第64話 金のため、生きるため
明け方、罠を仕掛けて獲物を待つ事にした。
「怪鳥、来るかな?」
「……どうとも言えない。ただ、待つしか無い」
秘宝を発動させた時、レイは「あとは身を潜めて待つだけだ」と言った。
そして、僕の質問にもそう答えた。
「……まだ来ないね」
「…………」
今度は、何も答えなかった。
どうやら集中して辺りを警戒しているらしい。
んーー、暇。
「あのさ──」
「なんだ、気が散る」
「いや、その、いつもこんな風なの?」
「やり方か? まぁ。討伐依頼の時はいつもこうだ」
「暇じゃない? 僕はもう飽きちゃった」
「二流、待ち時間が幸福だと何故気づかない。
今は気を休ませつつ機会を伺える平穏な状態。
いわば、嵐の前の静かさの様なものだ」
「嵐が来る事分かっているんじゃ、気が休まらないよ」
「だから二流だと言った」
そういや、ムサシも言ってたっけ。「闘いの中で脱力する技術も重要」とか。
いや、あれは若干ニュアンスが違うか?
「ねぇ、レイはなんで冒険者になったの?」
「なんだ藪から棒に」
「緊張をほぐしたいんだ。少し付き合ってよ」
「……とある二人組に誘われた。『冒険者になれば、才能を発揮出来る』と。
しばらくはパーティを組んでいたが、一人の方が動きやすいから抜けた」
「なんで抜けたの?」
「話聞いてたか」
「もうちょっと根本的な話が聞きたいな」
「……最強の剣士になる為」
「最強の……」
リアリストな冷徹男からは決して出てこないであろう答えに、つい言葉に詰まってしまった。
けど、言葉のトーンが本音のそれだ。
「あの、さ」
「話は終わりだ。来たぞ」
話を続ける為に詰まった言葉を吐き出してみたが、意味は無かったらしい。
討伐対象のご到着だ。
「グウゥ……ゴオオァァア!!」
風邪をひいた人が無理に大声を出したような、ひどくがなり立てた奇声。
どうやら相当おかんむりらしい。
寝不足かな?
「動物に対して言うのもアレだけど、悪人顔だね」
「一筋縄ではいかないだろう、集中を切らすな」
怪鳥……正式な種族名は「大口呑鳥」
神の書庫に書いてあった。
曰く、突然変異で生まれた大柄な個体が育ちすぎてしまった故の進化だと。
「で、作戦は?」
「色々試す。弱点が分かったらそこを叩く」
凄いね、凄い分かりやすい完璧な作戦だ。
欠点があるとすれば、何も具体的じゃない事ぐらいかな。
ちなみに、神の書庫に弱点は書いて無かった。
「ギギギ……」
怪鳥が僕らを睨み唸る。
眼力が強すぎて気圧されそう。
「俺が注意を引きつける。お前はとにかく魔法を当てろ」
「オーケー」
レイが剣を抜いて一歩前に出る。
その刀身はまるで、極寒の冷気を一身に浴びたような白さだった。
「超躍」
彼が何かを呟いた瞬間、怪鳥以上の高度まで飛び上がる。
あれも超回避みたいなスキルなんだろうね。
「人為剣よ……魔力を喰らい……俺の望む刀身に変われ」
レイの持つ剣の長さが、二倍……三倍……いや、それ以上に長くなる。
魔力と引き換えに剣の形を変える魔法……いや能力か? なんにせよ凄いね。
感心している場合じゃないな、僕も貢献しないと。
「ファイアーボール、ダークボール!」
「氷波斬」
それぞれの手に纏わせた魔力を球状に変化させ、頭に向けて投げる。
それと同時に、レイの剣が横に薙いだ。
僕の攻撃は当たったが大したダメージではなかった。
怪鳥の羽毛は、どうやら衝撃を吸収するクッションの役割があるらしい。
だが斬撃には弱いらしく、レイの攻撃で若干血が出た。
「魔法は効果が薄い。
物理攻撃をベースに……あるいはもっと強い衝撃を……」
「レイ!まずい!」
自由落下するレイを見ていたら気づいた。
あのままだと、谷底に落下する!
