第51話 レアイベント
朝、だいたい九時から十時ぐらい。
特にやる事もないのでカッコイイ魔法の研究をしていた。
カッコイイ魔法──いわば『必殺技』
やっぱ健全な高校生男子が異世界転生したら、そういうのに憧れちゃうよね。
例えるならそう! エクスプロー……いや、やめておこう。
「さてと。炎属性と闇属性、両方を包み込んだような魔法が欲しいんだよね。
んーと、まず名前は……ダークファイアーいや黒炎……融合……」
部屋に誰もいないのをいいことに、独り言が零れる。
必殺技はまず名前から、と考えていると扉を乱暴に叩く音が聞こえた。
「私は城の兵士だ。コウ殿はいるか?」
「はいはい、いま行きまーす」
扉を開けると、そこにはモブ兵士Aのような人が立っていた。
ごちゃついた鎧と量産型っぽい槍、目元が見えないほど深くかぶった兜もそれっぽさの演出に一役買っている。
「僕がコウですけど、どういったご用件で?」
「女王陛下からの伝令を伝えに来た。
『本日中に城へ来るように』との事だ」
「はい。分かりました」
「陛下に謁見できるのは日没までだ。くれぐれも、遅れることのないように。
では、確かに伝えたからな」
「おつかれっしたー」
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そんな感じで、皆を集めて城の正門まで来た。
ただし、アメリだけはこのパーティーにいない。
何故ならどこにいるのか誰も分からないから。
一応、宿屋に書き置きを残してはいるが最悪来ないかもな。
「コウ殿とその一行だな、よくぞ参った。
――おい、団長に報告しろ」
「はっ!」
兵士の一人が城内の通路を早足で駆けていく。
いやあ、なんだかワクワクするね。
「城内では、客人の武器の持ち運びは禁止されている。
なので、しばらくこちらで預からせてもらう。
……それと、これを付けてもらいたい」
兵士が僕らの剣やら杖やらを預かると、今度は人数分の指輪を渡してきた。
「魔法やスキルの発動を不可能にする指輪だ。安全の為、協力してほしい」
そうか、魔法は言葉にしなくても意識するだけで発動できる。
考えようによっては、銃なんかよりもよっぽど厄介だよな。
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「ここで待っていてくれ。じきに迎えの者が来る」
案内されたのは高級な調度品で彩られた部屋だった。
ふんだんに金を使って作られているであろう事が容易に想像できる。
にしても天井たけーな。
「うー」
「マナ、大丈夫か? さっきから落ち着きがないけど」
「あの杖が無いと落ち着かないの。それに、あれは大事な物だから人に預けた事ないし……ああ、心配だわ」
「そんなに貴重なのか?」
マナの杖といえば、あの木の棒に玉が刺さったようなアレか。
見た目は整ってはいるが、あまり凄い業物には思えない。
RPGだったら二か三番目の町に売っていそうな感じだが。
「相場だと金貨一枚、値は張るけどとても貴重というわけではないわ。
でも『あの杖』は魔法学校に入学した時に貰ったものだから、思い出深いの。
戦闘はもちろん、食事中も、寝るときだってずっとそばに置いていたのよ。
それを取られたら……やっぱり落ち着かない! コウ、出来るだけ早く終わらせて!」
「う、うん。最善を尽くすよ」
マナがここまでご乱心なのは珍しいな。
こういうのをブランケット症候群って言うんだけ?
