第52話 猫は生きているのか?
「……もう一度言ってくれないかな?」
「今日の夜、過激派は王家転覆を行うようです」
やばい、爆弾発言すぎてやっぱり理解が追いつかない。
王家転覆? しかも今日?
アメリは信頼しているつもりだが、この情報は簡単には信じられない。
「マジで言ってる?」
「私は本当の事だと思いますよ。この目で見ましたから」
「なら、とりあえず真実だと思っておくよ」
実際、これが本当だとしたら真か偽かなんて討論している余裕は無い。
今すぐにでも行動しないと。
「地下牢でくすぶっている場合じゃないな。壁でもぶっ壊して脱獄するか?」
「ぶっ壊すって、どうやるの? 指輪のせいで魔法もスキルも使えないのよ」
「そりゃあ、僕の龍人化を使えば一撃……あっ!」
そうだった、龍人化ってスキルじゃん。
くそっ、最強かよこの指輪。
「詰んだわ、完」
「あの、主様」
「どした? 新しい攻略法でも見つかった?」
「いえ、そうではないのですが」
そう前置きしつつ、ネリーは格子窓を指す。
「あれは、何でしょうか?」
格子窓から見えるのは、下から上へと昇っていく光。
あれは……もしかして……
「……花火?」
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「あれは……花火じゃな」
女王は窓の外を見て、言葉を漏らす。
その隣にいる団長は、窓の外から見える景色に眉をひそめる。
「おかしいですね。まだ祭りの時期では無いのですが」
「職人が試作品を打ち上げたのじゃろうか?」
「そうであるのなら、申請書が届いているはずですが」
女王と団長は揃って首をかしげる。
申請書が届いていない、という考えに辿り着くのが女王よりも団長の方が早い点を見るに、まだ彼女は形だけの女王のようだ。
「あの場所を調査した方が良いかもしれません。
――レオンもそう思わないか? ……レオン?」
団長が――俺の名を呼ぶ。
だが、わざと聞こえないふりをした。
……あの花火は、革命の合図。
ついにやってきたのだ、歴史の変わる日が。
「ククク……」
「貴様、おかしいぞ。変な物でも食べたのか?」
団長が距離を取りつつ、剣に手をかける。
流石に状況を察知する能力はあるか。
コネで団長になれたとはいえ、ただの飼いならされた公僕では無いようだ。
自分の上着を握り、一気に剝がす。
その下にある鎧を見た奴らは、目を見開いた。
「貴様、その鎧に描かれたマークは……!」
「俺は、革命軍の長にして、秘宝教を迫害されし真なる教皇の意志を継ぐ者。
レオン・クリスカ。これより、革命を始める」
俺が剣を抜くのとほぼ同時に、向こうも剣を抜いた。
「血を見たくないのであれば、女王を引き渡せ。 安心しろ、殺しはしない」
「ふざけるな! この裏切り者が! 女王様、地下通路よりお逃げください!」
堅物だな、そう簡単にはいかないか。
「やれやれ、仕方がない。実力行使といこう」
「くっ……殺されても文句は言うなよ!」
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「……つまりあの花火が革命の合図で、もう戦いが始まってるって事?」
「はい、そうです」
そろそろ本格的に余裕が無くなってきたな。
こうなりゃなりふり構わず破壊するしかないか?
「ねえ、コウ」
「なんだブランケット女」
「……」
ちょっとからかっただけなのに、マナに無言で手の甲をつねられた。
コウだけにってか? ……言ったら更に強くつねられそう。
「えっと、どういったご用件でございましょうか?」
「……見張りの兵士がいなくなってるわ」
マナに言われて周囲を見てみると、本当に人の気配がなくなっていた。
というか、さっきから喋りまくっているのに一切の注意がされなかったのも、よく考えたらおかしい。
というか……なんで空き部屋があるのに、一つの部屋に五人も入れたんだ?
「……か」
階段のある方向から、なんとなく聞き覚えのある声が聞こえた。
多分「ここか」って言ったのかな。
「……やはり、ここにいたか」
「まさか、アンタは!」
「数日ぶりだな、不揃いな虹彩を持つ少年」
そこにいたのは、いつかの日にぶつかった過激派の大男。
あの日とまったく変わらない鎧、どうやらアメリの話は本当のようだ。
「……ドーモ、よく僕の事覚えてましたね」
「そんな奇天烈な瞳、忘れようとも忘れられん」
「はあ、それで? 革命でも起こしにきたんすか?」
「話が早いな。そうだ、俺たちは理想の国を作る為についに革命運動をおこしたのだ。
お前たちも仲間に加わらないか? 投獄され、女王に対する負の感情が募っているはずだろう?」
仲間を集めるためにわざわざ地下牢まで来たのか、ごくろうなこって。
……待った、この人は僕らがここにいるのを知っていたような口ぶりをしているが、そもそも何故僕らがここにいると分かったんだ?
