プロローグ
カンナはいつも通り勤め先であるゲイバー、マジェスティックに出勤していた。いつものようにメイクをし、唇には紅いルージュ、繭もキレイに整えられている姿はまるで本物の女性のようだ。デニムにTシャツというカジュアルな格好をしているが、これが彼の正装なのだ。
山村カンナはゲイである……中学校の時に淡い初恋の相手が男性だったことでカンナ自身も気が付いたのだ。自分は男性が好きなんだ。それがカンナにとっては普通の事で当たり前の事なのだ……誰かに何かを言われても気にはならなかったし、理解のある友人たちだけと打ち解け合いそれ以外は気にも留めなかった。
だから差別がどうとかそんなことはどうでもよかった……世間は差別を無くしましょうみたいなことを言っているが、別に大切なパートナーが傍に居て、一緒に暮らしていければ何の問題もなかったのだ。ただそっとしておいてほしい……それが本音だった。だからこの国が解消しようとしている差別なんてものは興味もなかったし、誰がどう騒ごうが関係のないことだと思っていた。
体が男性なことには理解をしているからそれに似合う服装をし、自分を保っている。
今日は世間的には連休中という事もありお店は混んでいた。歌舞伎町二丁目にあるこの店は二十時に開店し翌二時に閉店するのだ。閉店後……疲れを癒すように水を一杯飲むと、グラスをシンクに置き、タバコに火をつけると深く煙を吸い込むと体が軽くなるような感覚になる。カウンター席に座り込むと店の奥からアルバイトのナナちゃんが出てきて声を掛けてくれる。
「お疲れさまでした!お先に失礼しまーす。」
そういってワンピースを着たナナちゃんは扉から出て行った……時刻は深夜の二時半だ。世間一般で言う丑三つ時、街もそろそろ眠りにつくような時間だ。
「お疲れ様ー。また明日よろしくねー!」
そう伝えるとナナちゃんは待ち人でも居るのかそそくさと帰って行った。若い子は奔放で良いわね……そう頭で思っていると、自分はもう三十一歳そろそろ中年と言われる歳に差し掛かっていることに危機感を覚える。
自分は悲恋のおネエ……そう、自覚している。今は大切なパートナーと呼べる相手は居ない。家に帰ってインコのぴーちゃんを愛で、眠りにつくのが日課で起きてからシャワーを浴びメイクに時間を取り出勤するのが一日のルーティンである。
大切な人が居ないからといっても自分は恵まれている方だと思っている……それはなぜか、友達に恵まれていることももちろんある。しかし、この歌舞伎町二丁目には目の保養が出来るところもある。道を歩いていればホスト風な男から観光客までいるのだ……その中にちょっとくらいはイケメンと言われる人が居るものだ。
カンナはそういう人たちを観察することで自分にとっての癒しにしていた。幼気な若い子たちを見ていると、自分もそんな時代もあったのだなぁ……とか、穢れを祓ってくれるような気がしてついて行ってしまうことも稀にある。まあ、おネエがみんなそんなことをしているわけではなくカンナの特別な行動といっても過言ではない。
そしてカンナは結構な恋愛体質なのか一目惚れをしてしまう事もしばしばある。
「ふう……帰るか。」
そう呟いてタバコの火を消すと、黒い薄手のシャツを着こみ、キチンと灰皿を洗ってから帰宅することにした。いつも通りの道を歩いていると突然目の前を黒猫が飛び出してきた……一瞬ビックリするが、黒猫は何事もなかったように道路を渡ろうとしていた。
大丈夫かしら? なんて思いながら心配そうに見守っていると案の定トラックがやってくるとハイビームではなかったためかトラックの運転手は黒猫に気が付いていない……都会で猫が車に轢かれることなんてよくあることだが、危ないと思いカンナの優しさが身体を突き動かすと……クラクションの音と共にドスンと音がすると光の中に消えて行った。