4 天の光はおよそ偽③
7月7日は草凪和沙の誕生日なので3話連続投稿です①
「それじゃあ草凪、次は何を決める? どういう順番で絞っていく?」
あたしが机に両肘を乗せて尋ねると、草凪はホワイトボードの前でポケットから紙片を取り出して広げた。
「うーん、色々考えたんですけど、順番は迷っちゃって。とりあえず順不同で挙げていくと、えー、オリジナルや元ネタありの改変なら、方向性、展開、ジャンル、テーマというか軸。既存のものをそのままやるのでいいなら、今日の私の仕事は終わりです」
メモらしきものを片手に答えた草凪に、夢方が感心するように息を吐いた。
「まめだよねー、なっちゃん」
「あんまり褒められると調子に乗るから程々によろしく。で、ちょっとだけこういう決め方があるよという紹介をするので、どういう風に進行していくのがいいか一緒に考えながら聞いてください」
「それは、いいけど、わさなぎさん」
「なんでしょ」
遮った鏡名は、控えめに言う。
「いや、勿論脚本担当の君のやり方で構わないけど、ある程度は強権発動して引っ張っちゃってもいいと思うよ」
「…………さっきも似たようなこと言ったけど、何がこの五人のベストだか私にはわかりかねるのですよ」
「わかったから進めていけ」
「はい」
あたしが急かすと、草凪は顔を上げたまま、たびたびメモに視線を落としながら本題に入る。ホログラスにもメモ機能はあるのに紙かよ、と内心思うが、使いやすさは人それぞれだ。塚原もホワイトボードとペンで話し合いを記録するようだが誰も何も言わない。同じことだ。
「んー、人格関数エンジンのおはなしづくりとか昔のドラマとかを見るに、お話の作り方はざっくり三種類あるんです。設定出発型、主題出発型、企画出発型です」
聞きながら鏡名は気味の悪い笑みを浮かべた。演劇部のグループメモに書かれていた項目とは違うが、塚原がホワイトボードに箇条書きしたのを確認して、草凪は説明を続ける。
「区別は大雑把ですけど、設定出発型と主題出発型は設定から決めていく方針とテーマから決めていく方針です。あ、ミスター、細かくは書かなくていいからね。企画出発型は、モチーフとか役者、キャラクターやシチュエーションが先に決まってて、じゃあどうそれを料理しようか、というような方針です。これが一番二次創作やアレンジ向きですね」
その説明はメモを見ずに空で言えるらしい。口頭で言われても、と言いたげな夢方の表情を見て、鏡名が要約する。
「大雑把に『竹取物語』で例えるなら、設定出発型だと月の民の娘が地球人に育てられる話で、テーマ出発型だと不老不死なんて要らねえって話で、企画出発型だと美しい女性が無理難題を課して求婚を断り続ける話、みたいな感じでいいかな」
「かぐや姫ってそんな話だっけ?」
「そう言われると全然違う話っぽく聞こえるな」
鏡名の例え話を聞きながらイメージしたなよ竹のかぐや姫は、なぜか草凪と同じ顔をしていた。顔は同じだが表情は明らかによそよそしい澄まし顔だったので、おそらく夢の塔の女神かそのモデルの印象だろう。
草凪の無言を正解と受け取ったのか、鏡名は椅子にもたれながら話を混ぜっ返す。
「設定のレベルにもよるけど、設定もそれ自身テーマとかシチュエーションを含んでるよね。チェーホフの銃とかオッカムのカミソリみたいにさ」
「何とか何って?」
夢方の質問に鏡名は説明する。
「銃を登場させたら発砲させろ、無駄な要素は削れ。わざわざそのアイテムや設定を出したからには後でそれを活用しなさいっていう、脚本や論理の作法だね」
「会議にもどんどんカミソリをあてていきたい」
あたしが言外に急かすと、鏡名はまた笑って言い返してくる。
「枝を全部切り落とした盆栽なんて見るに堪えないでしょう」
草凪はこちらのやりとりをスルーして続けた。
「方針の分類は、どれに比重を置いて考えたいか、ぐらいでいいです。設定型ならいくらでもスピンオフや続編が作れる。主題型ならその話だけでまとまる。設定そのものを主題にすればシンプルだし、隠された設定を暴くのがテーマならミステリーっぽくもできる。ただ企画出発型は、よほどうまくやらないと歪んだお話ができてしまう」
「なるほど?」
