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3 夢見る力① ☆

 投稿済部分における意図せぬ不快描写の修正等を行いました。

 それに伴い、書き溜め部分の修正等を行うため、次回の投稿は1か月近く先になる見込みです。

 ご迷惑をおかけします。

 詳細は活動報告をご覧ください。




 一章で提案した現実の四分類について、本章では別の観点から検証してみましょう。

 先ほどは便宜上、現実を四つの階層に分け、その基準となったのはヒトの生身と意識のあり方でした。第一の、基本となる現実は、純然たる身体性のみが支配し、第二番目以降の現実とは異なり目の前のことだけに着目する、いわば動物的な現実でした。第二の現実は、想像力や抽象化の能力を用いて、五感や身体性、コミュニケーション方法などを拡張した、文化的な現実でした。第三の現実は、受ける刺激を精査することで生身から離れ、別の身体性を築き上げた、文明的な現実です。第四の現実は、純然たる想像力のみが支配し、知覚しうるものの干渉することができない、いわば幻想的な現実でした。そして、眠り見る夢はそのまま非現実として分類の外に置かれました。

 ここでは、それぞれを隔てるもの、あるいは重なり合うものを例に挙げて、厳密に境界線を引くことは可能か、もしくは不可能であった場合、その性質がどのような意味を持つかを考えていきます。


 第一現実をその他と隔てることは困難ではありません。文化や言語、物語や貨幣など、目の前にないものを用い操るのであれば、それは第二の分類に属し、あるいはその入り口に立っているといえます。

 第二以降の現実は、一章で図示したように、第二現実から枝分かれするものとして第三と第四の現実が並立しています。第二と第三、第二と第四の現実はそれぞれ近似しているため、ここでは、インターネットや拡張現実(AR)を第二、仮想現実(VR)や追感を第三、絵画や小説を第四の現実の代表例として見ていきましょう。


 第二と第四の現実を隔てるものは、干渉の不可能性です。絵画、写真、映画、小説など、非現実に現実を見出だして虚構に没入し得るものであり、かつ、はたらきかけることができない、ただ観測者に徹する対象が第四現実です。

 演劇やコンピュータゲームは、舞台に勝手に上がり、あるいはボタンを押すことでそこに介入し、変化を起こすことが可能です。その点では、第二・第三現実的側面を持ちます。しかし、予め完結していて、その脚本を書き換えてしまうには至らないという点で、第四現実であるともいえるでしょう。


 補助や誘導を頼りに想像の翼を広げることは、現実に何も重ねず、むしろ現実から遠く離れることに他なりません。鏡の中に咲く花を愛で、水面に映る月を見下ろすのは、古い写真の思い出に浸り、将来に思いを馳せることと分類上等しい行いです。それはある意味では、介入できない非現在の象徴にも思えます。過去を追体験させる記憶や記録も、未来をシミュレートした展望や予想も、いっさいが、今ここにあって干渉しうるあらゆるものから切り離されて、かつて現実であったものもこれから現在に至るものも、触れ得ざる場所、手の届かない存在として、取り残されます。





 そこまでカーソルを移動して反転させてから、長いな、と手を停めました。

 手を休めてぼーっとすると、ストロークの深い物理キーボードをがしゃこがしゃこと打つ音が電算室の至る所で発生しています。A4用紙一枚分の課題を今日中に提出するために、理数科のみなさんはそれぞれ取り組んでいました。テーマが『科学と引用』となれば、情報分析Ⅰの授業が上得意で文芸部所属の私こと草凪和沙は鬼に金棒とばかりに完成へと突っ走って然るべきなのですが、私の手は停まっていました。引用にはいくつかルールがあって、その一つに「引用する文量は全体の三分の一以下にすること」という当然の注意が含まれています。そして、どう見ても、指定した範囲の分量は三分の一を越えていました。

 困った。

 どうしようか、と現実逃避を兼ねて椅子にもたれかかり、上を向いてくるんくるーんと左右に回りだします。電算室の椅子は校内では珍しいキャスター付きの回る椅子で、休み時間になると回転する生徒の姿を見ることも少なくありません。容姿端麗・成績優秀・挙動不審と自己評価の高い私は、今は課題中なので注目を浴びることなく、背筋を伸ばして冷静に現実を見ることにしました。ちょっと視界がぐらぐらしてきます。

