジェラルドは一旦大広間に呼び出されると王様は言った。
「約束通り報酬は倍支払おう、しかしだ……あんな戦い方は無茶にも程がある。いくら実力差があるとはいえ散々打ちのめされても前進を続けるなんて、無謀にも程がある……今後は控えるように。お主の力を持ってすれば、それくらい容易かろう?」
王様は威厳あるように意識しているのだろうが、その小さな体ではどう頑張っても背伸びした子供のように映ってしまう。情けない話ではあるが王様とて、そんな風に育とうと思って生きてきたわけではないのだ。
それにしても種が良かったのか畑が良かったのかわからないが、ジェラルドは結構な高身長でイケメン……何がどうなったらこんな子供がこの親から生まれるのだろうか? 当のジェラルドは目の前に二人兵士を配置し怯えながら隠れるように立っていた。
「ワタシはワタシなりのやり方で愛を伝えてるだけ。それがどういう表現方法でも誰にも関係ないし、迷惑は掛けてないと思うのだけど?」
胸を張って言うカンナにジェラルドは言った。
「剣での勝負中にあのような行為に及ぶとは不敬罪だ! その者を今すぐ捕らえろ⁉」
興奮するジェラルドに王様は言った。
「まあまあ、息子よ……落ち着くがよい。確かにこの者の行った行為は褒められたものではない。しかし、実力は折り紙付きじゃ。魔王軍との戦いで大きな戦力になってくれるだろう。ジェラルドのいう事も分かるが不敬罪というのは、行き過ぎではないか?」
王様に諫められたジェラルドだが、王様の言う事に耳を貸さない……こういうところがダメ男なのだ。が、そんなところもカンナには良く映ってしまう。
「しかし父上このような行為を許せば今後も同じような輩が増えますぞ! それでは威厳ある王家の名が泣きます‼ だからこの者は捕らえなくてはいけません⁉」
威厳ある王家か……家柄の違いは否めないものだ。これも叶わぬ恋か。そう思いながらカンナは観念した。
そして今に至るのである……王様はせめて減刑と言っていたおかげで、禁固二週間という刑が科せられたのである。カンナは身分の違いがこんなことになるとは思わなかった……悲しい現実から目を背けるわけにはいかない。現実に立ち向かいジェラルドを射止めたいという想いがある。
しかし、カンナとて性別は男性だが弱い面もある……それは人間誰しもが持ち得るもので、悲しいかなカンナも例に漏れなかった。
「あんなに嫌うことないじゃない…………。ワタシだってやりすぎちゃったかもしれないけど、愛があっての事なんだから、そのくらい理解してくれたっていいじゃない……」
カンナは少しだけ泣いてしまった。弱った心は折れやすい、カンナの心も今少しだけ叩かれてしまえば折れてしまうだろう。
シクシクと泣き続けるカンナに守衛が「うるさい! 静かにしろ‼」と窘められてしまう。この一言でカンナの中にあったものが折れてしまう————。
「なにようっ!みんなワタシの事なんて嫌いなんだわ……この世に必要とされていないのよ! 愛なんて要らねえよ夏だわ‼」
と、訳の分からないことを口走るほどにカンナは闇堕ちしていた。
「ワタシなんて……ワタシなんて、結局お金目当てか、利用しようっていうやつばかりじゃない⁉ 身体だけの関係なんて虚しいだけよ‼」
語弊のある物言いだが、あながち間違ってもいないのはこの国に利用されるという事を考えると……身体を利用されている身体の関係とも言えなくはない。
そうやって嘆き続けること三日目、メソメソメソメソと泣いているとその日目の前に看守がやって来た。
「お前はもういい! 頼むから出て行ってくれ⁉ そんなにメソメソ泣かれて、他の囚人からクレームが来てるんだ! 中には不気味過ぎて眠れやしないなんてのもあるんだ。夜な夜な泣くくらいなら出て行ってくれ!」
看守にそう言われては出て行くしかない—————仕方なく牢から出て階段を上ると、眩しい光が目に入ってくる……三日ぶりのシャバだ。そうしてそのまま大広間に連れていかれると、王様にこう言われた。
