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QA1 水月 寺生まれの巫女と増殖する女神(叔母)  作者: 無体寿限無
第二章 非日常・天井知らず
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6 物言えば唇寒し②

 文芸部でのお話の後、5限の授業を終え、今日の6・7限は先週に引き続き企業見学と相成ります。

 企業秘密も多いそうなので詳細は割愛しますが、音の聴こえ方をメインに取り扱う場所で、残響室と無響室にお邪魔しました。自分や周囲のひとの喋る声が聞こえすぎる、全吸収される、といった感覚は新鮮ですね。ちなみに班で一番高いモスキート音が聴こえたのは私でした。

 レポートを提出し、バスに揺られて学校まで帰ってくると、帰宅部の男子がにわかにはしゃぎだします。そう、もうBABELのイベント開始がすぐそこだからです。

 ですが私は、まだ帰りません。3階に降りて三棟に入り、やっと演劇部へ辿り着きました。

 戸を開けると、放課後の空き教室の席がぽつぽつと埋まっていて、3人ともこちらに顔を向けました。私は今回は最後ではないようですね。


「お待たせしましたっ」

「来たな。んじゃそろそろあいつも来る頃か──いや、もう」


 部長のやっさん先輩こと星野夜宵さんは、発言の途中で私の後ろに視線を走らせます。私が振り向いた瞬間に最後の1人、ミスターこと塚原影路が廊下に現れました。


「おぉ、ミスター!」

「遅くなりました」


 ミスターは淡々と戸を閉め、全員の様子を見回して、今どの段階なのか観察し始めました。主演の私たちを待ちながら、自習やら宿題やらしている段階ですね。3人は視線の意味に気付き、出していたものを各々しまっていきます。

 ミスターは荷物を部室の端の机に置き、私もそれに倣います。私はなんとなく、ミスターの横顔や斜め後ろから見える後頭部に視線が吸い寄せられるのを感じていました。

 私はミスターの近くにいると、優しい気持ちと冷静な気持ちが両方湧き上がってくるのを感じます。

 ミスターはその出生故に、私のデマよりすさまじい悪意を、生まれる前からずっと浴び続けている、という事実があり、いくつかの事件や風評被害に巻き込まれています。

 だからというわけでもありませんが、私はミスターの味方でありたい気持ちが常にあります。

 私はお寺に生まれたので、私の人生の邪魔をしないでほしい、と思うことができますが、ミスターにとって、ミスターの人生って何なんでしょう。

 私は、ミスターの人生の邪魔にならないように生きることができているのでしょうか?

 考え出すと、私のデマをばらまいた人たちだって、自分の人生を私に邪魔されている、という被害者意識を持つことはおかしくないんだよね、という気分にさせられます。だからって嘘はよくないでしょ、とも思います。……ただ、同じ理屈で、塚原進路氏に濡れ衣を着せるためにクローンとして製造されたミスターの立場はどうなるの? という、非常にデリケートな問いにも直面します。

 命に罪がなくとも、冤罪によって生を享けたなら?

 生きた偽証として生まれてきたミスターにとって、何が自己肯定と自己否定の材料になるのか?

 だから私は、ミスターの傍にいると、このひとの笑顔が見たいという祈りと、どこまでも思慮深くあらねばならないという自戒が、同時に胸の内に渦巻きます。

 私がデマでどれだけ嫌な思いをしていようとそれは一過性のもので、一生ついて回るミスターの被害を思うと、無性にやるせない気持ちに包まれます。

 まぁ、それはそれとして、部活のお時間なので、準備といきましょう。

 火曜日のお昼に先生の確認で演目が決まって、その放課後に楽しい楽しい読み合わせは済ませてしまったため、今日は動きや空間的な立ち回りメインでの、頭から通した合わせとなります。お芝居を詰めていくのも大事なのですが、ミスターと私なら何とかなるだろうという部長判断により、全体でやるべきことを早めに詰めていきます。金曜だから三棟での補講はないので、人目や音を気にせず部室でやってしまうことになりました。火曜日はきっと、夏前に発声練習していた、この真下の1階屋外で行われることでしょう。

