第8話 虫の知らせ
コモレの森に入って数時間。
ちまちまとゴブリンを倒してはいるが、未だに今回の異変を引き起こした張本人が見えてこない。
何度かゴブリンを引き連れたオークを見かけたが、奴らに手を出すことは出来ない。
何故なら、群れとの戦闘が激化すると、おびただしい量の魔物が襲い掛かってくる可能性があるからだ。
町で戦ったのと同じくらいの数ならともかく、今回は数が把握しきれていないので戦闘を避けて隠密するのが得策という訳だ。
アントンによると、冒険者達に群れの全滅を依頼するならB~Aランク相当のクエストになるらしく、推奨ランク帯のパーティーをいくつか連れてこないといけないらしい。
……もしそのクエストに参加したらAランク冒険者を名乗れるのかな?
いや、やめておこう。
流石にAランクのクエストは危険そうだし、ワンチャン死ぬかもしれん。
命あっての物種って言葉もあるし……ん?
横にある背の高い雑草から影がこちらへ近づいてくる。
当然そいつらはゴブリン、だがこれまでに比べて数が多かった。
「丁度いい。コウ、今からジェムの使い方を教えてやる」
「いやそんなことしてる場合じゃないって。逃げるか倒すかしないと」
「まあ聞け。ジェムは物を収納できる能力と、収納した物を増幅させる能力があるんだ。利き手で持って呪文を唱えてみろ」
「……分かった、半信半疑だがやってみよう。内に秘めた我が炎よ、今ここに顕現し、全ての敵を滅ぼせ。くらえ、ファイアーボール!」
僕の必殺技であるファイアーボールは普通だと手で掴める程度の大きさで最大の威力になる。
それ以上に魔力を送ってしまうと制御しきれなくなって暴発してしまうからだ。
だが、ジェムに送られたファイアーボールはその範疇を超えて更に巨大化し、敵に向かって驀進する。
そして、ゴブリンと当たる瞬間、火球は内包された魔力を解き放ち、辺りを包み込む炎の球体と化した。
「すげえな……ジェムの効果だけでここまでの威力になるとは」
「私も想定外だ。素晴らしいが、派手すぎる。急いで離れるぞ」
結局、敵は倒せたが逃げる羽目になった。
炎魔法は集団戦闘には向いているが、暗殺には向いていないらしい。
でも逆に、暗殺向きの魔法って何属性なんだろう……闇属性とか?
「日も落ちてきたし、今日の調査はここまでにしよう。俺は薪を集めてくる」
「やっぱり野宿するのか」
「冒険者は基本的に野宿だ。というか、お前はこっちの世界に出来るだけ早く慣れた方がいい」
早く慣れた方がいい……か。
その言葉は正論だ。
僕は異世界転生系のラノベが好きだった。
より正確に言えば主人公が最強のヤツが好きだ。
そういった作品を見た後はよく仰向けに寝っ転がって妄想した。
ボウケンシャサマーって崇められて、チート能力で無双する。
そんで美少女に囲まれて、ラスボスを簡単に捻る。
今の状況と照らし合わせて考えると、浅はか過ぎて笑えてくる。
最初は自分の思い通りになると思った……だが、違った。
貰ったスキルは確かに優秀だ。
でも、何でもかんでも上手くいくほどのチート能力ではない。
さっきの件だってそうだ。
アントンは凄いと言ってくれたが、結局それは冒険者の中では凄いということだ。
自分は他の人とは違う。
いつか大きな事を成し遂げる。
でもそれが何かはわからない。
これじゃあ転生する前と変わらないな。
「おいコウ、なに辛気臭い顔してんだ」
「別に、何でもない」
「そうか。まあいい、焚き火をするからお前の魔法で火をつけてくれ」
言われた通りに火をつけると、メルケルから何かの実が入った袋を渡された。
恐らく、森に入ってからせっせと集めていた食べられる実だろう。
皆お腹もすいてるし、夕食を取ろうって訳だな。
今日の夕食は変な実と干し肉だけ。
これも冒険者のサガか。
「そういえば、2人はどうして冒険者になったんだ?」
「俺は家業を継ぐのが嫌で家出して、その拍子で冒険者になったっつーよくある話だ。でも、こいつは少し訳アリだ」
アントンがつまらなさそうに自分の話をした後、メルケルを指さした。
こっちもあまり自分語りがしたくないらしく、苦虫を嚙み潰したような顔をして俯いている。
「……私は貴族の生まれだった。何不自由無く暮らせていた」
少しの沈黙の後、メルケルはゆっくりと語りだす。
「だがある日、私の家系を憎む者達の罠にはめられた。
結果、地位が失墜し、家族が離散してしまった」
「何でそんなことを?」
「私の家系、ユングストレーム家は王から絶大な信頼を寄せられていた。
それが気に食わなかったのだろう。要するに、嫉妬だな」
「へえ、そっからどうして冒険者になったの?」
「この世界には神が残したとてつもない力を秘めた遺物があり、それは『神の遺物』または『秘宝』と呼ばれている。
私はその中に、親や兄弟と再開できる秘宝、再び貴族へと舞い戻れる秘宝があると考え、それを得るため冒険者になった」
秘宝か、中々奥ゆかしい物があるようだ。
「俺とメルケルは偶然同じクエストで出会ったんだ。そっから意気投合して今に至るって感じだな」
「最初にお前と会った時はこんな知性を感じない奴が冒険者なのか、と思ったな」
「最初にてめえと会った時はこんなヒョロガリが冒険者なのかと、と思ったな」
メルケルとアントンがバチバチと火花を散らしながら睨み合う。
喧嘩するほど仲が良いってやつだな。
食事も終わり、皆疲れからか泥のように寝ている。
でも僕はまだスクロールの獲得可能スキル一覧のページを読んでいた。
何故なら先ほど獲得した『睡眠耐性』のスキルのおかげで一向に眠気がこない上に、
同じく獲得した『夜目』によってこんな夜中でも昼間のように視認しやすくなったからだ。
獲得出来るスキルは才能によってみな違うらしいが、僕は結構良いスキルに恵まれたようだな。
現在のSPは95ポイント、寧ろ使い切ることができるか怪しいラインだ。
ヒューーーー
何の音だ?
誰かの寝息か?
……違うっぽい。
ヒューーーー
鳥の声、それとも魔物の?
ヒューーーー
音は後ろから、移動している気配はない。
ヒューーーー
ああ、これうるさいな。
ちょっと見に行ってみるか。
音は単一で、そしてゴブリンやオークでは到底出せないような美しい音色だった。
誰か、もしくは何かを呼んでいるのだろうか。
甲高い音は目の前のフードを被った人から発せらていた。
その人は口から音をだして、緑色の何かを操っていた。
よく目を凝らして見てみると、それが蛍であることが分かった。
音の主が自身の歌に合わせて踊る。
蛍もその人を中心に、一糸乱れぬ動きで踊る。
それは神秘的で、幻想的で、何よりも美しかった。
「……!」
見とれていると目が合った。
こちらをじっと見つめて、動こうとしない。
ってオイ! 見とれてんじゃねーよ!
あー、すごい気まずい雰囲気だ。
何か話さないとまずいな。
「あのー、えっと、さっきの、舞? なんつーか、綺麗だったよ」
「き、れい?」
口を少し開け、閉じた。
驚いているのだろうか?
「うれしい」
繊細で美しい声を発し、頭に掛かったフード取った。
その頭部には2つの触角があった。




