第56話 秘宝と秘匿
昼食を食べ終え、再び歩く。
このまま真っ直ぐ北方向に行くと、数日以内には森から出られるらしい。
「今日から野宿かー、今のうちに不寝番を決めた方がいいかな?」
「コウよ、もしや……地面の上で眠らなければいかぬのか?」
「当然でしょ。森のど真ん中に高級ホテルがあったら別だけど」
「そ、そんな……」
女王がガックリと肩を落とす。
まあ、気持ちは分かるよ。
僕も最初に野宿をした時は寝れなかったし。
「寝心地に関しては諦めるしかないけど、それ以外は割とどうにかなるよ」
「それ以外? どうにか、とは?」
「例えば、起きたら体がバキバキになってたり、謎の虫刺されがあったり、服の中を覗いたらこれぐらいのムカデがいたり……」
「ひぃいいいい!!」
「そういうのは、魔法でカバーできるらしいよ」
驚きで固まったままの女王を置いて、マナを見る。
すると、彼女は「それぐらいなら」と前置きして話す。
「旅に必須の魔法はだいたい覚えているわ。
虫よけとか、寝違え防止の魔法とかね。
それと女の子に必須の、美を保つ魔法も。
だから、私は旅の途中でも美しさを維持してする事ができるの」
「……美しさ?」
「なに、文句あるの? それとも私が間違っているとでも?」
「いや、何でもないっス。ところで、その魔法を僕にも掛けて欲し――」
「ノー。女王はまだしもアンタ男でしょ、我慢しなさい」
「辛辣ぅ!」
てか今の時代その発言はマズイ、性差別は炎上するぞ。
あぁ、今の時代(中世)ならいいのか。
「つまり、先ほどコウが言い放った問題には全てどうにかなる、ということじゃろうか?」
「大体どうにかなるわ。魔法だもの、理論上出来ない事は無いわ……理論上はね」
「ふむ、わらわは秘宝さえ集まれば魔法なぞ必要ないと考えていたが、間違っていたようじゃ。
クリスカに戻った時は、もう少しだけ予算を引き上げてやるか」
まあ、女王の考えも分かる。
エリクサーやら死なない指輪やら、性能がぶっ飛びすぎて「魔法を研究するより秘宝集めた方が効率よくね?」とは僕も一度は考えた。
魔法は努力したり勉強したり、面倒くさい事が多い。
その点、秘宝は良い。誰でも使えるし、売れば金になるから持ってて損はない。
でもマナのやってる魔法研究だって大事だ。
秘宝はいわばオーパーツ、未だ再現出来ない超技術。
つまり、未知の領域にある物。人類にはまだ早く、危険で不透明とも言える。
そんな不透明な物に頼るぐらいなら、自力で魔法習得するわって考えるのも当然ではある。
んで、秘宝と魔法の真ん中にある物。それが魔道具や錬金術なんだと思う。
秘宝には劣るけど、魔法が使えない人でも似たような事ができる魔道具。
魔法のように直接魔力を変換する事は不可能だが、物質の性質を変えたり昇華できる錬金術。
結局のところ、どれも一長一短なんだよ。
それ一つを極めれば良いってもんじゃない。
全ての可能性を吟味して、その上で決める。それが最適解かもね。
「ところで、女王疲れてない? 慣れない旅だろうし心配なんだけど」
「うむ、問題ない」
「そ、無理は禁物だよ。女王はこの中で一番幼いんだからさ」
「……む? その言葉は納得しかねる。わらわよりも小さきものがおるじゃろう」
そう言って、女王がアメリを指差す。
「私ですか?」
「そうじゃ、貴様はわらわよりも背が低いじゃろう。つまり、年下じゃ」
「ずいぶん短絡的ですね。所詮は人間のガキですか」
「なんじゃと!?」
「ああ、失礼。事実を言ってしまいました。
知能の低い人に知能が低いと言うのは、いけないことでしたね。
お詫びします。クスクス」
アメリ……お前煽りカスだったのか。
前から性格に難ありだと思っていたが、まさか煽りカスの側面もあったとは。
これもうロリじゃなくてメスガキやん。
「私はこの中で一番高齢ですよ。
背が低いのは、エルフの成長速度のせいです。知らなかったんですか?」
「う、うむ、純粋なエルフを見るのは初めてじゃからな。
てっきり、ハーフエルフかと思っていたのじゃ」
「ふふ、なるほど」
この中で一番高齢って、マナと一歳差しかないだろ。
嘘は言ってないんだけど、どんぐりの背比べなんだよな。
名言風に言うなら「お前が歳を取っているんじゃない。俺たちが若すぎるだけだ」ってやつ。
そんな名言ないけど。
「そういえば、私も故郷を出てからネリー様以外の同族とは会ったことがありませんでしたね」
「アメリの故郷ってどこにあるの?」
「さあ? 忘れてしまいましたし、探す気もありません。
それに、あの場所は強力な魔法で隠蔽されていますからね。
見つけることは不可能ですよ」
「そっか、一度行ってみたかったんだけどな。エルフの楽園」
「人によっては楽園かもしれませんが、私からすればつまらない場所でした。
そもそも、あいつらエルフはただの引きこもりですよ。
何も特別な存在じゃありません」
「……あいつら?」
「ああ、ネリー様は違いますよ。あの人は素晴らしい人です」
僕が引っかかったのはそこじゃないんだけど。
まあ、アメリっていつも何考えてるか分かんないし、聞くだけ野暮か。
「とにかく、私を外見で判断しないことです。
……本当に、何故みんな私を子供扱いするのでしょうか。
私は天性の才能を持つ情報屋なんですけどね」
「見た目子供だから、周りの認識を変えるのは難しいんじゃない?
