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ゴーストハウス・スイーパーズ  作者: 陽澄すずめ
#6 ゴーストささやく防音室
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6-1 昔馴染みとデジタル化

 天へと伸びる長い石段を昇りきると、そこは神社の境内だった。

 息はすっかり切れていた。緋色の鳥居の前で一礼したきり、つい足が止まってしまう。


 九月も半ばを過ぎた、晴天の午後。

 鎮守の杜の木々が、私の足元に斑らの影を落としていた。こぼれる日差しには未だ夏の名残りがあるものの、空は高く澄み渡り、吹き抜ける風は爽やかそのものだ。

 ただし私といえば全身じっとり汗が滲み、心拍数がなかなか落ち着かず、足腰には鈍い疲労が纏わり付いている。

 行きつけの神社だが、ここへ来ると毎回こうなる。運動不足の賜物だ。神さまを詣でるにも、厳しい試練を乗り越えなければならないのである。


 手水舎ちょうずやで手と口を清める。水が冴え冴えと冷たくて気持ちいい。

 整然とした石畳の参道には、私の他に参拝客はいない。拝殿の前に着くころには息も整っていた。背筋を伸ばして、二礼二拍手一礼。


 お詣りを終えるころ、参道の脇にある社務所の関係者口から見知った人物が出てきた。

 白い着物に浅葱色の袴を身につけた、ポニーテールの小柄な女子。遠目にも分かる可憐な美人である。


弐千佳にちかー!」


 呼びかけられ、軽く手を振り合う。

 彼女の名前は芙美ふみ。この神社の娘で、数少ない私の友人でもある。


 招き入れられた社務所の中は冷房が効いて、既に汗の冷え始めた身にはやや肌寒いほどだった。

 スタッフ用の休憩スペースの小さな卓袱ちゃぶ台に、芙美が常温の麦茶を出してくれる。


「実は弐千佳が麓の鳥居をくぐって神域に入った辺りから、なんとなく気付いてたけどね。気の揺らぎがあったから」


 芙美もまた第六感の鋭い人だ。家系的なものだろう。彼女のお父さんは、神職の傍らで心霊相談も請け負っている。


「今日は有瀬ありせくんは一緒じゃないんだ?」

「うん、実家の手伝いがあるとかで」

「へぇ、手伝い。なんか見た目の印象よりマメな感じ」

「あの子、ああ見えてお寺さんの三男坊だからね。大学はまだ夏休み期間中だし、お彼岸が近いからって駆り出されたみたい」

「そういやお父さんが方術の使い手だって言ってたね。この時期だと本業の方が忙しいか」


 有瀬くんのお父さんは高名な僧侶だ。除霊界隈でも名の通った人で、豊潤で安定した気を纏った人格者という印象を受ける人物だった。


 芙美も有瀬くんも、そして私自身も。心霊に関わる者は、近親者から異能や生業を受け継ぐケースが多い。

 遺伝的な要素はもちろんのこと、職務の特殊性もあって、そもそもそういう家柄でもなければ除霊の道など選ばないものである。

 従って狭い業界でもあり、横の繋がりも相応に強い。

 芙美とは父親同士が知り合いで、幼少期から顔を合わせる機会がたびたびあった。同い年だったこと、人見知りしない芙美が気さくに話しかけてくれたことで仲良くなり、今に至る。

 一方の有瀬くんは、私がアシスタントを探していた時に、別の同業者の伝手で紹介された。それが半年ほど前のことだ。


「しっかし、弐千佳も変わったよね。その水色のトップス可愛いじゃん。やっぱ黒以外も似合うよ。いい変化ー」

「そうかな、ありがとう」


 以前の私は、どんな時でも上から下まで黒をチョイスしていた。

 最近は色味のあるものも着るようにしている。なんとなく、カラーを身につけてもいいかと思えたのだ。


「あと、気の質もちょっと変わってきたよね」

「そう?」

「うん。柔らかさが増したというか、角が取れたというか。前はもう、抜き身のナイフのような鋭さがあったもんね」

「なんか恥ずかしい評価やめて」


 人を中二病みたいに。


「それもこれも有瀬くんの影響じゃない? 前より安定感あるよ」

「まあ、そうだろうね」

「やだ素直に認めるじゃん」

「実際、現場にいる間もずいぶん楽に過ごせるようになったよ。負の念に当たっても上手いこと中和できるし、気持ちの切り替えもしやすくなった」

「ほぉぉぉん」


 ニチャア……とでも擬音が聞こえてくるような、美人も台無しの不気味な笑みを浮かべた後、芙美は急に真面目なトーンになった。


「そういうことなら、ちょっと霊符も書き換えた方がいいだろうね。有瀬くんの気に馴染んだ弐千佳の気に合うように。そしたら連動して有瀬くんの方も力が出しやすくなるかも」

