番外 和沙、影路に相談
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4④で言及され、4⑦で説明された、和沙と影路の間での相談です。
内容はプロット整理の都合で4⑦に吸収され、重複しています。
4⑨が年内に投稿できそうにないため、繋ぎとしておまけ枠に置いておきます。
♡ 10月21日(木)
自転車小屋から正門まで自転車を押していると、ちょうど掃除が終わって帰るミスターを正門付近で発見しました。私はいつもの癖で追いかけ、いざミスターの横顔を間近に見て、今朝の出来事を思い出してしまいます。つい変なテンションを抑えきれないまま、話しかけます。
「あ、ミスターだ。今日は物思いにふけってそうなミスターだ」
「……話があるなら」
「うーん話っていうか……すごく話したいんだけど、愚痴だから……あんまり楽しくないし、めんどくさい内容で」
「聞き流すか真面目にか」
「聞いてくれる? ありがとう嬉しい。じゃあせっかくだから真面目に聞いてもらっちゃおうかしら」
私はどことなく浮ついた気分のまま、切実に話し始めます。
「……こうやって私がミスターに話しかけることが増えるとね、見かけた人たちが口々に、好きなのーとか付き合っちゃえよーとか無責任にからかってくるんだよ。それでいつも、どう答えたものかなって」
「どうだっていい」
「出た」
そう答えるだろうなと思っていたので、私はそのまま続けます。
「私はこれでもモテモテだからさ? いろんなスタンスの人がおんなじこと聞いてくるんだよ。寺生まれだから違うよって言わせて言質取りたい男子とか、なっちゃんを狙ってる男子を振り向かせたいからとっととカレシ作って他の男子を諦めさせろって女子とか、なっちゃんにカレシなんてできてほしくないよって子とか、返事に困るってことは脈ありなんだ~ってからかう子とか」
「別の意味で答えに困ると」
「そーなの。それで今朝、たまたま早く目が覚めてふと思い出しちゃって。気が付いたら5分くらい泣いてたの」
「ストレスと疲労・疲弊」
「まあそんな感じだと思う。泣いちゃったことより、そこまで気にしてた自分にこれはヤバイなってびっくりしちゃった」
「……少しでも気が晴れたなら泣いた甲斐はあったと思う」
「うん……。実際どうしたらいいと思う? 私は今みたいな、マイナーだったりネガティブだったりする趣味とか悩みとかの話に乗ってくれるのすごくありがたいんだよ。だから、ミスターのことは人として大好きなんです」
「でも?」
「いや…………でもじゃなくて、一方でかな。私がミスターを気に入れば気に入るほど、周りがとやかく言ってきちゃうんだ。それは恋だよとか勝手にワクワクしたり、見ててじれったいとか押し付けてきたり、うちが協力してあげるとか感謝を見返りに求めたり、フラれたらいっそ諦めもつくよとか慰めついでに独占しようとしたり…………」
「友達だとは、他の男子やそれを狙う女子の手前、言えないと」
「うん。いや、現時点では友情、って言い方しちゃったのも悪かったかもしれないけど」
そこにどういう示唆があるか、ミスターは聞き返しませんでした。私の言いたいことを歪めないようにしてくれるのは、こういう繊細な話題においては非常に助かります。
「ただ、もし私に友情以外の気持ちがあったとして、どうせ寺生まれだし、恋愛禁止の演劇部にいる私がミスターに、表向きそれを言うか、あるいはミスターが応えてくれるかってなると、それは立場上ノーでしょ? だから現状、ミスターは私のことそういう対象として見ていないから、って言い方でかわしてるんだ」
「…………続きを」
「ふーっ…………。そうなると、片想いごっこって女子にとっていいエンタメだからさ。聞いたら案外乗り気かもよ、って押してくるんだよ。モテモテなのに恋愛よわよわー、みたいないじられ方もするし」
「夫婦が恋の相手とは限らない」
「その言い方だと浮気ほのめかすみたいでヤだな。一昨日その話したよねって意味なのは分かるよ。実際私は恋はできないだろうし、恋で幸せが手に入るとも思わない」
「……酸っぱい葡萄や抑圧でないなら、特に意見はない」
「その、押し付けずに聞いてくれるっていうのが同級生たちにはなかなか難しいみたいでさ。だから余計ミスターにばっかり聞いてくれーって話題が増えちゃう」