「主様、まもなくアメリがこの部屋に来ます」
会話が一区切りついたのを見計らったのか、今度はネリーが話しかけてきた。
「そマ? なんでネリーは分かったの?」
「エルフは基本的に耳が良いので。足音で予測しました」
話を終えると、申し合わせたように扉が開く。
そこには、なんと本当にアメリが立っていた。
「ボス! 書き置きを見てすぐに飛んできました!」
「よかった。来ないかと思ったよ」
「ええ、私も有益な情報が手に入るまで戻らないつもりでした」
「って事は、何か掴んだってことか。報告して」
「はい。実は過激派が……」
そうしてアメリが話しだそうとした瞬間、扉をノックする者が現れた。
「女王陛下の準備が整いましたので、謁見の間までご案内いたします。
入ってもよろしいでしょうか?」
「……どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは、一般兵とは思えないような強面の男。
見た目は中年ぐらいか? 身長は……190はあるかもな。
「女王直属部隊である近衛兵団、その副団長を務めております。
レオンと申します。お見知りおきを」
「行商のリーダー、コウです」
副団長レオンが差し伸べ、その手を握り返す。
やはりというか、手はゴツゴツとしていて兵士の手だった。
「ところで……先ほどこの部屋から『過激派』という言葉が聞こえたのですが、私の聞き間違いでしょうか?」
「いや……そんな話してないっすよ。なあ、みんな?」
後ろを振り向きつつ、アメリにちらっと目配せをする。
その結果、全員沈黙を貫いた。
「ふむ、私の幻聴でした。申し訳ございません」
「いえいえ、そういう日もありますよね」
ふぅ……若干焦った。
さすがに商談が始まる前に破談なんて笑えないからな。
それが自分らとは関係ないゴタゴタだったら、なおさらだ。
「では改めまして、謁見の間へご案内いたします」
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重々しい扉を抜けた先は、豪華絢爛な大広間。
柱と兵士が等間隔で並んでいて、真っ赤なカーペットの先には恐らく純金で作られたであろう玉座。
そして、空席の玉座の左横には女騎士が立っていた。
「女王陛下はまもなく到着なされます。いま少しその場でお持ちを」
玉座から10メートルあたりの所で立ち止まると、副団長は僕らにそう指示する。
しかし、副団長はそれからまた玉座の方向に歩いて玉座の右横に立った。
「レオン、この者らが?」
「はい、例の行商です。団長も名乗った方がいいかと」
「ふん、そうだな」
団長と呼ばれた女の人は、僕らに向き直った。
鎧に身を包んだ、金髪碧眼の気の強そうな女性……なんだろう、唐突に頭の中で「くっ、殺せ!」という言葉が聞こえた気がする。
「私は! 女王陛下直属の部隊! 近衛騎士団の団長にして! 公爵家の長女! そして女王陛下ファンクラブ、会員ナンバー1番!」
「団長、最後のは余計です」
「ロースティア・ロウル二クスである!」
うーん……えーと……とりあえず、声がデカい。
あと、あれか、公爵家の長女。
この国の爵位が僕の知識と同じ順番なら、この人は王族の次に偉い貴族の出身となる。
つまりエリート生まれのエリート、エリート・イン・エリートって感じだね。
「貴様が何者かなどどうでもいい。女王陛下が貴様を気に入るか、それもどうでもいい。
重要なのは、女王陛下が本日も可愛いかどうかだ!!」
「団長、そろそろ黙ってください」
団長クセ強すぎだろ。
女王がこれより個性強いなんて事ないよな。
「頭を低くせよ! 女王陛下がお見えである!」
玉座の真横、左の扉から来た兵士が叫んだ。
……いや、他の兵士より見た目が派手だから近衛騎士かな?
兵士達は膝をついて顔を俯かせている。
ので、僕らもそれにならうことにした。
「女王陛下、この者らが昨日ルドガー工房に大量の精錬済みオリハルコンを持ってきたとされる行商の一味です」
下を向いているのでよく分からないが、多分今の声は副団長からだと思う。
ちなみに、ルドガー工房というのは昨日行ったところの正式名称……かな?
