恋の巻その九 決行
「あのさ、良いこと思いついちゃった!」
そういうクリスはニコニコしながら話し掛ける。あれからも酒を飲みながら話し合っていた。クリスの良い事とは何だろうか?
「今度さぁ、王様の戴冠二十周年のパレードがあるじゃない? そこでこの情報を王様に流すって訳……これって控え目に考えても最高じゃない? きっと第二王子も居るしダービッツ侯爵もお付きとしていると思うんだよね?」
そんな催しがあるのか、カンナはもちろん知らない事である……だがしかし控え目に言って最高とは……クリスは早死にしそうな雰囲気を醸し出しているなぁ。ノリが良いと言えばそれまでなのだが、そのノリでやってはいけないことにまで手を出しそうだ。
「そんなことして平気なの? また、アホの第二王子が不敬罪だって騒ぎ立てるんじゃないかしら? よくそういうお話だと子供が横切っただけで死罪とか言われそうな感じがするけど?」
異世界転生ものでなくても貴族の行列の通行を妨げただけで死罪なんてのはよくある話で、堂々とそれをやってのけようというのだ……今回は本当に死罪になるかもしれない。
「大丈夫大丈夫! ここの国の王様は凄く優しくて有名だから、死罪になったなんて話一度も聞いたことが無いよ⁉ 今この国で話題なのは罪人を死罪にするんじゃなくて、魔王軍と戦わせる戦力にしようっていう話になっているんだ! お給金付きでね」
これはこれはご立派な改革案だこと……死罪にするより魔王軍と戦わせた方が、本人にとっても国としてもお互いにメリットがある。しかもお給料までついてくる……これで更生出来なければ、死んでもらった方がいいかもしれない。
「現国王はそれで大人気って訳ね……素晴らしいじゃない。第二王子とその側近は腐ってるけど……国王が暗殺とかされないのかしら? 正直そんな国王なら自分たちのやってることを考えると殺しちゃった方が得策だと思うのだけど……ワタシだけかしら? そう思うのって」
言われてみれば近いうちに暗殺なり謀殺されたりしても不思議ではない。良い国王とは政権が長持ちしないものである。どんなに王様がしっかりしていても、側近がまともだとは限らない……第二王子がそういう企てをしていても不思議ではない。
「過去最高の支持率を誇っているらしいよ? アタシも基本的には支持してるけど、まさか裏でこんなことしてるやつが居るなんて思いもしなかったけど……」
こうやって裏で動く人間はいくらでも居るのだろう……悪い事を考える奴は腐るほどいるのだ。そしてお金目当てで動く人間もいくらでもいる。
「そうねぇ……ウジ虫みたいなやつらよねぇ。いくらでも湧いて出るみたいな? そういう連中は殺虫剤で一掃するのよ! そしてこの国の殺虫剤になるのが王様って訳ね」
王様にはこの国の異常事態を把握して改善してもらう必要がある。それが王様の役目だ! 他の雑魚共はカンナたちが相手になればいい話。覚悟は決まった……後はそのタイミングを待つだけ。
それから三日後、王様のパレードが行われる日のことだ。カンナたちは群衆の中、一所に集まって申し出をするには充分すぎるくらいの冒険者たちが集まり陣取っている。その中にはアレクやモーガン、孤児院の子供たちまで混じっている。
「いい? 王様の馬車が通る前に全員で止めるのよ? 向こうも必死に退かせようとするだろうけど、こっちだって必死なのよ……形振りなんて構ってられないんだから⁉」
そして王様の馬車であろう一番豪華な馬車が前に来た時の事だった。
先陣を切ったのはクリスだった。
「その馬車ストーップ‼」
その声に反応したのか御者が馬車を止める……それと同時に出るは出るはわんさかと集まってくる兵士たち、冒険者仲間で壁を作っているがぎゅうぎゅう詰めだ。
押しつ押されつの中カンナが叫んだ‼
「王様! 王様‼ 聞こえていますか⁉ ワタシです! カンナです‼」
そう叫ぶカンナは必死の形相だ。周りでは、貴様らやめんか! 死罪にするぞ‼ 退けーっ⁉ という、兵士たちの怒号と冒険者たちの、俺たちゃ、死んでもここを通さねえぞ⁉ ハッ! ハッ! ハッ! この先へ行きたくばこの僕を倒してから行ってもらおうか⁉ というモーガンの声も聞こえてきた……なんだろう? あんまり混ざりたくないなぁ。
「王様聞こえたらお顔を出してください。ワタシは王様に重要なことを伝えに来たのです‼ お願いします! お顔をお出しください⁉」
その声を聞いて兵士たちがより一層激しく押し込んでくる。冒険者たちも負けじと押し返すが、ついには一部が打ち崩されそこから兵士たちが雪崩れ込んできた。カンナを引きはがそうとする兵士たち、しかし引きはがされないように周りの冒険者たちも押し返して馬車からカンナが落ちないように支えてくれる。それでも兵士たちの方が優勢だったのかカンナは引きはがされてしまった。
世界がスローモーションになる……馬車から落ちていくカンナ、ドスンと地面に落ちると……正面から声がした!