「そこでですね。年の瀬会でやるものと、その次以降にやるものとを分けるか似たような話にするかも、今できれば話し合っておきたいなと」
「次って新入生歓迎会?」
夢方が聞くと、草凪は慎重に言葉を選んだ。
「それは2人いれば済むから、文化祭を想定してかな。もちろんそれまでの半年間に、また先生がイベントに参加申請しないとは限らないけど……」
ないとは思わない話だった。あたしの部長としての活動実績を気にしてくれてこんなことになっている以上、さらに何かねじ込まれてもおかしくはない。
「同じ舞台を何度も公演するのはプロの劇団だと日常だし、そうすれば役作りとか衣装・小道具の気合いの入れ具合とかも、ある程度見積もれますし」
「使い回せるかもってこと?」
夢方が一言で話を整理したので、あたしは話を締めにかかることにした。
「じゃあ話は分けよう。そんで今回はサンタの衣装探すなり買ってくるなりして、適当にサンタを登場させよう。時期的にそれで充分だろ」
「さすがに雑では」
鏡名が聞いてくるが、知ったことではなかった。
「適当にそれっぽい話にしとけばそれっぽくまとまるだろどうせ」
「企画出発型はうまくやらないといびつな話になるって聞いた直後にそれですか」
「どんな話ができようと結局歪んでんだからいいだろ。というか、草凪のやり方で全部話し合ってたらマジで日が暮れるぞ」
「すっかり日も短くなってきましたからねぇ」
「まだ1時間くらいありそうじゃないですか?」
「1時間で決まるか?」
草凪に視線を向けると、微苦笑が返ってくる。
「…………皆さんのご協力次第で」
「じゃあ企画案その一、サンタクロース登場。反対意見のある方、挙手」
あたしが強引に決を採ると、挙手はなかった。
「…………しーん」
草凪は司会進行に戻る。
「じゃあ、サンタさんが登場する話、という意見を仮採用する形で話を進めてもよろしいか?」
「いいと思うよ」
鏡名は笑ったが、その後にどうでもと続きそうだった。夢方が小首を傾げる。
「本採用はまだなんだ?」
「これから集める意見次第かな。この流れでブレインストーミングに入ろうと思う」
「やっとか」
ホワイトボードに視線を向けると、サンタさん(仮)と書いてあった。草凪は意見集めの説明に入る。
「んー、とりあえず前に出た意見とまるっきり違ってもいいんで、こういう役をやりたいこんな話にしよう、という意見をこのメンバー3周くらいして、アイデアをかき集めようと思います。それで一通り意見を出したら、その中からいろんな条件を検討して絞っていきましょう」
サンタさん(仮)が出てくる、小さい子が楽しめる、フランツ・カフカの『変身』。3周どころか1周もたなかった。
他に出ないとみて、あたしは尋ねる。
「大体の方針も決まったみたいだし、帰っていいかな」
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
塚原以外の3人から一斉にいやいや攻撃を受けた。
「なんだよ」
内心少し面白かったが、それを隠して問うと夢方が訊き返してきた。
「じゃあ部長、本当にこれでいいと思いますか」
少し、慎重に考えてみた。鏡名が暴走するのは目に見えている分、他3人が上手くやってくれるだろう。話し合いそのものに消極的なあたしと違って。
「……脚本ができて役決めに入ったら、また来るよ。役者が足りないようなら、台詞の少ない役なら出てもいい」
これでも演劇部の部長だしな、と内心で付け加える。
「でもやっさん部長、出ずっぱりで台詞が少ない役って上級者向けですよ」
鏡名が横から笑って言った。確かに、人間性を表現するなら鏡名役より塚原役の方が難しかろう。
「まぁ、もう少し付き合ってくださいよ。それとも、また病院ですか?」
草凪に聞かれると、強いて挙げるほどの用はなかった。時計を見るが、この棟から締め出されるにはまだ1時間半近くある。
「…………なるべく手短にな」
「はいさー」
草凪は楽しそうに笑う。その笑顔には何の衒いもない。本当に、羨ましい。
「じゃあ、三人の意見を基に、一から作る方向で検討してみても構いませんね」
「いいと思うよ」
三人とも首を縦に振った。鏡名がホワイトボードに目を向けて促し、草凪が進行を務める。
軸、あるいは話のテーマ。