駄目だ、分からん。というか工房の名前どころか師匠の名前すら伺ってなかったわ。
「行商のリーダーはコウと聞いている。コウよ、表を上げるのじゃ」
……のじゃ? ま、まあいいか。
とにかく、顔を上げて女王様のご尊顔を拝みますか。
「わらわは、神より与えられし半神半人の血を継ぐ者。
そして、クリスカ国の正当なる女王。タリア54世じゃ」
タリア54世……見た目ははっきり言って小学生、つまりのじゃロリだ。
彼女の顔は、恐らく成長期前の十代前半といったところか。
幼いながらも、度肝を抜かれる程の美貌が垣間見える。
そして、何よりも度肝を抜かれたのは半神半人という言葉。
神の書庫で先んじて知識だけは持っていた、大魔王とは違うもう一つのデミゴットの存在。
まさかこんなにも早くに出会えるとはね。
「問おう。貴様らがオリハルコンを持ってきた。
これは真であるのじゃろうか?」
「はい。我々が、我々の馬車を使い持ってきました」
「ふむ、本題はここからじゃ」
女王は一息つくと、再び僕を睨んだ。
「では再び問おう。あのオリハルコンは、どこで手に入れたのじゃ?
他の国か? あるいは未発見の方法じゃろうか?」
「大陸の南方面にオリハルコンが大量に採れる洞窟があります。
そこで原石を採取いたしました」
「ほう、力の魔王が治めるあの場所か。命知らずじゃな」
女王の目が一層厳しくなる。
これは……疑われているな。
「しかし、工房からは『精錬済みのオリハルコン』を見たと報告されておる。
三度問おう、貴様はどこで原石を精錬したのじゃ?」
「あの場所には、腕利きのドワーフがいました。
彼に頼み、オリハルコンを精錬してもらいました」
「むう……」
疑心暗鬼モード、第二段階に突入。
コウへの疑惑が30%上昇しました。
「話は荒唐無稽そのものじゃ。しかし実物はここにあり、それが本物であると証明されておる。
そして何よりも、その話が本当であるのなら貴様らは魔物との繋がりがあるということじゃ。
わらわは、先代の二の舞を踏みとうない。――構えよ」
女王の言葉で兵士が一斉に動き、僕らを取り囲んだ。
「女王陛下! 僕は――」
「最後に問おう。貴様は、人間か? あるいは、人に化けた魔物か?」
「え……」
なんだ? カマをかけているのか?
僕は人間だ。それ以上でも以下でも……いや……
本当にそうか?
「…………」
「ここに来て沈黙とは、読めぬ男じゃ。
まあ良い。貴様らの身柄については、これからじっくりと調べさせてもらおう。
兵士よ! この者らを地下牢へと連れていくのじゃ!」
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取引イベントは失敗、投獄されちゃったよ。
まあでも、RPGとかだと割とこういうイベントあるよね。
そう考えると……
「サイアク……」
「マナ、考え方を変えよう。僕らは今非日常を味わっているんだ」
「アンタのポジティブさも、ここまでくるとムカつくわ。
というか、この状況になったのは……いったい誰のせいかしらね?」
「うぐ……」
目線が刺さりまくる。
やっぱり、謝った方がいいよな。
「マジスンマセンっした!」
地面に頭をこすりつけ、土下座の姿勢で謝る。
少しオーバーな謝り方の方が許されやすいと聞いたことがある……実践する日が来るとは思わなかったが。
「主様、頭を上げてください。なにも、主様が全て悪いという訳ではありません。
我々も、あの状況で最善を尽くすべきでした」
「ネリーの言う通りね。今考えてみれば、私もコウを過信していた気がするわ。
……ごめんなさい、ちょっと責めすぎたわね」
マナがデレた!
「マナが謝った!」
「な、なによ! 私だって、自分の非を認めて頭ぐらい下げれるわよ!」
マナは「ふんっ!」と言ってそっぽを向いてしまった。
やっぱツンとデレの落差すごいな。
「ムサシ様は、どう思われていますか?」
「俺にもっと力があれば、主様の意見を押し通すことが出来た」
「それは……ベクトルが違うと思います」
周囲に若干温かい空気が流れる。
その時、アメリが手を上げた。
「ボス、そろそろ例の過激派の情報について報告しても良いでしょうか?」
「ああ、そうだった。ずっと待たせちゃったね。言って」
僕が促すと、アメリは咳払いをした。
「今日の夜、過激派は王家転覆を行うようです」




