4 天の光はおよそ偽④
7月7日は草凪和沙の誕生日なので3話連続投稿です②
塚原がホワイトボードに、採用された鏡名の提案を書いていく。サンタさん(決定)と恋のお悩み(仮)。出演:塚原・草凪。塚原が腕を下ろすと草凪は視線を部員全員に向けた。
「では皆さん、仮タイトルお待ちしております!」
仮なら何でもよかろうに。夢方が言う。
「とりあえず、一回目の脚本ができてからでいいと思う」
一理あると思ったが、草凪は人差し指だけを立てて、ちっちっちと振った。
「名前が物語を定義するのだよ、by中神内人」
言わんとすることはわからないでもない。作品でも人でも、名前が違えば扱いも自己認識も辿る運命も大きく違っただろう、と思うことはままある。
順番に候補を挙げていき、塚原がそれを書き記す。ヴァニティ、主人公の名前、神さまの贈り物、苗から育てる楽しい木造建築。出た意見を改めて眺め、草凪は器用に両眉を波打たせて、一同を見渡す。
「……申し訳ないのですが、やっぱり本決定は、内容を詰めてからにしましょう。恋愛ものっていっても千差万別ですのでね。とりあえず、こういうのがいい、あるいは嫌だ等ありましたらPerFEに入力する前にまとめちゃいたいと思います。ご意見ご要望ある方、挙手をお願いします」
あたしと鏡名が真っ先に手を挙げる。鏡名に促され、先にあたしが発言した。
「不貞・売春・托卵は絶対無しで」
「…………まぁ、最初からそのつもりですけれども」
草凪は虚を突かれたのか、いつになく引き気味に答える。そういう反応をされてでも、はっきりさせておきたかった。女向け恋愛ものにありがちなドロドロした面倒なのは、リアルだけでたくさんだ。
鏡名が神妙な表情で再び挙手する。
「中絶・堕胎・産み捨ても無しで」
「しないって! そういうのじゃないでしょ!?」
草凪は流れを理解したのか、激しい勢いでツッコミを入れていく。現在進行形で児童養護施設育ちらしい鏡名が言うと洒落にならないので、勢いで流した判断は賢明だろう。
塚原はペンを動かして2人分の意見を書き出し、そのまま流れるように次の行に移る。草凪は緊張した面持ちで見守っていた。
「ミスターも? ……まぁあんまり変なのじゃないといいけど……!?」
『性暴力・性感染症・不特定多数との性交渉 ×』
「やめてよミスターまで!! そういうの全部やだよ私だって!!!」
草凪は大袈裟な表情でシリアスを中和する余裕は残っていたが、塚原がよりによってそれを書いたことに引き付けを起こしそうな勢いだった。唯一頼れるツッコミがボケに回ったという進行の面でも、塚原と同じもう一人のクローンが事件に巻き込まれた際にそういう噂があったというデリカシーの面でも、草凪が高校入学時にクソビッチだのなんだのとデマを流された不愉快な記憶連想の面でも。
あたしも含めて恋愛の話題が地雷原過ぎるだろ、と改めて呆れていると、夢方が顔色を窺いながら挙手し、発言した。
「えっと、じゃあ、三つ子とか双子の相手を間違えるの、無しで」
「みこっち~……」
草凪が半泣きになっているのを見て、誰からともなく笑い声が漏れる。完全に大喜利と化していた。
塚原以外の3人は声を上げて笑い、草凪もつられて笑みをこぼす。空気は完全に緩みきり、塚原は相変わらず落ち着き払っていた。
──いや、違う。
塚原は一瞬、見たことのない表情を浮かべていた。
あれは、草凪を慈しむような、優しく穏やかな眼差しだった。
そして、すぐに目も顔も伏せられ、かすかに変わった。自嘲とも拒絶ともつかない強張った表情に見えた。
今はもういつもの無表情に戻って、出た意見を見直している。全てはほんの2、3秒の出来事だった。笑い声に包まれているこの空間で、気が付いた者があたしの他にどれだけいただろう。
笑い声が各々呼吸音になる。塚原はもう普段と変わりなく、あれは目の錯覚だったような気がした。あるいは、珍しいものを見たような、見てはいけないものを見てしまったような、満足感と後ろめたさがないまぜになった気分が残っていたが、塚原を見ていると空疎に感じられた。あたしは視線を外し、3人が息を整え落ち着くのを待った。
