恋の巻その一 戦争の最中で
光が消えるとそこはどこなのか見覚えのない場所だった。至る所に剣と思われるものが地面に突き刺さっていたり、矢が刺さっていたりしてここは何処なのかしら? と、不安になる。
「あの黒猫ちゃんは無事だったのかしら? それにしてもここは……」
一人で呟きキョロキョロと辺りを見回したが、まるでアニメの中に入ったような感じだ……そして、そこには人と思われるものが倒れこんでいた。
「まあっ! 大変‼ あなた大丈夫? 血が出てるわよ⁉」
抱き起こし話しかけるカンナ。すると頭に角があることに気が付く、少し驚きはしたが心配がより勝ってしまう……。やはりここは異世界なの? 羽織っていたシャツの袖を破り傷口に巻き付けると男だろうと思われる人物は。
「うぅ……アンタはいったい? ————人間じゃないか、俺なんかに構っていると同族に何を言われるかわからんぞ……。さっさと行け!」
そう言って男はカンナを追いやろうとする。しかしカンナは怪我人を放っておけるほど人でなしではない。
「いいから行けっ‼ 俺は大丈夫だ!」
そう言って立ち上がろうとすると、カンナは後ろから近づく影に気が付かなった……影に気が付き後ろを振り返ると。
「おのれ! 人間め‼ 弱っている兵士にまで手を掛けるか⁉」
そう言ったのは黒髪ロングで眼鏡を掛けたイケメン! 年の頃は二十代前半といったところだろうか? これはなかなかのイケメン具合だ‼ カンナはそう思った。
「あらっ⁉ イケメンね! あなたお名前は何というのかしら?」
そう聞くとスススっと擦り寄っていく。するとイケメンは言った
「我が名はアルバート・メヴィウス‼ 魔王軍幹部の一人である! ひれ伏すがいい‼」
バッと左腕を広げると、そう叫ぶメヴィウス……後ろで歓声を上げる魔王軍の面々、そこにカンナは話しかける。
「コスプレの方かしら? でもイケメンだわぁ」
しみじみと話すカンナ……そんなカンナは神妙な面持ちでメヴィウスを見つめている。
「あの? メヴィウスさん。凄く言いづらいんですけど……私とお付き合いしてください‼」
勇気を出したカンナの告白にメヴィウスは不思議そうに聞いてくる。
「お前、オスだよな……? なぜオスである私にそんなことを言う……何か企んでいるのか?」
メヴィウスは警戒しているのか剣を構え臨戦態勢に入っている。
「ワタシ……実は男の人が好きで、それでメヴィウスさんに一目惚れしてしまったんです! だからワタシとお付き合いしてください……もしワタシの事をよく知らないって言うなら、まずはお友達でも良いんです。一緒に居てくれませんか?」
正直な想いを告げるカンナ、しかしメヴィウスはまるで汚物でも見るかのような目でカンナを見つめる……。カンナも分かっていた……今までにもそういう奇異の視線に晒されたことはある。が、結果を聞くまではわからないもの! だからカンナはまだ諦めない!
「これはなんだ⁉ 人間側の新たな攻撃なのか⁉ これが人間のやり方か⁉ 地味にこの攻撃は堪えるぞ‼ なんなんだっ! 貴様、いったい何が目的だ‼」
目的も何もカンナは普通に告白しただけだ……それなのにこの仕打ち、カンナは悲しくなり涙を拭った。涙ながらに。
「そうですか……ありがとうございました」
そう一言だけ告げると立ち去るのかと思いきや、近くに刺さっていた剣を二振り握るとカンナは感情のままに走り出した!
「何っ⁉」
そう言って剣を構えるメヴィウス……しかし、ほんの少しだけカンナの踏み込みの方が早かった! カンナは二振りの剣を振り回すとメヴィウスと交錯する。そして振り返るとこう言った。
「ワタシの物にならないなら、こんな愛情なんていらない……ワタシはワタシ一人で生きていくわ! 貴方は私の中で生きて……うわーん!」
「ぐおあぁぁぁぁっ!」
直後、倒れ込むメヴィウス……カンナの剣撃により、倒されてしまったメヴィウスを見て遠くに居た魔王軍は撤退していく。悲しい勝利にカンナは余韻に浸っていた。
「おネエは孤独な生き物…………こうなることは運命だったのね……」
やはりここは異世界……カンナは確信した。
それから大きな城壁まで歩こうとした矢先、たくさんの武器を装備した男たちが此方へ駆けてくる。すぐ近くまでやってくると男たちが話しかけてくる。
「アンタすげえじゃねえか⁉ 幹部を倒しちまうなんて、相当な腕前だな! これでこの国の平和も守られるっていうもんだ。」
大柄な男がそう叫ぶと周りにいた男たちも、
「やるじゃねえか! アンタが居れば魔王軍も簡単には攻め込んでこられないだろうな⁉」
と、称賛してくれる……しかしカンナは喜びに沸く中には入れなかった。なぜかというのは野暮である。一度は愛した男を自らの手に掛けたのだ……苦悩はあれども喜びの感情は無かった。
男たちはどうやらこの国に雇われた冒険者たちのようで、呆然としながらみんなについていくとそこは居酒屋だった。店の名前は『居酒屋 トム』店構えはよく見ているアニメなんかに出てくる冒険者ギルドのような出で立ちで石造りの建物だ。