「毎晩毎晩、夜中にメソメソ泣く声が聞こえてきて不気味なんじゃよ……ワシは元から収監するつもりもなかったし、帰って良いぞ。報奨金はここで渡そう。」
あたりを見渡すがジェラルドの姿はない……きっと嫌われてしまったのだろう。姿も見せないとは相当嫌がられているのだろうな……。自分でも少しやりすぎてしまったと思う節もある。
報奨金をもらうと、ペイっと放り出されるように城から追い出された。
「はあ……結局こんなもんよね?孤独って嫌なものねぇ」
『居酒屋 トム』に戻るとクリスは昼間っから飲んでいた。昼間の居酒屋は閑散としていて人もまばらだった。まあ、冒険者は依頼をこなしてなんぼなのだろうから居ない方が普通だろう。
クリスはこちらに気が付くと大きく手を振ってくる……この娘は天真爛漫だなぁ。そう思っていると隣の席をポンポンと叩いて手招きする。ここに座れという事か、まあいいけど。
「おかえりー! 随分時間掛かってたね? お城で粗相しちゃった?」
粗相とは失礼な! 投獄されていただけ…………あれっ? 粗相してるじゃない⁉ 自分の行動を俯瞰できていなかった自分にガックリ来る。
「ちょっと第二王子に一目惚れしちゃって……ちょっとだけ……ちょっとだけなんだけど粗相をしちゃって……今日は反省のお酒だわ……。」
しょんぼりしながら言うと。
「え⁉ ホントに粗相しちゃったの⁉ よく無事に帰ってこれたね? 第二王子の話は、結構噂になってたけど……なんでも熱に侵されて今でもうなされているらしいよ? その原因がカンナだったって訳ね」
なぜか納得するクリス……カンナに対してどんなイメージを持っているのやら。しかしカンナも自分の行動が起こした事、故に言い返せないでいる。
「で? 恋愛体質なカンナはいったい何を第二王子にしたのかな? 話せる範囲でいいから話してごらんよ? 何かアドバイスできるかもしれないし……」
そう言われありのままを話したカンナは、机に突っ伏してビールを頼んだ。
「そっかあ、拒絶されたのかぁ。でも、第二王子に関してはあまりいいうわさを聞かないから……好きになってもすぐに終わって良かったのかもね? 第一王子が評判良いんだよねえ。かく言うアタシも第一王子が想い人ってわけ。カンナ? 好きになっちゃダメだよ? って言ってもカンナは自分を止められないか————」
そう言ってケラケラ笑うクリスはいつ見ても楽しそうにしている……この娘は何をするにも楽しそうにしている。こんなに人生を謳歌できているのは見習うべきところだとカンナは思った。
自分も結構奔放に生きてきているが、それでも息苦しい時も多分にあった————それでも自分で店を構え人を雇うところまで行けた。ナナちゃんは元気だろうか? 自分が居なくなって困ってはいないだろうか? きっとナナちゃんならば他の店に行っても仕事をこなせるように育ててはきた……ナナちゃんさえよければ、マジェスティックの責任者を任せても良いと思っていたのに今は自分が異世界に来てしまった。
「クリスは自分の楽しいが沢山あって良いわね……それはとても良い事よ。ワタシはいつも泣かされたり泣いてばかりだけど、クリスのそんな元気な姿に励まされてるのよ? こう見えて感謝してるんだから!」
いつの間にかクリスに対して信頼感を持っていたカンナは、こうして言葉にすることによって感謝を伝えることが大切だと思っている。だからこうやって言葉にして伝えるし、喜びも悲しみも分かち合っていこうという思考なのだ。
「うーん、でもさ一度きりの人生じゃない? 楽しんでなんぼでしょ⁉ アタシだって辛いことや悲しいことも沢山といえるかはわからないけど、そういう経験って誰にでもあるもんでしょ? だからさ、精一杯楽しんでおかなきゃね! でも感謝されるような事じゃないなぁ」
クリスの素直な気持ちにカンナは感銘を受けた! こんなに素直な娘に出会うのは初めてかもしれない……酸いも甘いも噛み分けてこの娘は自分というものを形成しているのだ。そういうクリスには敬意を持って接しようと思った。
そこに一組のパーティーがやってくる。