恋愛劇の具体的な内容の希望は結局出なかった。草凪が、ホワイトボードを眺めて言う。
「各自、こういうのがいいかなっていう登場人物表と大筋の流れだけでいいので考えてみてください。それを参考に詳しい脚本をPerFEで出力するなり、私が書くから。どうしよっか、今から考える? それとも、土日で考えてくる?」
全員が壁掛け時計を見て、夢方が訊く。
「塚原くん、電車大丈夫?」
塚原は時計を見つめて、頷いた。続けて草凪が聞く。
「今から駅に着いて乗れる電車に乗るとして、あと何分くらいここに居て平気?」
塚原はホログラスを操作してか瞳を巡らせ、やや間を置いて口を開いた。
「……あと15分なら」
「その次は何分発?」
「…………105分後発」
「じゃあもう今日はいいだろ」
あたしはそう言う。この中でただ1人電車通学の塚原は、片道1時間半かかる終点から通っている。最果ての地まで直通の電車は1時間に1本しかないと以前聞いたが、1時間半はさすがに酷だろう。
「そこの2人がメインの恋愛劇と決まるまででさえ、紆余曲折あった。今から改めて役の人物像だの世界設定だのあらすじだのまで細かくすり合わせ出すとキリがない」
「誰でしたかなー、こんな時間になるまでお昼寝してたのは」
鏡名はへらへらと笑い、草凪がぎくりとした。
「いや私のせいやん」
「課外授業で遅くなるのはやむを得ないよ。課外授業といえば、ぼくとみことが来た時は、ご同輩が部長の寝顔を眺めながら独りで量子チェスやってたんだっけ」
こういう時に饒舌になる鏡名を遮る。
「寝顔を眺めながらって何だよ塚原」
塚原は特に弁解しなかった。
「起こしたら帰るかと」
理解してもらえて嬉しいぜ。いや、帰りに話す約束しておいてそう思われてるのもどうなんだ。
「でも部長、塚原くんは別に」
夢方の発言に被せるように草凪が手を挙げた。
「そこまでー!」
「うるせえなあ!!」
思わず叫び返す。鏡名が声も出さず独りで腹を抱えて笑っていた。……お前わかってて言ったな。
束の間、静寂が舞い降りた。…………疲れた。
あたしが苦々しく笑みを見せると、再び空気が緩む。草凪が、改めて塚原に確認する。
「じゃあ、どうしましょう。今日はおしまいにしときますか」
塚原は首を振らない。
「続けるなら残る」
「いいや帰る」
あたしは断言した。個人的理由ではなく、別の観点から。
「あと40分ちょっと居残ったらこの棟からは締め出されるぞ。一応昇降口までの通路はあっても、この時期18時以降の居残りは見回りの教員に咎められる。事前の申し入れや顧問の監督の立ち合いか許可があれば別だが」
口が回らないので一度そこで言葉を切った。鏡名が意外そうな眼でこちらを見ている。
「やけに詳しいですね」
「課題研究の居残りで、そういう話が出たことがあった」
「へー」
「17時過ぎて、一棟ももう既に定時制の連中がいるし、空いてる教室もどこを使うかわからない以上入りづらい。二棟だってそうだ」
さすがにもう鏡名の邪魔はなかった。
「塚原が残るとしても、草凪よ。文芸部員として、40分は初心者がキャラ設定や短い話を書いて共有して、さらに話し合うに充分な時間か?」
草凪は黙って小首を傾げた。いちいち画になる奴だ。演劇部のエース。ジョーカーは塚原か鏡名か迷うところだ。
「部長様がそう言ってるよ、ご同輩」
鏡名が半笑いで言った。草凪はホワイトボードを手で叩く。
「私の力不足か。申し訳ない。詳細は次回、来週の火曜どうでしょう」
全員同意したのを確認して、草凪があたしを見た。
「私からはこれで。あとは、やっさん先輩、どうぞ」
「来週の火曜の流れを、あと10分未満で決めてくれ。火曜日まで丸々潰れたらどんどん準備期間が縮まる」
草凪にそう伝えた後、塚原に視線を向ける。草凪に仕切らせるより、あたしが話した方が早い。
「なんなら一人、先に帰ってもいい。要項は後でグループメモにまとめとく」
塚原は頷いたが、ホワイトボードのペンを握ったまま特にどかなかった。夢方が遠慮がちに提案する。
「火曜日に集まるまでに、グループメモにあらすじとかの必要事項をまとめて送っておくっていうのは、どうですか? それで、火曜日は草凪和沙版の脚本をお披露目っていう風に。もちろん、なっちゃんがよければの話、だけど……」
