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第68話 最悪の一日

「……と、いった所です」

「おけ、もう行っていいぜ」

「はい、失礼します。ジュード様、パンデモン様」


 ……暇、だな。

 ふぅ、と息を吐いて机の上を見渡す。

 机の上は完璧に整っていて、仕事に関する書類は一つもない。

 今は正午手前、この時間は本来業務で忙しいはずなのだが今日は何故か仕事量が少ない。

 これを幸運と捉えるべきか、あるいは何らかの前兆と捉えるべきか。


 俺はジュード、コウ様に創られた従者。

 この町の人材管理部門の部長であり、主様のいない間の一時的なリーダーでもある。

 隣でフワフワ浮いているコイツは、人形のパンデモン。

 俺の魂の一部で、相棒。無口な俺の代わりに会話をする。

 俺たちの仕事は三つ、部長として誰をどこに配属するか決めること。

 そして、臨時リーダーとして主様の代わりに書類にハンコを押すこと。

 最後の仕事は……おっと、来たな。


「主様! お疲れ様です!」

「お疲れ様ですジュード、パンデモン。残念ながら私はネリーです」

「お前かよ、そっちから連絡するなんて珍しいな」


 水晶の形をした通信機、それを使って定期的に連絡を取り合うのも俺たちの仕事だ。

 だが、パンデモンの言う通りネリーが連絡をするのは珍しい。

 クリスカ国で起きた事は主様に言った方が良いとおもうのだが……


「そちらに、外から来た人間はいませんか? 例えば、勇者候補の方などは」

「いないぜ。旅行者も、冒険者も、一人も」

「左様ですか。もし怪しい方が来られた場合は警戒をしてください。

 もしかすると、一波乱起きるかもしれません」


 一波乱ねぇ……どうせなんとかなるだろ。

 と、主様を見習って楽観的に考えるか。


「どこ情報だ? それ」

「教会で転生者の方に――あ、はい。すぐ行きます。

 すみません、シスターに呼ばれたので切りますね」

「は? ちょっと待てよ」

「頑張ってくださいね~」


 アイツ、マジで切りやがった。

 もう少し向こうの状況を聞きたかったが……仕方ねえ。

 これからどうするか、と考えているところにコンコンとノックの音が聞こえた。


「部長、失礼します」

「お、ハクか。どうした?」


 気だるげな眼をした兎耳の獣人が入室する。

 彼女の名はハク。元は魔王ヌイコの幹部だったが、今は俺の部下だ。

 ハクを一言で表すなら、優秀だが情熱は無い女といったところか。

 戦闘も頭脳労働もやらせれば結果を出すが、それはそれとして信念が無い。

 まあ、だからこそ優秀な部下なのだが。


「午後の業務についてなのですが、書類整理は一通り終わりましたので、視察に行ってはどうかと。

 現場に赴いてみれば、ここでは見えない物が見えるかもしれません」

「なるほど、素晴らしい意見だ。流石はハクだな」

「はぁ……どうも」


 そういえば、俺もいくつか行きたい場所があった。

 よし、早速外に出かけてみるか。


 ふむ、町はかなり進展しているな。

 かつては獣道のようだったこの街道も、今ではすっかり整備されている。

 住民の服や食料事情もかなり改善されているな。

 これなら、主様や皆が帰ってきた時に良い報告が出来そうだ。


「町の発展は恐ろしい程順調なようですね。

 このまま行くと、ヌイコ様の町よりも大きくなるでしょう」

「いずれは国の首都になるからな、まだまだこんなもんじゃない。

 俺たち人材開発部もこれから忙しくなるぞ」