「……突風」
突如、周囲に風が吹き荒れる。
それによってレイの身体がふわり、と飛んで僕の隣に着地した。
「今の、魔法?」
「冒険者なら使えておくべき魔法の一つだ」
当たり前の様に言ってくれるね。
僕だったらあれ、習得までに一カ月かかるよ。
「お前の魔法、もう少し威力を上げて打てるか?」
「限界まで溜めても四倍か五倍。それ以上は魔力が制御しきれなくて爆発しちゃう」
魔法使いにとって、一番怖いのは魔力の暴発。
なんたって、高威力の攻撃をゼロ距離で食らうのと同じだからね。
だからいわゆる「限界を超えた120%の力!」みたいなのは出来ない。
まぁ、自爆覚悟の特攻なら……いやいやダメだよ。絶対。
「……決定打にはなり得ないか」
「そっちは? 何かない?」
「氷の塊をぶつける魔法がある。当たれば大ダメージが見込めるだろうが、重すぎてうまく飛ばないからな、当たらないだろう」
難しいね。僕の魔法は威力が足りなくて、レイの魔法は速度が足りない。
そうなると……あ!
「思いついた!」
「なんだ、作戦があるのか?」
「ちょっと聞いて。
まず最初にレイが怪鳥を引きつけて、その間に僕が魔力を溜める。そして……」
そして……ここからが重要なんだけど、それを説明することは出来なかった。
敵の横槍が入ったからだ。
怪鳥は羽をばたつかせて、僕らに突進する。
そのせいで僕らは会話を切り上げ、戦闘を再開しなければならなくなった。
「レイ! 取り敢えずさっき言った感じで頼む!
それと、氷魔法の準備をしといてくれ!」
「本当に効果はあるんだろうな?」
「僕を信じて!」
レイが僕をどのぐらい信用しているかは分からない。
もしかしたら僕の作戦に乗ってくれないかも。
けど、僕は彼が信じてくれる事に懸ける。それを信じる。
「世界の果て、白き大地……飛べない黒の翼、氷の下の暴虐……」
「体内の魔力を一点……じゃなくて二点、両の手に集約させ、属性が混ざり合わないよう注意しつつ……この状態で二属性の詠唱すんのまじでムズイ」
っていう詠唱です。
え、適当すぎだって? 詠唱なんて心込めて言えばなんでもいいんだよ!
何はともあれ、魔力は溜まった。
だが足りない、僕の魔法では威力が。
「レイ、今だ!」
「……氷塊」
レイの左手から、人の頭ほどまで大きくなった氷の塊が放たれる。
しかし亀のように球速の遅いその氷は、当然怪鳥には当たらず、そのまま山なりに落ちていく。
「おい!外れたぞ、どういうことだ!」
「まぁ、落ち着いて。こっからだから」
位置を見極め、魔法を放つ。
火球は怪鳥へ、もう一つの闇球は……
「……そういうことか」
よし。狙いに気づいてくれた。
僕が放った闇球は地面スレスレを飛んで、そのまま上へカーブした。
その球は氷塊にぶつかり、そして──
「ギィッ?!」
氷塊と共に怪鳥にヒット。
そこで闇球が爆発し、氷塊は散り散りになってクリティカルヒットが決まった。
「いよし! 今だ、レイ!」
この投げ方にはコツがあってね、ある程度器用な人にしか出来ないんだ。
つまり、僕の専売特許ってこと。
「人喰い怪鳥、お前を討伐する」
レイの剣が怪鳥の腹に突き刺さる。
そして、なんとそのまま谷底へ落っこちてしまった。
「レーーイ!」
上から谷底を覗き込むが、見えるのは暗闇だけ。
ドーンという何かが激突した音て、最悪な状況を想像した。
とにかく行かなきゃ、今だけなら龍人化を使っても大丈夫だろう。
谷底へ着くと、そこには舌をだらんと出してくたばっている怪鳥とレイがいた。
よかった、レイは動けるらしい。
