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ゴーストハウス・スイーパーズ  作者: 陽澄すずめ
#4 ホーム・スイートホーム
32/76

4-3 見えない中身

 ありありと思い出せる。

 五年前、この家はまだ築四十年なりの古くてボロい木造建築だった。

 遺体から出た汚れの痕だけでなく、長年住んでいた人たちの生活の痕跡がくっきりと残る家だった。

 そして、念仏を唱える声や啜り泣きが聞こえるという心霊現象が発生していた。


 土地と住居の所有者はこの辺りの大地主。地域の住民たちは誰しも事件のことを知っていた。住宅密集地の上に角地でもないため、駐車場などにもしづらい。ゆえに、物件を手放したくとも買い手が付かなかった。

 他地域から越してくる者に貸す家にしようと考えた地主は、思いつく限りの方法でここを賃貸物件として再生させた。除霊と、全面改築を以って。


「当時の私は、事故物件に限定することなく怪異全般に対する依頼を受けていた。その案件は、無量むりょうの家に持ち込まれた相談の一つだった。親戚筋が時々大黒(だいこく)不動産の仕事を受けてて」

「そういや実家も除霊関係の仕事だって言ってましたね。ここは弐千佳にちかさん一人でやったの?」

「いや……」


 一瞬、躊躇った。


「……兄と、二人で」

「お兄さんて、あのスーパーイケメン?」

「スーパーイケメンかどうかはともかく、この前のラブホで出てきたのと同じ姿をした男だよ」

「えっと、訊いていいかどうか分かんないんすけど、弐千佳さんのお兄さんって……?」


 ——あんただって、大切な男を殺した……


 あの女の霊の言葉を、有瀬くんも聞いていたはずだ。

 私はあくまで淡々と告げる。


「その時の除霊作業中に、命を落とした」


 息を呑む音。


「……すんません。前にも俺、知らずにお兄さんの話題振ったことありましたよね」

「いや、いいよ。気にしないで。珍しいことじゃないんだよ。母親だって、私が高校生のころに霊障が原因で死んでるしね」


 軽い調子で返したものの、話を続けるのには一拍を要する。


「兄は……ここに巣食ってた怨霊の念に魂を侵食されて、()()()こられなくなった。そういう時の対処法って決まっててね。私は闇に呑み込まれた兄の魂ごと、怨霊を幽世かくりよに強制送還した。それが被害を一番小さく留める方法だから」


 有瀬くんがわずかに口を開きかけた。だけど結局、そのまま唇を結ぶ。

 私は軽く目を伏せる。


「何にしてもひとまず、この家の現象は収まった。その後、家屋まるごと改築して、綺麗に生まれ変わったはず、だったんだけど」


 小さく息を吐き、視線を上げる。


「それでも入居したいって人はなかなか現れなかったみたいで。二年前からようやく、地主さんの親戚の夫婦が諸々の事情を了承した上で住むことになった。しばらくは何事もなかったらしいんだけど、つい三ヶ月くらい前から急におかしなことが起き始めたんだって」

「おかしなこと?」

「奥さんが原因不明のひどい頭痛で寝込んだりとか、飼い犬が急に暴れ出したりとか。また妙な念仏を唱える声が聞こえたりとかも。そのせいで、先月退居した」

「怨霊が復活しちゃった感じっすか」


 既に事件から五年が経過している。不動産業界のガイドラインにおける心理的瑕疵物件の告知義務は三年。それを超えてなお、過去の事実を伏せようもない状態に陥ってしまったのだ。


「さすがに地主さんも、この家を取り壊すことに決めたらしい。だけど相談を持ちかけた解体業者や金融機関の職員に次々と不幸が起きて、計画が進まなくなってしまった」

「うええ、まさか怨霊が家を守ってるってこと?」

「そうなのかもしれない。既に変な噂が立ち始めてるから、一刻も早く事態を収めてほしいって。実は先に別の除霊者がここへ派遣されたんだけど、あまりの霊障で断念したみたい。それも二組連続でね。それで結局、私にお鉢が回ってきた」