「それは……非常に怠いですね。今のうちに部署異動を出すか、あるいは仕事のサボり方を研究するべきか」

「上司の前で言うなんて、お前は大物だな」


 こいつ目をつけて無いとすぐサボるからな。

 仕事はバツグンに出来るんだけどな。

 そんな考え事をして歩いている途中、ふと疑問がよぎった。


「なあハク、仕事楽しいか?」

「別に普通です。そういった個人的な感情を仕事に持ち込む事はありません」

「休みは何してるんだ?」

「プライベートな事情にはお答え出来かねます」

「教えてくれよ、なあなあ」

「ジュード様、この人形握りつぶしてもよろしいですか?」


 パンデモンを握りしめながら、ハクが俺を睨み付ける。

 そう睨まないでくれ、これも仕事のうちなんだ。

 それにそいつも一応俺だからな、もう一つの命なんだ。

 そういう思いを込めて、俺は首を横に振った。


「はぁ……承知しました」

「ケホケホ、ふざけんな! プリチーな命が無くなる所だったじゃねえか!」

「すみませんでした。わざわざ惜しむほどのもではないと思いまして」


 そういえば、ハクには毒舌家な面もあったな。

 たまーに聞いている方の胃が痛くなるような皮肉飛ばしてくるから、仕事以外で付き合いのある奴が少ないぐらいだ。

 なんなら、あの主様ですら避けている気すらあるほどのな。


「お前、もうちょっと感受性ってものをだな……」

「私を気にかけてくれるのはありがたいですが、どうやらもっと気にかけなければいけない事があるようですよ?」


 ハクの視線の方向には、二人の男女がいた。

 両方とも恐らく人間、そして何やら危険な雰囲気だ。


「第一村人発見! いやあどうも、俺たちは世界各国を渡り歩いている旅人です。

 もしよろしければ、しばらくこの町に滞在させてはもらえませんか?」


 俺たちが何か言う前に、男の方が妙に明るいテンションで話しかけてきた。

 まるで「自分達は怪しい者ではない」とでも言いたげに。


「……何か身分証明になる物は持っていないか?」

「それなら冒険者のカードがありますので、はいどうぞ……メルルお前も出せ」


 男は何がおかしいのか、ニコニコとカードを手渡してくる。

 女の方もカードを手渡してくれたが、こっちはずっと不機嫌だ。

 さてコイツらの情報は、と。


『名前:メルル 階級:特殊

 備考:勇者候補序列第三位の為、Sランク冒険者と同等の地位を持つ』


『名前:ゴンベエ・ナナシノ 階級:C』


 女の方は勇者候補か、警戒するべきだな。

 男の方は……なんじゃこれ。


「ゴンベエ・ナナシノってこれ名無しの権兵衛じゃねえか。

 偽名だし、お前転生者だろ」

「へえ、まさかこんな所でバレてしまうとは」

「なんで偽名なんか使っているんだ?」

「まぁ、イロイロ事情があるのです。人には言えない、秘密ってやつですよ」


 怪しいな、非常に怪しい。

 こいつらの入国を拒否するのは簡単だ。

 だが、それで向こうが納得するとは思えない。

 特に女の方、あれは何をしてでも目的を達成するって感じの顔だ。

 それなら、むしろ――


「分かった、許可しよう。ただし、二人とも俺たちの目の届く範囲内にいることが条件だ」

「おお、ありがたい! 話せば分かると信じていましたよ」


 勇者候補と転生者、何処かで見たような組み合わせだな。

 彼らの戦闘力は未知数だ、もし暴れられたら俺とハクでも抑えきれないかもしれない。

 ……ヌイコを呼びたいな。


「なぁ、ハク」

「…………」

「ハク?」

「ジュード様、私は反対です」

「仕事が増えるからか?」

「いいえ。個人的感情が半分、嫌な予感が半分です」


 !?