発表の中核を成すお題に、四人とも沈黙した。少しして、仕方なくあたしが手を挙げる。
「虚栄。Vanity」
鏡名が満面の笑みを浮かべた。塚原は虚栄と書き、ルビにvanityと振る。夢方も、さすがに、字面から意味は分かるだろう。……まあ、困惑の表情の理由は、別にあるのだろうが。
「他!」
草凪はもう一度見回す。あたしも進行の援護に回ることにした。
「何かしら意見出さないと、決まらないだろ」
「そうだそうだー。みこっちよ、このメンバーじゃ君が頼りなんだ」
「ええ……? なんか、どういう話なのかもわかんないと、意見出すの難しいよ」
「そうだそうだー」
鏡名が夢方に便乗する。実に腹が立つ奴だが、弁が立つ奴でもあるので尚のこと性質が悪い。
「やっさん部長、眺めてるだけとか言っておいて、早く決まれば早く帰れるとわかった途端干渉してくるんですね。君臨すれども統治せずのお約束はどうしたんですか」
「君主じゃねーよ」
あたしは否定する。どこの国の女王だ。
「茶化すな。逸らすな。邪魔するな」
「お、いいですねその三拍子」
おい司会、お前もか。
4人とも草凪・鏡名のふざけた調子に引っ張られ始めていた。と思った瞬間、カツカツとホワイトボードを叩く音がする。全員が静かに視線を向けると、ペンのキャップでもう2回叩いた後、塚原が落ち着き払ったまま呟いた。
「他に」
…………こいつが一番真面目だな。
司会役として不適格さの目立つ草凪は、一つ咳払いをして威儀を正し、ホワイトボードの横に立った。
「では、先に方向性、というか終わり方を決めていきましょう。本来どの項も有機的に結びついているので、もうどれから決めても他の項目が気になってウロボロス状態に陥る画が目に見えますが、ハッピーエンドかバッドエンドかは現段階ではっきり決められると思います」
手でボードを示し、何かぐだぐだ言ったが、要はオチから逆算していくらしい。
ハッピーエンド、バッドエンド、メリーバッドエンドで割れ、棄権した書記と中立の司会を交えた話し合いの結果、一般向けなのでハッピーエンドがいいという夢方の意見に落ち着いた。
「ジャンルってどういうのがある?」
鏡名が訊ねる。ファンタジー、時代劇、恋愛、童話。コメディ、トラジディ、SF、旅・冒険系、アクション。夢方と草凪が思いつくままに挙げていき、塚原がそれを片っ端から書き写していく。しかし、あたしは否定する。
「トラジディは却下だな」
「ですかね」
鏡名も同意すると、夢方がまた首を傾げた。
「なんで? っていうか、トラジディって何ですか?」
「悲劇」
「ハッピーエンドだから」
あたしと鏡名が答えると、夢方は、そっか、と納得した。草凪が唸る。
「ネタさえあればミステリーやホラーもありかな。トリックとか怖さの演出とか難しそうだけど」
「この中だと、怪談らしい怪談したのなっちゃんと塚原くんだけだったもんね、合宿」
夢方の言葉に、そんなこともあった、と思い返す。先生は漫談だし、鏡名は一言だし、夢方は夢の話だし、あたしは静電気の話だった。元部員のうち千道はいまひとつだったが、鴾野が未経験者にしてはやけに巧かったのは覚えている。草凪は文化祭で見せた落語さながらの見事な語り口だったし、塚原は、憧憬すら覚える豹変ぶりだった。
つと視線があたしに集まった。鏡名があたしを見て何か言ったらしい。ふと我に返り、聞こえた情報の余韻をかき集めると、奴はこう言っていたようだった。
「やっさん部長は幽霊役似合うと思いますよ」
…………ろくでもない言いようだった。
「遠まわしに死ねと言ってるのか」
「なるべく生きろと」
「なんでそこで控えめなんだよ……」
あたしがため息代わりに呟くと夢方がなぜか吹き出した。
塚原が2度、ホワイトボードをペンの持ち手で叩く。場が静まった。
鏡名が気を取り直して呟く。
「そういえばオカルトはホラーに含まれるのかな」
「違うの?」
「オカルトは超常現象、ホラーは怖い系全般」
静かになると、塚原がペンを走らせる。
『スペキュレイティブ・フィクション』
鏡名の補足によると、現実とは異なる世界を推測・追及して描いたもののことらしい。これ自体はSFもファンタジーも内包するそうので、ジャンルとしてはあまり具体性はないということだろう。
