恋の巻その十 一大決戦そして……
魔物は十数体は召喚された。みなが剣を手にし、戦闘を開始している中王様とダービッツの会話は続いていた。
「ダービッツ候……お主まさか、魔王軍と手を組んでいるのか⁉ 魔物の召喚などそうでなければ出来るわけもない! そこまで落ちたか……昼行燈などと言っておいてワシらを裏切るとは……」
王様は苦虫を噛み潰したように、苦痛に歪んだ顔を見せる。
「私は自分の欲望に素直になっただけですよ? 魔族と組んで軍需産業でどれだけ稼がせてもらったことか‼ あなたは私を信じ切っていたので魔族と協力して儲けるのは実に簡単でしたよ‼」
ダービッツの顔が欲望の色に染まり醜く成り果てる……。今まで信じ切っていた王様は愕然とし「皆、申し訳ない……ワシの目が耄碌したばかりに」そう言って涙を流す。これだけ国の事を思っている王様はどれだけいるだろうか? きっと数はそう多くはないはずだ。
冒険者たちは魔物と戦うことで精一杯で、他に気が回らない。カンナやモーガンも応戦しているが一体一体の力はそれほどでもないものの、連携してくる魔物に苦戦を強いられている。
「王よ、あなたは真っ直ぐ過ぎた……そのような政治はもう終わりにしましょう」
そう言ってフワリと浮かび上がると王様の目の前にやってくる。危ない⁉ そう思った瞬間にはもう遅く、ダービッツの手にした剣が無情に振り下ろされた……王様はその一撃を喰らい倒れ込んだ。近くに居た第二王子のジェラルドはただその光景を見つめるだけだった。
王妃の叫び声が上がり周りがざわついた。
「王であるデネルディア・フィッツヘラルドは、この私エドワルド・ダービッツが討ち取った‼ ここに宣言する私がこの国の王になり皆の欲望のままに生きられるようにしようではないか⁉ よって、王家の血筋は絶たねばならぬ! ジェラルド王子あなたにも死んでもらう!」
再び振り上げられた剣はジェラルドに向かう途中、ギィンという音と共に防がれた。それを行ったのは兄のボルドーだった。
「貴様! よくも父上を⁉ 生きて帰れると思うな⁉」
そこには憎しみの念が込められていた……これもあまりよろしくない感情だ。確かに素直な感情だとは思う。しかし負の感情に呑まれてはならない……なぜならそれを果たせなかった時、間違いなくそれは恨みの念に変わる。
「カンナ! 王様の下へ!」
そう叫ぶモーガン……しかし、カンナが王様の下へ行って何の役に立つだろう? 周りは混乱し浮足立っている。指揮する人間が必要だ。そう考えたカンナは第一王子の加勢に加わると、
「治癒術師‼ 急いで此方へ! 王様を助けるのが先決よ‼」
それを聞いた一人の女性治癒術師が駆け寄ってくる。その間もダービッツとの戦いは続いている——————ボルドーは剣の腕前もあるのか、一人でもダービッツを押している。
怒りもあるのか、凄い気迫だ……カンナがアシストに回ると、ボルドーは一層剣撃を激しくした。治癒術師は王様の脈をとると、急いで回復術を掛けていた。これは王様が生きている証拠になる! この間にダービッツを討ち取るしかない‼
「はああああぁぁぁぁっ!」
気迫のこもった一撃をボルドーが入れると、ダービッツは遠く飛び退り、体勢を立て直した。斬られた痕も気にせずに魔物たちの陰に隠れる……それを見たカンナは再び魔物たちの中に紛れていく。
ボルドーは王様に駆け寄ると。
「父上しっかりしてください! 父上にはまだ成すべきことがあるはずです‼ 母上も手を握ってやってください⁉」
そう言って王妃に手を握らせる……こういう時、人の精神力というものは何かを超越することもある。それが大切な何かなら尚の事だろう。治癒術師は必死に回復術を掛けているのだが、王様の傷が深いのか予断を許さない。