 ハク、どうした? お前そんなキャラじゃないだろ。


「そこの、メルルさん。貴方は先ほどから、私達への敵意を向け続けている。

 それは何故ですか?」

「……不快だから、魔物が。話したくない」

「私も人間は嫌いです、特に冒険者が。

 彼らは私の父と母、そして八人の兄弟を手にかけたのですから。

 しかし――」

「うるさい。アンタの自分語りなんてどうでもいい。

 私はこの場所の調査に来た。魔物の危険度を計るために。

 そっちの条件は呑むけど、邪魔したら殺すから」


 メルル、この女の魔物に対する嫌悪は相当だ。

 過去に何があったか気になるが、俺たちに話すことは絶対に無いだろう。

 そういえば、ハクの過去も初めて聞いたな。


「ジュード様疑問があります。

 コウ様は魔物と人間の共存を謳っていますが、あのような人間の存在を想定していると思いますか?」

「そりゃ、想定しているだろ」

「なら、何故そのコウ様から創られた貴方が、あの人間を拒絶しなかったのですか?」

「それは……」

「平穏を食いつぶすのは、いつだって悪意を持つ者です。

 そして、悪意とは『曇りなき正義』だと私は思っています。

 ちょうど、あのメルルという者のような。

 控え目にいってコウ様は甘いです。

 私は彼がヌイコ様よりも強いから従っている他ありません」

「……何が言いたい?」

「私は今後、場合によっては独断で動きます。そして、ジュード様の命令を無視する場合もありますので、ご了承ください」

「お前……やっぱり大物だよ」


 ハク、お前は頭が良くて冷静な判断が出来る優秀な部下だ。

 だがまだ俺たちを信頼出来ていないようだな。

 なら、俺が証明してやるよ。主様が正しいってことを。


 俺とパンデモンとハク、そして謎の転生者とメルル。

 妙ちくりんなパーティーが町を練り歩いて、一つの建物に着いた。


「医務部……部長は獣人族のモモカ様でしたね。

 任命当初は気乗りしていなかったようですが、今は板についてきているようです」

「設立時に一番リーダー向きなのがアイツしかいなかったからな」


 思い出すな。あの時はモモカが「私なんかより相応しい人がいます」ってずっと言ってて、部長の座を拒んでいたんだよな。

 まあ、確かにあの人の方が能力的には優秀なんだが……


「失礼します。モモカ部長はいらっしゃいますか?」

「はーい! あっハクさん、どうしたんですか?