「これ以上ぱっと出てこないようなら、今出たジャンルで希望取ろうか。民の声は神の声だからね」
すっかり鏡名が場を支配していた。そして、その判断は妥当だった。13のジャンルの中から1人で複数選んで絞るとして……。
「最多得票数のジャンルがもっとも採用の確率が高い、ってことでいいのか?」
まず投票方式を訊ねる。アローの不可能性定理によれば、公正な投票制度は存在しない。投票方式が定まった時点で当選者が決まってしまうため、完全民主主義は不可能であるというパウロスの全員当選モデルもある。独裁が禁じられている以上、草凪の望む全会一致はこの5人をアビリーンへ導きかねない。時間だけ費やしてそんな結果は御免だ。
1人3票ずつならあたしを除く4人で12票となり、最悪の場合消去法すら成立しない。4票ずつであたしが入っても司会・書記が投票しなければ意味は無いし、全員でも最多得票数が2では些か後味が悪い。同ジャンルに多重投票は避けられない以上、やはりボルダルールだろう。
「いいんじゃないですか、素晴らしき量的功利主義。最大多数の最大幸福、少数派は黙れで」
鏡名は皮肉っぽく笑ったが、夢方はあたしを見た。
「部長がよければ」
「別に、独裁者になりたくはないんだが」
支持率100パーセントの王がいるなら国民は1人だけ、というジョークを思い出す。少数派は黙れというフレーズに反応してか、草凪が提案した。
「人気のジャンルを複合させて、っていうのももちろんありです。そうそう、選んだジャンルをこの5人で演劇にする、ということを考えて決めてくださいな」
投票の前に、そのことを考慮してふるいにかけてみることになった。アイディアを出しても、予算や人員不足で却下されることはままあるものだ。
様々な指摘に対し、草凪は脚本と演技力次第だと言う。衣装や小道具・大道具はわかりやすさのためにある、外観は解説を省略して観客に先入観を与える、役割はそれだけだとまとめた。
「それに、何人も出てくる話なら、衣装チェンジで別の人物を表現するとか、そういうやり方もあるにはありますよ。私はおすすめしないけど」
「そう言われてしまうと、わさなぎさん、困るよ」
鏡名が苦笑すると、草凪はそちらを見た。
「そういえばキョーメイ、一度に舞台に立つのは3人までって言ってたね。それも追加で」
「なぜ」
「不測の事態は付き物ですから。ナレーションは事前に録音しておけるし、部長が参加する見込みもなかったし。でも、部長が参加するなら、3人制限は4人に変更で」
「はっ」
つい癖で鼻で笑ったが、いまのところ一番現実的な意見だ。もう一人は補欠かと思ったが、音響やらプロジェクションやら照明やら、できることをしてもらうらしい。もちろん、補欠も兼ねてなので、誰にせよ一人足りない場合は、技術的演出に頼れない、純粋な演劇になる。
一人欠ければ演出係が駆り出され、その時点で後がない。
「先生に演出頼めないかな?」
夢方が訊くが、答える者はいない。顧問の沢樫先生はまだ来ていないからだ。
人数不足というのは、やらない言い訳としてそこそこ有効なだけに、いざやろうとすると制約を増やす。だから今までやらなかったしやりたくなかったのだ。
塚原がまた軌道修正に入る。
「…………一人何票までか」
「じゃあとりあえず、一人3票で様子見ようか」
すっかり進行役を放棄していた草凪は、そう返事をして威勢よく声を上げた。
「シンキングターイム! いっぷん!」
「うるせえよ」
thじゃなくてsか、沈むのか。むしろこの船は山を登りそうだが。
「すみません」
小声で草凪が謝った。律儀な奴め。
1分経ったところで、草凪が口を開いた。
「では、一人ずつ順番に、やりたいジャンルに線を1本ずつ、正しいの字を書くようにお願いします」
一人ずつ、と言われて四人の視線が交錯した。塚原はただ突っ立っている。
「じゃあミスターが書こう。みこっちから言ってって」
指名され、夢方がうろたえる。
「えっと、ねえ、これって第一希望とか関係なくて、選んだ3つがみんな一票ずつ?」
草凪があたしを見る。そう来るだろうと思った。
「方式を変えて二パターン投票すればいいだろ。一つ目は同率一票で絞り込みの繰り返し、二つ目は順位評点方式とか」