 ちょっと雲行きが怪しい空を気にしながら、窓側に机と椅子を寄せて、部室の空いた廊下側半分を舞台に見立てます。さらに廊下への出入り口2つを舞台袖として、全員で都度台本を確認しながら、場面ごとにどちらの袖からどう出てくる・出て行くか、この場面で舞台にいない人は照明・音響・背景等をどの程度操作できる余裕があるかなど、流れの検証を進めていきます。最終的に、生身と衣装・小道具だけでどうにかするのでない限りは、もう1人欲しい、という結論になってしまいました。そりゃあ、部員は多いに越したことはないのですけれども。

 今日が10月29日で、来週は土曜に模試があるので金曜はおそらく部活動休止、という点を踏まえて、11月の第2土曜・日曜辺りで操作用のシンプロイドやら必要な衣装用の布やらを買うつもりで、部室に何があるかのリストと照らし合わせて、何が足りないか、何を買うかを顧問の沢樫先生に確認・報告、というところまで駆け足で共有しました。

 やっぱり本気出せばやっさん先輩はいいリーダーなんだよね、と心の中で頷いていると、彼女は前提に疑問を呈しました。


「シンプロイドに関して大して知らないんだが、その手の高価なもの学校に置いといて平気なのか」

「それも含めて御前に確認してみればいいんじゃないですか? 理数科目の教師は科目ごとに職員室が用意されてますし、そこで預かってくれるかもしれないですよ」

「まぁ顧問に預けるのは一番無難ですよね」


 キョーメイとみこっち、鏡名響氏と夢方みことちゃんが真っ当に意見を出し、やっさん先輩は納得したようでした。 


「じゃあ仮に許可が通るとして、現状、遠隔操作ができるようなマニピュレータ付きの高精度版じゃなくて、事前に仕込んだ操作を一定のタイミングで行う安いやつでいいんだろうか」

「使わせてもらえる現地のそういう装置を事前に見ておけるなら、仕込みでいいんですけどね。押しボタンじゃなくてスライド式だったとか、小さな想定外だけで大修正が必要ですよ。遠隔操作できるやつなら僕が電脳経由で操作できますけど」


 キョーメイが首の後ろを撫でながら、有線も無線もお任せあれとばかりに手術跡をアピールします。

 やっさん先輩はそれを胡乱げに一瞥して、面倒そうに腕を組みました。背が非常に高いので、妙に威圧感があります。


「そのために金積むのももったいないというか無駄なんだよな。1人誰かに協力してもらえって言われそうだ」

「それが部員の仕事か顧問の仕事か、判断は分かれるでしょう」


 ずっと黙っていたミスターこと塚原影路氏が口を開き、やっさん先輩はようやくその話を打ち切りました。いざ顧問の先生に訴えかけたら、部長の仕事だ、なんて言われそうですね。

 キョーメイが腕を伸ばしてストレッチしながら、論点を整理します。


「音響だけなら事前にフリーサイトから落として繋げておけるので、本番では再生・停止に専念できて平気なんですけどね。照明は最中の操作が必要ですし、御前が仰っていた背景をプロジェクションマッピング、は機材持ち込み・事前作成確定の上に、照明同様、リアルタイムで舞台の三次元的な微調整が要る」

「なんなら照明演出だけでチーム必要だったりするってのになぁ……。背景捨てていいならシンプロイド買う必要ないんだがな」

「今度ここで発表するので機材見せてくださいって申請とかできるのかな?」

「そちらも顧問を通しましょう」

「私もミスターに賛成します。お高い買い物する前に、根回しで済むならそっちがいいので」


 5人で知恵を出し合った結果、シンプロイドの購入は保留となりました。

 時間がまだあるので、他に何を考えればいいか、お茶でも淹れながら検討しよう、という雰囲気になりました。机と椅子のほとんどがまだ窓際に寄せられている中、人数分だけ空き空間に引っ張り出して机を合わせていきます。

 私は薄暗い空模様を眺めて、電気ポットの前でパントマイムでもして空気を和ませようと試みます。

 しかし健闘虚しく、みこっちが微妙に気難しい顔を浮かべました。


「やっぱり、一生どこにも住めないってオチが、あまりにも寂しいなって……。今からでもハッピーエンドじゃだめですか?」

「そうは言っても、タブーを犯して得られるものがあっただけマシだろ。そもそも他に候補がなくてあれだったんだ、投票で決まったことは仕方ない。障害ネタはデリケートだし、ロミジュリパロは元ネタに理解がないと難しい」


