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第47話 人間の国

「……遅いわね、何やってんのよ」


 溜息とともに、思わず独り言が洩れる。

 まったく「マナ、すぐ出発できるように事前に準備しておいてくれ」なんて私に言っておいて、当の本人が来てないなんておかしいでしょ。

 既に秘宝国クリスカに行く準備は出来ている。

 なんなら私はずっと馬車の中で待機しているのよ?

 なのにどうしてコウはいつまで経っても来ないの?


「まさか、風邪引いてるとかじゃないわよね?」


 顔を出して、周囲の様子を見る。

 そこで、ルイと談笑をするコウを見つけた。

 談笑とは言ったが、あまりのほほんとした空気は感じられない。

 ルイはよそよそしい感じで、コウは困った様な表情をしている。


「……気に入らない」


 どこが気に入らないかと言われたら、私にもよく分からない。

 でも、なんだかモヤモヤするから気に入らないのだ。


「あ、マナさん。先に乗ってたのですね」


 声の方向に目を向けると、アメリが座っていた。

 さっきまでその席には誰もいなかったのに、いきなり現れるなんて不気味ね。


「……なんで常に気配を消してるの?」

「外では魔物との争いごと、内ではつまらない世間話、いちいち相手にするのは面倒じゃないですか。

 だから、私はこういう隠密系のスキルを沢山持ってるんです」


 アメリの隠密が魔法ではなくスキルから由来する物なのはなんとなく察していた。

 でも、それはそれで魔力が必要なはずだし、なによりスキルポイント──多くの実戦経験がいる。

 いったい、アメリはどんな人生……エルフ生を送ってきたのかしら。


「アンタ、レベルはいくつ?」

「秘密です」

「ふうん、じゃあもっと直接的に聞くわね。アンタはどんな力を隠しているの?」


 アメリは一瞬、殺意の籠った目を向ける。

 私には、それが彼女の化けの皮が剝がれたように見えた。


「……何を言っているのか、よく分かりません」

「アンタ、自分の本当の力を隠しているんでしょ? いや、もっと正確に言えば、理性で抑え込んでいる」

「……」

「本能的な、原始的な、ただドス黒い魔力のような『何か』、初めて会った時からずっとアンタから感じているの」

「……」

「その『何か』は日に日にアンタの中で増殖している。早く取り除かないと危ないわよ」

「私が害悪であると、迫害の対象であると、そう言いたいのですか?」

「そんな事言ってないじゃない、このままだとマズイってこと。

 多分、このままだといずれ──」

「マナさん」


 アメリの目つきが獰猛になる。

 それはまるで、敵を見つけた獣のように私には見えた。


「もうやめましょうよ、お互いにとって意味がありません。

 貴女の言う『何か』は今は抑えられてるし、この先もきっと大丈夫です。

 だから、ね?」


 よく目を凝らすと、アメリが自分のナイフに手を置いているのが見えた。

 お互いに武器を納めよう、みたいな言い方してるのに武器をとってるのはアンタじゃない。

 さて、どうしようかしら。この空気、嫌いなのよね。


「お前ら、何をしている」


 ちょうどいいところに、ムサシが割って入ってきた。


「主様が来た。もうすぐ出発するぞ」

「ええ、分かったわ」


 ムサシはそれだけ言うと、また外へ出ていった。


「……この話は、終わりにしましょう」

「はい……そうですね」


 結局、ちゃんとした対策も立てられずに、妙な緊張感を持ったまま終わってしまった。

 これ、結構まずいわね。もしかしたら私がアメリを『処分』する必要があるかも。

 はぁ……損な役回り、私ばっかり……




 ーーーーーーーー




 あれから時間が経って、私達は秘宝国クリスカへと辿り着いた。

 馬車で旅をしている間は、特に何もなかった。

 本当にまったく語れることがないくらい。


 基本的に魔物はムサシが倒していたし、特に強い敵も出てくる事は無かった。

 男連中が間違いを犯す事も無かったわ。


「……うむ、冒険者登録は問題無いようだな」


 ああ、今私達はクリスカ国の門の前にいるわ。

 中に入る前に、兵士によって入念なチェックをするの。

 ま、問題は無いと思うけど。


「そちらのお二方はエルフか……よし、入国自体は大丈夫だ」

「そう、じゃあもう行っていいかな?」

「良いが……お前たち、この国に来たのは初めてか?」

「うーん」


 先頭に立っているコウが、私達を見る。


「クリスカ国に入ったことあるよ、って人ー」


 当然、誰も手をあげない。

 私も人づてに国の内情は聞いているけど、直接出向いたのは初めてなのよね。


「……いないみたいです」

「そうか、ならこの国のルールについて説明しよう」

「ほー、お願いします」

「まず、このクリスカ国は女性優位な国だ」


 兵士は慣れた口調で説明を始めた。

 これまでに何度も同じ説明をしてきたであろう事が容易に想像できるわね。


「行商目的で来たのならそんな気にならないと思うが、気を付けた方がいい。

 特に、貴族の女性にはな」

「はーい、気をつけまーす」

「う、うむ。まあ、楽しんでくれ。歓迎しよう、ようこそ『秘宝と愛の国クリスカ』へ」

「…………愛の国?」




 私達は宿屋で部屋を借りた後、馬車を安全な場所に置いた。

 念の為警報装置とか置いておいたけど、どうせ使わないでしょ。


「さて、これからどうしようか」


 今、私達はコウの呼びかけによって一つの部屋に集まっている。

 ……五人もいると、流石に狭いわね。


「急いでオリハルコンを金に変える必要も無いし、しばらくは自由行動にしたいんだよね。

 僕は城下町を散歩しようかと思っているけど、皆はどうしたい?」

