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第63話 冒険者の矜持

「ここは日本とは違う、凶悪な魔物が蔓延る異世界。

 昨日会話した奴が今日死体になっていてもおかしくない世界だ。

 無能はすぐに死ぬ、運のない奴もすぐに死ぬ。

 死んだ奴は死んだ奴だ、それ以上でも以下でもない。

 それでも見捨てられず、共倒れした奴を何人も見てきた。

 分かるか? 甘い考えを捨てられずのうのうと生きているお前は、冒険者に向いていないんだよ!」


 レイの右手が僕の体を突き飛ばす。

 感情の見えない目をしていた男が、今僕に対して熱く怒りをぶつけている。


 ああ、そうだね。知っていたさ、僕の考えが甘い事ぐらい。

 僕は甘くて、優柔不断で、どうしようもなく弱い。

 そんな事、とうに察していた。


「帰れ、俺一人でも出来る」


 一方的に告げるレイ、僕はそんな彼の背中を見て……何故だろう。

『寂しそう』と、思ってしまった。


「……僕が冒険者になったのは、ただの成り行きだ。

 そして今冒険者を続けているのは、金が欲しいからだ」

「ああ、まったくもって予想通りだ」

「君の言う通り、僕は考えが甘くて弱い。でも、仲間を見捨てたりはしない」

「……はぁ?」

「僕は仲間を守ると決めた。決めたからには、何があっても曲げない。

 それも甘い考えだと言うのなら、力尽くで否定してみろ」


 レイの表情がまた変化した。

 僕を蔑むような目から「訳が分からない」という目に。


「なんだ、お前? 死にたがりか? それとも底抜けの阿呆なのか?」

「どう考えてもらっても構わない。けど、さっき言ったのは本音だ。

 君ほどの熟練者なら、見ただけでもそれが分かるだろう?」


 じっと、じっくりと、レイが僕の顔を見る。

 見るというより、観察するといった感じだ。

 それこそ、獲物と相対した冒険者のような。


「……やはり俺は、ハズレを引いていたのか。

 それも凶ではなく、大凶を」

「それって、どういう意味?」

「独り言だ。……付いてくるなら勝手にしろ。ただし、やりすぎるなよ」


 やりすぎるな……? なんで?

 僕を格下だと思っていたんじゃないの?