それでも王様は息も絶え絶えだ……この様子では先は長くないかもしれない。それでも出来るだけのことをしようと必死に術をかけ続ける治癒術師、ボルドーは必死に呼びかけ王様の意識が途絶えないようにしている。一方ジェラルドはポカンとしたまま呆然と立ち尽くしている。それもそうだろう自分が面倒を見ていた相手に裏切られ、あまつさえ魔王軍と繋がっているとは思わなかったのだろう。
「モーガン行くわよ‼」
そう言って魔物の群れの中に突っ込んでいくカンナ、と……横から別な魔物が直線攻撃に対して横槍を入れてくる。なんとも厄介なコンビネーションである……。そもそも魔物がコンビネーションするってどういうことなのか説明して欲しいものである。
仕方なく横に飛んで避けたカンナにモーガンが追いつく。
「さすが魔王軍幹部を倒しただけはありますね‼ 攻撃は全然もらってないじゃないですか?」
今褒められてもそれどころではない……。
「そりゃどうも! アンタもなかなかやるじゃない? でも、直線的な攻撃じゃダメージを与えられないわね。どうしたものかしら?」
現実的に直線攻撃では邪魔をされてしまいダメージを与えられない……他の冒険者たちも複数で攻撃しているが、然したるダメージは与えられていない。
「そういう時は! こうするのさ‼」
そう言って駆け出したモーガンは目の前の敵に向かっていく……だからそれじゃダメなんだって。そう思った瞬間、目の前の魔物が攻撃をしてくる。それをひょいと躱すと、通り過ぎてその先に居た魔物を両断する!
「こうやって相手の思いもしない相手に攻撃してやるのさ‼」
それを真似して同じようにしてやると、意外なほど簡単に倒れていく魔物。モーガンと二人で各個撃破していく……なんだろうこの感覚、楽しくて仕方ない。カンナはモーガンと踊るように敵を打ち破っていく……二人は陶酔するように魔物の群れを倒していくと、あっという間に撃破してしまった。
クリスや他の冒険者たちは見惚れていた。王族もその場にいた皆が二人に見惚れていた……美しいとはこういう事を言うのかもしれない。最後の一体を倒すと、二人は手を取り観衆にお辞儀をする。すると一人が拍手をし始め、それにつられるように一人また一人と拍手が起こる。
「はあはあ!」
と、二人は息を上げ地面にへたり込んだ。十数体居た魔物をものの数分で倒してしまったのである……息も切れるだろう。そこへ予想もしなかった人物が現れる。ジェラルドである……いったい何をしにこんなところまで来たのだろうか?
「お前が……お前が現れてから全ておかしくなったんだ⁉ お前さえ居なくなれば、また同じように暮らしていける‼」
そう言って振りかざしたのは一本のレイピア、カンナ目掛けて一直線に振り下ろされる……目を瞑ると何かが覆いかぶさって来た。
「ぐあっ⁉」
目を開けると目の前にはモーガンの顔があった。口元から血が出ている……。
「貴様ぁ! 邪魔をするなぁ‼」
そう言って何度となく斬りつけるジェラルドに、モーガンはジッと耐えていた。その光景を見てボルドーが駆け寄りジェラルドにやめさせる。しかしジェラルドも必死に攻撃の手を休めない。王族に触れていいのは王族だけなのだ。だが、今は緊急事態だ。そんなことは言ってられない……冒険者たちも一緒になってジェラルドから剣を引きはがした! 途中まで藻掻いていたジェラルドも最後には諦めて、カランとレイピアを落とし乾いた音がした。
「ジェラルド……お前の処分を父上に成り代わり言い渡す! その自分勝手な他責思考、この国を麻薬で支配しようとしたこと、それに奴隷を容認したこと……それら全てを鑑みて、お前に終身刑を言い渡す‼」
ボルドーが押さえつけられたジェラルドに向かって言い放った言葉を聞いて、ジェラルドは力が抜けたのか気が抜けた表情になっている。
「そんなことはどうでもいいのよ‼ 今すぐ治癒術師を呼んで! モーガンが死んじゃう⁉」