「なら、私は図書館に籠るわ」


 コウの質問に一番早く答えたのは私だった。


「少し、調べたい事があるの」

「魔法について?」

「それもあるけど、他にも色々と」

「ふーん、ムサシは?」


 コウは次に、ムサシに顔を向けた。


「俺は主様に付き従います」


 移動中も、ムサシはコウの隣にピッタリと張り付いて護衛していた。

 そんな彼がこの判断に至るのは、簡単に予測できる。

 だからこそ、私は彼に一つ提案してみたいと思った。


「ここは城下町よ。コウには護衛の必要はないと思うけど?」

「そうかもしれない。だが主様の下を離れてまで他にやる事もない」

「あら、そう。ところで知ってる? この城下町には我流の剣術道場があるの」

「剣術道場?」


 強さに貪欲、あるいは愚直とも言うのかしら。

 簡単に食いついたわね。


「ええ、興味があるなら冒険者ギルドで聞いてみたら?

 ま、我流すぎて体得するには才能が必要らしいけど」

「……主様」


 ムサシがコウを見る。


「オッケー、許可しよう」

「ありがとうございます」


 コウが親指と人差し指で丸を作る。

 何かしらあのポーズ、あっちの世界のハンドサインとか?


「んじゃ次に、ネリーは?」

「私はマナ様と共に図書館へ参りたいと思います」

「なんだ、もう決めてたのか」


 ネリーが私に目配せをする、それに無言で頷いた。


「最後にアメリ、君には調査を頼みたい。

 アンダーグラウンドでの調査は得意分野なんだろ?」

「ええ、それなりには」

「問題はおこすなよ。暴力を使うのは必要最低限にだ」


 アメリは最後に「分かってますから」と言い残して影に消えた。

 情報収集能力に優れた彼女は、確かに表では手に入らない物を入手できる可能性がある。

 多分、コウの考えはそんな感じね。

 もっとも、私はそこまで彼女の能力を過信してはいないのだけれど。

 でも、あの二人の間には知らない間に信頼が生まれているっぽいのよね。

 ……ちょっと遺憾だわ。


「それじゃ、かいさーん。日没までには戻ってこいよ」




 ーーーーーーーー




 私はネリーと一緒に魔法ギルド管轄の図書館へと足を運んだ。


 貴族や王族専用の王宮図書館。

 物語や絵本を中心に、市民向けの本を多く取り寄せている市民図書館。

 そして、魔法ギルドのメンバーにのみ入室できる魔法図書館。


 この国にある三つの図書館の中で、私たちに合っているのがここって訳。

 因みに、私は魔法ギルドの中でも地位の高い方だから、色々と融通が利くの。


「風情のある良い図書館ですね……少し幽玄な香りが漂っていますが」

「一日中お香を焚いて、魔力を充満させているのよ。我慢してちょうだい」


 私達は他愛のない話をしつつ、併設されている大部屋へと入った。


「ここは……会議室のようですが、何故図書館に会議室があるのですか? 

 見たところかなり年季が入っているようですが」

「魔法ギルドっていうのは研究者の集まりだから、ギルドがこういう部屋を持っているのは当たり前よ。

 というより、元々会議室だけあった場所にどんどん本を貯めこんでいったのが始まりなの」


 ネリーは「なるほど」と言って、一つ頷いた。


「それで、話ってなに?」


 適当にくつろげそうな椅子に座り、本題に入る。

 そもそも、ネリーが私に「話したいことがある」と言ってきたのが事の発端だ。

 重要な要件らしくて、ある程度外部から遮断された部屋で話したいらしい。

 だから、ここに来た。

 元々私がこの図書館に来たかったのもあって、この部屋を借りたんだけど。


「マナ様、主様との関係は良好ですか?」

「良い方なんじゃない? 特に何もないわ」

「そうですか……何もないのですか」


 ネリーは落胆したように、息を吐いた。


「なに? 何が言いたいの?」

「マナ様、主様の王妃となる気はありませんか?」

「王妃!?」


 流石に素っ頓狂な声を出さざるをえない。

 王妃って、つまりコウと婚姻関係を持つってことでしょ?

 確かに、私やコウの年齢でそういう話があっても珍しくはない。

 というより、私が帝国にいた時も縁談の話が舞い込んできた事があった。

 だからといって、いくら何でもこれはストレートすぎる。


「マナ様は主様に対して特別な感情を抱いておりますよね?」

「勘違いしないで。確かに尊敬している面はあるけど、あなたが思っている様なものじゃないから」


 コウは私の心を救ってくれた。

 これまでの私に足りなかった物を埋めてくれて、新しい居場所までくれた。

 でも、彼に持っているのは恋愛的な感情ではなくて、どちらかと言うと尊敬的な感情なの。


「……私には、自分の気持ちに嘘をついているような気がします」

「適当なこと言わないで。証拠はあるの? 証拠は」

「そうですね……例えば、移動している道中に主様を何度も見ていましたよね?」

「それだけ? 別に他の人見るのなんて普通だし。

 ネリー、ちょっと疲れているんじゃないの?」

「あとは三日程前に寝言を聞きました。えーと、確か……」

「それは忘れて!! 焼き殺すわよ!!」


 ネリーの言葉に耐え切れなくなって、つい机を叩いて立ち上がったてしまった。

 ここ最近で、一番身体が火照った瞬間だったわ。


「寝言……指摘されるの嫌いなの」

「失礼いたしました。決してマナ様の気分を害したいわけでは無いのです。

 しかし、そうなると……ふむ」

「な、何よ」


 ネリーは少し熟考したような素振りを見せたあと、したり顔をした。


「話は変わりますがマナ様」

「今度は何?」

「イメチェン、してみませんか?」

「……アンタ、やっぱ疲れてるのよ」

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