「僕らが、いや、僕がここにいると何故分かったんですか?」
「簡単な話だ、城の内部にいる同胞……いや長から情報を貰ったのだ」
「長? それっていったい……」
「レオン様だ。お前たちからすれば、近衛騎士団の副団長という印象が強いか」
「あの人かよ!?」
今明かされる衝撃の真実!!って思ったけど、この国にもあの人個人にもそこまで思い入れ無いから、ぶっちゃけ「おっ!」ぐらいだわ。
「それで、どうする? 我々の仲間になるか?」
「断ったら、幽閉されっぱなしですか?」
「いいや、どちらにしろ出してやる。我々の敵は女王と、女王の味方をする者だけだ。
傍観者や、どちらでもない者はどうでもいい」
そういうと、大男は牢屋の扉を開けた。
「指輪の魔力も解除してある。今やただの装飾品だ」
「杖! 私の杖はどこにあるの!」
真っ先に牢屋から飛び出したのはマナ。
心なしか、目が血走っているように見える。
「つえ? ……ああ、没収された武器か。正門の隣にある部屋に置かれてあるはずだ」
「そう、じゃあもう行っていいわよ。仲間になるかどうかは後で判断するわ」
「いや、お前たちのリーダーはコウだと……」
「つべこべ言わずに行きなさい! 邪魔なのよ! アンタの仕事はだべる事じゃないでしょ!」
「う、うむ、言いくるめられているような気もするが、正論だな。
では、俺はもう行こう。……くれぐれも、我らの敵にはならないように」
やべえ、あの人すごすごと帰っていっちゃった。
マナのあんな迫真な顔初めて見た、やっぱブランケット女だわ。
「……行ったわね。さあ、コウ帰るわよ!」
「帰るって、どこに?」
「はぁ!? 決まってるでしょ、私達の町によ。
こんな無関係のいざこざに巻き込まれるなんて御免よ。
幸い、まだ騒動は始まったばっかり。今すぐあの馬車と宿屋の忘れ物を取れば、被害ゼロで帰る事ができるわ」
「確かにそうだね。……ところで、さっきのは演技?」
「当たり前でしょ。いくら杖が大切でも、それで熱くなることは無いわ」
「……そっすか」
演技にしては、ずいぶん熱血だったけどね。
「主様、どうかしましたか? 行きましょう」
マナを筆頭に皆が階段へと走る、だが僕はあまり足が進まない。
……マナの言っていることは正論だし、最適解だ。
でも、僕の心にはなにかが引っかかっているんだ。
「ねえ、アメリ」
「なんですか? ボス」
「もしも革命が成功したら、女王はどうなると思う?」
「処刑、あるいは偶発的な死、もしくは一生誰の目にも届かない場所で幽閉されるのでは?」
「……むごいな」
この事件、どちらが勝つかは正直分からない。
それに僕は外部の人間だから、どちらに正義があるのかも分からない。
もしかしたら女王はとんでもない性悪かもしれないし、過激派の連中は正義の味方かもしれない。
でも少なくとも僕はあの女王が少女で、大人ではないのを知っている。
「皆、悪いんだけどさ」
「コウ……まさか……」
「この騒動に首を突っ込みたいんだ」
「……噓でしょ」
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俺と団長の戦いが始まってから、幾ばくかの時間が経った。
数分か、あるいは数十分か。まあいい、もうすぐで決着がつく。
「ぐぅ……これほどとは」
「他愛ないな、団長」
団長はボロボロ、立っているのもやっとだ。
一方で俺は数か所の切り傷があるだけ。
どちらに分があるか、誰が見ても明らかだ。
「何故だ? なぜ私と貴様でこうも実力が違う?」
「そんなのは簡単だ。俺は昔からずっと命をかけて戦ってきた。
それこそ、冒険者の頂点『Sランク冒険者』へと至るほどにな。
お前はどうだ? 何度命をかけた?
型に則った美しい剣術を教わっていただけで、魔物と命のやり取りをしたことなど片手で数えるぐらいしかないのだろう?」
「…………」
「どうした? ぐうの音も出ないか?」
「いいや、ただ納得していただけだ。
なるほどな、貴様の言っている通り私はただのご令嬢だ。
泥臭い戦い方など、まったくしたことがない。
それがこの敗北に繋がっていたのか」
「……潔く認めるのだな」
「ああ、こうして実力を証明されたのだ。
何を言おうが、負け犬の遠吠えだろう」
ふむ、妙だな。それにしては目の光が消えていない。
まだ希望があるというのか?
そう思い観察していると、団長はちらりと背後を見た。
「女王陛下は、もう外に出ている頃合いか」
「ああ、時間稼ぎか。なるほど」
「ふふ、女王陛下を守りきって死ぬのだ。
公爵家の令嬢として、これ程の名誉は無い」
名誉か。ならば、その名誉を汚して憂さ晴らしをさせてもらおう。
「そういえば、女王が通ったあの地下通路の出口は魚の森近くだったか」
「は? なぜ貴様がそんな事を知っている?」
「そんな事は重要ではない。重要なのは……このあと何が起きるかだ」
「まさか、地下通路を出た女王陛下を……!」
「そう、生け捕りにする。まだ利用価値があるからな」
今、女王を守る奴はいない。
革命軍の奴を二人も送れば十分だ。
滑稽だよな、団長。
お前が俺の足止めをしていたんじゃない。
俺がお前の足止めをしていたんだ。
やはり俺の計画は完璧だ、誰にも止める事は出来ない。