「皆の者、静まれい! 誰一人として動く事は許さん‼」
ドアが開いた馬車は静かに揺れ、王様が立っていた……馬車の中には王妃と第二王子、そのほかに美形の人物が居た。王様の一声で静まり返る広場、兵士たちは傅き慌てて冒険者たちも深く頭を下げる。
「親衛隊長これへ!」
その声と共に白髪の老騎士が前に出る……この間の騎士隊長が出てくるのかと思えば違う人物だった。親衛隊と王宮騎士隊は別物なのか……うむ。
「お呼びでしょうか? 陛下!」
片膝をつき跪いた親衛隊長は頭を垂れ聞き入る。
「この騒ぎはいったい何事じゃ? カンナの呼ぶ声がしたが……おお! カンナではないか⁉ このようなところで何をしているのじゃ?」
王様は親衛隊長からこちらに目を向けるとそう言った。
「陛下、このようにこの男が先導して陛下の馬車を狙い襲い掛かったのです」
襲い掛かったとは心外な……直訴に来たが正解なのだ、こちらから手を出したりはしてはいない筈だ。
「カンナがワシらを襲うことはあり得ない。何か理由があっての事だろう? カンナ、何があったか申せ!」
王様が威厳ある態度をとっていることにビックリするカンナ。見てくれはちんちくりんなのに……この迫力、人は見かけによらないとはこのことだろうか?
「この度はこのような強引な形をとってしまったことに謝罪させていただきたく…………しかしこのような手を取ったのは理由があっての事、それを理解していただきたいのです。どうかこの冒険者たちに処分などはなされないようにお願いいたします」
畏まったカンナに空気を察したジェラルドが口を挟む。
「貴様今がどのような時かわかっているのか⁉ 万死に値するぞ‼」
愚かな第二王子は自分の立場を利用し、妨害しにかかる……しかし、そんなものは関係なくやることを実行するだけの話だ。
「静まれ! 今は私とカンナが話しているのだ‼ ジェラルド、お前が出る幕ではない⁉」
王様の一声で黙り込むジェラルド……このまま黙り込んで欲しいところだが。
「で、カンナよ。どのような理由があってこのような事態になっておるのじゃ?」
冷静に話す王様にカンナは縋るように言った。
「この街には今危機が迫っています。それは魔王軍などという敵国の問題ではありません——————この国の内部から破滅に向かっているのです。王様はご存知ですか? この国には奴隷商なるものが蔓延っていることを、そして裏で麻薬の売買が行われていることを‼」
どストレートに話すカンナの言葉に、王様は顔色が青ざめていくのがわかった。それは魔王軍の仕業などではなく……自分と同じ人間がそのようなことをしているのだ。何も思わない程王様は鈍感ではなかった。
「どういうことだ親衛隊長⁉ 政務大臣‼ 政務大臣を呼ばんか‼」
王様の怒りはごもっとも、親衛隊長も急いで政務大臣を呼ぶように差し向ける。カンナの直訴は周りに居た国民たちにも影響を与えた……ざわざわとして皆カンナと王様を見つめる。
と、そこへ政務大臣がやってくる。
「お呼びでしょうか! 陛下‼」
ちょび髭のパーマでも宛がっているのか? くるりんとカーブをした髭が特徴的な小男がやってくる。いかにも小物感のあるその男はやってくるなり膝をついて遜る。
「この国で今、奴隷や麻薬が蔓延っているという報告があった。これはいったいどういう事じゃ? 申してみよ」
王様は威厳を見せ、政務大臣に問う……しかし政務大臣はこう答えた。
「王様……そう申されましても私にはそのような報告は入っておりません。何かの間違いでは?」
キョトンとした表情でこちらを見てくるので、ウインクしてやるとビクッとして目を逸らした。もしかしてコイツもグルか? それとも同性からのウインクに寒気が走っただけだろうか?