 されど、現実とは何ぞや。

 われ現実を知らんや、いわんや夢をや。

 くらっときた頭を押さえながら姿勢を整え、今何を考えるべきか考えます。生前の叔母が出版した書籍の電子版表紙を見つめて、ますますわからなくなってきました。

『ひとはなぜ夢を見るのか』。

 ふと、画面の隅の時計に目をやると、授業の終わりまで十五分を切っていました。てーへんだてーへんだ、と現実逃避するのをこらえて、まじめに頭を働かせる態勢を整えます。

 題材を変えるか、引用文を削るか。悩みどころでした。



 ♡♡♡



 前略・中略・後略の三拍子揃ったプチ論文が完成して、ぐでーっとしている間に授業が終わりました。先生はいつものように終わりの号令をカットして、そのまま各自昼休みに突入します。お弁当を持たざる男子どもが我先にと廊下を走り、購買のパンを買いにいきました。そしてそのあとに、教室へと戻る生徒たちが、身を寄せ合ったり談笑したり孤高を貫いたりしながら、廊下へと出る人の流れを緩やかに形成します。手の遅い何人かは昼休みに居残って挽回するようでした。

 授業中に回りだすのはかんべんして、と隣の楠田君に言われたのをはいはいと流しながら、出入口が無人になるのを待っていると、座ったままD表と話しているせんどぅーと目が合いました。せんどぅーこと千道(せんどう)彩音(あやね)は、真面目な表情で一つ瞬いてからぎこちない笑みを向けてくれたので、私も笑みを返します。D表こと鴾野(ときの)聡正(さとまさ)はいつもより薄暗い微笑みをたたえて、まだデスクトップQCでGONSトップニュースの記事を開いています。

 授業用タブレットでは基本的に外部回線に接続できないため、情報分析の授業のついでに電算室のQCでニュースチェック、それ自体はおかしな行いではありません。ですが、電脳化しているせんどぅーと義体に電脳化機能が備わっているD表が、わざわざ学校の備品を利用して、アクセス履歴を残してまで表示した内容を二人で話している事実に、興味が湧きました。

 二人を見つめながら私が推理をし始めると、視線を外していたせんどぅーが再び私に気づき、小さく手を振りました。こちらも手を振り返し、いっそ聞いてしまうことにしました。私が椅子を滑らせて近寄ると、せんどぅーとD表は少し場所を空けて、私にも画面を見せてくれました。D表が、いつもより調子の低い声で言います。

「ああ。見知った顔がニュースに載っていてね」

 感傷や懐古とは無縁の言葉を聞きながら、モニターに映った写真に目を向けました。髪も肌も色とりどりの少年少女たちが、皆一様に黒服を身に纏って黙祷しています。万才養成所の一角で、という注釈の写真を見て、おや、と思いました。万才養成所といえばこの二人とミスターの出身校で、『自給自足・自治・自律』をモットーに掲げる教育機関です。でも外部メディアに取り上げられるなんて珍しい、と思いながら、短い記事を流し読みました。



 パラジナムのその後 一周忌を迎え


 今月19日正午、幼少中一貫型私立教育施設・万才養成所の体育館で一部の生徒による黙祷が捧げられた。パラジナム(ゲノム編集による疾病根治・身体能力拡張研究の先天的被験者)の一人、レイチェル・ロッキーロードの一周忌である。享年9歳、急性心不全だった。

 本取材では、生前の彼をよく知るパラジナムの中で、最年長であるはじまりのパラジナムことアダム・アナザーアーク(14)に特別に話を伺うことができた。


 ──―一年が経った今、生活の中でどんな変化がありましたか?

 アダム:そうですね、やっぱり、(万才に)入学以前からずっと同じ大部屋で生活していたので、今でも時々部屋が広く感じます。誰かがはしゃいでいて、それを部屋の隅で静かに眺めながら笑ってるひとがいて、それが当たり前だと思っていたので。

 ──―他のパラジナムの子たちはどうでしたか?