そこでカウンターに座るとビールを一杯頼む、冒険者たちが今日は俺たちの奢りだ! と言って、カンナに気を使ってくれる。出されたビールを一気に煽ると。
「良い飲みっぷりだねえ……男前だぁ! アンタ! もしかして結構いける口かい?」
誰が男前よ! こんなにか弱いワタシを捕まえて男前だなんて、何にも分かってないじゃない……この男たちは見る目が無いわ……と、思うが傷心中のカンナは黙って聞いていた。
「兄さん、名前はなんていうんだい?」
一人の冒険者が言う。
「カンナよ……ワタシ今、傷心中だから放っておいてくれるかしら。」
ぶっきらぼうに、そして悲しみにサヨナラするためにお酒をグイグイと飲み干していく。カンナはいつも傷心中にはすべての悲しみにサヨナラするために、儀式として飲んだくれるのだ。
「カンナか! よろしくなカンナ!」
気立ての良いおじさんが、挨拶してくれる。カンナはふいっとそっぽを向くと、またお酒を煽り出す……。
「なあ、カンナ。傷心中っていったい何があったんだ? 魔王軍も討伐できたんだし、めでたい話じゃないか?」
深入りして欲しくは無いが愚痴は聞いて欲しい……複雑な乙女心か、はたまた寂しさがそうさせるのか……つい、カンナは喋ってしまう。
「好きになった男にフラれただけ……。ただそれだけのこと、好きになった男が敵だっただけよ」
悲壮感を感じさせる背中に男たちは残念そうに話してくれた。
「カンナ、お前……そっちの気があるのか……」
——————そっちかい! 心の中でツッコミを入れるカンナ、しかし顔には出さない。何せ今は儀式の最中、集中しないと……悲しみに明け暮れるのが儀式なの⁉ そう心に言い聞かせる。職業柄ツッコミを入れることも、ボケることも求められるのがおネエ。今はなんだか冒険者たちがボケまくってくるお客に見えてくるから不思議だ。
「そうね、ワタシはおネエだから男しか愛せない。悲しい生き物よ……。あなたたちにはわからないでしょうね……この苦しみが」
悲しみに打ちひしがれながら、咽び泣くカンナに皆は言った。
「俺はノーマルだから全然わかんねえや! カンナ! お前さんの気持ちはわからねえが、応援してるぜ!」
「男が好きってどんな気持ちなんだ? 女には全く興味は無いのか?」
「男が好き……男好きのする男、何だか萌える展開ね!」
一度に喋られたが悪い言葉は聞こえてくるものだ。それをカンナは見逃さない。
「ワタシは聖徳太子じゃない‼ 一度に喋るな! でもね……これだけは言わせてもらうわ。応援されようと、どんな気持ちだろうが、アンタたちには関係ない事でしょ⁉ むやみに踏み荒らさないで! それから最後女が混じってるわね⁉ ワタシはBLには興味ないのよ! 勝手に人の恋愛で萌え上がらないで‼」
後ろに居た女冒険者が前に出てくると。
「いやぁ、ごめんごめん。アタシの名前はクリス、よろしくね! あなたが幹部のメヴィウスを倒したんだって? すごいじゃん。剣の腕は一流って訳ね⁉」
クリスは楽しそうに近寄ってくると気軽に声を掛けてくる。
「ワタシ……女には興味ないわよ?」
軽く拒絶するがクリスはお構いなしに。
「ただお話しするだけじゃん? 別に性別は関係ないでしょ? だからアタシはカンナを気に入ったし、お話ししようよ! っていう相談なんだけど……ダメかな?」
カンナは一口ビールを飲むと、人懐っこいクリスに話しかける。
「勝手にどうぞ……好きにすればいいじゃない? 同性ではないけど同性として話はしてあげるわよ?」
そう伝えると嬉しそうにカウンターの隣に座ってくるクリス。ワクワクした目でこちらを見てくるのはやめて欲しいものだ。それにしても自分の何がそんなに気に入ったのかわからないカンナは、不愛想に話し始める。
「アンタ、男は居るの?」
いきなりな質問にもクリスは動じず返してきた。
「冒険者稼業をやってる女に、その質問は野暮ってもんだよ。アタシら冒険者やってる女はそんな相手が居ても邪魔になるだけだからさ……だからそんな人は居ないよ?」
あっけらかんとした返事にカンナはちょっとだけ意外そうな顔をした。
「でも、想い人くらいは居るんでしょ?」
ビールを片手にカンナはもう一杯頼むと、クリスもビールを注文した。
「そうだねえ……想い人かぁ。居ないとは言わないよ? でも、上手くいってるかと聞かれたらそうでもないかなぁ。アタシが一方的に想いを寄せてるだけだし」
思っていたよりも軽口で帰ってきた返事にカンナとクリスは意気投合した。
「アンタそれにしても良い体してるじゃない? 男なんて腐るほど寄ってくるんじゃない?」
カンナの言う通りクリスは豊満な体をしている……男たちはそれによってデレデレしているのだ。カンナはビールを一息で飲み干す、見た目によらずタフなのかもしれない。しかし線が細い女だなぁ……カンナの一撃で折れてしまいそうな腰をしているのだ。
「へへっ! ありがとっ‼」
だがクリスは思っているよりもタフでお酒に強かった。
二人は朝まで飲み続けると翌日の朝、店員が次の店員と入れ替わるのを見たところで居酒屋トムのドアがけたたましく開かれる。何事かと思い皆が入り口を見つめた。なんとそこには兵士が立っていた‼