「ふむ……これは秘密裏に動いているという事じゃなカンナ? 相当に厄介な相手と思うのじゃが、もちろん犯人に目星はついておるのじゃろう?」
王様はさすがに王様をやっているだけあって切れ者なようだ。そしてカンナに聞いてくるあたり、身内に犯人が居ることも警戒しているのだろう。
「今回の首謀者はエドワルド・ダービッツ侯爵が主体となって動き、後ろで侯爵を操っている人間が居ます……その人物とは、ジェラルド王子あなたです‼」
馬車の中で黙っていた第二王子はわなわなとした表情で、いきなり大きな声で否定を始める。
「この私を侮辱するか⁉ 貴様のような下賤の輩の言う事など誰が信じると思っているのだ⁉ そのような方便を垂れて何が目的だ‼」
まるでこちらが悪者かのように講釈を垂れる第二王子、どの口が言うのだろうか? こちらとしては黒確なのに、こうやって逃れようとするのは何処の世界でも同じなんだなぁとカンナは思った。
「では第二王子? あなたは容疑を否認するのですね? 良いでしょう……では例の人物をここへ呼んでくださる?」
そう言ったカンナは余裕の表情でクリスとアスターを待っていると、海賊風の男が連れられてきた……そう、あの時捕まえた麻薬の売人の男だ。男は後ろ手に縄で縛られ、腰ひものようなもので拘束されている……これでは逃げだすことも出来ない訳だ。
「ここに居る男は麻薬の密売人です。ダービッツ侯爵は冒険者を使い高額で荷物の運搬をしていました……その時現れてきたこの男を捕縛したのです! ダービッツ侯爵が主導となって第二王子へマージンを渡していたのではないですか⁉」
第二王子を問い詰めると第二王子は怒鳴り散らかした。
「第二王子第二王子と何度も何度も言いおって‼ 私にはジェラルドという名前があるのだ! その呼び方をやめんか! それにこんな男も知らんし、ダービッツ侯爵と私が企てたというが、どこにそんな証拠がある⁉ こんな男の証言など当てにはならんぞ‼ 貴様らが私を陥れるために金で買収したかもしれんではないか⁉」
どうやら第二王子と言われることを嫌っているようだ。第二王子なのだから仕方ないではないか。
「まあまあ、そう怒るな弟よ。冷静にならないか……君、それは本当の事なのかい?」
ジェラルドの向かいに座っていた男が喋り出す、話の内容的にジェラルドのお兄さんのようだが?
