第53話 猫は死んでいるのか?
今、僕らがいるのは城の正門近くにある部屋。
それぞれの武器を取りに来たのだが……よかった、ちゃんと全員分あるようだ。
「……よし」
「主様、ご命令を」
ムサシが話しかけた事で、全員の視線が僕に集まる。
「僕の目的は、女王を保護する事。
理由を言ってしまえば『なんか心配だから』になるが……まあ、少なくとも二次的に騒動を抑えることは出来るだろう。なんせ一番の目標がいなくなったんだからね」
過激派の目的は恐らく「理想の国」
そして、その手段は女王と女王の味方を抹殺して、過激派のトップ「レオン」を新たな王にする事。
もし女王が行方不明になったら、それもスムーズに行われるはず。
良いか悪いかは別として、被害は小さくなるはずだ。
「アメリ、女王がどこにいるかは分かるか?」
「正確には分かりませんが、予想は出来ます。
これは過激派達のアジトで手に入れた情報なのですが……」
アメリによると、アジトには綿密な計画表があったらしい。
そこには、各過激派メンバーの配置場所や女王の行動予測等が何ページにも渡って書かれていたとか。
「おそらく女王は秘密の地下通路を通っている、あるいは既に出ているのだと思われます」
「その地下通路とやらの出口は?」
「城の北西、城下町の門を抜けた先の場所らしいです」
「となると……よし、皆聞いてくれ」
聞いてくれ、なんて言わずとも皆指示待ちなわけだが……まあ、どうでもいいか。
「アメリとムサシは僕と行動、女王のところに向かう。
アメリは道案内、ムサシは敵の排除を頼む」
「了解!」「お任せください」
「マナとネリーは宿屋に行って通信機を取ってきてくれ。
あれがないと、ジュード達と連絡が取れない」
「分かったわ」「……」
ネリーの反応が無い。と思い見ると、ネリーは手を挙げた。
「主様、私はここに残ってもよろしいでしょうか?」
「え? なんで?」
「クリスカ国の状況を常に観察し、報告する者が必要です。
それに……あのオリハルコンも」
「危険だ。やらせるわけにはいかない」
「お願いします」
ネリーが90度に腰を折った。
こんな状況で吞気な考えだが……所作がめっちゃ美しい。
「私は戦力になれません、主様の足手まといになる可能性すらあります。
ですが、無能でいたくありません。私に出来る事をしたいのです」
「うーん……」
「わがままだと自覚しております。ですが、どうか」
熱意は充分に伝わってくる、きっと役に立ちたいと本気で思っているのだろう。
だが、それでも……
「そもそも、交信はどうするのさ。通信機三つもあるの?」
「それについて心配無用よ。私の杖と通信機をリンクしているから、どっちとも交信できるわ」
「いつのまに……」
まったく、変なところで用意周到なんだから。
「分かった、ネリーの意見を採用する。
ただし危なそうだと少しでも思ったら、あるいは僕が命令したらすぐに撤退すること。
いいな?」
「はい。ありがとうございます」
ネリーがここまで言うんだ、報いなくてはいけないだろう。
本心としては危ない目にはあってほしくない、出来るだけ安全な場所にいて欲しい。
ならどうしてここに連れて来たんだ? とはなるけどね。
クリスカ国は安全だと思ってた、というのは言い訳か。
「ただ、宿屋まではマナも同行してくれ。その後の集合場所は……」
「出口のさらに先にある村なんてのはいかがでしょう?」
「それだ。夜明けまでに来てくれ」
そして、僕らは二手に別れた。
さて、どうなっているかな。
ーーーーーーーー
城を抜けて、城下町に出る。
もちろん、歩いてではなく走って。
移動中、辺りを見回してみるがほとんど外に出ている人がいない。
過激派どもはいない様だけど、どうしてだろう?
なにかを察知したか、それとも単純に暗いからか。
まあ、あの時みたいにぶつかる心配はないだろうね。
「ボス、もっとペースを上げてください」
「ぜぇ……はぁ……待って……は……早い」
アメリもムサシも、なんでそんな足早いん?
てか僕と違って息もあがってないし。
「ボス、ぜんぜん体力無いですね。女の子みたいです」
「俺が担いで走りましょうか? 恐らくそっちの方が早いですよ」
くそが、コイツら好き勝手言いやがって。
しかもロリにロリみたいって言われた、悔しい。
「ああ、もういい分かった。
腰抜かすぐらいの最高速度で走ってやるから、目玉かっぽじってよく見とけ」
「主様、使い方間違ってます」
目を閉じて、自身の体に意識を集中させる。
そして、僕は龍人へと姿を変えた。
「それじゃ、お先に」
地面を蹴って、思いっきり跳ぶ。
ほんの一瞬だけど、数百メートルぐらい移動したかな?
いやーやっぱ龍人化ってチートだわ、一日に一回程度でしか使えないのがネックだけど。
……ところで、今どれぐらい状態を維持できるんだっけ?