「悪循環」
「女子なんて恋バナ大好きだから、そうじゃないものも当てはめたがるし。まず現実在りきの考え方と、見たいものを無理やり見出だしてるスタンスって噛み合わなくてさ」
「しばらく縁を切ればいい。こちらとでも、向こうとでも」
「…………やっぱりそれしかないかな」
「現状維持が通じない以上は」
ミスターは落ち着き払ったまま応えます。こういう時、一緒にあーでもないこーでもないと考えてくれる誰かがいるというのは、非常に心強いものです。茶道部の双子姉妹や生徒会会計が微妙に頼りにならない議題なので、なおさら。
「塚原が草凪をそういう目で見ていない、と本人が答えるのも、話はいい方向に転がらない、と」
「そうだね……どうしても周りが、フったフラれたみたいな目で見ちゃうから。その後で私がミスターミスターって話しかけに行くの、未練がましいなって思われちゃうし、ミスターも失恋の傷に塩を塗り込むに等しい行い扱いされちゃって、お互いにいいことないし。私がもし、仮にフる側に回ることがあったとしてもね」
「人間的評価が下がるだけ、と」
「多分それだけじゃ済まないかもしれないのもヤな点でね。草凪フラれたんだってー、チャンスじゃんって私に男子がアプローチし始めて、それを見た女子が私を目の敵にし始めたり。草凪さんをフった男子とお付き合い出来たらあの子より上じゃんって私にこれ見よがしに当てつけてくる女子が現れたり。もちろん、特に悪意とかなくミスターのこと好きな子が来るかも、ってパターンもあるけど」
「…………そちらがフる側に回っても、やはり同じこと、と」
「うん……心配なのは、私に付き合っちゃえとか言ってくる子は、悪気はないつもりだからさ? なっちゃんフるとか何様だよって私を慰めるつもりで陰口言い出したり、あいつのことフったんだから関わらない方がいいよって、善意で引き離されちゃう危険性もあるんだよね」
「……進退窮まる、と」
「…………これがその辺の高校生の男女ならさ? もういっそのこと付き合ってー、しょうがないなーいいよー、でHappy Endじゃない。でも私の場合さ、結婚前提で付き合ってー、婿入りしてお寺も継いでー、ってさ、要求が大きすぎる上に私の一存で決められることじゃ無さ過ぎて」
「それを説明したことは」
「まぁ、何回かは、ね。毎回じゃないけど」
「…………距離を置けないなら、不用意な発言や干渉の結果を想像させるのが順当ではある」
「そうだよね…………」
「あるいは……」
「何か名案?」
「……そちらさえよければ、お寺に勧誘自体はした、という報告をすることはできる」
「というと……返事は急がないよって? それいい!」
「互いの事情を総合して、検討だけ、という譲歩。そちらは結果がどうあれ関係を引き延ばせる。こちらも決定的な言質を遅らせることができる」
「そっかー…………演劇部だの家庭の都合だの、理由はいくらでもあるもんね」
「急かせば決定的な破綻を迎える。それは友人としても部員としても絶対に避けたい、とでも厳しく言い聞かせておけば、おそらく当分は」
「なるほど…………」
私は深く感心した後、脳裏をよぎった懸念点を尋ねます。
「それは、待って。ミスターはそういう…………周りから認識されても平気?」
「…………現時点で既にそうなら」
喜ぶでも責めるでもない、諦めとも納得ともつかない雰囲気を感じました。
「…………必要なら、その話題が出た時、草凪を勧誘させるほど急かした友人に苦言を呈したい、と伝えることはできる」
「それは……私からは言いづらいからありがたいけど、……大丈夫かな」
「と言うのは」
「みんな自分勝手だけど、一生懸命だからさ。恋愛以外で男女が仲良くしてる理由が想像できなくなってるってだけで、その思い込み以外は、みんな普通の子たちなんだよ。特殊な家庭環境とか特別な将来設計とか、まだ深く理解してないだけで」
「……何回か」
「うぐ。……うん、言って駄目だったのは、そう、なんだけどさ…………」
「…………いっそ、ごちゃごちゃ言われて泣いたと、素直に打ち明けて黙らせてしまうのは」
「……………………その涙の理由もきっと、いいように捻じ曲げられちゃうから」
「…………なら、待つ女のふりを」