「もちろん本当です……ところであなたは?」
そう言われ慌てたように彼は答えた。
「これはすまない……申し遅れました。私はボルドー・フィッツヘラルドこの国の第一王子さ。つまり次の国王は僕ということさ」
サラッと金髪をかき上げる……なかなかのイケメンだが何故か鼻に掛かるイケメン臭さ、依然言っていたがクリスはこんなののどこが良いんだろうか? そう思いながらクリスの方を向くとキラキラした目で見つめていた……恋は盲目だなと思った。
「では、次期国王にも聞いていただきましょう。ジェラルド王子は不正に加担しています! この男の証言は証拠にならないとジェラルド王子は言いましたが……他の皆さんも同じ意見ですか⁉ ワタシの意見は一個人の意見としてしかとらえてもらえないのですか⁉」
縋る思いでカンナは叫び続けた。しかしそれを聞いて黙っていられるほどジェラルドは大人ではなかった。
「貴様⁉ 愚弄するのも大概にしろ! どれだけ私を貶めれば気が……」
ジェラルドが熱弁していたその途中で、ポンと肩に手を乗せられ言葉が詰まる。誰か? 第一王子のボルドーだった……。
「この者がどういう理由であれ、ジェラルド……お前に容疑がかかっているんだ。お前が口を出してややこしくするな⁉ 何もない潔白だというなら何をされても問題はなかろう……当然調査が入っても気にはならないはずだ。父上にここは任せようじゃないか」
ボルドーの言葉にジェラルドは何も言えずにいると、王様は言った。
「ジェラルド……お前の言い分はわかった。何もないのであれば大人しく調査を受け入れなさい。それが出来ないならば仕方がないことだがお前を拘束する‼」
その言葉を聞いたジェラルドは大人しく受け入れるしかなかった。どう言い繕っても必ず調査は入ることが確定してしまったのだ……逃れようのない事実にジェラルドは従うしかないのだ。
「どうかこの愚かな第二王子に厳罰を⁉ そして侯爵にも厳しい処分を望みます! 冒険者たちは利用されたことで怒り心頭です! これ以上酷い事に、この国が腐敗してしまわないように‼」
そう叫ぶカンナはまるで革命家の演説のような姿で、叫び続けていると群衆は味方してくれているのか拍手が起こった。中には、いいぞー! もっとやれー‼などと煽る人も居た。
なんだろう? この高揚感は……気持ちいい⁉ 悦に入っていたところ後ろからモーガンとアレクが近づいてきた。二人は手を繋ぎながらゆっくりと歩いてきた。
「カンナ……ありがとう。僕の代わりに復讐を果たしてくれたんだね⁉」
アレクはそう言うがカンナにそのつもりは無い。なぜならカンナが取り組んだのはこの国の世直しであって、アレクの復讐のお手伝いではないのだ……しかもまだ途中の段階なのだ。油断は決してできない。
「アレク? あなた何か勘違いしていない? ワタシはこの国を案じて行動に起こしただけよ……あなたの為じゃないの。ワタシはそんなに情に熱くはないし、困りごとを解決するようなお人好しじゃないのよ」
敢えて突き放すような言い回しをする……アレクは悲しそうな顔をして駆け出した……それを見るやモーガンも追いかけて行った。二人がどういう話し合いをしようが、カンナには関係のないことだ。
アレクはやるせない気持ちになったのだろう……それに気がついたモーガンが追いかけて行った。ただそれだけの話じゃないか……何かを失ったとか誰かを失った訳ではない。そんなに気にする必要はないだろう。
「お人好しか……自分で思うよりもあんな反応されると案外傷つくものね……」
それがカンナの本心か……頭の中ではアレクの事が心配だろうが、今はそんなことをしている場合ではない。それよりも未だ見ぬエドワルド・ダービッツ侯爵が姿を現さないのが気になるところだ。どんな人物なのか? どんな容姿で、どんな男なのか? 全くもって謎が多い人物である。
「もしかしたら第二王子より、こっちの方が厄介かもしれないかもねぇ? 未だに姿を現さない……手口も自分は関わらない……これは厄介だわ」
人物像が浮かび上がってこない相手に、困惑するカンナ。こうも姿を現さない相手には不気味さを感じるのは気になるところだが?言い知れない不気味さがあるのだが、今後本人とご対面することがあるのだろうか……?