草凪はホワイトボードを一瞥し、首を縦に振った。
「全員分とは断言しかねるけど、日曜の夜か月曜の朝までに送ってくれたら、手は尽くすよ。お手数おかけします」
夢方の提案が通ったので、あたしはまとめる。
「じゃあ、次回は最低限、五人分の話から一つに絞る。できれば個別の具体的な、配役や準備分担等の決定に入る。後は何かあるか?」
「いいと思います」
それでいいようだった。塚原があたしの計画を書き留めたのを見届けて、草凪に任せることにする。
「じゃ、必要な項目のリストアップ」
「はい」
草凪は無言で塚原にハンドジェスチャーをして、やけに慎重にペンを受け取り、一通り書き終えたところでこちらを向いた。
「こんなもんでしょうか」
登場人物表(関係性と人柄、必要なら職業や人種)、大筋の流れ。可能なら出力した見本も。
「じゃ、各自、日曜の夜までにグループメモに送るように」
全員が首を縦に振った。鏡名がホワイトボードの前の2人をハンドジェスチャーでどかした。
「写真撮りまーす」
面白みのない効果音が響く。すぐさま塚原がホログラスを操作し、グループメモへの視界写真のアップロードを確認した。あたしは椅子にもたれ、腕を組む。
「よし。あとは、…………」
少し考えて、廊下に視線を向ける。
「沢樫先生、入っていいですよ」
「え?」
草凪と夢方が目を丸くして、視線を出入り口に走らせる。引き戸を開けて、先生が満面の笑みで入ってきた。
「もう、いいんですか?」
「あとは帰るだけです」
視線でホワイトボードを示す。夢方が呟く。
「先生いつから?」
草凪がホワイトボードを手で示した。
「じっくりことこと話し込んだものがこちらになります」
3分クッキングかよ。確かに結果だけ見たら茶番以外の何物でもないが。
先生は小さく笑って、生徒たちを見回した。
「順調ですか?」
「とりあえず、私とミスターのプロパガ……恋愛劇という方針だけ決まりました」
草凪が報告すると、沢樫先生は一瞬顔をひきつらせた後何度か頷いた。鏡名が聞く。
「先生、当日はお忙しいですか? 演出とか、手が足りなくて」
「助っ人は他の生徒さんに頼んでみたらいかがですか」
まあ、そうだよな。それこそ、シンプロイドでも猫の手でも貸し出してほしいもんだが。
夢方が訊く。
「その、助っ人も当日は演劇部として、人数に含まれるんですか?」
「その辺りは、まだ演劇部何名という届け出はしてませんから、それに間に合えば、いいと思いますよ。二週間前くらいまでに教えてください」
「了解しました」
なるべくこのメンバーだけで済ませたい、と思うのは、あたしだけだろうか。無関係な生徒に何のメリットもない依頼をするのは、返す当てのない借金をするみたいに感じる。
塚原に悪いので区切りをつけることにして、先生に視線を向けた。
「もう、解散するところなんですが、先生からは何か」
先生は、塚原をちらりと見て、全体を見回した。
「特にありません!」
ねーのかよ。
草凪ががくっと呟きながら頭を下げたせいか、先生は言い直した。
「ほどほどに、がんばってください」
「はい」
ぱらぱらと返事があった。先生はあたしに役目を申し付ける。
「じゃ、部長さん。何か一言」
5人の視線が一斉に集まる。そういうのは苦手なんだが。
こういう場に相応しい言葉は何か。一呼吸分考える。考えたが、思いついたのは一つだった。時間がない。
「解散」
破裂したように笑い転げたのは草凪と鏡名だった。先生が呆れて、夢方も困惑の表情でこちらを見ている。
「一言って、そういう意味じゃないと思います」
もう遅いよ。本日はここまでだ。
ぐだぐだになった雰囲気の中で、沢樫先生が塚原を廊下に誘い出す。そうだ、あいつに聞きたいことがあったんだ、と思い出して声をかけようとすると、先生が無言でこちらを振り返った。同じく塚原に用があるらしい草凪にも、視線で制してくる。聞くな、ということらしい。
鏡名がその様子を見て、肩にかけていた学生鞄を置いて、あたしに言う。
「今日、G組にJBCの取材があったって聞きました?」