「それがいいよね。結局みんな、私が恋する乙女であってほしいせいであれこれ言ってくるから」
「……………………『願いを叶えるのは神か人形か』」
「それすごくグサッときた……」
こういう時に『似姿のデュナ』は、当てはまるフレーズに事欠きませんね。
「…………じゃあ、ミスター。大変申し訳ないけど、片想いごっこに付き合わせてしまいます」
「期限は引退でも、三年生に進級でも」
「そこまでみんな大人しく見守ってくれるかな……期待が重いとさ、裏切られたときにね」
「長期連載の恋愛作品のように」
「まさに、私たち見世物だもんね。そう……長く待たせるとさ、断る側の罪が重くなっちゃうんだよね。女子は特にどうしても、花の盛りは短いから」
「その時は、期待で押し潰してしまったとでも」
「そうなっちゃうよね。どっちにしてもさ。結婚・婿入り・お寺の後継ぎって3つの壁が目の前に見えちゃうわけだし。だから、ミスターがいいんだ。あの塚原影路が進学すると言えば、誰に止めることができようか、って一言で、ミスターが責められることなく解決するだろうから。たとえ建前でもさ」
ミスターは何も言わず、ただ頷きました。
「ミスター、将来のことで考え中みたいだしさ。ここで私が、ほんとに来てくれてもいいんだよ、って言っちゃうのは簡単なんだけど。ミスターにはミスターの人生があるし、自分で納得して決めたことじゃないと結局、自分の人生にならないから」
「……………………寺に生まれ育ったのは、自分の人生じゃない、と」
「私の人生だよ。たとえ選ぶ余地がなくても、無理やり自分に言い聞かせたり開き直ったりしないで、心からそう言えることが、大切だと思う。もちろんこの件に関しては、ミスターにも強い考えがあるだろうし、あくまで私自身についてだけだけど」
「……………………片想いごっこは、自分の人生じゃない」
「私たちは演劇部だよ、ミスター。やるなら楽しもうぜ」
寺生まれとかクローンとか、恋愛禁止とか結婚前提とか代理出産ガイノイドとか、いろんなことが一瞬で頭の中を駆け巡ったあげく、もはやよくわからないテンションで私は、にやりと笑いかけました。
「人を騙して喜ばれるなら、望むところだよ。…………ミスターは、違う?」
ミスターは、何も言わず悄然と俯いて歩幅を縮め、やがて止まりました。私は振り返ります。
「ミスター?」
「……………………偶像は破壊されなければならない」
「…………それはまたなんというか…………ブッダもイエスも偶像崇拝は禁止したけどさ。人類じゃ逃れられないよ、信から。第二現実に人は生きてるんだから」
ミスターはやがて、また足を前に運び始めました。私も並んで、歩き出します。
「『人は神 神は悪魔 悪魔は人』かぁ。ヤな三位一体だよね」
「味噌・豆腐・お湯よりは普遍的に聞こえる」
「ふふふ、あー、ミスター話逸らしたなーもー……」
「……立ち止まって申し訳なかった」
「…………私には、ミスターがどういう意味で言ったのか、ほんとのところはよくわかってないから、的外れな反論だったかもしれないけどさ。いつかもっと、和やかな雰囲気の時に、続きを聞かせてくれたらいいな」
ミスターは頷いてくれました。私は嬉しくて、笑みがこぼれます。
「よかった。ミスターのそういうところが、いつまでも話していたくなるんだよね」
「…………結局、こちらからは何かすべきか否か」
「ミスターにお願いしたいのは、嫌じゃないとも嫌とも判断しきれない微妙な態度を取ってほしいってくらいかな。ほら、時期が時期だから、この顔とあの顔がよく並んでいると、連想する人が増えていくんだと思う。それでもし、私のせいでミスターが不愉快な扱いを受けるようなら、あくまで、困る、とだけ言ってほしい」
「わかった」
「ありがと」
「ただ、そうなると、他の誰かを勧誘しづらくなる」
「お寺に? ……………………予定はないなぁ」
「気が変わる予定が当分ないなら」
「片想いごっこいじりが余計ひどくなりそうだけど、まぁ、好感度稼ぎタイムってことにしとくかな」
「…………それでいいなら、こちらもそのつもりで」
「わかった! 本当にありがとう、今後ともよろしく、御贔屓に願います」
首肯が返ってきたのを私は笑顔で受け取って、今度はもっと楽しく思慮深い話を始めるのでした。