 やっさん先輩がばっさり切り捨てました。

 私は投票時に進行役だったので、手を下ろして丁重にお詫び申し上げます。


「みこっちがそう思うのは、私もわかる。ただ、ミスターのあれは非常によくできていて、どう改変したらいいか私にはわからないんだ。だから、ごめんね」

「定住地がないだけなら、遊牧民みたいなものだと思えばいいよ。家は文明人の甘えだよ、みこと」

「その発言はテクノロジーの恩恵に与る者としてどうかと思うが……」

「農耕以来人間の脳は糖質に支配されているんだ」


 やっさん先輩の呆れをキョーメイは気にせず、カバンを開けていきます。どうやら私とミスターが学校に戻ってくるまでに、お菓子を買っていたらしく、小さなパーティを始めようとのことです。


「うわーい」

「随分買ったな」

「全部開ける必要ないですよ。半分はお土産なんで」


 キョーメイが袋を開け、甘い匂いでみこっちも落ち着いたらしく、ぼんやりと首を傾げました。


「そういえば、ハロウィーンって元々何なんだっけ? どこの文化?」

「ほほう」


 私が前に所属していた国際交流系の英語劇クラブではずっとやっていたので、その手の疑問は私の中ではずいぶん前に解決されているのですが、そういうものに縁のないひとは、知る機会も少ないのでしょうか。ちょっと調べるとたくさん出てきそうですけれど。


「みこっち、待ってね、今探してるから。前にふーんと思って保存した文章の画像があった気がする」

「普通に検索したらいくらでも出てくるだろ」


 やっさん先輩に混ぜっ返されながら、私はホログラスを取り出して起動し、非実在キーボードを操作します。


「あったあった、読みます。ちょっと長くなるよ。『古代ケルト人のサムハイン祭が起源といわれる。これは』」

「早速だが待て。サウィンじゃなかったか。表記ゆれか?」


 やっさん先輩の声がカットインしてきました。やっさん先輩の記憶力は恐るべきものがあるので、私は冷や汗をかきながら『これは』の『は』の口のまま一時停止し、誰かのリアクションを待ちます。裏を取ってくれたのは電脳検索をしたキョーメイでした。


「今調べてみましたが、検索結果にはサムハインもサウィンも両方出ますね」

「そうか、遮ってすまん」


 やっさん先輩が納得したようなので、気を取り直して読みます。本文では『これは死の神サムハインをたたえ』という一節が続きますが、この部分には二重線で棒引きされています。サムハイン、あるいはサウィンは本来11月区切りの季節の節目のことであって、死の神説は誤謬だそうです。


「……『新しい年と冬を迎える祭りで、この日の夜には死者の魂が家に帰ると信じられた。キリスト教の伝播に伴い、この祭りはキリスト教にとりこまれ、諸聖人の祝日である万聖節(十一月一日)の前夜として位置づけられた。Hallowとはアングロ・サクソン語で〈聖徒saint〉を意味し、|All Hallows Even《万聖節前夜祭》がつづまって〈Halloween〉となった』…………以上です」

「世界大百科事典旧版、ハローウィーンより」


 キョーメイに補足され、私は眼鏡をくいっと動かしてため息をつきました。調べたらすぐ出てくる情報にも間違いはあるので、裏取りは大切ですね。歴史的事項などに関しては、確かめようのない説が多すぎるので、何が本当かは究極的には賭けかもしれませんが……。


「夏が終わり、冬が始まる。それが原点だそうです。今読んだ文には載ってませんが、キリスト教の11月2日の死者の日の影響もあるのではないか、ということです。名前の通り、ケルトよりはキリスト教の行事の側面の方が強いんじゃないでしょうか。ちなみにケルトでは夜が1日の始まりだそうですね」

「……なんかお盆とお正月が合体したみたいな感じなのかな?」

「あたしが以前読んだ話だと、冬の保存食のために家畜を繁殖用以外屠殺して、備蓄食料にするタイミングで農作物の収穫祭も兼ねてパーっと、って説明もあったから、ある意味クリスマスとか冬至系の行事にも通じるかもな。仮装に関してはよく知らないんだよな。現代のお菓子せびりはバレンタイン同様後世の企業のこじつけだとして、元は訪問した家で焼き菓子をもらう代わりにその家の死者に祈りを、って中世の風習から来てるらしいとは知ってるけど」