「そうらしいな」
そう呟くと、リュックを背負いながら夢方がこちらを向き、草凪が寄ってきた。
「5限、英語の授業だったらしくて、終わった後に廊下で千重波明理ちゃんがインタビュー受けてました。いつ放送かわかりませんけど、夕方のニュースに名前付きで紹介されるって、すごいと思いませんか」
確かにすごいのだろう。そう特別な授業内容でもないはずなのに取材が入って、代表でインタビューを受けるくらいだ。とスルーしかけて、思い出すことがあった。塚原が欠課したのはSS英語だった。実態はともかく、建前はただのAll Englishではなく、教科省指定の政策に基づいた国際社会のための先進的理数教育というお題目を掲げている。指定校は少なくはないとはいえ、認知度は高くもないので、取材があること自体は今更納得した。そして、もう一つ思い出す。
「生徒会にそんな名前の奴いなかったか」
千重波明理。声がやたら甘く、咳払いが色気たっぷりだったのは覚えている。力強く答えたのは鏡名だった。
「よく覚えてますね。そうです、あのエロい体と声の娘です」
それセクハラだろ、と思ったが、同レベルの発想のあたしもセクハラだったことに軽くショックを受ける。草凪が般若の面のような形相で指を振った。
「言い方もっとあるでしょ~? 部長、その生徒会の子です。あの、背ぇ高くて健康的な肉付きの、朗らかな笑顔の子で」
「興味ない」
あたしが遮っても草凪はまだ続ける。
「合宿のごみ拾いの時も会ったんですけど、部長居なかったんでしたっけ? あの子のチャームポイントは、そのよく通る声とたれ目ですな」
部外者は来なかったはずだがな。あたしの表情を読んだのか、草凪が補足する。
「JRC部もボランティアで、偶然会ったんですよ」
「ああ、そうか」
文化祭で石鹸売ってた連中か。言ってたな。
「千重波さんってすごいよね。勉強もスポーツもできて。バレーほんとうまいし、ESSと生徒会も両立してるし」
夢方が熱っぽく言う。夢方はA組なので、G組とは体育が合同で知り合いなのだろう。その千重波がESS所属というなら、英語が達者で授業中に目立った活躍を見せていてもおかしくない。
鏡名は余裕の笑みを浮かべている。
「わさなぎさん同様優等生タイプだよね。2人ともぼくほどじゃないけど」
一言余計な奴だ。
「で、その有名人がどうした」
言いながら、5限の後? と思い返す。まさに、あたしと塚原がそれぞれの教室に向かっていた頃。その時カメラが回っていたというなら。
「まさか、あいつ、映ったのか?」
なぜか自分のことのように慌てる。むしろ、本人が他人事すぎる。取材避けのためにわざわざ保健室に来たんだろうに。
「さあ」
草凪は首を傾げた。鏡名も何も言わない。まあ、そこまでは知らんか。
先生が入り口付近から離れて、塚原が廊下から戻ってきた。その様子を見て、聞くべきか否か逡巡する。すると、鏡名が笑いながら聞いた。
「先生、なんだって?」
……こいつはこういうやつだ。塚原は特に普段と変わらない無表情で、鞄を掴んだ。
「気にするな」
口癖の出番じゃないのか、と少し意外に思った。基準がよくわからん。
「ふーん」
鏡名はそれ以上興味もないようで、視線を外した。塚原は学生鞄を肩に提げ、今度こそ帰ろうとしている。追いかけて声をかけようとすると、また草凪とかち合った。
「あ、やっさん先輩、ミスターに用事ですか」
草凪の一言で塚原が足を停め、半分振り返る。用事と言っていいものか一瞬ためらい、濁した。
「まぁちょっとな」
「じゃあお先にどうぞ」
お先にどうも。…………いや、それはつまり。
どうなってる、と無言で塚原に視線を向けると、草凪へ短く報告が入る。
「今日は部長と話すことになっている」
眉一つ動かさない淡白な声に、草凪はかすかに目を大きく開き、眉を上げた。
「…………ふーん……ちょっとって、伝言とかじゃなくて、結構かかる話ですか。だったら今、一つだけ……」