 大黒さんが上手いこと穏便に話を進めてくれているみたいだけど、相応にプレッシャーはある。


「謂わば自分の尻拭いだね。有瀬くんには付き合わせて申し訳ない」

「何言ってんすか。今さらっすよ。俺、弐千佳さんのアシスタントなんで」


 明るい笑顔が心強い。


「怨霊の力が復活した原因を探ることが、解決の鍵だと思う。落ち着いてやっていこう」

「はいっ」


 その後いつも通り、二人でざっと家じゅうを掃除する。


「しっかし、三ヶ月前から急に出てきたってのも謎っすよね。幽霊の人、春が来て目ぇ覚めちゃったんかな。それまで冬眠中だったとか」

「永眠してるのに?」

「それか、あったかくなって解放的な気分になったんかも」

「そんな露出狂みたいな理由じゃないと思うけどね」


 第一、前の住人も丸一年以上は住んでいるのだ。


「でも、言うほど霊障なくないすか」

「今はがっつり私のテリトリーだからね」


 五年前と比べても、自分の能力はかなり高まったと感じる。そして有瀬くんというアシスタントもいる。

 一度は触れた怨霊だ。二度は失敗しない。



 夕飯は県道沿いにあるファミレスのチェーン店で摂ることにした。

 平日の夜のため店内は空いている。学生らしき数人のグループやスーツ姿の男性など、ちらほらお客がいる程度だ。家族連れも二組ほど。


 私たちは四人がけのテーブルに対面で座り、タッチパネルで料理を注文した。

 私はグリルチキンの和膳。有瀬くんはチーズINハンバーグに唐揚げやらウインナーの載ったプレートと、ライスセット。ついでにドリンクバーも二人分。


 先に取ってきた烏龍茶をちびちび飲みつつ、店内のざわめきに意識を散らす。

 誰のものとも知れない不特定多数の声や物音の入り混じる空間に、少し気が紛れる。

 知らず知らずに神経が張り詰めていたらしい。あの家の空気はどうにも負が濃すぎる。


 ドリンクバーのカウンターの方から、有瀬くんの声がした。小学生くらいの男の子と何か喋っているようだ。

 戻ってきた彼の手には、パステルグリーンの液体の入ったグラスがある。


「有瀬くん、さっき何してたの?」

「あの男の子と一緒にスペシャルドリンク作ってました。カルピスメロンソーダです」

「何してたの」


 男子たちよ。


 有瀬くんはそのスペシャルドリンクを一口飲み、目をみはって唸った。


「うおお……信じられないうまさ! 俺史上一、二を争うほどの逸品っすよこれ! 天才かよ!」

「そもそもカルピスのメロン味は存在するものだしね」

「カルピスって、どんなドリンクでも受け入れる懐の深さがあるんすよね。さすが器がちげえ」

「液体だけどな」


 くだらないやりとりをするうちに、猫型配膳ロボットが料理を運んできた。円柱状のボディに四段のトレイが付いており、トップ部分のパネルに猫の顔が表示されているものだ。


『ご注文の料理を持ってきましたニャー』

「可愛い」

「可愛い」


 注文の品を取った有瀬くんが猫ロボットの頭部分を撫でる。


「ありがとう!」

『撫でてくれて嬉しいニャー』

「えっ、そんなことも言うの?」


 いいねが足りない。


 有瀬くんがわくわくした表情でハンバーグを切り分けた。中からとろりと溶けたチーズが出てくる。


「このチーズが出る瞬間、毎回テンション上がるんすよねー」

「それは分かる」


 私の頼んだ和膳は、以前同じチェーンの別の店舗で食べたものと寸分違わず同じだった。安定的にまずまず美味しいと感じられる味だ。


 食事も終わりがけのころ、一組の家族が席を立ち、私たちの横を通っていった。先ほどの男の子と有瀬くんが手を振り合っている。お母さんに会釈されたので、私も返した。何だこれ。

 仲の良さそうな家族だった。店内は若干空調が効きすぎていた。


 静けさを増したファミレスの真ん中で、有瀬くんはぽつりと呟く。


「思えば、なんか哀しいっすよね。家族の中で事件とか起きちゃうの」

「まぁねぇ。でも日本の殺人事件の半分以上は親族間で起きたものだっていう統計がある。そうした場合は大抵、事件は家の内部で起きる。他人から見たら、よその家のことなんてブラックボックスみたいなものだよ。マトモに見える家庭であっても、実はとんでもない問題を抱えてるかもしれない」


 私は新たに取ってきていた抹茶いちごオレとやらを一口飲む。抹茶にもいちごにもピンとこない、ただただ甘い液体だった。

 思わず顔をしかめたところに、声がかかる。


「あのさ、弐千佳さん……大丈夫?」

「いやーこれは、失敗だったね」

「そうじゃなくて、あの物件のこと」

「何、出し抜けに」

「だって、お兄さんのこともあるし。キツいかなって」

「ん……まぁ、全く平気かと言われると、そうじゃないのは正直なとこだけど」


 私は下手くそに微笑んでみせる。


「ある意味、これはいい機会かもしれないんだ。兄のこと、いつまでも引き摺ってばかりいられないし。後始末まで、ちゃんとするよ」

「そっすか……でも、あんまし無理しないでね」

「ん」


 配膳ロボットがやってくる。

 有瀬くんは追加で頼んだかき氷を受け取り、また猫の頭を撫でた。


『あったかい手ニャー』

「いくらでも撫でてえな。お疲れさん」


 労いの声は柔らかい。

 ロボットは疲れた様子も見せずに戻っていく。

 私たちがセルフレジで会計を済ませた後も、猫のロボットは人の少ない店内でくるくると働いていた。

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