最後
三題噺もどき―さんびゃくきゅうじゅうさん。
晴れた空が広がっている。
最近は雨続きだったのに、珍しく澄み渡った青だ。
ビルのせいで切り取られてしまっているが、それでもなお美しいものだ。
―薄汚い自分とは比べ物にならないほどの美しさだ。
「はぁ……」
狭い路地。
ビルとビルの隙間。
人間1人が歩くのがやっと。
走るには少し障害物が多い。
隠れるにはうってつけ。
「―った」
腹部のあたりに鋭い痛みが走る。
寒いこの時期にはあり得ないほど熱を帯びている。
指先は冷えているが、その冷たさでは熱は治まらない。
「……っふぅ」
呼吸をするのも意識をしないと忘れてしまいそうだ。
それすらも疲れる上に、痛みが増すものだから……やりたくなくなってしまう。
だから意識しないと呼吸まで気が回らない。
「……」
が、まぁ。
この怪我では無理だろうなぁ。
呼吸をしないといけないと思い、息を吸って吐いては見るが。
無駄な足掻きでしかないのは、自分が一番分かっていたりする。
「……」
這う這うの体でこんな所に潜んではみたが。
追手が居るのかどうかも判断がついていない。
あの場にいた人間は全員のしたはずだが、造園がないわけでもないだろう。
こちらと違って、あちらは数で押せるはずだ。
しかし、追われる理由も狙われる理由も検討がつかない。
「……」
いや、なぁ……仕事柄恨みは買うし、追われる理由がごまんとあるが。
この世界では当たり前だし、その程度であの量の人間を投入するほうがおかしいぐらいなのだが。しかも、こんな1人でやってるやつに、あの量の人間。そんなに恨まれる理由はないはずなんだが。何かよく分からないものに片足でも突っ込んでいただろうか。
「っはぁ…」
危ない危ない。
呼吸を忘れていた。
吐き出すように呼吸をしたせいで、痛みが強くなる。
押さえていた手の平から、より強くぬるりとした感触が返ってくる。
本格的にダメなやつだなこれは。
「……は」
傷口を抑える気力もなくなり、腕からも力が抜ける。
ダラリと地面に落とされた手は、もうピクリとも動かない。
立ち上がる事なんて、とうの昔に諦めている。
「……っ」
それでも痛みが襲うのだから、生きていると実感してしまって少し嫌になる。
楽に死ねるとは思っていないが。こんなにも苦痛に襲われるとは。
いっその事、相手に凄腕に何かでもいればよかったかもしれない。
「……」
そう考えると、自分が相手をしてきたやつらは、こんなに苦しまずに逝けたのかもしれないと思うと、少し羨ましくなる。
それとも痛みはあったのか。どうなんだろう。
「……」
あぁ。ようやく痛みが麻痺してきた。
体中から何かが抜けていく感覚。
誰かに縋ることも出来ないこの身では、もうどうにもできない。
そのまま身を任せ、落ちていく。
「……」
視界もぼんやりとしてきた。
手足にはもう、何も残っていない。
体温はすでに落ちている。
傷口だけが熱を帯びている。
「……」
「……」
「……」
「……」
――
「……なん」
冷え切った指先に、何かが触れた。
じわり。
と広がる温かさが、そこに残る。
閉じていた瞼を上げ。視線を落とす。
「ふ……」
そこには、見知らぬ毛玉がいた。
ここで暮らしていたんだろうか。
身体が随分と小さく見える。
何を考えているのか、指先を舐めているようだ。
「……」
遠ざかる小さな温もりを、少し惜しいと思った。
初めて、死ぬのが惜しいと思った。
お題:縋る・怪我・晴れた空