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第66話 呪縛

 天龍、まさかこんな時に出会ってしまうとは

 ……いや、違うな。()()()()()()()()()()()()と言い換えるべきか。

 とにかく、神の書庫から現実に戻って対策を……いや、なんだ、戻れない!?

 あっ、そうか。アイツが僕を呼び寄せたんだから、ここから逃げられないのは当たり前じゃないか!

 くそが、どうする? どうしよう。


「どうした? 冷や汗をかいているように見えるが、何か不都合な事でも起こったか?」

「そう、アタリ。何から何まで不都合だらけだよ」

「ふむ……」


 アイツはさっき、僕に対して「殺す」と言った。

 無機質に、何の感情も無く、殺すと。

 まるで、蟻を踏み潰すかのように。


「このまま機械的に殺すのはつまらいな。

 興が乗った、少し話をしてやろう。嬉しいだろう?」

「…………」

「それでは聞きたいのだが、その能力をどこで手に入れた?」

「……」

「黙秘、か。まあ大方の予想はつく。

 ラハブ、あの女から奪い取ったのだろうな。

 まったく、死んでなお私に迷惑をかけるとは。

 やはり、追放ではなく完全に消滅させた方がよかった。

 それなのにソドムは……」

「ラハブは、アンタの姉じゃないのか。それをあの女って言い方はあんまりだ」

「私に口答えするな! 下界の塵が!」

「ぐ……」


 突如、全身への衝撃と共に視界が床と平行になる。

 まるで重力が百倍になったようだ。身体を床から剝がすことが出来ない。


「お前は私が聞いて事にのみ答えればいい、それだけに全神経を集中させていればいい!

 それなのに何故黙秘する? 何故答えない? 何故余計な話をする?!

 上界に住まう私と話せる事を、至上の幸福と思わないのか!」


 サルマは僕の頭をがんがんと蹴りつけ、ヒステリックに叫ぶ。

 なんだよ、コイツ。さっきまであんな、冷静だったのに。


「ぐ……」

「そう、そうだ。それでいい。

 頭を垂れ、平伏し、私を崇め奉るだけでよいのだ。

 それだけでよい。それなのに、何故お前たちは争う? 何故私の手を煩わせる?

 害を振りまかず、静かに寿命を迎える。それこそが模範的な人生であり、そうあるべきだ。

 だというのに、何故?」

「ぼ、僕だって、争いが無くなって欲しいと思っているさ。

 けど、お前のような奴がいるからこの世界は……いや、この世界()平和にならないんだ」

「それは……天龍を否定するということか?」


 くそ、身体が全然動かない。なんだこれ、何かが今までと違う。

 考えてみれば、初めからそうだ。アイツの能力は、何かがおかしい。

 強力な魔法? いや違う、それ以上の力。

 森羅万象ごとひっくり返すような、それでいて僕にも感じ取れるナニカ。

 なんだ? 考えろ、考えろ。答えがあるはずなんだ。


「……怒り。そう、これは強い怒りだ。激怒と言い換えてもいい。

 そうか。私は久しく、こういった強い感情を忘れていた。

 ふっ、やはり偶には下界の生き物と話すのも悪くはないな。

 だが、私を怒らせた罪は重い。それに、下界の生き物が過ぎた力を持つのも重罪だ。

 やはり、どうあっても貴様は今ここで死ぬ運命だ」

「くそ……」

「そう気を落とすな。むしろ良かったじゃないか。

 お前は最強でいられた。井の中で獅子として振舞えた。

 下界の絶頂で、誰にもその地位を渡さぬまま、超自然の力になぎ倒されるのだ。

 これほど幸運な事は、他にない。なあ、そうだろう?」


 最強? 絶頂の地位? そんなもの、要らない。欲しくない。

 僕が欲しいのは、そんな独りよがりなものじゃない。

 僕は、僕が欲しいのは……


「さらばだ、下界の最強――」

「ふざけるな!」

「!?」


 奴が僕を殺す「何か」を放とうとしたその一瞬前、僕の中の「何か」がそれを防いだ。

 今の0.0何秒もない瞬間、自分でも理解出来ない何かが起きた。

 それが何であるかまでは分からないが、少なくとも僕は立っている。

 さっきまでの重力が嘘のように。


「この後に及んで、ようやく覚醒か」


 身体の奥底から、無限の力が溢れてくる。

 そうだ、これはラハブから託された『神通力』!