悲痛な叫びは周囲を凍り付かせた……モーガンはある程度この国では有名な冒険者なようで、周囲の街人もざわつき始める。その野次馬をこじ開け治癒術師がやってくる!背中の傷は痛々しく何度も斬りつけられたであろう痕と、刺された傷跡から血が滲みだしている。
やっとの思いで彼の良さが見いだせたのに、楽しく踊るようにコンビネーション出来たというのに……それによりなんとなくだが、モーガンの事も理解できそうな空気だったというのに。ここで死なれてはせっかく見つけた気の合う人をいきなり失ってしまうことになる。
「モーガン! モーガン‼ 死なないで⁉ ようやくあなたの良さに気が付いたというのにここでお別れなんて……笑い話にもならないじゃない⁉」
目を閉じていたモーガンはゆっくりと目を開くと。
「カンナ……さっきの戦闘は愉しかったよ。さすが魔王軍幹部を倒しただけはあるね……あんなに楽しく戦えたのはカンナのお陰だよ。僕はこの辺でリタイアかな? 凄く眠いんだ……少しだけ眠っても良いかな?」
そう言ってモーガンは目を再び閉じた。治癒術師も精一杯の事をしてくれている……しかし、それ以上に失血が酷い。
そんな状況の中黒い影が迫る。ダービッツだ……魔物の陰に隠れていたから、逃げてしまうものだと思ったのだが実際はそうではなかった。堂々とした佇まいで、逃げる気はないと言わんばかりの表情をしている
「フハハハハっ‼ あれだけいた魔物を葬り去るとは、予想もしなかったですよ⁉ 私はこれから魔族と共に生きていく、目指すものは人魔共生だ! ついて来れない者はどこか別な国へ行くがいい! それが唯一の救済だ⁉ この国は私が支配する‼」
随分自分勝手な言い草だが、野望の為には手段は厭わないという事だろう……最終局面だ。カンナはすくっと立ち上がるとダービッツに立ち向かう。この国の唯一の希望となったカンナは、ダービッツの懐に飛び込むと一撃でダービッツを宙に浮かせる。
地面に叩きつけられたダービッツは何事もなかったように、むくりと立ち上がると振り返った……そこには魔物と同化したのか、鱗のような皮膚をしたダービッツが立っている。
「あなた……もしかして魔物と合成したキメラなの⁉」
驚きの表情を隠せないカンナにダービッツは言った。
「人間という枠から離れ、魔族と契約することにより魔物の身体を手に入れることが出来た。このほとばしる力がわかりますか? まあ、わからないですよね? それでは身をもって味わってください‼」
そう言って踏み込むと地面にヒビが入る! それでもカンナは動じずに一歩ずつ前に進んで行く……近づくほどに嫌な感じがひしひしと伝わってくる。ゆっくりと二人が歩いていき交わる! 衝撃は離れた者のところまで響いてくると、剣を合わせた二人はミシミシと地面が抉れるのを気にも留めず戦いを続ける!
「この程度か人間……」
勝ち誇るかのように言うダービッツ、カンナは力比べで力を込めると。
「こんなのお遊び程度よ!」
そう言って軽くあしらう……どこまでが本音かわからないが、強がりではない事は押し合いでわかった。カンナが力を込めると少しずつダービッツの剣が押され始める。
「ぐおおおおぉぉぉぉっ⁉」
押され始めてダービッツが苦悶の表情に変わると。
「お前っ⁉ 何者だ……魔物と化した私に力負けさせるとは、いったいなんなんだお前はっ⁉」
仮に魔物になって力を得たとしても、カンナの前では赤子同然……魔族である幹部を倒しているのだから、それも当然の事である。しかし、そんな余裕のある表情がカチンときたのか……ダービッツは怒りに任せ言う。
「この化け物がぁ‼ とっとと敗けやがればいいじゃないですか‼ その方が皆自由に生きていけますよ⁉ だから大人しく死んでください‼」
それにしてもよく吠えるなぁ……弱い犬程よく吠えるという言葉を知らないのだろうか? 余裕の表情をしていたカンナにダービッツはいきなり魔法を放った。爆発と共にカンナは煙に呑まれて姿が見えなくなる。それに対しダービッツは距離を取り、難を逃れた。