司会が自分で考えろよ、と内心毒づきながら言うと、夢方が訊いてくる。
「ボルダ? ルールってどういうことですか?」
「ポイント制。一位3点二位2点、三位1点」
短く説明すると、夢方は頷いた。
絞り込みなしの同率方式で、童話3票、ファンタジー2票。他はばらけた形になる。塚原は顔色を変えずにペンを持ち替え、もう一方の投票も終え、その結果。
「…………割れたな」
こちらも絞り込みなしの順位評点方式では、童話6点、スペキュレイティブ・フィクション5点、ファンタジー4点、ブラックユーモアとSFが3点ずつ。2点以下は省略。複合するにしても、上手くしないと統一性がないように見える。
「脚本担当、これ、どう思う?」
「テーマと、こういう展開にしたいっていう要望の組み合わせ次第です」
まぁそうだろう。つまり、本格的に詰めていくのはこれからってわけだ。
「話し合うのはいいが、司会は仕事しろよ。でないと、何も決まらん」
「わーかってますって」
どうだか。
展開と塚原が書いたのを見計らって、草凪は司会役に復帰する。
「さて。それじゃー皆さんお待ちかねの、こういう話にしたいというご要望をどんどん募集します」
草凪がそう言うと、塚原は箇条書きの一つ目に、先ほど夢方が言った、『小さい子たちが楽しめる』と書いた。
「他!」
言いながら、草凪の視線は特にあたしと鏡名に留まる。鏡名が挙手した。
「異文化との接触による摩擦、及びそこから始まる戦争、の終結」
塚原は一瞬ペンを停めて、それから一言一句逃さず書き写す。
「何時間かけるつもりだよ」
あたしは否定する。草凪はホワイトボードを見ながら返事をした。
「とりあえず意見出すだけ出してみて、後でどれを削るか考えましょう。今回不採用でも春以降に回せるので」
そう言われると、異論は引っ込めざるを得ない。
「ああ、ご同輩、戦争の終結のところに傍点振っといて」
そして、戦争の終結という展開が出て来た。草凪が言う。
「その辺りに、SFとブラックユーモアと、オチがまとまりそうだね。まぁその辺は出揃ってからかな」
夢方が眉をひそめた。
「サンタが出てくる戦争ものなの? ……ごめん、後にするね」
鏡名に便乗できそうなので、あたしも意見を出す。
「長い年月の中で分裂した結果、文明格差が発生、とかかな」
「それは、非常に現代的なネタですな」
実際、現代社会から思ったアイディアだった。遺伝子治療や義体化・電脳化手術する費用に困らない富裕層と、金がない貧乏人とか。
塚原が書き終えると、草凪は夢方を見た。
「みこっち、他にもなんかある? 別に、二人のと全く関係ないようなやつでもいいよ」
夢方は、困った顔でホワイトボードを見ながら、唸る。
「んー…………、魔法?」
「おー、一気にファンタジーっぽくなってきた」
どう表現するのかわからんが、今それを言っても仕方あるまい。
「二人は、どうだ」
司会と書記に訊ねる。草凪は塚原をちらと見て、またこちらを向いた。
「私にアイディア出させていいんですか」
不敵に笑っていた。……以前、文芸部誌のこいつが書いた小説を読んだことがある。設定が奇抜な割に人物描写や展開が地に足の着いたもので、堅実とも保守的とも言える作風だった。話運びに冒険のない王道、という印象で、こいつの生き方を象徴している気がした。年相応に情熱的だが老成している主人公も、その認識を強めている。
「後学のために、わさなぎさんの考えを聴くよ」
鏡名が笑いながら前振りをする。草凪は鷹揚に応えた。
「神様か妖怪を出そう」
……思っていたより、普通だな。と思っていると、鏡名が口を出す。
「サンタが神様か妖怪扱いされるとかかな」
「だから、その辺は今考えなくていいだろ」
「やっさん先輩の言う通り、出揃ってから良さそうなものを組み合わせる感じで行きます。ミスター、なんかある?」
塚原は草凪を一瞥して、無言で書いてゆく。
『ナレーターが一方のボス』
「メタ……!」
草凪が叫ぶ。むしろ、叙述トリックの範疇じゃなかろうか。
「いいじゃないか、歴史って感じで」
鏡名が笑うと、草凪ははっとして呟く。
「What is history?」
「ヒストリー?」