そんな心配をしている時、王様が一言声を掛けた。
「ダービッツ候をここに呼べ! 真偽を確かめる‼」
それは願ってもない言葉だが危険も孕んでいる。
こうしてダービッツ侯爵が姿を現した……見た目は四十代くらいの髭を蓄えた細身の紳士が姿を現す。目はキリッとしていてなかなかにダンディーな姿をしている。若いころはきっとイケメンというやつなのだろうな。
「王よ……私に何か御用ですかな? 公務以外の事はあまりやる気が起きないのですが、それでもお呼び立てするということはそれだけの理由という事でしょうか?」
何も知らないように振舞うダービッツ、なんとも見た目に反してやる気のない男のようだ……しかしそれも羊の皮を被ったオオカミかもしれない。何を考えているのか全く分からない。それがダービッツ候の第一印象だった。
「ダービッツ候、お主には今とある嫌疑が掛けられている。それはこの第二王子であるジェラルドも同じ嫌疑が掛けられているのだ……何か身に覚えは無いか? あるなら今のうちに話しておくがよい!」
威厳ある王様はダービッツ候に白状するように促す……しかし、ダービッツ候は思っていたよりも強かだった。
「私には覚えがありませんな……ジェラルド王子だけで行われたのでは? しかしなぜ昼行燈の私がそのような事件の嫌疑を掛けられたのでしょうか? ああ、そうか⁉ 私に嫌疑を掛けて自分への捜査を攪乱しようという事ですかねぇ?」
そう惚けるダービッツ候、ジェラルドの単独犯ではないかとまで進言してきたのだ! ジェラルドは何が起きているのかわからないのか、困惑している様子でオロオロしている。
「ジェラルドに問う、お前一人で麻薬の取引や奴隷売買をやっていたのか? それとも共犯者が居るのか?」
突然始まった弾劾裁判に皆固唾を飲んで見守っている。
「私がそのようなことに手を染めると思いますか父上⁉ 私は実行犯などではありません‼ 私がやったのはエドワルドが困った時にだけ、もみ消したり手伝っただけです⁉」
あーあ、白状しちゃった……こういう時に三下はすぐに白状するんだから、定番っていうやつである。
「ということは、ジェラルドは手を貸したというのは事実なんじゃな?」
速攻で問い詰められる第二王子。
「いや……あの、その……そういう事では無くですね。そうです‼ エドワルドに頼み込まれて仕方なく手を貸してやっただけなのです」
事実だと認めているようなものである……手を貸したって言っちゃってるし。もう第二王子は陥落したようなものだ。
「ダービッツ候、ジェラルドはこのように言っているが……お主の言い分はどうなんじゃ? お主が頼み込んだという事じゃが」
そう問う王様の目は厳しかった。きっと自分が正しいと思うことを今まで政治として行ってきたのだろうから、このような惨事になるとはだれが予想しただろうか? 身近な側近が裏切るなどとは思いもしなかっただろう……ましてや自分の息子がその悪事に加担していたのだ。想像を絶する怒りだろう。
「何をおっしゃる……むしろ私は王子を止めに掛かっていたのですよ? 褒められども私が疑われるなんて、あんまりですよ! 陛下の為を思って間違った道に進もうとしている王子を、止められなかったことは謝罪いたしますが……私が責められることがあるでしょうか⁉ いや、ない‼ 私は潔白です」
なんともはや……完全に裏切られている第二王子。憐れなものである。それにしてもダービッツ候なんというか躱すのが上手いというか、完全に第二王子を見限ったのだろう……全てを第二王子の責任にするつもりか、そういう姿を見るのは第二王子が可哀想に思えてくる。
「エドワルド‼ 何を言い出すのだ⁉ 私を裏切るつもりか⁉ 今までお前の為にどれだけ尽力したと思っているのだ‼ その私にこのような仕打ちとはあんまりではないか?」
第二王子の悲劇のストーリーは続く。
「何を申されますか⁉ 私は王子にあれだけ忠告したではありませんか? 陛下に告げ口されないように、私の家族を盾に脅してきたのはジェラルド王子あなたではないですか⁉ むしろ被害者は私の方ですよ‼」
