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ゴーストハウス・スイーパーズ  作者: 陽澄すずめ
#3 殺人ラブホテル
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3-3 女が男を殺す部屋

「去年の女子高生の事件以降、客入りが激減しまして。おかげで経営が困難になり、土地ごと売却しようということになったんですが、なかなか難しくてですね……」


 オーナーの表情には、底の見えない疲労が滲み出ている。


「藁をも掴む思いで、事故物件に実績のある大黒だいこく不動産さんにご相談したんです。そしたらどうにか買い手を見つけていただけたんですよ。きっちり除霊処理をするという条件付きで」


 そう、今回の任務。

 何が何でも除霊を成功させなければ、大きな売買契約が一つ丸潰れになり、元請けたる大黒不動産の面目にも関わる。


 私は人知れず居住まいを正した。


「参考までにお伺いしますが、このホテルは開業して何年ですか?」

「昭和の最後だったんで、三十五、六年ですね。内部は何度かリフォームしてますけど」

「十年前の事件が起きる以前には、何もなかったわけですね」

「殺人みたいな重大な事件は十年前が初めてです」


 それまでにも未成年の援助交際などの調査で警察が来ることは何回かあったそうだけど、この手のホテルでは珍しくないことらしい。


「十年前なんて、ちょうど全館リフォームしたばっかりのころで、客足が伸びることを期待した矢先のことだったんですけど……」


 もう、いろいろ気の毒としか言いようがない。


「失礼を承知で申し上げますと、このホテルの敷地に足を踏み入れてから、ずっと嫌な気配を感じています」

「あぁ、それは大黒さんにも言われました」

「三つの事件との関連はこれから調べていきますが、この負の念を根本から解消しないことには、また新たな不都合が発生する可能性があります。なるべく早急に原因を突き止めて、対処します」


 わずかに笑みを作ってみせると、オーナーは少しホッとしたような顔になった。


「除霊が終わるまでの間は全館休業にしますんで、自由に出入りしてください。部屋の鍵も全室開けておきます」

「助かります。休業とは、申し訳ありません」

「いやいや、閑古鳥でも開けとくだけで人件費かかりますんでね。他のお客さんがいたら除霊もやりづらいでしょうし、いっそ休みにした方がいいだろうって大黒さんが」


 大黒氏のナイスアシスト。つまり。


「……それは責任重大ですね。きっちりやらせていただきます」

「ええ、どうかよろしくお願いします」


 私がプレッシャーを感じる中。ずっと黙っていた有瀬ありせくんが、さっと手を挙げた。


「あのー、すんません」


 もしや何か気付いたことでもあったのか——


「ここのキッチンて、使わせてもらっちゃっても大丈夫な感じっすか?」


 強い。



 館内の設備も自由に使って良いと許可を得て、私と有瀬くんは無人のホテルに残された。

 二人してロビーにある部屋の写真パネルの前に立つ。


「ねぇねぇ弐千佳にちかさん、どの部屋にするー?」

「私はもちろん問題の501号室に泊まるよ」

「そこ普通に一番高い部屋じゃないすかー。じゃあ俺も一緒にその部屋に」

「却下」

「えー、やっぱダメ?」

「無論」


 甘えた声を出すな。


 最上階の五階には広めの三部屋、二階から四階には各五部屋ずつある。一階はロビーのみで、半分はピロティの駐車場になっているという構造だ。

 『ニューリゾート』と名乗るだけあって、客室はバリ風だったり地中海風だったり異国のリゾートっぽいコンセプトの内装らしい。写真で見る限り、どれも何となく安っぽい。


「えっ、何この401号室。全面的に鏡張りじゃね? 301は全面ショッキングピンクだし」

「その辺は異次元空間的な感じにしてみたんじゃないの。知らんけど」


 あのオーナーの趣味なのだろうか。割とセンスを疑う。


 結局、有瀬くんは私の隣の502号室、アジアンリゾート風の部屋に決めた。

 エレベーターで五階へ向かい、まずは問題の501号室に入る。


 くだんの部屋は、どこもかしこも真っ白だった。アンダルシア風だろうか。別に何でもいいんだけど。

 広々とした空間の真ん中にはキングサイズのベッド。それと向き合うように六十インチ程度のテレビ。大きめのソファとローテーブルもあり、部屋の隅には小型の冷蔵庫と、ポットやグラスの置かれた作り付けの棚がある。


 玄関のすぐ横には『お会計』と書かれた表示板。壁の小窓の奥には透明なパイプ。

 エアシューターだ。カプセルに代金を入れてボタンを押すと、空気の噴出力で管を通ってフロントに届く仕組みのものである。


「ほら、事務所にあった会計の装置。今時これで支払いするシステムなんだ」

「あー! 地元の古ーいラブホで一回だけ見たことある! 面白いっすよね、これ」


 トイレ、洗面台、浴室は玄関入って正面。

 カーテン代わりに木の板で蓋をされた窓は縦型で小さい。蓋を外せば、縦すべり出し窓と呼ばれる、ビジネスホテルにもよくあるタイプの窓が現れた。ただしあまり大きく開かない仕様のようだ。