夢方が訊くのを無視して、草凪は自分の世界に入る。
「It is the story of what happened in the past as told by the people who control the present.」
そして、満足したのか、また戻ってきた。
「ううむ、確かに歴史ですな。勝者こそが正義だってセリフもあるくらいだし」
一人で満足する草凪に夢方が訊く。
「今の、何って?」
語彙は高校一年生でも解るだろと思ったが、不意打ちのリスニングへの反応としては許容範囲か。
「歴史とは」
「歴史って」
代わりに答えようと思ったら、草凪と鏡名と被った。あたしが草凪に手で示すと、草凪は鏡名に掌を向けて譲った。鏡名は苦笑して言う。
「『歴史とは何か? それは現在を支配する人々によって語られる、過去の出来事の物語である。』……as told by the people who control the presentの部分が肝かな。何かの引用?」
草凪がぱちぱちと手を叩く様は幼児のようだった。
「『DREAMTIME』ってお話からです」
「アボリジニ?」
「よくご存じで」
だんだん話がずれてきている気がする、と思ったところでカツカツという音。ホワイトボードをペンで叩く塚原の軌道修正に、夢方が首を傾げる。
「展開はもういいんじゃない?」
戦争の終結、文明格差、魔法、神様か妖怪、ナレーターが一方のボス。そしてサンタさん(仮)。最後がなければ案外まとまりはあるので重厚なSFファンタジーになりそうなものだが、時間も頭数も足りない以上、大胆な省略かスケールダウンは必至だろう。小さい子でも楽しめる、カフカの『変身』という項目もある。
「テーマか」
あたしは呟く。自分で言っておいてなんだが、虚栄とサンタが本当にノイズだ。鏡名がホワイトボードを眺めて草凪に言う。
「うーん、これでテーマまで自由に挙げていくと本当にカオスになりそうだし、自由投票はここまでにしておかない?」
先ほど夢方も指摘した通り、サンタが登場する戦争ものという時点で食い合わせが悪すぎたのは確かだ。
「要らない設定を削る段階か」
あたしがまた呟くと、草凪は頷いた。
「ですね。サンタと魔法で戦争終結ハッピーエンドやったぜうぇーい、は見えてきたんですけど、かなり難解な舞台設定になりそうなのでその辺りに時間や衣装や人物のリソースを取られそうで」
「まぁほぼそれでいいだろ」
あたしが適当に賛成すると、鏡名がぶつぶつ検討を始める。
「投票してからわかったことではあるけど、結果を見ると、ファンタジーとSFの組み合わせがややこしいね。さらに童話が一番厄介で……いや、むしろ戯画化することで戦争ネタの詳細をナレーションで解決できるから、いいのか」
「どう思います?」
聞かれても。創作活動で一日の長がある草凪と、話を合わせろにて最強の鏡名の二人がまともに頭を働かせれば、最低限の体裁はすぐに整う。他3人は適宜修正に回ればいいだろう。
夢方が鏡名の案に難色を示す。
「お説教っぽくならない? 大丈夫?」
「確かに、ガキが知ったかぶって戦争の悲惨さを語るのはどうなんだろうな」
あたしも疑問を呈する。すると鏡名はあっさり取り下げた。
「それは仰る通りですね。テーマの取り扱いもそうだし、自分で出したアイディアだけど、敵2人味方2人しか出せないで20分前後で戦争を表現なんてまず無茶だ。設定の方向性だけ揃えて簡略化する形になるかな」
「設定の方向性って?」
人格関数エンジンに疎い夢方の問いに、鏡名が簡単に答える。
「国家間の戦争じゃなくて学校同士の代表戦とか、企業や家同士の対立とか」
物語を図形化して形を保ったまま、10万を50で、あるいは10を1000で表現する、という風に規模を拡大縮小できるのが人格関数エンジンの便利な点だ。規模に合わせて倍率を調整し、多人数多勢力が錯綜する複雑な展開を縮小していけば、登場人数に見合った核となるドラマを残してくれる。もちろん、縮小しすぎると何もなくなってしまうが。
「PerFEの機能なら、登場人数指定しながら、人数に合わせて展開もスケール調整できるし、それがいいと思う」
草凪が頷くと、夢方はホワイトボードを眺めながら首を傾げる。