これは第二王子では太刀打ちできないだろうな……これほどまでにスラスラと嘘が口をついて出る相手では分が悪すぎる。こうして貶められた第二王子はシュンとしてしまった。
「二人とも落ち着かんか⁉ 私は真実が知りたいのだ。お前たちの話は要領を得ない……お互い言っていることが噛み合っておらん。どちらかが嘘を吐いているということになるぞ」
王様のいう事はごもっとも、ここに居るダービッツ候は嘘を吐いている。それはカンナが一番わかっていた。そこへアレクを宥めたモーガンが一緒に帰って来た。
「カンナごめんなさい……僕、自分の事でいっぱいで、カンナに急に冷たくされて飛び出しちゃった……」
申し訳なさそうに顔色を窺ってくるアレク、これは悪い癖になると感じたカンナは自分と同じような境遇のアレクにそうはなって欲しくはないという想いを込めて言った。
「王様‼ ここに居るアレクという少年はそこに居るダービッツ候爵が経営する奴隷商に売られ、男色家たちにレイプされた被害者です‼ しかもこの少年の両親は貴族だったにも関わらず、ダービッツ候の謀略により権力で御取り潰しになった上もみ消されてしまった……そんな憐れな少年です」
決死の発言をどこまで聞き入れてくれるか、それは王様次第だ。そこでアレクは勇気を振り絞って前に出る。
「王様! 僕はこの男エドワルド・ダービッツを許せません。なぜなら親の仇だからです……その上僕の事を奴隷商に売り、辱めを受けました。痛くて、気持ち悪くて……でも逆らえない。逆らえば鞭を打たれ強制させられる……そんな世の中ではいけないのです‼ 王様の信じた未来はそのような世界でしたか? 違いますよね? 私は自由を得ました……孤児院という場所ではありますが、そこには自由がありました! 発言の自由、職業の自由、あらゆる事由がありました! その自由を知って初めて自分が貴族であったことを活かしていける気がしました。それは自分が貴族になれば、このような下衆な輩を排除できるようにしたいと考えました。どうか僕の家の再興を願います」
うーむと考え込む王様、そこでダービッツが言った。
「陛下はこのような小僧と長年陛下に仕えてきた私、どちらを信じるというのですか⁉」
王様も困った顔をしているが、今は決断の時だ黙って見守ろうではないか。
「少年よ……苦しい想いをしてきたのじゃな。時に家名は何というのだ?」
そういえばアレクの家名は全く聞いたことが無い……貴族の出だということしか知りえていない。
「ローズマリー……アレクサンダー・ローズマリーと申します‼」
アレクの本名が初めて分かった瞬間だった……。
「もしや、お主の父君の名はアルフレッド・ローズマリー子爵か⁉ よく見ると面影があるのは気のせいではあるまい……」
驚きを隠せない王様は愕然と膝から崩れ落ちた。
「すまない……お主の父君はワシに深い忠誠を尽くしてくれていたが、不正の証拠がある以上正すしかなかったのじゃ。臣下の手前厳しく処すことしか出来なかったのじゃ……今でもあのローズマリー子爵が不正を起こすなどとは信じられないのだが、証拠がのう……⁉」
その時王様は閃いた! いや気が付いたというのが正しいかもしれない。
「そういえばあの時証拠を持ってきたのも、ダービッツ候お主じゃったな‼ お主もしかしてワシを謀ったのか⁉」
そう驚きの表情と共に疑問を投げかける王様、ダービッツ候は落ち着き払った様子で言った。
「おやおや、そこまでお気づきになられてしまうとは……王よ、余計なことに気が付かなければよかったものを……出でよ‼」
そう言うと辺りが暗くなり召喚陣が地面に浮き出る。皆が見つめる中でそこには魔物が現れた! 近くにいた者たちは悲鳴を上げ思い思いの方角へ逃げ出す……カンナは剣を鞘から抜くと、周りに集まっていた冒険者たちも戦闘態勢に入る。孤児院の子供たちやアレクを院長とシスターが誘導しながら避難する。その姿を見送るとモーガンは安心したように剣を抜き払った。