土煙が辺りに立ち込めカンナはどうしたものかと考え込んでいると、外側からダービッツが爆破魔法で攻撃してくる……なんともはや、小物感の溢れる相手だこと。カンナは煙の動きでどこから飛んでくるかを察知すると、剣で薙ぎ払い続ける……煙の中が見えないダービッツは調子に乗って爆破魔法をどんどん打ち込んでくる! カンナは驚異的な身体能力で全ての魔法を防ぎきるが次々飛んでくる魔法に嫌気がさしてきた。
「やれやれねぇ……いつまで続くのかしらコレ? ワタシ的にはそろそろ飽きてきたんですけどー?」
少し大きめの声で叫んでやると、ダービッツは恐れ慄き。
「なんなんだ⁉ お前はぁ‼ 何故まだ生きているんだ⁉ いい加減死んでくださいよ。あの世への道標はもうすぐそこにあるんですよ‼」
そう言って煙の中のカンナが居る場所に向かってダイブした。カンナが見えると剣で斬りつける! カンナは容易に剣を受け止めると浮いた体に拳を入れる。九の字に折れ曲がったダービッツにさらに、蹴りを入れると弾き飛ばされたダービッツはゴロゴロと転がって苦しそうに息を吐いた。
「ぐはぁっ⁉」
コイツのお陰でどれだけの人が苦しめられたか、考えるだけでも悍ましい……どれだけの人が奴隷商に売られ麻薬に溺れさせられたか。コイツの悪事は許せない‼
吹っ飛んだダービッツを追いかけ剣撃を繰り出す ガードする暇を与えず全ての剣撃がヒットする……傷がみるみるうちに増えていき、ダービッツは声を上げる。
「ぎゃあああぁぁぁっ‼」
そんな声を上げても誰が攻撃をやめるか⁉ そうカンナは思いながら剣で斬りつける。まるで鬼のようなカンナに周りは固唾を飲んで見守っていた。
「終わりよ‼」
そう言って繰り出された一撃は胴を薙ぎ、周囲にバラのようなものが見えたような気がした。バラはさておき、ダービッツは倒れ込むと再び立ち上がることは無かった。
「あの世で後悔なさい‼」
ダービッツは息の根を止められたのかと思いボルドーが兵士を連れ、近づいていくとダービッツの息はあった……虫の息だったのだが、抵抗できるほどの体力はないようだ。
抵抗できないダービッツを見て「生きてて良かったじゃない……改心する事ね」そう呟いて、連れていかれるところを眺めていた。そうだ! と気づいたカンナはモーガンの下へ戻ることにする。駆け足で戻ると二人態勢で回復してくれていた。
「モーガンは大丈夫なの⁉ 死なないわよね? 助かるのよね⁉」
そう言って近くに居た治癒術師によると。傷は深かったが二人態勢で回復したことで、治癒力が増したようで大丈夫という話だった……王様も一命をとりとめたという……ホッとしたカンナはへたり込むとアレクがやってきて言った。
「カンナってホントに強いね! 僕もモーガンと一緒にカンナに教えてもらおうかな?」
そう言ってニコリと笑ったアレクの顔に曇りなど無かった。ダービッツが倒され処分待ちとはいえ、復讐相手が捕まったことで解放されたのだろう。
「ワタシの稽古は高いわよ?」
そう言ってウインクすると。
「きっとモーガンが払ってくれるよ!」
ワクワクしたように言うが……少年よそれは人の金だぞ⁉ 自分で稼げるようになるまでは我慢しなさい‼と、頭の中で思っているが言葉には出さない。何故かって? アレクは人一倍過敏になっているのだ……繊細な人に事細かく口を出すのは可哀想になってしまう。
「モーガンはしばらくは冒険者稼業はお休みしなきゃなのよ? 無理はさせないの!」
窘める様に言い聞かせるカンナ。アレクはテヘヘとおどけると、院長の下へ走って行った。院長にもすっかり懐いたようだった。これで万事解決! 大団円‼ってやつよねぇ。
そう思いながら連行されていくダービッツとジェラルドの二人を見ながら、悪い事は出来ないものねぇ……と、改めてうんうんと頷いていた。