「家同士の対立の終結?」
「ロミジュリか……」
「別に、サンタが女子で男同士の決闘和解ルートでもいいとは思うけど。それか、部活もので2対2の試合とか」
鏡名が試合と言ったが、あたしは待ったをかける。
「審判が必要だと5人全員同時に舞台に上がることになるぞ」
「じゃあ1対1で、試合をしながら回想シーンでそれぞれの選手の努力や背負ってる想いを交互に、とか」
「部活ものは面白そうだけど、選手役の手から離れるタイプの小道具が必要だと表現が難しくなるね。剣道はいいけど卓球とかは難しい感じ」
「それこそ、なっちゃんいるし、空手は?」
「私が選手役だと相手はみこっちかやっさん先輩じゃないと女子対男子になるけど……」
「そっか……」
塚原はこのテンポの会話にも追いついて書記に徹している。ホワイトボードに、部活(人数?審判?性別?) と書かれたところで、話が戻る。
「じゃあロミオとジュリエットにサンタが介入してハッピーエンド? 性別未定だけど」
「わかりやすいのはそれだよね。誰が演じるかだけど」
「ロミオはともかく、ジュリエットはなっちゃんより適任のひといる?」
「私いつもそう言われてメインもらっちゃいがちなんだけど、お2人的には正直どうなんでしょう」
いつも、というのはおそらく小中学校の学芸会か何かだろう。正統派も悪役も間抜けもこなせる顔と声が良い女子がいれば、便利に決まっている。その分やっかみや不満も集めやすくはあるだろうが。
夢方は遠慮がちに顔を上げる。
「見栄えがまず違うし、なっちゃんより役に入り込める自信ないし……」
「見栄えに関しては、私がサンタさんになったら問題なくなると思うけど……」
草凪の声色を聴くに、やりたくないわけではないのだろう。ただ引け目があるだけで。
「あたしだって、草凪が急病か何かでどうしても代役をというなら部長としてはやるしかないが…………」
基本的には裏方のつもりでいる。
「…………あたしが草凪を差し置いてジュリエットになれると思うか?」
「2人に言いますけど、演技は未知数にしても、メイクは多少なら心得ありますよ」
草凪は自身を指差すが、そういうことじゃない、と心の中であたしは否定した。例えあたしが豪華絢爛に着飾りプロ顔負けのメイクを施されたところで、白Tシャツノーメイクの草凪に人目は行く。こいつの顔はそういうものだ。自分で考えて虚しくなるが、輝くようなとか花が咲いたようなと形容される笑顔は、あたしには無理だ。
仮にそれが解決できたとしても。
「それで面がどうにかなっても、あたしの場合タッパの問題もあんだろ……」
あたしは大半の男子より背が高い。あたしと並んで見劣りしない上背となると、この中ではあの西洋系金髪電脳化野郎しかいない。草凪を差し置いてヒロイン役に立候補なんて笑いものになりに行くようなものだし、草凪がサンタ役になったところで相手役があいつになるのも御免だ。
ジュリエット枠についてはそれ以上誰も発言が出ないまま、夢方が別の案に言及する。
「企業っていうのはよくわかんないけど、前に響くんが言ってた新型ドロイドのコンペみたいに、それぞれの企業がいろんな方向性で開発アプローチしてますよー見てください、とかってこと?」
「それならやっさん先輩の、文明格差要素も盛り込めるね」
「それこそ、代表二人が個人的にも因縁のある仲だったら、ロミジュリ要素も…………でもこれだとサンタが割り込む余地ないか」
詰まったようなので、適当に口を挟む。
「優勝者にはサンタさんから素敵なプレゼント、とか適当につけとけばいいだろ」
「おお!」
「うるさい」
会議は踊る、その割にそこそこ進む、という気分だった。和を以て貴しとなす草凪をあたしが急かし、進めつつ茶々を入れる鏡名の手綱を塚原が握り、夢方が適宜調整する。思った以上にスムーズだっただけに、そろそろ落としどころが見つかるか怪しくなってくる頃だ。
同じことを考えていたのか、鏡名が一同を見渡した。
「一つ一つの案をそれっぽく固めていくのはいいけど、各自これだっていうイチオシの案はある?」
本格的に絞っていこうという判断は正しい。草凪がそれをできない以上、あたしか鏡名がその役回りになるのは順当だった。鏡名はホワイトボードを眺めながら、机の上で手を組む。
