恋の巻その二 恋煩い
兵士は『居酒屋 トム』の中にズカズカと押し入ると大きな声でこう言った。
「ここに昨日の魔王軍との戦いで幹部のメヴィウスを倒した者が居ると聞いてきた。我々は国王の命によりその者を連れてくるようにとのことで言われている。その者は前に出よ!」
また偉そうにしてる兵士だ……少しは敬う言葉というものを知らないのだろうか? カンナはそう思うと黙って酒を飲む、クリスが何も行動を起こさないカンナを見かねて言う。
「こっちです! ここにいますよー‼」
ブッと飲みかけていたビールを吹き出すカンナ……この女何を考えているのか? そして小声でクリスに話しかける。
「ちょっとアンタ! どういうつもりよ⁉ ワタシを売るつもり?」
カンナの一言にクリスはボソッと返す。
「国王様の命って言ってたでしょ? たぶん報奨金とかご褒美だよ。貰えるものは貰っておきなって」
報奨金か……カンナは金で動く男ではないのだがなぁ。と思いながらも仕方なく立ち上がるとクリスに向けて言う。
「アンタ……後で覚えておきなさいよ」
そう吐き捨てると兵士たちの下へ行く。
「で? 王命って何よ? アタシを呼びつけるなんて余程暇なのね?」
話の内容によっては逃げ出すことも考えていたカンナは、強気で出ると兵士たちは今までの強固な姿勢から態度を変え柔軟になった。
「あなたがあのメヴィウスを倒したのですか⁉ いやあ、この度はご助力感謝します。我々もメヴィウスには手子摺らされていましたからね……本当に助かりましたよ。そうそう、王命なのですがあなたに褒美を取らせたいと王が申しておりまして。それであなたを迎えに来たのですよ」
褒美か……儀式を中断してまでの事ではないが、人の厚意を無碍にするのも申し訳なくなるのでそのまま兵士たちに連れられ王城へと案内された。
城の中は女性ならば一度は憧れそうな作りになっていて、高級感で溢れかえっている。シャンデリアから赤いカーペット、燭台なんかも金で出来ていそうな高級感のあるものだ。西洋風のお城の雰囲気そのままである。カーペットはふわふわで歩き心地は最高に気持ちいい。
大広間に通されると、そこはまるで社交界のような雰囲気を醸し出している……魔王軍と戦争中に王様はこんなところでふんぞり返っているのだろう。と、思いきや……王様は小柄でイスにこじんまりと座っている。イスに座っているというよりイスに座らされているような感じだ。自力でイスに座るのも出来るのだろうかというくらいに小さい。感じとしては可愛らしい王様だった。
「そなたがメヴィウスを倒したという戦士か?」
戦士……自分が思う戦士は愛の戦士、誰かを愛することには誰よりも自信がある。そういう戦士と呼ばれるならカンナ自身も納得である。
「そうよ……あの人を手に掛けたのはワタシ。悲しき哀戦士よ……」
そう言うと王様は。
「あっぱれ、よくぞやってくれた! 我々王国軍の兵士も優秀なれど、奴を倒すまでには至らず……苦戦していたのだよ。本当によくやってくれた……まあ、哀戦士というものはよくわからんが。褒美を出そう! 金一千万ガルドを出そう……それプラス名剣エグゾディアをやろう」
一千万ガルドが日本円でいくらなのかは想像もつかないが、貰っておくことにしよう……この世界のお金を持ち合わせていないのは不便すぎる。それにしてもこの剣どうしましょう……。そう思って一言。
「ワタシ暴力はちょっと……DV経験ならありますけど、振るわれる側だったので。ワタシどちらかといえばMですし……」
とんでもない発言をしていくカンナ。暴露にもほどがある。
「誰もそんな話はしていない! お前にはこれからも魔王軍と戦ってくれという、意思表示だ! 誰がお前の身の上話など聞きたいものか‼」
そう言ったのは王様の隣で立っていた、着ている服的に王族なのだろう。なかなかに王族らしい強固な態度だ……。しかしそれが人にものを頼む態度だろうか? これだから王族は。