えっと、数分ぐらい? 急いだほうがいいかも。
しばらく走って……いや跳んで? いると城下町を抜けて森に出た。
注意深く探索していると、人の気配に気付く。
小さく弱い気配が一つ、大きく野心的な気配が二つ。
龍人だと感覚も研ぎ澄まされるから、ほんとに分かりやすい。
木から少しだけ顔を覗かせる。
一つは女王、昼の時とは違って「私困ってます」って表情だ。
二つは過激派、相変わらずシンボルが印象的だ。
なにやら言い争いをしている様子、ちょっとだけ覗き見するか。
「抵抗するなよ、女王」
「わらわを玉座からからこき下ろし、空いた玉座にレオンを座る。
それでこの国が良くなると、本当に思っておるのか?」
「ああ、思ってるぜ。あの女、先代女王の娘よりよっぽど信頼できる。
レオン様は、革命を成し遂げた偉大なる正義の王だからな」
「まるで既に成功したような口ぶりじゃな」
「ほとんど詰み、だろ?」
「いいや、まだ希望はある。タリアの名を継ぐ者は、この状況を覆す力を持っておるのじゃ」
「そうか、なら、これを避けてみな」
過激派の男は剣を振り上げ、下ろす。
まさか……と思ったらそのまさかだった。
女王が、血を流して倒れたのだ。
「おい、生きて連れていく予定だろ」
「違う、『生きて連れていく』では無くただ『連れていく』だけだ。
それに、レオン様の予想が正しければ――」
女王の身体が地面に接するのを見て、考えるよりも先に体が動く。
一瞬で距離を詰めて、気付かれるよりも早く手刀で気絶させた。
龍人状態なら、こんな事も容易く出来るのだ。
「女王……いや、タリアだったか? 僕が分かるか? 返事をしてくれ」
目は半開きで、虚ろだ。
腕に触ったり、口に手を当ててみるが、そのどれもが彼女が生命活動を停止している事を証明している。
「出血量を抑えて輸血すればまだ間に合うか? 回復魔法なら……マナさえいれば」
布を使って傷口を抑えようと考えていたら、背後から物音が聞こえた。
アメリとムサシ、ようやく来たか。
「ボス、これは?」
「事情は後だ、とにかく手伝ってくれ。心臓が動いてないんだ」
「えっと……本当ですか?」
「ああ、信じられないかもしれないけど本当だ」
「そうじゃなくて、その……ちゃんと確認しました?」
「当たり前だろ!? でも本当なんだ、それでも――」
「いや、あの……その人、生きてますよ」
思わず手を止めてアメリを見る。
彼女は無表情に女王を見下ろしていた。
「息はしてないですけど、心臓は動いていますよ。
はっきり鼓動が聞こえます。というより、動きすぎているような……」
アメリは倫理観や配慮が無いに等しいが、この状況でふざける様な奴じゃない。
彼女の言葉を信用して、もう一度確認してみる。
…………確かに脈があった。
「どうして? さっきは絶対に……」
あり得ない状況で、ただ女王を眺める事しかできない。
しばらくすると、彼女の人差し指にある指輪が輝き出した。
さらには、傷口が勝手に塞がっていく。
これがデミゴットの力なのか? それとも別の?
「どうしますか? ボス」
「主様、指示をください」
無暗に動くのは危険だ、だがこのまま留まるのも危険だ。
そして、女王の状態は……
「方針はさっきと変わらない。女王を回収して村まで行き、マナの合流を待つ。
……行こう」
「「了解!」」
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「とりま、待機かな」
部屋のベットに、いまだ眠り込んでいる女王を置く。
一旦は安全がとれたので、思わず独り言が漏れた。
僕らは村に着いた、そして村長を叩き起こして事情を説明した。
老人を真夜中に起こすという、字面だけみればかなりヤバい行動をしている訳だが、それ以上に女王の身体の方がヤバかったので、致し方ないだろう。
「ふう」
部屋にあった椅子に座って、疲れを癒す。
なんならこのまま寝ちゃいそう……とか考えてたら誰かがやってきた。
「私よ、マナ。ここを開けて」
「分かった、今開ける……ところで、ネリーは大丈夫かな?」
「さあ、臨機応変にやってるんじゃない?」
「なるほど。そういえば、ジュードはどうだろう?
彼も秘宝国にいるはずだけど」
「……ジュードは来ていないわよ、コウがそうしたんだから。頭大丈夫?」
「うん、偽物じゃなさそうだ」
ムサシに扉を開けるよう指示を出す。
やはりその先にいたのは正真正銘のマナだった。
「私を試したの?」
「念のために、ね」
「そう、思ったよりも警戒心があるのね。正直、ちょっと見直したわ」
マナは少し疲れたような顔をしていた。
話を聞くと、ここに来るまでに半分程度の魔力を消費したらしい。
戦闘をしていた訳では無く、移動系の魔法で時間短縮をしたせいだと。
「ボス、女王が起きます」
雑談で時間を潰していると、アメリが言った。
その言葉に続くように、女王はむくりと起き上がる。
何と声を掛けるべきか……そうだ、ここはジェントルマンらしくいこう。
「やあ、お目覚めはいかがかな? 女王陛下」
「非常に不愉快じゃ」