「もしないなら、ぼくが今思いついた、この会議の内容を半分織り込んで半分無視した提案をしようかと思うんだけど」
沈黙が下りる。司会進行の草凪が尋ねた。
「どんな?」
「まず、会議の前半の内容を採用。主役は、ある朝起きるとサンタさんに変身していた人。元の姿に戻るために困っている人を助ける」
まぁ、妥当な線だろう。と思っていたが。
「ここからが本題。その困っている人と内容は、ご同輩がメインの恋愛もの、という案」
誰も何も言わない。あたしが代表して発言する。
「…………続けろ」
「はい。理由としては簡単で、プロパガンダですよ。何から生まれた何だろうが、人を愛せる、愛を理解できるっていう。パラジナムの最上級生があと半年で外に出るってニュースを思い出したので、どうかなと」
Birth-Outingもプライバシーもあったものではない。
非常にデリケートな話題をド直球で放り込む神経を疑ったのはあたしだけではないらしく、女子2人は困惑したり引いたりしている。塚原は聞き終えて瞑目し、大きな反応を見せない。いや本人だろお前、と思ったが、当事者ゆえに下手なことは言えないのも理解できる。この他人事のような落ち着きぶりも、万才で培った処世術なのかもしれない。いやそれでも怒れよ。
鏡名は是非を問う。
「どうだっていい、以外で」
張本人の塚原は目を開けた。
「必要なら」
塚原の端的な返事に、草凪が眉を上げる。鏡名は断言した。
「必要だ」
「なら、その案を推す」
男子2人は意見を固めたようだった。本当にそれでいいのかと思わなくもないが、実際イメージ戦略の効果は多大だ。草凪の根も葉もないデマや塚原進路・塚原回路のネガティブキャンペーンを思えば、必要かどうかでいえば必要で、切実な話題でもあるので、誰も疑義を挟めない。
「反対意見のある方」
当然、挙手はなし。鏡名は司会進行を乗っ取ったかのように問う。
「反対ゼロ、ということは棄権3票でも賛成多数でこれが採用になるけど、どうです?」
その論理展開はおかしい。女子3人が一つの対案を推せば、3対2で対案が勝つ。
だが対案は思い浮かばないので、鏡名の意見をもう少し詰めていく。
「反対ではないが、相手役どうすんだよ。さっきも出た話題だが」
視線が集まると、見栄えも演技も一番の後輩は気難しい表情を浮かべた。
「…………やっぱり私ですか」
草凪のぎこちない苦笑に、塚原が無表情のまま視線を送る。
「今断るなら別の案に移れる」
決断を促しながら断りやすい言い回しで、配慮を感じた。鏡名が助け舟を出す。
「もちろん、女子3人の意向を尊重するよ。みことかやっさん部長が主役やりたいとか、わさなぎさんが性悪女役や復讐者役をやりたいって言うなら、ご同輩の言う通り今のうちに言ってほしい」
「…………ミスターに対して私が出ると、別の意味でプロパガンダにならない?」
それ言及するのか、と思ったが何も言わない。2人の天才の生き写しがこの時期に、というのもデリケートな話題だ。
「なるかもねぇ。ならないかもねぇ」
鏡名は鷹揚に笑う。
「ある種のメタファーにはなるかもしれない。でもメイクや衣装次第でもあるだろうし、そこは脚本の腕の見せ所だね。モンタギューとキャピュレットよろしく家同士の対立を何とかしたい2人でも、ただの学生2人でも、どちらかが職業人とかでも」
「……………………他に、あれがいいこれがよかったって言うなら今のうちですよ」
草凪は、積極的に引き受けたいとも嫌だとも言わない。まあ、誰も恋愛に投票しなかったしな。
「結局顔かよとか言わない? 言われない?」
草凪はまだぐだぐだ逃げ腰なので、あたしは否定する。
「外観は解説を省略して観客に先入観を与える、だろ。人物描写の時間も惜しいなら、顔ありきだ」
お前がさっき説明したことだ、と言外に含める。
「反対ゼロ、ということは」
草凪は、観念したように目を閉じ、顔を伏せた。
「私も、必要なら」
「決まりだね」
鏡名が一同を見渡した。
かくして、志場高校演劇部の年の瀬文化交流会の演目は決定した。
クローンと女神似の巫女の恋愛劇。そしてサンタさん。
引用:『DREAMTIME』Roger Pulvers ラボ教育センター