唇を尖らせて塚原と話そうと試みる草凪のリュックに、前回までなかったはずのキーホルダーが付いていた。……枯山水をモチーフにしたご当地マスコットか何かに見えるので、写真部か文芸部で修学旅行の土産にもらったのだろう。あえて聞くほどの興味はなかった。どうせ土産もプレゼントも受け取り慣れていそうなやつだ。男子からもらったキーホルダーを無思慮に学校鞄に付けるタイプではないので、おそらく女子からだろう。聞くまでもないし、聞いても無駄に気を遣わせるだけだ。
話しかけようとする草凪を眺めていた夢方が、ぽつりと鏡名に呟いた。
「塚原くんモテモテだね」
「ね」
「いやあたしはそういうんじゃないんだが……」
他意はなさそうな言い方だったが否定する。すると草凪が、無言で振り向いて自分を指差し、首を傾げた。……当てこすりに聞こえたのだろうか。
「嫌味とかではない」
というかこいつ黙ってると本当に、腹が立つほど美人だな。
反応を待つと、草凪は特にあたしには何も言わず頷き、塚原に体ごと向けた。
「…………あのですね、ミスター。ああやって私とミスターがよく話してるのを冷やかしたりからかったりしてくる輩が近頃増えてきてるって話を昨日しましたね」
塚原は無言で頷いた。だろうな、と思い、あたしは口を挟む。
「そりゃわざわざ家と逆方向の駅まで一緒に帰ってりゃ言われんだろ」
頻度に関しては知らんが、言われる程度には目撃証言が多いのだろう。草凪はこちらに顔を向ける。
「それ自体はいいんですよ。ただ、仲いいよねーくらいの流せるノリじゃなくて、1人1回でも6、7人から立て続けに探られるような言い方されると、さすがにちょっとそのノリ面白くないなーって感じてきちゃうんですよね」
「しつこいってことか」
「それもあります」
じゃあ踏み込んでくるな、が論点だろうか。あたしが目で促すと草凪は続ける。
「仲良くしゃべってるだけなのに、デートとかしないのーみたいな先走った質問されたり、実は塚原くんに嫌われてるんじゃないのーみたいな牽制じみた真似されたり、そういうの、なんというか、たまーに煩わしいんですよ。なので、その」
草凪は言葉を切った。
「やっさん先輩自身は深い意味はなく言ったのかもしれませんけど、そういう話題にカリカリしちゃうので、ごめんなさい」
お前が謝るのかよ。
「……こっちこそ、すまん」
一応大人しく詫びた。確かに、言う方にとっては1回の軽口でも、言われる方にとっては10回目100回目ということもあるだろう。友人知人が多く注目されやすいこいつならなおさら。それに、軽口に巻き込まれた塚原が目の前にいるなら、波風を立てない注意の仕方に気を揉むのは理解できる。
「それで、ミスターも似た感じのことを言われるようなら、『周りからあんまりそういうこと言われるものだから、私がその気になってミスターをお寺に勧誘し始めてて困ってる』、って言ってやってほしいって、ミスターにお願いしましたね」
「えっほんと?」
夢方が真に受けていいものか戸惑い、鏡名が半笑いで茶々を入れる。
「いや、ぼくらに対して説明パート挟まなくていいから、本題に入りなよ」
「もう本題に入る。効果あった?」
草凪の言い方から察するに、1人1回だけではなく、何度も言ってきたやつがいるのだろう。塚原は小首を傾げた。
「千道には伝える機会があった。効果に関しては」
「まーたせんどぅーか…………」
困ったものだと言いたげな草凪に、夢方が納得したように声をかける。
「まぁ彩音ちゃんくらいだよね、塚原くんに直接そういうの聞ける勇者って」
「本人うんざりしてるのは蛮勇なんじゃねえの」
両方と接点があるとはいえ、彼氏持ちの女は色ボケがひどいな。
塚原の乗る電車まで余裕ができて、全員帰り支度をしながらなんとなくだらだら話していた。が、あたしは顔を上げる。沢樫先生がまだ部室の外にいる音がした。先生は薄く戸を開けて、ささやくように声を発した。
「ずっとスタンバってましたが出てこないので、こっそり急かしちゃいます。今ならカギ閉めちゃいますので、出ましょ~」
草凪は塚原に名残惜しそうに視線を向けた。
「もうちょっと聞きたいけど、また今度にしとくね」
塚原は短く頷く。今千道の話を続けても陰口にしかならないので、誰もそれ以上追及しなかった。
全員が廊下に出て、先生が施錠する。ぽつぽつと挨拶をした後、先生が先に戻っていった。