「灯火は祖先の霊を迎え、篝火で悪霊を追い払い、仮装は精霊に紛れて身を護る……ってところですかね。複数の宗教的伝統や地域文化の混交の果てなので、概説だけでも大量のパターンがありますし、それこそBABELでいくらでも解説をお目にかかれそうなものですね。今わさなぎさんが読み上げた内容にも、聞く人が聞けば大量の注釈や訂正がつくでしょうし」


 ちょうどお湯が沸き、キョーメイがまとめに入りました。非常に遺憾ながら、短い説明は多くの重要な情報を取りこぼしてしまうので、物理や数学の公式と違って短くまとまっていることが素晴らしいとは限りません。

 私がやっさん先輩のお茶の粉入り紙コップにお湯を注いでいる間も、話は続きます。


「実際、多数の文化と長年の歴史でごてごてに装飾されて、原型より外付けパッチワーク部分の方が比重が高い印象だな。…………お前らもホームルームで注意されたか? GONSのハロウィーン」

「ああ、されました。…………部長は行くんですか?」

「少し見たら帰るよ。感覚五割カットでも、人ごみは気分悪い」


 やっさん先輩らしい言葉でした。そっけないお礼を受けて、私は次のひとにお湯を注ぎに行きます。


「二人は?」

「行きません」

「そうなんだ。縁日とかあるんだってよ」

「わたしは外に行かなくても充分楽しめるから」

「そっか」

「響くんは行きたいみたいだけど」


 みこっちの困った風な表情に、私はそれ以上追及しませんでした。みこっちとキョーメイの家庭、もとい生活環境に関して、あまり触れるのも一切触れないのも難しいからです。

 私がみこっちとキョーメイからお礼を受けてミスターの方へ向かうと、やっさん先輩が椅子にもたれてこちらに視線を向けました。


「お前は乗り気なんだな」

「ええ、まあ。お祭り騒ぎ大好きですから」

「だろうな」

「お祭りって名のつく雰囲気全般が大好きなんですよ。どいつもこいつも浮かれてはしゃいで、なんだかんだ言いながら楽しんでる感じ」


 榊の方でも私の異能は“祭”と号されているので、それも理由の一つにはあるでしょう。ちなみに叔母様が“礼”、はとこが“祥”です。私が一番画数多いですね。

 ミスターの無言の会釈に私が会釈を返すと、やっさん部長はお茶を冷ましながら指摘します。


「文化祭と違って強制参加じゃないからな。行きたいやつしか行かないんだから当然だ」

「危ないこととか起きないと安心して楽しめていいんですけど」

「むしろ起きればいいよ。世界が一変するようなテロとか」

「笑えませんよ」

「笑うしかないだろ。別に、どうせレイヤードで大事故が起きたところで、セーフティですぐ目が覚めて戻れる。運営も幽体(ゴースト)事件で厭というほど学んでるだろ」

「おっかない事件でしたね。ああいうことは起きないに越したことないです」


 ポットを置いて着席した私はホログラスを外し、そっとしまいました。元々ホログラスを開発していたホロジェクト社の、幽体離脱から帰ってこられなくなる事件は、小学校高学年の時分に、ニュースで見て縮み上がるほど恐ろしいものでした。

 ミスターはホログラスを掛けたまま平然として、一瞬こちらに視線を向けましたがすぐ窓の外を向きました。まだ雨は降らないみたいです。


「サーバーダウンとかならありそうだけど」

「ねえだろ。専用サーバー増やしまくって回線増強してるだろうし、電脳チョウが流れ込んで来たりでもしない限り」

「何そのヤな振り」


 5人でささやかに乾杯を唱和して、それぞれ飲んだり冷ましたりお菓子の袋を物色し始めました。開けるだけ開けてお待たせしてしまいましたね。


「お、四字熟語チョコ」

「食べたい方? 見たい方?」

「まぁせっかくだし見たい方かな」

「じゃあ開けよう」


 キョーメイが薄い箱を開け、チョコを敷いている台紙の下に指を滑らせてシールカードを取り出します。みこっちも同様に、2枚目を出しました。


『落花流水』

『鏡花水月』


「今日は花と水特集だね」


 キョーメイはシールをみんなに見えるように置き、みこっちも続きました。

 落花流水ちゃんは、身にまとった水色の布を踊るようなポーズで波打たせる、儚げな流し目の、少女とも女性ともつかない年頃の娘。

 鏡花水月さんは、水面に映り込んでいる自分に手を伸ばし、その手の周りが波打って自分の像をあやふやにしている、物思いにふけっているような、頭を剃ってひげを伸ばしたお爺さん。