 酷い顔ですよ、何か病気に?」

「いえ、この顔は生まれつきです」


 立場が逆なら暴言だな、今でもそこそこ暴言だが。


「ところで、ベル様は?」

「早朝から薬草取りに出かけています。

 多分、もうそろそろ帰ってくるかと」


 その言葉の直後、のれんを退けて土まみれの何かが入ってきた。


「ただいま……今日は、客人が多いね」


 そう、彼女こそこの町一番の名医、ベル。

 外傷には治るまで魔法をかけ続け、病には効きそうな薬草を片っ端から与え続けるような、ゴリ押しの医者。

 ま、名医っていうかやぶ医者一歩手前って感じだが。


「おかえりなさいベル様! その様子だと今日も大量みたいですね!」

「うん、沢山採れた。これなら、夜にお薬パーティーが開けるよ」

「それは楽しそうですね!」


 おい、この町はクスリとか御法度だぞ。

 あとで「重要監視リスト」に追加しておこう。


「あ、ジュードとパンデモン」

「よう、邪魔してるぞ」

「ねえ、コウはまだ帰ってこないの?」

「まだゴタゴタが続いているみたいだ。もう少しかかりそうだな」

「そっか……」

「会いたいか?」

「ん…………」


 ベルは、若干赤みがかった顔を俯かせた。

 俺が言うのもなんだが、初々しいな。


 ……いや、ってか会いたいな。俺も主様に会いたいぞ。

 最近は段々と仕事がキツくなってきているし、俺も主様に褒められたい。

 クソ、ムサシと立場交換したいぜ。


「一つお聞きしたいのだが、コウとはこの町の主ではないのですか?」

「そうだ。言っておくが、あの人は忙しいから今は会えないぞ」

「ふむ、男と女……いやそれではインパクトが薄い。

 描くならいっそ、王と奴隷か……」

「なにブツブツ言ってんだ?」

「ああ、失礼。そういえば私の仕事を伝えてませんでしたな」


 そういうと、ヤツは背負っているリュックから、一枚の絵を取り出した。

 二人の男女が接吻をしている絵。

 言葉にすれば単純だが、その色遣いは不気味で神秘的。

 絵から伝わってくる言いようのない魅力が、男の画家としての能力を証明している。


「ジュード様、何故この絵の二人は互いの唇を合わせているのですか?」

「ハクこれはキスって言うんだ。人間の……まあ愛を確かめる行為だな」

「へー、ばっちいですね」

「お前なぁ……」

「愛を確かめるなら交尾で良いのでは?」

「お前ホント……」


 面倒だ、放っておこう。馬の耳に念仏など唱えたくない。


「そう! まさしくこの絵のテーマは『愛』!

 死の間際で愛を確かめ合う二人を描いたのです。

 しかし、魔物には所謂キスという概念が無いのですね。悲しいです」

「ううん、分かるよ。私も知ってる、愛を」


 熱狂するアーティストに返事を返したのは、意外にもベルだった。


「愛は無限。愛があれば、どんな苦しみも、悲しみも耐えられる」

「ベル……意外と苦労とかしているんだな」

「人生は苦しみの連続でしょ?

 でも、その中で楽しみを見出すのもまた人生だよ」

「アンタ、たまにメチャクチャ深いこと言うよな」


 ベルの言葉に、男の顔が朗らかな笑みを浮かべる。

 いいぞ、このムードを維持したままなら、彼らも笑顔で町を出ていくだろう。

 俺が希望的観測で胸を膨らませた時――


「皆さん、入り口から離れて!」


 ハクが急に叫び、壁に手を張り付けた。

 なんだ? お前は何を感じとったんだ?


「どうし――」


 パンデモンの言葉は、轟音によってかき消された。

 轟音の主は入り口からやってきた、深緑色の砲弾だ。

 ……いや、違う。あれは砲弾なんかじゃない。

 モエギだ! モエギが飛んできたんだ。


「ゴフッ……ああ、仕事場を散らかしてしまった。すみませんすみません」

「モエギ! どうした、何があった?」

「き……来ます。敵が……強い、とても強い天敵が……!」


 モエギは見たところ出血は無いが、打撲傷が数ヶ所はある。

 それでも立ちあがり、戦おうとしている。


 すぐに回復の指示を出そうとしたが、俺の体は動かなかった。

 無論パンデモンも。何故なら、入口の向こうから迫るオーラが余りにも強大過ぎたから。

 俺は蛙だ、そして向こうは蛇。ヤツは口を開けて向かってくる。


「ああ、なんて美味しそうな匂い。

 人間が二人、獣人が二人、そして不可思議な私の味わった事ない香りが二つ。

 今宵の晩餐はきっと想い出となるでしょう」


 全身の毛が逆立つ程の、恐ろしく美しい女性の声。

 ゆっくりと振り返ると、そこには――


「恐怖は生きたいと願う魂の本能。何も恥じるべきものではありません。

 ここに集う皆様は、優秀な戦士にして貴重な食材。

 死に抗う方、どうぞ私に挑んで下さいませ」


 そこにいたのは、貴族のような出で立ちの角の生えた女。


「嗚呼、食材の皆様、ご挨拶が遅れたことを謝罪申し上げます。

 私はサスカチェワン・コブツノゼミまたの名を『喰の魔王』と申します。

 古今東西の美食を求め、この地まで参った次第でございます」


 魔王!? なぜ今、このタイミングで?

 俺の脳が状況を整理する前にもう一波乱起きた。

 俺の足が、何者かに掴まれた!


「俺は……ドグマ・ドグマ。

『箱の魔王』……哀れな者よ、迷宮へ共に行こう」


 先の見えない穴に、引きずり込まれる。

 この日は、俺たちにとって最悪の日になった。

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