 ア:今もまだ何人かは、なんというか、ふわふわしてる感じが消えてないと思います。もっと大人になれば違うのかもしれませんけど、本当に人の死を受け容れるっていうのは、簡単にできることではないんでしょうね。

 ──―アダムさんの気持ちの整理は、いかほどでしょうか?

 ア:自分の場合は……まだ、整理は付いてません。

 ──―失礼しました。

 ──―パラジナム以外の子どもたちとの関わりでは、変化はありましたか?

 ア:今まで通りです。それでいいと思います。

 ──―最後に、この記事を通じて外へのメッセージがあればお願いします。

 ア:半年後には、自分を筆頭にパラジナムが数名ずつ万才を出て、どこか新しい場所に入っていくことになります。そのとき社会には、自分たちと違う生まれや育ち、文化や考え方がある、ということを忘れずにいてほしいです。同時に、少数派を尊重するために多数派に窮屈な思いをしてほしくはないので、うまく折り合いをつけていけたらと考えています。他力本願に聞こえたら不本意ですが、あらゆる少数派の願いは同じだと思います。

 ──―本日は、ありがとうございました。

 ア:ありがとうございました。



 合わせて読みたい:パラジナム25人黙祷 万才の中庭で(一年前の記事)



「…………なにこれ」

 読み終えて、今一つ呑み込めないまま疑問を投げかけました。宗派がわからないのでなむなむとも迂闊に言えないのはさておき、記事の製作スタッフは何を思って、一年経ったこのタイミングで、アダム・アナザーアークに言葉を求めたのでしょう?

 そう少し考えて、答えはすぐに出ました。

「そっか、万才って大海原(わたのはら)一属が母体なんだっけ」

 GONS社は世界初のレイヤードプラットホームとして全世界に展開し、DRという一大産業で築いた莫大な資金の一部を、独自の教育学研究機関に費やして万才養成所を設立しました。そのGONSのニュースでこれがトップに並ぶということは、ある種の政治的広告ですね。もうすぐ高校生になるアダムさんたちエクサ世代のための、パラジナム差別及び代理出産ガイノイド(メイトレス)生まれ(・チルドレン)差別防止の一環として。かれらは人と同じ心を持ちしっかりと育った、れっきとした人間なのだと。

 それにしても、こういう一周忌がどうといった記事は、いろんな思惑があってのことなのでしょうが、なんとなく引っかかるところがあります。そもそも私がこの手の話題を、ほっとけ、と思うからでしょうか。寺生まれだけに。

 D表は廉価青年Cタイプのバイオ形成顔に陰りを帯びたまま、埋め込み動画に矢印カーソルを重ね、私を見ます。

「ただ単純に、変わってないな、と思ってね」

 D表が再生しようとしかけた動画のサムネイルは、緑がかった肌を隠すように白金の髪を伸ばした女の子でした。確か、私より二つほど年下の、グレナ・グレートグロウンさんです。オールバイオタイプの義体設計の前身となった、生身で光合成ができる少女として、何度かニュースを拝見しています。熱心に黙祷を捧げている彼女の眉間には深い皺が刻まれ、その生まれと肌の色で受けた扱いや苦労を物語るようでした。同時に、パラジナム同士の繋がりの強固さも見出だされます。

 あるいはミスターも、万才で彼ら彼女らと親交を深めていたのでしょうか。

 せんどぅーも、いつもよりさらに眉をひそめて補足してくれました。

「前ここに通ってたし、気になってね」

 校舎も人も、一目見れば思い出すことは多かろうというものです。

「交流ってあった?」

 深く考えずどちらにともなく聞くと、D表がせんどぅーを見て、せんどぅーが小さく息を吐きました。

「弟がね」

「へー……」

 相槌を打ちながら、迂闊に質問した自分を呪いました。彼女に弟の話はタブーです。「妹大好き(シスコン)ドラゴンさん(おにーさま)」の話もイエローゾーンですが。

 D表がページを変え、今日のトップニュース一覧を表示しました。一転、ステキスマイルに戻って元気そうに読み上げていきます。

「吉兆か凶兆か。超大型低気圧、GONS20周年、〈Selene〉、中神内人25周年、電脳チョウ、機獣愉快犯事件、『メタグレイ』、印米会談、人口百億人。今日も今日とて」