「誰か知らないけど、それがこれからも魔王軍と戦って欲しい人間の態度かしら? 如何に王族とはいえそんなの傲慢じゃないかしら?」
カンナの放った口撃にその王族は癇に障ったらしく、カンナに向かって強い言葉で非難する。
「この下賤な輩め! この私を誰だと思っている! この国の第二王子のジェラルド・フィッツヘラルドだぞ‼」
端正な顔立ちだが頭はキレやすい若者のようだ……非常に残念である。しかし、カンナにとっては少し違う……そんなところも良く見えてしまうダメ男ホイホイと言われていたこともあるのだ。まあ、その割に自分で男運が無いと言ってしまうところはどうかと思うが。
「ふ、ふん! 顔立ちがキレイだからって偉そうにして良い訳じゃないんだからね? ちょっとワタシの好みだからって調子に乗るんじゃないわよ。」
精一杯の痩せ我慢をするカンナ、内心ではこのダメ男がワタシの心を惑わせるのね……。なんて思っているところがダメ男ホイホイたる所以だろう。
「貴様言わせておけば好き放題言いおって、私と勝負しろっ‼」
ジェラルドの一言で場は一気に盛り上がり。
「よしっ!ジェラルドとの一戦で勝利出来れば、報奨金はさらに倍増しようではないか⁉」
鶴の一声で決まってしまった決闘……カンナは乗り気ではないが、報奨金の上乗せということを理由にしておくことにした。これで第二王子との接点が出来る! というのが本当の理由である。
皆は城内にある闘技場に向かい観客席から二人を見守っている。闘技場があるということは娯楽として闘技場が使われるくらいには、この国は余裕があるのだろう。
「ようやく二人でお話できますね……ジェラルド王子」
皆が見ているとはいえ、こうやって話が出来るチャンスはそうそうないだろう。
「貴様のような奴と話す必要などない! この剣で叩きのめしてやる‼」
その容赦のない態度にカンナはゾクゾクした……自分のMさ加減にほとほと呆れてしまうが、ワクワクの方が強かった。それは自分とは身分の違う人との恋……届かない想いが、より恋煩いへの意識を強くさせる。
「王子、いきますよ。ワタシの愛、受け取ってください!」
そう言って一歩踏み出すと木刀を構える。ジェラルドも木刀を構え臨戦態勢をとる……するとカンナも油断していたのか、ジェラルドがどうやったのか距離があるのに腕に一撃を当ててきた!
「あん! なあに⁉ いったいどうやって攻撃してきたのよう……全く痛いわねぇ。でも、悪くないわ‼」
M気質なカンナには大きなダメージは無く。フフフっと笑みを浮かべて少しずつ近づいていく、木刀で何度となく打ち付けているのにカンナはビクともしない。
「もっと! もっと打ってきて‼ ワタシの愛がもうすぐ届くわ」
じわじわと近づくカンナに、ジェラルドは怯えの顔を見せた。
「なんなんだお前は⁉ 来るな! 近づくな‼」
そう言って木刀を振り回すと、青痣だらけになったカンナは木刀を受け止め抱き着いた————ぞわぞわっとしてジェラルドは意識を失った。意識を失ったジェラルドに祝福のキスを頬にし続けると、ジェラルドはぐったりとしたまま動かない……されるがままになっている。
「んーまっ!んーまっ‼」
王様の命により兵士たちが飛び出してくるとカンナを取り押さえた!
「何するのよっ! 離しなさい! 離しなさいったら‼ 離せって言ってるだろうがゴルァァァァッ‼」
力強く暴れまわるカンナを兵士たちは押さえ付けられないでいる。まるでキングコングの映画のようだ……周囲の観客からは悲鳴と歓声が湧き上がっている。まるで闘技場の見世物の様になっているカンナ、モンスターだってこんなに盛り上がらせることは難しいだろう。
「何をやっている! もっと大人数で取り押さえんか⁉ 勝敗はもうついた」
そう言って慌てる王様を横目にカンナはしばらく暴れ続けるのだった。