第58話 剣と剣
俺の名はムサシ。
我らの主、コウ様のスキルによって創られた最初の従者だ。
俺に与えられた任は、主様の剣であること。
主様の護衛をし、主様の望まれるままに敵を切る。
それこそが俺の役目であり、強くなる理由。
主様の命こそ絶対であり、唯一なのだ。
しかし今、俺は主様から離れている。
それは主様の剣として相応しくないだろうが、仕方ないことだ。
俺が今からやるのは、定期的かつ集中できる場所で行う訓練、簡潔に言えば朝練。
主様の傍で行いたかったのだがな。
当の本人から「女王に万が一の事があったら、僕の首が飛びそう」と言われたので、仕方なく離れて行うことにした。
なんというか、主様は女王が繊細な工芸品にでも見えているのだろうか。
俺が見えないだけで、本当は女王に「割れ物注意」の札が貼ってあるのかもしれんな。
「さて……ここでいいか」
少し開けた場所で歩を止める。
静かで、風が心地よい。
ここならば集中出来るだろう……と、思っていたのだが――
「おや、こないな所で人に会えるなんて意外やな」
声のする方を見ると、一人の男が立っていた。
飄々とした雰囲気だが、体格や立ち振る舞いから熟練の戦士であることが伺える。
人間が一体なぜここに……まさか、追ってきたのか?
「貴様、やつらが送った刺客か?」
「……? よう分からへんけど、多分人違いやな。
ウチの用事はあんたと関係あらへんはずや」
「用事、とは?」
「寿司は知ってるか?
握った米に切った魚の身を乗っけて食べる料理なんやけど、いっぺん食べてみとてさぁ。
どないしても魚買えへんさかい、わざわざここまできたんや」
寿司か。また懐かしい響きだ。
実際、俺は食ったことも見たこともないが記憶にはある。
しかし、こいつどこで寿司を知ったんだ?
それに、この聞いた事があるようで無い訛り……
「ネタに使えそうな魚がいーひんさかい、そろそろ帰ろか思うとったけど……今日ようやく収穫があった。
アンタを倒したら、また国からお金がもらえそうや」
そう言うと、奴は刀を抜いた。
それと同時に溢れ出る殺意、やはり只者では無かったか。
「アンタ、魔物やろ? それもわりかし強い方の。
誰かに追われてるぐらいやし、相当な悪なんやろうなぁ」
「……俺はただの冒険者だ」
「嘘はあかんえ。そないな禍々しいオーラじゃウチは騙せられへんで」
「噓はついていないんだけどな」
冒険者のライセンスを持っているのは本当だ。
人間であるとは言っていないがな。
「まあいい、丁度強い相手と戦いたかったんだ」
相手に応える為、こちらも剣を抜く。
背中の太刀ではなく、腰の剣を。
……コイツじゃ役不足かもな。
「俺はムサシ、戦う前にお前の名を聞かせろ」
「ウチは『浄化のレイン』さあ、正義執行や」
どれぐらい時間が経ったか。
五分、十分、一時間……いや、そんな事は重要じゃない。
今気にするべきは、目の前の敵だ。
「そら、どないした! まだギアは上がるで!」
「ぐ……これで最高速度じゃないのか」
レインの途轍もない剣の連撃に、俺は受けるので精一杯だ。
その防御ですら完璧ではない、十数回に一回は刃が掠る。
一度だけなら問題は無い。だが、二回三回と増えてくれば……
「アンタ、傷だらけやん。まだできるか?」
「これぐらい、かすり傷だ」
「まあ、かすり傷っちゃあかすり傷やけど……」
俺は、戦士には大まかに分けて二種類のタイプがいると考えている。
俺やヌイコのような、一撃に重きを置くパワータイプ。
アメリやルイのような、速さや手数で稼ぐスピードタイプ。
コイツは、どう考えても後者だ。
そして、俺が苦手なタイプでもある。
「ったく、やりづらいな」
「お? もうギブアップか?」
「いいや、絶対にしない。俺は更に成長しなければならない。
お前という階段を必ず駆け上がってやる」
「はえー意識高いなぁ。ウチの仕事仲間も皆意識高いさかい、この仕事あまり好きやないねんやんな」
「……転職したらどうだ? 合わないなら辞めるのも悪くない選択だろ」
「そないしたいけどなぁ。この仕事以外でウチの才能発揮できる職業思いつかへんし、なにより給料滅茶苦茶高いんや」
「じゃあ、続ける?」
「いやぁーでもいっぺんきりの人生やし、やりたいことやって死にたいし……どーしよっかなぁ」
「何なんだ、お前」
信念が無いとか目標が無いとかそんなレベルじゃねえ。
考え方が甘すぎる。
マジで、なんでこんなヤツに追い詰められてんだ?
