3-2 HOTELニューリゾート501号室
もはやすっかりお馴染みとなった、待ち合わせ場所の駅前ロータリー。
やはり今日も、有瀬くんは派手なアロハシャツ姿で待っていた。輝くような水色の地にパイナップルの総柄の。似合っているのが何とも言えない。
「弐千佳さーん!」
ぶんぶんと大きく振られる手。同じように振られる尻尾を幻視する。
このアシスタントは今回も例に漏れず、大荷物を抱えていた。
「有瀬くん、今日の現場が宿泊施設だって伝えたよね?」
「うん、でも念のため自炊の用意してきました。いつも通りメシは現地調達でしょ? 電源さえありゃ、米が炊ける!」
彼が車に荷物をどやどや積み込むのも、既に見慣れた光景だ。
「今日のとこって県外だっけ? 保険的なこととか大丈夫なら、運転交代できますよ」
「ありがとう、でも大丈夫。高速の途中で休憩入れればいいし、インター降りてすぐのとこみたいだし」
白いライトバンは市街地を出発して国道を進み、最寄りのインターから有料道路へと入った。
平日の午後。高速はむしろ国道より空いている。大型トラックがちらほら走っているくらいだ。
視界は開け、エンジンの回転も快調。両側の窓を開けておくだけで爽やかな風が吹き抜けていく。
「ドライブ日和っすねー。山とか海とか行きてー。沖縄とかリゾート系もいいなー」
トロピカル有瀬がのんびり言う。
毎度のことだけど、これから室内に籠って除霊の作業をする人にはとても見えない。
「行ったらいいんじゃないの。時間あるでしょ」
「ツレがみんな就職しちゃってて休み合わないんすよねー。みーんな真面目で立派な社会人になっちゃってー」
それに関して私が助言できることはない。
「あ、良かったら弐千佳さん一緒に」
「やだ」
「瞬殺かよー」
私ほど海やらリゾートやらが似合わない人間もおるまい。
途中でサービスエリアに立ち寄り、トイレとタバコの休憩を取る。有瀬くんはわずかな隙にソフトクリームを買い食いしていた。
「こういうとこ来たら絶対ソフトクリーム食わなきゃ」
楽しそうで何よりだ。
そこから再び、防音壁に囲われた変わり映えのない景色の中を走っていく。単調な道では眠気が来る。私は二本、三本とタバコを吸った。
有瀬くんもまた、欠伸を噛み殺しながら言う。
「今回はぐっすり寝られそうでいいっすねー。ちゃんとベッドとかカーテンとかあるんでしょ?」
「うん、寝るのに特化した場所だからね」
「アパートとかマンションとかじゃなくて、ホテルみたいなとこの除霊も結構あるの?」
「なくはないけど割と特例。そもそも宿泊施設は賃貸物件と違って、事故物件としての告知義務がないし」
「へぇ? でも、考えてみたらそっか。別に住むんじゃなくて、一泊とか二泊とかするだけだもんな」
ナビの音声が、目的のインターの接近を告げる。緑看板に従って左ウインカーを出す。ゆるりと螺旋を描きながらスロープを降り、料金所のゲートを抜ければ、そこは全く見知らぬ土地だった。
錆びたフェンスで仕切られた、荒れ放題伸び放題の草木の茂る謎区画。そこに放置されて積み上げられた廃タイヤ。
お世辞にも環境が良いとは言いがたいエリアを進んでいけば、高速道路の高架下に競うようにホテルが乱立している。
無論、その全てがラブホだ。
助手席の有瀬くんが身じろぎした。ナビの示す目的地を窺っているのが分かる。
私はそれに気付かないふりをして、アナウンス通りに車を走らせる。
ずいぶん細く入り組んだ道だった。よくぞここまでと思うほど、行けども行けどもラブホしかない。
嫌な区域だと、本能的に感じた。
地形、建物の立地、道の形。剥き出しの人の欲が、払拭されることなく滞留している。辺りに蔓延る雑多な念もいやに濃い。
『目的地周辺です。音声案内を終了します』
あと一歩のところでナビが沈黙してしまった。どれもこれも似たようなホテルの群れの中から、事前に聞いていた名称の看板をやっと目視で発見する。
『HOTELニューリゾート』
『ニュー』という響きに時代を感じる。外観も印象通り、バブル期の残り香のような翳りを纏っていた。