「僕が欲しいのは、皆が、僕の大好きな人達が笑って暮らせる世界だ!

 それを実現するまで、死ぬわけにはいかない!」

「ほう……想像以上に溜め込んでいたようだな。

 これを全て取り込めば……ククク」


 サルマはそんな僕に一瞬驚いたものの、すぐに表情が戻った。


「感動的じゃあないか、なあ?

 強者に啖呵切って、サムくて鳥肌が立つぐらいカッコイイこと言って、盗んだ癖に対して使えもしない力が覚醒する。

 本当に泣ける。ああ、泣けるよ。

 でもな、無駄なんだよ。それ、全部。

 力を知ったからなんだ? 自分の足で立ったからなんだ?

 それで状況は変わったか? いいや。

 力の差は依然として私が上だ。下界の(おまえ)が、上界の(わたし)を倒す展開など、ハナから無かったのだよ」


 確かにそうだ。神通力の力に目覚めて改めて分かった。

 コイツには小手先の技なんか通用しない。

 神通力とは、何でも思い通りに動かす神の御業。

 何をしても、コイツは無効化するだろう。


「さて、そろそろ返してもらおうか。その神通力を。

 もう少し『実る』のを待っても良いが、私はせっかちなのでね」

「み、実る?」

「肉体に宿る神通力は、時と共に強くなる。

 下界の生物にも分かるように言うと、魔力のような物だな。

 最も、魔力は溜め込める量が有限で、神通力は無限という絶対的な違いがあるのだが」

「随分ペラペラと喋るね。もしかして、自慢したいの?」

「まあ、そうだな。これは神の力のほんの一端、その機能の一部に過ぎない。教えたところで使いこなせるはずもなし、そもそもお前はここで死ぬのだからな」


 奴は再びその掌を僕に向けた。

 さっきはなんとかなったが、あれはサルマが本気を出さなかっただけ。

 今度は、本気で僕を殺す。

 防御不可、回避不可の文字通り「必殺の一撃」を。


 何か、何かないのか?

 こんな状況になったのは、初めてじゃない。

 これまで何度も、乗り越えてきた。

 だから、今回も何か方法があるはずなんだ。

 あるないじゃなくて、見つけなければいけないんだ!


『天龍は神の代行者。百年に一度、彼らのおわす天龍山の頂きから下界に降り、天罰を下す存在』

 『私達は神の与えた制約により、百年の間のたった一週間しか外の世界と交流する事が出来ません』           『肉体に宿る神通力は、時と共に強くなる』   

 『誰かの為に自分の未来を平然と捨てられる。それが貴方の真の強さであり、優しさなのでしょうね』


 そうか、思いついたぞ!


「ほう、目の色が変わったな。何か妙案があるのか?」

「サルマ……僕と取引をしないか?

 僕を、次の『百年に一度の下界に降りる日』まで生かしてくれ」

「私へのメリットは?」

「僕の中にある神通力は、まだまだ成長の余地がある。数ヶ月、数年、数十年が経てばより強大になるはずだ。君は、その時に回収すれば良い」

「ふむ、命乞いにしては清いな」

「これは、命乞いではなく、ギブアンドテイクの投資取引だ」


 サルマは顎に手を当てて考えている。

 僕の思っているとおりの性格なら、必ずこの誘いに乗るはずだ。

 なぜならコイツは他の天龍とは違う。

 真の意味での「神の代行者」ではないから。


「……乗ろう、その誘いに。ただし──」


 サルマが神通力で何かを操るような素振りを行う。

 次の瞬間、僕の胸が──心臓が急激に重く感じた。


「次の『粛清』の時は、42年後。もしそれまでにお前が死んだ場合、その時点で神通力とお前の魂を奪う」


 視界が……白くぼやけていく。

 薄れゆく感覚の中で、サルマが遠ざかっていく様子が見えた。

 よかった。今回もなんとかなった。


「では、また会おう。簒奪者よ」


 この感覚……なつかしいな。

 そうだ……きっかけは、あの言葉だった。




『あなたはだれ?』

『生まれ変わったら何がしたい?』




 ーーーーーーーー




 木の天井、

 風の匂い、

 布の感触、

 唾液の味、

 誰かの声、

 ああ、帰ってこれたんだな。


「コウ……コウ! いつまで寝ているのじゃ!