才能の差か? ……屈辱的だな。
「まあ、アンタを倒してから考えるわ」
レインが再び剣を構える。
これ以上の雑談は不要だと考えたのだろう、俺も同じだ。
……しかし、どう攻略するべきか。
カウンターを狙うか、それとも強引に行くか。
そう、俺が考えを巡らせていると――
「ムサシ! マナ! アメリ! 誰でもいい、戻ってこい!」
――あの人の声が森に響いた。
俺はその命令で、覚悟が決まった。
「呼ばれてるで、行かんでええんか?」
「……ああ、行かなくては」
心の中で『お前を倒してな』と呟き、俺は前に飛ぶ。
ここで勝たなければ、主様に顔向けが出来ない。
「行くって、こっちにかいな!」
レインがツッコミを飛ばして、剣を振るう。
やはり速い! だが、出来る!
「超回避!」
スキルを叫び、寸での所で避ける。
だが、安心はできなかった。
「一発避けたぐらいがなんや! 今度はさっきより速いで!」
「超回避!」
『超回避』のスキルは、一度発動するだけで魔力がそれなりに削れる。
それを二連続、だが、止まるわけにはいかない。
まだ距離がある、もっと前へ!
「まだまだぁ!」
超回避! 超回避! 超回避!
レインの速すぎる五連撃を、ほぼゴリ押しのような形で避ける。
すると、ついに反撃の隙が出来た。
「お前も一撃、食らっとけ!」
ヤツの体に、袈裟斬りを叩き込む。
最高の一撃だと思った、だがレインは左腕で俺の攻撃を防いだ。
「一瞬で腕を捨てる判断は見事だった。もっとも、無意味だが」
レインは使えなくなった左腕を見た。
俺は呼吸を整えて、トドメの構えに入る。
「殺しはしない。だが、しばらくは寝たきりだ」
「……獲物のくせに、調子乗るなよ」
レインが殺気に満ちた目で俺を睨む。
『なにかマズイ! 早くトドメを!』そう思って剣を振るったが……
「流刃速撃」
レインがそう呟いたと同時に、目で追えないほど高速の斬撃が飛ぶ。
その一撃で、俺の剣は真っ二つに折れた。
「……少しだけ奥の手を見せてやる。泣くなよ」
ヤツが自身の服から、青色のキューブを取り出す。
何をしでかすかは分からないが、少なくとも俺に対する攻撃なのは確実だ。
だから距離を取ろうと思った。だが体が動かない。
スキルを連続で使ったツケが、ここで来るとは。
「開け、秘宝『箱庭の大海』」
ヤツが呟くと、キューブからあり得ない程の水が飛び出る。
指でつまめる程小さな物体にも関わらず、その水の量はキューブの質量の何百倍かそれ以上。
しかも全く止まる気配が無い。
「この秘宝を使うと、周囲が透明な結界で覆われる。
そして、その結界から溢れるまで水が溜まり続ける。
ウチは対応できるが、アンタはどうかな」
つまり、俺たちはでかい空のバケツの中に閉じ込められているってことか。
くそが、こんな事に使うぐらいなら途上国に分けてやれよ。
いつの間にか、水は喉元までせりあがってきている。
だが、俺の体は全く言うことを聞かない。
一縷の望みに掛けて、俺は息を吸った。
「……」
水で満たされた空間、俺とレインは互いにどうすることもできない。
だが、そもそもヤツに俺を害する気は無く、ただ笑みを浮かべて上へと泳いでいった。
俺は……やはり無理らしい。
なるほど、だから主様は龍人化を使いたがらないのか。
――あ、ダメだこれ。
最後にそんなしょうもない事を考えて、俺の意識は気泡と共になくなった。
何も見えない……何も聞こえない……俺は、死んだのか?
『いや、まだ死んではいない』
まだ? そうか、まだチャンスはあるのか。
……で、お前誰だ?
『神……なんてな、分かっているだろう?』
背中から温かい光を感じる。
そうか『意志を持つ剣』……随分と寝坊助のようだな。
『刻を待っていた。さあ、起きろ。リベンジだ』
──条件達成。特権スキル『一蓮托生』取得──
意識が戻った時、俺は地面に寝っ転がっていた。
いつの間にか、水は無くなっていたらしい。
秘宝とは、どこまでも超常的なようだ。
「あないに怒りを感じたのは久々やった。はっきり言うて強かった」
レインは俺が死んだと思ったのか、そのまま去ろうとする。
だが、そんな事はさせない。
「おい、待て」
言葉を投げ、ゆっくり起き上がる。
レインは再び俺に向き直った。
「こら驚いた。あの一瞬でエラ呼吸出来るようになったんや」
「ああ、カンブリア紀の遺伝子が覚醒したんだ」
「へえ、おもろいやん」
レインが再び刀を構える。
俺も、背中の太刀に手をかける。
「我が主、コウ様の為俺は更に強くなる」
「……コウ? その名前、どっかで」
これまで、何度試しても一切刀身が見えなかったが……するりと剣が抜けた。
「『真打・武蔵』共に、参る」