アメリが大人になるのが、一番手っ取り早いよ」
「そうですね、あとたった百年程度の辛抱です」
「ま、その頃にはみんな土の中だけどね」
他愛ない話をしながら歩いていると、時間はあっという間に過ぎる。
いつの間にか、もう遅い時間になってしまっていた。
結局、今日も大した問題は起きなかった。
ちなみに、ムサシはレベルが三つ上がって強くなった。
どうやらこの辺りの魔物は、経験値の入りがいいらしい。
……やっぱり、世界観がRPGだよな。
僕が読んでた異世界転生モノの作品もそういうのがあったけど、見るのと実際にその世界に入るのでは、得られる感想が全然違う。
たまに思うんだよな、自分はまだ夢を見ているんじゃないかって。
そんな事を口に出して言ったら、色んな人に怒られてしまいそうだけど。
ま! とにかく、この世界は不思議に満ちあふれてるってこった。
「う……く……」
さて、不思議といえば……何故か女王がうつらうつらと体を揺らしている。
なんだか瞼も重くなっているようだし、意識もはっきりしていない。
どうやら自身の眠気と戦っているようだ。
「眠いなら、寝てもいいのよ。毛布も用意してあるわ」
「左様か……では、わらわは先に休ませてもらおう」
マナが女王に毛布を掛けて、休むよう促す。
ウチの奴らの中でも特に面倒見がいいんだよな、マナって。
まるで母親みたいだ。
「ええ、ゆっくりとお休み。…………」
女王が眠りに落ちる直前、マナが何かを囁いたように見えた。
「え、魔法かけたの?」
「そんな大層な物じゃないわ、ただの眠りが深くなるおまじないよ」
「ふーん、お節介焼きなんだね」
「私はそんな性格の良い人間じゃないわ。
これからする話を聞かれたくないから、眠ってもらっただけよ」
本人はこう言ってはいるが、僕はマナが優しい人だと思っている。
マナは普段ツンツンしているし、毒舌だし、たまに僕に暴力を振るったりするが、それ以上に優しい性格をしているのだ。
……いや、こう思い返してみると「それ以上に」というのは訂正するべきかも。
「正直、私は今でも女王を助けたコウの判断を、愚かだと思っているわ」
「いきなり手厳しいね」
「だって、リスクが大きすぎるもの。もちろん、リターンも大きいでしょうけど。
アンタ女王の前だとごちゃごちゃ言ってたけど、結局は『目の前の人を全員助けたい』っていうどこぞの英雄みたいな願望だけでしょ?」
「まあ、そうかもだけど……」
自分でも都合がいいとは思うけど、この目で見える範囲の人には死んでほしくないんだよね。
もちろん、それで仲間を危険な目に合わせたらただの自己中心的な行動に他ならないけどさ。
けど、思い返してみるとあの時……
「僕は、あの時『絶対に助ける事が出来る』と思った。そして、出来た」
「それを言われたら、何も言えないのよね……」
裁判だろうが井戸端会議だろうが、最後にものを言うのは証拠と実績。
つまり今の僕はレスバ最強なのだ。
あれ? てか何の話だっけ?
「もしかして、僕を弾劾するためだけに女王を眠らせたの?」
「いいえ。……私がしたかった話とズレていたわね、仕切り直すわ」
そう言って、マナは一つ咳払いをした。
「コウ、私は貴方の決断に賛成できない。
でも、こうなった以上あなたを信じるわ。
だからこそ、貴方に話しておくべき事実がある」
「はぁ、それはなんでしょう? ……大体予想つくけど」
マナが、僕の目を真っ直ぐ見た。
「クリスカ国先代女王『タリア53世』
彼女の行動と、それによる混乱。私が知る全てを伝えるわ」