 さっさと起きぬか! 女王の命令じゃ!」


 やれやれ。こっちの苦労も知らないで、やかましいガキだぜ。

 あ、ムサシとアメリもいる。みんな戻ってきたのか。


「あー、おはよ。ってあれ、女王髪切ったんだ」

「うむ、マナにな。それで……ど、どうじゃ?」


 正直いって、かわいい。

 おませな女の子というか、小学生のモデルみたいだ。

 ……よく見たら化粧もしているようだ。ああ、だからか。


「凄く似合っているよ。それに、君の新しい一面が見れて僕は嬉しい」

「その様な歯に浮くセリフを言われると、聞いているこちらが恥ずかしくなる。

 それと、髪をわしゃわしゃとするのは止めるのじゃ!」


 ひとしきり頭を撫でていたら、女王は「もういい」とでも言いたげに僕の手を掴んだ。


「それより、重要な話があるのじゃ。今後について」

「そっか、もうすぐ……どうする? お別れ会開く? 短く済ませた方がいい? それとも盛大に?

 二次会は開く? あとビンゴカードとか──」

「真剣な!話を!しているのじゃ!」


 うぇー怖、そんな怒んなくったっていいじゃん。

 あ、深呼吸して心を落ち着かせてる。ここで小ボケ挟んだら嫌われるな。


「わらわは、考えた。クリスカ国をどうするべきか、女王として正しい振る舞いは何か、反乱の主レオンを如何様にして取り押さえるべきか。

 その多くは未だ答えが見つかっておらず、わらわの心には霧が立ち込めておる。

 しかし、唯一出せた答えがある。それは、わらわが女王として成長しクリスカ国を統治するに足る度量を身につけなければいけないということ。

 ルガルバンダの兵力を借り、国を取り戻せたとしてもそれではわらわは何も変わらない。

 きっとまた、同じような事件が別の形で起きるじゃろう。

 故に、わらわはここに宣言しよう。お前達と共に旅をして自己を磨き、立派になるまで決して国には帰らぬと。

 コウ、どうじゃろうか」


 女王の話を聞いて思った。もうちょっと纏めてくれない?

 まあ、んなこと言ったらグーで殴られると思うのでここは──


「つまり、仲間になりたいってこと?」

「そう、じゃな」

「だったら、君は護衛対象じゃなくなる。自分の身は自分で守らなくちゃいけない」

「承知しておる」

「僕らは旅をもう少し続ける。君の小さな身体じゃ辛い旅路になる」

「確かに、わらわは子供じゃ。しかし、心までは子供のままではない」

「だけどさぁ……」


 僕はもう見たくないよ。

 女王が大怪我負ったり、血まみれになる姿は。


「いいじゃない。連れていきましょうよ」

「マナ、君は正気か?」

「アンタに言われたくないわ」

「旅は危険なんだ。怪我や病気のリスクが……」

「過保護すぎ、ホントその考え方を少しは自分に向けてほしいわ。

 あのね『可愛い子には旅をさせよ』って言うじゃない。彼女に今必要なのは、成長よ」


 なんか変なキノコでも食べたのか?

 これじゃ、いつもと逆じゃないか。


「ムサシとアメリはどう思う?」

「俺は主様の意思に従うのみです」

「……いいんじゃないですか……どうでも」


 ムサシはいつも通りだけど、アメリなんか変だぞ。

 ボーっとしているというか、てかどこ向いてんだお前。


「旅は文字通り命懸けだ。それでも付いてくるか?」

「あの頃と逆じゃな。……ああ、わらわは命を懸ける覚悟がある」

「まったく、何が君をそうしてしまったんだ? 環境か? それとも血統か?」

「両方じゃ、あるいは全てじゃな」


 そう言うと、彼女は僕に手を差し出した。


「改めて、これからよろしくな。コウ」

「はぁ……分かったよ。じょお……タリア」


 タリアと、皆の顔を見渡して思った。

 目的を達成するまで、まだ死ぬわけにはいかないと。

 そして──


 いつか死を受け入れる必要がある、とも。

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