 日本列島に超大型低気圧発生の兆し、GONS20周年記念イベント、月面基地〈Selene〉本格稼働を再来年夏に向けて、中神内人デビュー25周年企画始動、AREXで電脳チョウの大量発生、国内で相次ぐ機獣を利用した愉快犯事件、壮大機研の放射線変換素材『メタグレイ』と命名、印連と米帝の首脳会談、世界人口百億人への秒読み。

 律儀に上から声に出されていく見出しの中で、一行だけ読み飛ばされた記事がありました。

 行方不明の未成年性感染症・危険薬物依存症患者、ニイジュク周辺にて遺体で発見。

 恐ろしいなぁと思いながら、ニイジュクかぁとも考えてしまいます。なにしろ行政執行停止地域A区に指定されている、ドラッグと暴力と性的放縦が蔓延する地下(あらた)新宿(しんじゅく)隔離エリアです。浮浪者や家庭環境の荒んだ未成年者、都会のネオンサインの輝きに魅せられ寄ってきた夢追い人が跋扈する病原地帯だと、夏のドキュメンタリー動画で紹介されていました。大人を信用せず公的扶助の手を振り払う若者たち、管理という名の支配と搾取を目論む怪しい大人たち、半地下で違法物品の密売買や機獣・アーミロイド抗争を繰り広げ一攫千金を目論むならず者たち。内輪の自慢話や反社会的な人物たちと刹那的な戯れに興じるほかに娯楽はない、未来無き自由の空間。人生の墓場とまで揶揄されています。

 D表が読み飛ばしたのも頷けます。Dアークと性感染症といえば、過去にかの塚原回路(かいじ)氏が死刑にされかけていた冤罪事件を連想させる単語だからです。

 世界的天才青年・塚原進路氏のクローンであり歴史上初めて代理出産ガイノイド(メイトレス)から誕生したひとりという出自の回路氏は、遺伝的オリジナルが暗殺されたためそのご両親のもとで育てられ、小学生の時に自宅内で拉致監禁被害に遭いました。犯行グループが「人は生身の女性の腹から生まれるべき」という思想のメイトロス運動の幹部と繋がりがあったため、回路氏は育てのご両親を殺害した罪を着せられ、さらに危険デジタルドラッグDアークの所持と使用による、代理出産ガイノイド(メイトレス)生まれ(・チルドレン)への風評被害の広告塔役を押し付けられました。実行犯たちの身内に警察・報道局関係者などがいたことから、証拠の偽装や隠蔽工作、真犯人から目を逸らすための執拗な回路氏へのバッシングなど、周到かつ大規模な取り上げ方をされた、この10年で最大の冤罪事件です。

 回路氏がDアークの急性中毒で昏睡中に、塚原夫妻や進路氏の遺品、及びご家族や回路氏の私物等がネットオークションに多数出回っている報告や、公判直前に違法捜査が発覚したことなどから、回路少年は証拠不十分で無罪放免となりました。その後Dアークの売人・アップローダーグループが一斉摘発され、回路氏は晴れて無実にこそなりましたが、報道序盤での事件内容の悪辣さの刷り込みと徹底した印象操作は凄まじいものであり、事件当時代理出産ガイノイド(メイトレス)生まれ(・チルドレン)差別の過熱も恐ろしいものでした。また、こういったセンセーショナルなニュースの常として、冤罪大逆転の流れは大々的に報道されたものの、根本的な冤罪報道への謝罪や撤回記事は、拡散の勢いに比べれば微々たるもので、形式上ただ添える程度のものでした。冤罪が晴れてなお回路氏は疑惑と好奇の眼差しに晒され、今もインターネット上では好き勝手に吹聴されている有様です。

 そして、実行犯たちの何名かから新型性感染症が検出され、こちらも同様に塚原回路少年への感染がまことしやかにささやかれていますが、真偽は定かではありません。その感染症自体は事件の1、2年後に根治の手法が確立しているため、仮に現在の回路氏をつかまえて検査してもウイルスが検出されることはないでしょう。