「お、報奨金をもらったカンナじゃねえか! おいおい、投獄されてたってマジか? ウケるんだけど……何やらかしたら式典で呼ばれてるのに、投獄されるんだよ⁉ マジウケるんだけど‼」
そう言ったのはいかにもパリピ風な冒険者で、あからさまにカンナをおちょくりに来ていた……別にカンナはそういう輩への対応は決めている。つまりは無視することだ。
「おいおい、無視すんなって……魔王軍と一緒に戦った仲じゃねえか? それとも報奨金貰ってお偉いさん気分ですかぁ? 幹部倒したからって調子乗ってんの? 凄いでちゅねぇ、ぼくちゃんエリートなの⁉ ってか? あっはっはっは!」
カンナは一瞬ムッとしたものの、グッと堪えるとクリスが立ち上がった。
「なんなの? アンタたち! カンナは一人で幹部を倒したんだよ? 感謝こそすれどそんな皮肉言うことないじゃない⁉ どうせカンナの報奨金目当てなんでしょ⁉ もしそうならとっとと消えてくれる?」
どうやらカンナが怒りだす前にクリスの逆鱗に触れてしまったようだ。
「おいおい。そんな冷たくするなよなぁ……こいつが幹部を倒したって言ったって、ただのゲイじゃねえか! そいつから奢ってもらったってクリス……お前さんにゃ迷惑掛けてないだろうが? それとも何か? 私たちはお友達同士だからやめてくださいってか? お涙頂戴だねえ……泣けて泣けて仕方がねえや‼」
完全におちょくっている……ゲイと言われることにはカンナは何とも思わないが、友達であることを馬鹿にされてはトサカにくるものがある。クリスとカンナは立ち上がるとクリスが言った。
「カンナがゲイだって別にいいじゃない⁉ アンタに迷惑掛けてないでしょ? それと同じようにアタシとカンナが仲良くしてたっていいじゃない? アタシはアンタたちみたいに、カンナを馬鹿にしたりしないし差別なんてしないんだから‼」
熱くなったクリスを見て逆にカンナは冷静になった。
「いいわよクリス……コイツらには理解できない世界なのよ。誰が悪いわけでもない、悪いとしたら世間が悪いだけ……まだまだワタシたちの考えに追いついていないだけよ」
そう言って席に着くと、クリスも座ってくれる。こういうところはホントに素直で良いと思う。クリスの良いところは素直でカラッとした明るさがあるところだ。
「なんだよ! お前ら‼ 仲良しこよしって、子供じゃねえんだからさぁ……やめろよそういうの! 見てて気持ち悪いんだよ‼」
もう好きに言えばいい、別にコイツらが言わなくてもいつか誰かが言ってきた事かもしれないのだ……。他人というのは自分やその周囲以外には攻撃的になれてしまうものだ。そう考えれば自分の理解できない世界は否定したくなるものだろう。
「はんっ⁉ バーカバーカ! 心が狭いんだよ、まったく……早くどっかいけ!」
クリスはそう言い放つとふんっ!と、言いながらビールを流し込む。そう言われ一団も文句を言いながらも離れた席に帰って行く……。
「カンナあんなやつら気にしなくていいんだからね⁉ カンナはたまたま好きになっちゃったのが男の子なだけなんだもん。胸張って良いんだよ⁉」
特に何も言っていないのにフォローしてくるクリス……いや、まあセンシティブな内容だし気を使ってくれてるのはわかるんだし……有難いのだがそっとしておいてほしいのが本音だ。
「ワタシは別に何とも思ってないわよ? ただ、友達の事を言われてカチンとはきたけれども……ワタシの癖については特に何を言われても仕方ないと思っているから、話半分に聞いていただけよ? ワタシ自身には何にも恥じることは無いと思っているから、全然気にしなくていいわよ?」
ケロッとした表情で答えるカンナに、ポカンとした顔のクリス…………。二人は顔を見合わせ、プッと笑いだすのだった。
「カンナが気にしてるかと思ってアタシ真剣に相手しちゃったじゃんよー! もう! 早く言ってよう……アタシがバカみたいじゃんかー⁉」
そう言ってバシバシと背中を叩く……。
「ちょっと痛いわよ。やめなさいよ……もう!」
そして二人は笑い合う……なんだか二人の距離がより近くなったようだ。