「……来たか思った以上に早かったな」
「怪我はない?」
「ああ、怪鳥の羽で衝撃を分散できた。
こいつの羽がなければ俺もお陀仏だったな」
レイは淡々とと怪鳥の解体を始める。
さつぎまでの激闘が嘘の様だ。
「剥ぎ取り必要? さっさと帰ろうよ」
「ギルドに証拠を提出しなければならない。
それに、コイツは特殊な個体だからな。
特殊な素材が取れる可能性がある」
なるほど。理由は良く分かるけど、そのクソデカい頭をぶった切って持っていくのはどうかと思うよ。
てかレイの持ってる剣、切れ味凄いな。
「その剣さ――」
「黙秘権を使う」
「まだなーんも言ってないよ?」
「どうせ『その剣は普通じゃない』だろう? 安易に秘密を知ろうとするな。
好奇心は猫をも殺す、知っているはずだ」
「はいはい」
ま、なんとなくどういう類いかは分かるけどね。
意志を持つ剣、きっとアレはそういう物だ。
戦闘中も、魔力を捧げて剣の能力を引き出しているように見えた。
詳しく知りたいが、やめておこう。
僕は猫より自制心があるからね。
「……対象は討伐した、依頼達成だ」
「よーし、帰ろー」
ーーーーーーーー
村に戻り、すぐに冒険者ギルドへ報告をした。
レイが怪鳥の打ち首を見せた時の受付嬢の顔を、僕はしばらく忘れる事は無いだろう(あまりにも面白すぎて)
それでも笑顔を絶やさず対応を続けていたのは、流石はプロというべきか。
裏で「あんなでかい生首、持ってこないでよ」と言っていたのは聞かなかったことにしよう。
「お疲れ様でした。こちら、達成報酬になります」
報酬の金貨十枚が、トレーに乗ってやって来た。
レイはその内の五枚を掴んで、さっさと歩いて行ってしまう。
せめて一言ぐらいは、と思い、その背中に声をかける。
「ありがとね、助かったよ」
「……こちらこそ助かった。機会があれば、また手を組む事もあるだろう。
ああ、そうだ……」
彼は一度だけ立ち止まり、そして僕を見て言った。
「俺は深想来 嶺、自由転生者だ」
ミソラ――! アントンとメルケルが探していた、あの転生者の!
「ちょっ、ちょっと、ちょっと待って! ミソラ!」
ミソラは外へ出て右に曲がった。
それを急いで追いかける。
「きゃっ!」
「おっと、ごめん」
周囲に気を配っていなかったせいで、人とぶつかってしまった。
相手は尻餅をついてしまったらしい……ん?
「マナ?」
「いたた……もう、どこ見て歩いてんのよ」
「悪い。それにしても何しにここへ?」
「丸一日帰って来ないから、心配で聞きにきたのよ。
ムサシとアメリは少し前に帰ってきたけど、アンタとは別行動だっていうし……
というか、なんでわざわざ危険なクエストで稼ごうとするのよ!
薬草集めみたいな、危険度の低いクエストを数回こなせばいいじゃない。
なんなの! 冒険者はみんなギャンブラーなの?! もうちょっと身の安全を第一に考えなさいよ!」
なんか、ヒートアップしてきたな。
僕に対する心配から、段々と愚直っぽくなってるし。
人間熱発電機かよ。
「チッ、うるせーな。反省してまーす」
「は?」
「反省してまーす!!」
マナは「まったく……」と不満げに独り言を呟きながら立ち上がる。
そうだミソラ……いや、いいか。
「あのねぇ……」
「分かった、分かりました。次から気を付けます。ごめんなさい。
ほら、それよりさ、女王のところに戻ろうよ」
「はぁ……そうね。女王も貴方をずっと呼んでいたわよ」
報酬の金貨をマナに渡し、宿へ歩く。
色々あったが金銭面は解決したし、それ以上に大きな収穫も得られた。
結果良ければ全て良し、だ。