 そう聞こうとしたが、もう彼の中では会話は終わったらしい。

 てくてくと先に歩いて行ってしまった。

 追わないと……いやその前にやる事がある。


 怪鳥の犠牲になった村人。

 彼の前で手を合わせ、自分なりの方法で祈りを捧げる。

 レイも、これぐらいなら許してくれるよね。



「……見つけた、三つ目だ」


 あれから、また痕跡探しを再開した。

 今回見つけたのは、怪鳥の巣だ。

 全長は5メートルほど、鳥の巣をそのまま大きくしたような感じ。

 しかし作りはとても雑で、材料を敷き詰めただけだ。

 ちなみに、ここに来るまでの間にまた何人かの死体を見つけたけどそこは省いておく。

 レイも「一人目以上に得られる情報は無い」って言い切ってたし。


「……家主がいないのは幸か不幸か、さて」

「ここに罠を仕掛けるの?」

「いいや、それは駄目だ。何故なら住処というのは生物にとって安心出来る場所であり、最も良く見ている場所。外部から手を加えれば、すぐにバレるだろう。

 最悪、巣を諦めてどこかへ逃げる可能性もある。

 そうなれば依頼は失敗だ」

「そっか……あっ、見てあれ。あっちの足跡」


 巣の周りを見てみると、大量の足跡がある。

 そのほとんどは方向が定まっていない。

 しかし、そのうちの一つは明確な意志があった。

 これが四つ目かな。


「ほう、お手柄だ」

「いえーい」

「……この足跡、グリフォンではない。

 つまり、怪鳥は全く別の種族。振り出しに戻ったな。

 だが追いかければ何かヒントが見つかるだろう」


 レイを先頭に、足跡に沿って歩く。

 思ったよりも距離が長く、軽く数百メートルはある。

 この谷は底が見えない。滑って転んだらジエンドだ。

 それなのに怪鳥は空を飛ばずに歩いて移動した。

 きっと飛ぶのが面倒だったんだろうね。


「そういえばさ、罠ってどうするの?」

「一般的には餌を使い、複数箇所に設置するのが定石だ。

 だが、今回は時間も物資の余裕もない。俺の持っている秘宝を使う。

 こいつは効果は凄いが少し特殊な条件があってな……後で説明する」


 またしばらく歩いていると、ある場所についた。

 そこは周囲が一望できる崖。

 幾つかの点在している村も見える。


「なるほど、ここから獲物を探していたのか」

「いい景色」

「……もうすぐ日が落ちる。今日はこの辺りで野宿だな」

「分かった。じゃあ僕は火をおこすね」

「俺は獲物を狩ってくる」


 そうして一旦別れ、僕は火を起こして彼が戻るのを待った。

 その間に痕跡から色々考察、というか妄想をした。


「おい、戻ったぞ」

「おかえ……それは?」

吞鳥(のんどり)という魔物だ、味も栄養も良い」


 吞鳥と呼ばれたソレは、なんとも奇妙な姿をしていた。

 アホウドリとニワトリを足して割ったみたいな、白くてちょっと馬鹿っぽい見た目。

 そしてなにより、お腹がぷっくりと膨れていた。


「こいつらは名前の通り、何でも吞み込んでしまう。

 食い物は当然ながら、石や砂、更に母親は自分が産んだ卵も腹の中に蓄える。

 ……見ていろ」


 レイが吞鳥のお腹を押すと、大きく開いた口から小さい何かがころころと転がって出た。


「……運が良かったな、卵は当たりだ。全部で八つ、四つずつだ」

「ちなみに、外れは?」

「吞鳥の主食は虫や小動物、つまり――」

「あーオッケ、分かった」


 これ以上余計な考えを巡らせないよう、卵の調理に集中する。

 まあ、調理といっても煮るだけだけど。


「……」

「……」


 ブチッ!ザクッ!ブシュッ!と、グロい音が耳に残る。

 レイが羽をちぎり、解体用のナイフで肉を切り分けている音だ。

 きっと何十回と同じ事をやって来たのだろう。

 とても手慣れている、まるでインスタントコーヒーを淹れるかのようだ。


 今日の晩御飯は焼き鳥と煮卵。

 味に関しては、想像の範囲内だった。

 タレのない焼き鳥と、ウズラの卵。

 欲を言えばお米が欲しい、親子丼が作れたから。

 ……よく考えたら親子丼って倫理観なくね?


「……明日の朝、罠を仕掛ける」


 そう前置きをして、レイはバックから小瓶お取り出した。


「秘宝『行動と原理の中心瓶』

 こいつは範囲と条件と種族を決めれば、それを追い出すか引き寄せる事が可能な秘宝だ。

 例えば、半径百メートル以内の全てのオスのゴブリンを範囲外に追い出す、といったように」

「便利だね、最初からそれ使えばよかったんじゃない?」

「種族さえ分かれば俺もそうした。だが分からない以上、推測で当てるしかない」


 つまり、犯人を捜す推理パートか。

 ワクワクするね。


「まず、俺たちはこれまでに幾つかの怪鳥の痕跡を見つけた。

『巨大な白い羽』『連れ去られた村人らの不可解な死体』『雑な作りの巣』『足跡』

 そしてギルドの情報『鳥の魔物』『全身が白い』『巨体』

 これらを一つずつ読み解いていけば、正体に辿り着くはずだ」

「そういえば、最初は突然変異のグリフォンって線で考えていたよね」

「ああ、だが足跡が違っていた。まったくの的外れだ」

「それなんだけど、実はいい線いってたんじゃない?

 例えば、突然変異によって身体が肥大化した吞鳥、とか」

「…………」


 僕の発言に感じるものがあったのか、レイは何かを考え始める。

 そして、どこかに歩いて行って……戻ってきた。


「さっき食った吞鳥の足と、怪鳥の足跡を比べてみた。

 ……かなり似通っていた、お前の予測は正しいだろう」

「マジか」


 ぶっちゃけ適当に言っただけなんだけど。


「……盲点だったな。この地域では吞鳥はよく見かける、その中に突然変異の個体が紛れていてもおかしくは無かった」

「でもさ、まだ謎も結構残っているよね」

「いや、そうでもない。ほとんどは吞鳥の特性から考察できる。

 まず、吞鳥は夜行性だ。夕方に出掛け、夜間に狩りをして、昼に眠る。

 巣の作りに関しても分かりやすいな。

 奴は本能的に巣の作り方を知っていた、だが身体が大きすぎて上手く作れなかった。

 そんな所だろう」

「……犠牲になった人間については? あれが一番不可解だけど」

「吞鳥は鳥類全体の中でも頭が良い。人間の5歳児レベルとも言われている。

 周りの物を使って遊んだり、時には自身よりも弱い動物を玩具にもする」

「じゃあ、あれは……」

「そう、あの死体は怪鳥に弄ばれた奴のなれの果て。

 怪鳥にとって、人間はオモチャだ」


 噓だろ、あの人達はそんな事で命を落としたのか。

 そう思うと、怪鳥に対して言いようのない負の感情が湧いてくる。

 目の前にいる、淡々と語る男にも。


「でも、流石になんというか……倫理観が無いというか」

「お前は幼少期の頃、虫の触覚をちぎって遊んだ事はあるか?

 飼っていた昆虫を、金魚を不注意で死なせてしまった事は?」

「……」

「倫理を持って生まれてくる生き物などいない。

 そういう社会性を得る為の機能は、親に教わるものだ。

 怪鳥は、教育がなっていなかったな」

「親の顔が見てみたい……」


 話していて思ったけど、そもそも根本的に間違っているのかも。

 シビアな世界に人間の価値観を持ち込んだって、意味ないよな。

 多分レイの考え方も、そういう所から来ているんだろう。


「明日、日の出一時間前に罠を仕掛ける。今のうちに休んでおけ」

「おけー」


 怪鳥か。龍人モードになればワンパンだけど、無暗に使うのはやめておこう。

 今回は人間と共同作業だし、変に疑われるのは御免だ。

 切り札として取っといて、人間モードで頑張ろう。


「よーし、頑張るぞー」

「頑張ってたところで死ぬ時は死ぬがな」

「あのさ『配慮』おぼえよ?」

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