 こういう場だから仕方ないけど、空気の動きにくい構造をしている。


 しかし。


「なんか、拍子抜けっすね。もっとこう、やべえ霊がバーンと出てくるもんかと」

「うん、今のところ霊がいる感じはしないね」


 清掃は行き届いており、物理的には綺麗だ。しかし雑多な念は当たり前のように漂っているので、開け放った玄関から外へ向けて簡易的な九字切りをしておく。

 有瀬くんと手分けして部屋の四方に霊符を貼り、ひとまずの準備は完了である。


「ちょっと情報を整理しようか。この部屋で起きた三つの事件には、いくつか共通点がある」


 私はソファに腰かけ、脚を組んだ。


「まずは、どれも犯人が女性だってこと。しかも筋力で劣る女性にはちょっと難しい方法で相手の男性を殺してる」

「絞殺に溺死に撲殺……確かに三つとも力任せの方法っすね」

「あと、夜に発生してるってことね。心霊の影響が強くなる時間帯だよ。でも一番重要なのは——」


 私は浴室の方を指さす。


「全部、あの辺の水回りで起きてる」


 一件目は洗面所、二件目と三件目は風呂場だ。


 洗面台は余裕のあるサイズ感。アメニティも豊富に揃っている。

 浴室を覗けば、こちらもやたらと広い。ジャグジーバスになっているらしい。ラブホらしく、全身の映るサイズの鏡が設置されている。


「なんか水に関係あるんかな」

「どうだろう。溺死は一件だけなんだよね」

「洗顔とか風呂とか、男が油断した瞬間を狙ったみたいな?」

「どれもマイナス要素のある関係性のカップルだったみたいだからね。恨みや害意を抱くことはあり得るかも。でも恐らくは、突発的な犯行だった」

「突発的? なんで?」

「初めから殺すつもりだったら、予め凶器を用意しとくでしょ。男性相手なら特に。それがみんな、タオルとか湯船とかシャワーヘッドとか、ありものを使ってる」

「あー、なるほどー」


 いずれの方法であっても、男性が思い切り抵抗したら、女性の腕力ではまず太刀打ちできないだろう。


「元々相手に対して持ってた悪感情が、この場の念の影響で増幅して……ついでに言うと普通ではありえないような力が働いて、殺害に至ってしまったと推測できる」


 有瀬くんが感心したように唸った。


「すげえ弐千佳さん、名探偵じゃないすか!」

「単に事実を並べただけだから」


 とはいえ、水回り付近であっても、特別に濃い気配はしない。あくまで今現在は。何か条件があるのかもしれない。


 スマホで時刻を確認すると、午後六時を回っていた。そろそろ日が暮れ始める頃合いだけど、閉ざされた窓では外の光を確認できない。


「ひとまず夕飯行こっか」



 ネット検索して見つけた、最寄りのハンバーグレストラン。ハリボテっぽい外観で、カントリー調の内装という、びっくりなチェーン店の。

 ボックス席で向かい合わせに座り、三連祭壇画みたいな観音開きの木製メニュー表から、私はおろしそバーグディッシュの百五十グラム、有瀬くんはパインカリーバーグディッシュの三百グラムを頼んだ。

 木製のプレートに、ハンバーグとごはんとサラダが載っている。全国どの店舗でも同じスタイルで出てくるため、ある意味安心感がある。


「わー、うまそう!」

「有瀬くん、ハンバーグ似合うね」

「そっすか? ハンバーグは大好きっすねー」


 パイナップル柄のシャツ姿でパイナップルの添えられたハンバーグを嬉しそうに食べる有瀬くんを眺めながら、今回は横並びじゃないなと、ふと思う。

 改めて気付いたことだけど、彼は箸の使い方が綺麗だ。ハンバーグを切り分ける手に淀みがない。料理も得意だし、手先が器用なのだろう。


「ワンプレートに全部載ってるのがテンション上がるんすよね。お誕生日みたいで」

「有瀬くんちのお誕生日はそんな感じだったんだ」


 とりとめもない会話で食事を終え、ホテルへ戻った。


 仮にも異性と二人。普通に楽しくごはんを食べた後でラブホに行くのは、さすがになんとなく尻の座りの悪い心地になる。

 ただし、建物へ入るのは従業員入り口から。正面玄関じゃなくて良かった。絶対に変な雰囲気になっただろうから。

 小さな扉をくぐれば、すぐに事務所だ。中は濃い闇がとろりと漂っていて、一気に現実へと引き戻される。


「やっぱここ、すげえヤな感じ」

「そうだね。建物自体が……というより、敷地そのものが、かな」


 電気を点け、扉を閉める。ばたん、と重い音がした。

 拍子に、ギィィ、と。

 縦型ロッカーのスチール扉が、耳障りな音を立てて開いた。


「うおっ⁈ ビビったー!」

「建て付け悪いのかもね」


 勝手に開いた扉に触れる。

 その内側にあった鏡に。

 私の、白い顔が映り込んでいた。

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