 それらは、塚原回路氏の身に起きた事件です。

 塚原影路(ミスター)氏も同じくメイトレスから誕生したクローンではありますが、万才養成所で幼少期を過ごしたため、もちろん直接的な関与はありません。しかし、引き取られたのが逆だったらと思うとミスターも思うところ大でしょうし、そのミスターと万才で共に過ごしたD表とせんどぅーの心境も、察して余りあります。

 そして逆に、D表がニイジュク遺体報道の読み上げを避けたことでかえって意識が誘導され、私はその見出しをじっと見つめてしまいました。自分と年回りが変わらない女の子が、はるばるニイジュクまで家出して夜遊びし、薬物中毒と性感染症を併発して亡くなり、あげく遺体が野晒しで放置されている事実。要素の一つ一つがまるで異文化の出来事のように理解しがたく、非現実的で実在感のないものと感じられました。

 D表はあくまでその話は一切触れず、半ば面白がりながらため息とともに記事一覧の一つをクリックしました。表示されたのはGONS20周年の記事です。

 一ヶ月ほど前から何度か見たのと同じ内容で、前日が10月31日で丁度日曜日だから、その前後はサーバーを大幅に増強して盛大なハロウィーン・パーティーを催す、という話です。金曜日から月曜日、29日から1日にかけてだけは通信制限を解除し他社との契約電脳体にも開放、という還元サービスは、パーティー会場内でのお買い物による商業効果を期待しているのでしょう。1日の日付変更と同時に新機能『すりぬけ』を試験的に公式実装、という宣伝も既に読んだ覚えがあります。期間中はサービス〈BABEL〉の女神〈R.E.M.〉がエリア内を転々とし続け、2時間おきに変わる仮装をお楽しみに、という部分だけが目新しいものでした。

 私によく似た顔立ちの女神、叔母様をモデルにしたfAIの参考画像から視線を外し、彼は聞きます。

「草凪さん、こういうの興味ある?」

「あるよーなないよーな。多分ちらっとは見る」

 とりあえず正直に答えました。D表は一応彼女持ちという設定なのであまり近づきすぎるのはよくないのですが、彼女役のせんどぅー共々元演劇部でミスターの友人でもあるので、私に妙な気があるわけではないことは了解しています。そして、D表はこう続けました。

「僕ら二人、エイジを誘ってちょっと見て回ろうかと思ってるんだ。よかったら、一緒にどう?」

 思わぬお誘いに、心が揺れます。ハロウィーン・パーティー、か。

「ミスター、これ、行くの?」

 行かないんじゃないかな、と思いながら聞くと、D表はにやりとしました。

「これから誘う」

「そうなんだ。じゃあ、まあ、がんばってください。私はやぶさかでない」

「たぶん、草凪さんが誘ってくれた方が、僕から言うよりいい返事が聞けるかと思うんだ」

「なにをおっしゃる」

 適当に返事をしてせんどぅーを見ると、いつものように眉を寄せながら、さらに困った表情をしていました。

「秋休みに、クイズ研の打ち上げって名目で連れ出してるから」

 そういえば、そんな話もあったような……。BIGSモールを四人で適当にぶらついてて、ミスターが手を洗いに行くと言ったっきり戻ってこなくて、三人で探してたらメリーさんが駐車場で見つけたとかなんとか。

 確かに、二人が誘ってまたかと断られるよりは、私が誘った方が、断られにくいかもしれません。

「あー、だから昨日の帰りに駅で会った時はその話はしなかったんですな」

「こういうのはシチュエーションと流れと好感度が大切だからね」

 D表の意味ありげな言葉を深く考えないようにしながら、私は適当に返事をします。

「そういう話なら、なっちゃんは一向に構いませんよ」

 滅多にない機会ですし、ミスターもきっと顔を出すぐらいなら承諾してくれるでしょう。

「じゃあ、頼まれてくれるかな」

 D表に聞かれて、おなかへった、と言いそうになってから、黙って頷きました。


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