「良かったね有瀬くん、リゾートだって」
「えっ……えぇ? ……アッ⁈ 寝るのに特化した宿泊施設って、そういうこと⁈」
有瀬くんが明らかに動揺している。
私は表情筋を一ミクロンも動かすことなく内心だけで口角を上げた。
敢えて詳細を伏せていたことは否めない。こちとらいつもペースを乱されてばかりなのだ。
入り口にある薄汚れたビラビラのカーテンをぞろりとくぐる。途端、肌に触れる空気の温度がぞわっと下がった気がした。半地下の駐車場には、白いクラウンが一台駐まっているだけだ。
私は正面玄関に最も近いスペースにバック駐車し、念のためナンバー隠しのプレートをフロントバンパーに立てかけた。
「有瀬くん、荷物お願い」
「あっ、はい」
有瀬くんが慌てて荷物を抱える。
「なんか……ヤな感じっすね、ここ」
「うん、周りも相当だったけどね。このホテルは特にひどい。空気が澱んで見える」
ロビーに続く玄関の自動ドアには『本日は臨時休業いたします』という張り紙。近くに立ってもセンサーは反応しない。
横手にある小さなドアが開き、中から初老の男性が姿を現した。普段着で中肉中背、どことなく顔色が悪い。駐まっている車はこの人のものだろう。
「ええと、除霊業者の方?」
「はい、ハウスクリーンサービスの無量と申します。大黒不動産からの委託で参りました」
「……どうぞ、こちらから中へ」
通されたのは事務所のような小さな部屋。電話機やレジ、空調や施錠の操作パネルらしきものがある。
奥には縦型ロッカーが二つ、スチールキャビネットが一つ。この部屋に隣接して、『調理室』と『リネン室』と札のかかった扉が並んでいる。
「ラブホのフロントの中ってこうなってたんだ」
「ね」
「あのマシンみたいなやつ何すかね」
有瀬くんが指した先にあるのは、天井まで伸びるパイプに小窓の付いたような装置だ。
「あぁ、お会計のやつじゃない?」
「お会計?」
小声の会話もそこそこに、勧められた椅子へ二人して腰を下ろす。
「私はこのホテルのオーナーです。さっそくですが、大黒さんから話は聞いてらっしゃいますか」
「えぇ。去年あった殺人事件の……女子高生がSNSで知り合った男性を殺害したという、あの事件の現場だと伺っています」
オーナーは軽く苦笑する。
「やはりご存じでしたか」
「全国ニュースでも取り上げられて、かなり話題になった事件でしたよね。若い女の子が大の男を……という珍しい話だったので、印象に残っていました。メディアの報道より、SNSであらぬ憶測が飛び交っていた記憶があります」
「そうなんですよ。それどころか、過去に起きた事件のこともほじくり返されてしまって……」
その、過去の事件、というのが。
「実はこのホテルでは、これまでに三件の殺人事件が起きています」
曰く。
最初の殺人事件は、およそ十年前。
二十代の女性が、一緒にいた四十代男性の首をタオルで絞めて殺害した。現場は洗面台の前。男性の歯磨き中に油断したところを襲ったもの。
二人は職場の上司と部下で、男性は既婚者。つまりは不倫関係だった。
その次が六年前。
三十代の女性が、同い年の交際相手の男性を湯船に沈めて溺死させた。夜間、入浴中の犯行だった。
友人の証言によれば二人の間では別れ話が出ていたらしく、その縺れが原因とされた。
そして直近が約一年前、世間の話題になった件だ。十代の女子高生が、五十代の男性の頭部をシャワーヘッドで殴り付けて殺害したという。これも夜間の犯行である。
二人はSNSを通じて知り合い、この日が初対面だった。男性が少女に金を渡す約束をしていたらしい。
いずれも『女性が男性を殺害した事件』である。
オーナーは一層低い声で言う。
「三つの殺人事件は、全て同じ一室で起きてるんです。最上階の五階にある一番大きな部屋……501号室で」
「三件とも、ですか。全く同じ部屋で?」
「そうなんです。もう不気味で……」
さすがにこれは、偶然ではないだろう。よほどその部屋にすごい怨霊でも巣食っているに違いない。