 それぞれのイラストの隣に、解説文があります。



 流れる水に落ちる花。

 ここから、春の終わり、時間の不可逆性。

 転じて、栄華の喪失や敗北。

 別離や片想いを意味することもあれば、相思相愛を意味することもある。



 鏡に映る花、水面に映る月。

 ここから、触れられぬもの、実体のないもの。

 転じて、幻や理想、儚さや美しさ。

 鏡の中に花はなく、水面が揺れれば月はかき消える。



「…………なんか風情があり過ぎてハロウィーン、いえーい! って感じじゃない気がしてきちゃった……」

「気のせいだよ。ひとはいつでもどこかで死んでるしどこかで生まれてる、それと一緒」


 みこっちにばっさりいったキョーメイは、私とミスターに視線を行き来させました。


「どう思う?」

「かつて存在した時間と、認識の中でのみ成立する存在。関連性や意味を見出だすことはできるが、独立した事象」


 ミスターは思慮深く淡々と答え、私に瞳を向けました。


「え、うーん…………。キャラクターデザインの落とし込み方がいい感じだと思う。落花流水ちゃんは着てる……羽織ってる? 青系の布で流水を表現して、花の髪飾りをつけてたり、鏡花水月さんは頭が照らされて月みたいになってるし、花と一緒に映り込んでるから、うまいこと考えるなぁって…………」


 気の利いたことを言うよりも素直に観察したことをまとめてみました。みなさんどうやら、悪くない感触のようです。

 キョーメイはみこっちの側にある鏡花水月さんに視線を落としました。


「月と花は適齢期の女性のシンボルって印象だから、頭を丸めたお爺さんにしたのはずいぶん捻ってるね」

「再生と生命」


 ミスターが呟きました。確かに、女性は月と紐づけられたり、花に例えられることがあります。月と女性は言わずもがな、若さや美しさは儚いものですからね。


「わさなぎさんは月より花って感じだよね」


 でしょうとも、と私は内心で頷きました。月は私よりも、私と瓜二つの叔母様を模した夢の塔の女神にこそ相応しいはずです。 生者と死者は似て非なるものであり、花と月に例え分けるのが詩の情趣というものでしょう。


「あたしの名前は夜と宵だが、女性のシンボルのもう片方を背負うほど女らしくないな」

「わたしも夢って字はあるけど、なっちゃんに比べると……」

「別にいいんじゃない、月は女性一般の象徴でもあるから」


 キョーメイのフォローは大雑把ですね。

 ミスターはお茶をちびちび飲みながら、落花流水ちゃんの方を見ています。


「命の水、方円の器に従う、低きに流れる、上善……」

「ミスターは水属性っぽいよね」


 深く考えずに言ってから、花と水のカップリングを推してるみたいに思われたかな、と思いましたが、ミスターは肯定も否定もしませんでした。今度はみこっちがキョーメイを例えます。


「塚原くんが水なの、すごくわかる。響くんは火か油だと思う。熱しやすくてすぐ分離してどこまでも上っていく感じ」

「どっちにしてもご同輩と相容れないのかい」

「鏡名は鏡でいいだろ、って誰か言うかと思ったけど言わねえな」

「鏡っぽくないし……」


 みこっちも案外はっきり言いましたね……。確かに鏡というには、自我があり過ぎる感じです。


「ミスターの眼鏡でいいんじゃないですか、というかその方が適切だと思います」

「確かに眼の鏡ではあるが」


 やっさん先輩が呆れる中、ミスターはホログラス越しに私を一瞥したかと思うと、風が吹き込んでくる窓に目をやりました。

 窓を開けていたせいか風でシールカードが飛び、壁に一瞬張り付いてそのまま落ちます。幸い、お菓子は風にやられず無事でした。

 私は今飛んだシールから、目を離せずにいました。多分意味なんてないのでしょうし、それでも意味を見出だしたくなるのは人の性なのでしょう。

 タロット占いの逆位置のように、『落花流水』ちゃんが逆さまに笑っていました。

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