「ああ、それはぜひお願いしたい」


 渡りに船とはこのことか。ちょうど有瀬くんの力をどう導くべきか悩んでいたところだ。


「んじゃあごめんけど、少しだけ日数もらっていい? 霊符は丑の刻に書くって決まりがあってさ」

「いいよ、また取りにくる。先に代金渡しとくね」

「はーい毎度ありー」


 相変わらず神職らしからぬセリフを言った芙美は、私の差し出した封筒の中身を確認する。


「こういうのも電子決済できたらいいよね。お賽銭に電子マネー導入してる神社仏閣もあるみたいだし、うちもそろそろPoyPay契約しようかな」

「神さま的には大丈夫なの、それ」

「大丈夫大丈夫、今や神さまたちもデジタル対応の時代だから。人の在り方も時代によって変わるでしょ。ニーズがあるなら対応していかないと」

「神さまの代理の人が言うならそうかも」


 などと軽口を叩き合いつつ。


「また霊符できたら連絡するねー」

「よろしく」


 そんな約束をして、私は神社を後にした。下り階段でたっぷり膝に負荷をかけてから、その足でバスに乗って帰路に着く。


 私がこの街に住んでいるのは、芙美がいるからという理由も大きい。

 除霊業務に必要不可欠な霊符を作ってくれることはもちろん、昔馴染みの彼女が近くにいてくれるのは心強いと感じる。


 この後は仕事の依頼を受けに行く予定が入っていた。

 帰宅後、外出用の服から仕事着である黒のツナギに着替えをする。ただの短時間の打ち合わせであったとしても、ちゃんと仕事用の自分を作るのだ。

 軽めに散らしていた前髪もがっつり下ろして、いわゆる『いつもの』無量むりょう 弐千佳の顔にすれば完成。


 可愛げも何もないロゴ入りの白いライトバンで、自宅アパートから約十五分のドライブ。

 金曜日の不動産屋は一般的にあまり混んでいない。花の金曜に家探しをするお客はさほど多くないらしい。

 元請け・大黒だいこく不動産も例に漏れずだ。出入り業者たる私の打ち合わせは、そういう日時や営業開始前など空いている時を選んで行われる。

 今日出迎えてくれたのは、店主である大黒氏だった。あのクール眼鏡なジュニアのお父さんである。


「どうもどうも無量さん、いつもすいませんねぇ」


 ロボットみのある息子と違って、お父さんの方は柔和でお喋り好きなおじさんだ。くたびれ気味の半袖ワイシャツ姿で、ビール腹がベルトの上に乗っていて、体型的に福の神っぽい。

 いつもだらだらと長くなりがちな世間話が始まる前に、私は先手を打った。


「さっそくですが、今回の依頼について教えてください」

「はいはい、ちょっと待っててねー」


 一旦パーテーションの奥へと引っ込んだ大黒氏は、タブレットと茶封筒を手に戻ってくる。

 どことなく不器用な指先が、タブレットの該当ページを手繰った。


「今回の物件、これなんだけどね。防音室付きのお部屋でして」

「へえ、防音室。珍しいですね」


 案件の概要をざっと教えてもらう。どうやら今回は、一年ほど前に男性が孤独死した部屋らしい。


「また入れる日を教えていただいたら、電気とか水道とか大家さんに連絡しときますんで。実はここ、ちょっと電気が上手く使えない時もあるみたいでねぇ」

「電気が?」

「うん。照明もなんだけど、電子楽器とか電化製品とか、あとパソコンやスマホもかな。そういうのがおかしくなっちゃうんだって。幽霊もデジタルの時代だねぇ。僕らもまだ紙ベースの資料やりとりしてるくらいなのにねぇ」


 と、机の上の茶封筒を指す。奇遇にも、ついさっき同じような話をしたばかりだ。

 結局、取り留めのない世間話をひとつふたつ交わして、私は大黒不動産を辞した。


 自宅に帰り着いてから、有瀬くんへ予定を尋ねるLIMEメッセージを送る。ついでに今回の物件の概要も添えた。

 数分後、返信がある。


【★あんご★】にちかさん♡♡♡今まだ実家にいるんですけど、明後日には帰ります!月曜日から大丈夫です!!


 それならちょうど良かった。私も芙美から霊符をもらわないといけないので、週明けからの方が都合がいい。

 続けてメッセージが入る。


【★あんご★】防音室って超おもしろそう!楽しみにしてます!!


 ごきげんなスタンプが二つ、三つ。


「いや面白そうか……?」


 有瀬くんは、まあ何でも面白がる人ではある。

 だけど彼の感想が何を意味しているのか、その時の私には予想すらできていなかった。

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