第46話 着火
平衡感覚を失いそうになった、あるいは意識を失いそうになったとでも言おうか。
余りにも突拍子も無いその発言を、たった一度で理解する事は出来なかった。
「悪いけど、もう一度言ってくれるかな?」
「私を作ったあの人によると、私はあと最短で一年──最長で三年の寿命がある」
いつもの口調だ。
いつもの、平坦で感情の薄い口調。
ベルには種族が無い、というより種族を定義するのが難しいと言った方が正しいだろうか。
一般的な生物の繫殖方法では無く、この世界の禁忌とも呼べるやり方で生まれた存在。
それ故に、本来生物としてあるべき機能が欠けていたり、逆に必要のない機能が組み込まれている。
感情が表に出ずらかったり、何故か虫と意思疎通が出来たり、身体が細いのに大食いだったり、鳴き声と歌と声を声帯で使い分けたり……
「自分より明らかに小さい爬虫類を本気で怖がったり、普段はボーっとしてるくせに些細な変化にはすぐ気付いたり、考えてる事が分からないのに肝心な所はカッコ良かったり」
そういう所全部ひっくるめて君を……
「コウ?」
「ん? ああ、いや、何でもない。それより、その、寿命は確定している……のか?」
「うん、そうだよ」
「……一年以内にはし、死ぬ……事は無いんだよな?」
「多分、今の所は身体の衰えとかも感じないし」
そうか、なら良かった。いや、なんも良くは無いが少なくとも一年あれば何だって出来る。
魔法やら何やらを開発して延命させることもできるし、方法はいくらでも探る事ができる。
そうとなれば早速──
「コウ」
不意に、ベルが抱きついてきた。
流石にこれは心拍数の上昇を抑える事は出来ない。
「私は、明日死んでも後悔は無い。少し前の私からは考えられないぐらい、今が幸せだから。
でも、独りで死ぬのだけはイヤ」
ほんの少し身をよじってみたが、この至近距離から離れられない。
完全にホールドされている。
「君はこの先いろんな人と会うだろうし、いろんな所に行くと思う。
でも、私が死ぬ時だけは傍にいて」
「ベル…………ああ、わかったよ」
僕がそう言うと、ベルは顔を上げて屈託のない笑顔を見せる。
……結構、眩しいな。
「もう一つ、お願いしていい?」
ーーーーーーーー
僕は今、何だか町に戻りたくない。
ので、テキトーに寝転んで月を見ている。
いやー月が綺麗っすね。
月が綺麗です、月が綺麗ですな、うん。
……他に思えることがないや。
「主様、よろしいですか?」
「ああ、ネリー。どうしたの?」
「一向に戻ってこないので心配で、呼び戻しに来ました」
そういえば、最近こんな長時間出かけるのも少なかった。
心配するのも当たり前か。
「悪いね、じゃあ戻ろうか」
「はい……ベル様はお休みのようですね」
「疲れているっぽいからね」
少しだけベルの身体をゆすってみる、が反応は無い。
多分レム睡眠に入っているんだろうな……ノンレム睡眠だっけ?
「まあいいや、僕が背負うよ。行こう」
「ええ、分かりました」
なるべく起こさないように慎重に、なおかつ丁寧に身体をずらして背負う。
そして、姿勢を安定させて上半身を上げる。
そのまま歩き出そうとしたが……
「えっ?」
「主様、どうかなさいましたか?」
「……軽い」
人一人を背負っているとは思えない程に軽い。
むしろ、荷物の入ったリュックや大型犬を背負っているのではないかと思えるほどだ。
少なくとも、身長に見合った重さではない。
……もしかしたら、見た目以上に危ういのかも。
「ネリー」
「はい、ご用命でしょうか」
「明日、会議を開く。なるべく早めに皆を集めておいてくれ」
「主様の御心のままに」
一歩一歩、二人分の重さを足で感じ取る。
それをもって、僕は再び覚悟を決めた。
ーーーーーーーー
「今日の会議は、十秒で終わる!!」
僕は会議室に全員が集まったのを確認した後、最初にそう宣言した。
「……」
「……」
「……」
誰もが口を閉じて、静寂だけが部屋に広がる。
一定の時間が経った後、一人が声をあげた。
「あ、宣言から十秒が経ちました。
主様、有言実行とはなりませんでしたね」
「……うん。じゃあ、会議しよっか」
まあ、あれや。緊張を解くジョークみたいなもんや。
「えー、昨日は色々あったが、少なくとも国の名前は決まった。
今日、ここで、僕は『人魔共生国バベル』の樹立を宣言する」
思い付きの名前にしては、割といいセンスだと思う。
ま、そうは言ってもこの世界の者には意味が伝わらないと思うけど。
「ついては、後日我が国民に向けて改めて宣言しようと思う」
国民、とは言うが彼ら自身にその自覚はないだろう。
元力の魔王のお膝元であるこの一帯には、村や集落は点在しているものの、ヌイコの町よりも大きい単位の居住地は無かった。
それが今、数千を超える魔物達がここに移り住むことによって、これまでにないほど巨大なコロニーが出来上がっている。
彼らには、そのことをきちんと理解して欲しいのだ。
「それはいいと思うけど……結局まだ『自称国家』でしょう」
僕が言い終わると、マナが口を開いた。
「他の国に認めてもらわないと駄目よ――ま、武力で国を認めようとするなら私は止めないけど」
「認めてもらわないと、か。
魔物とか魔王サイドはどうにかなるけど、人間サイドはどうなるか」
大魔王様からは独立の許可は頂いているし、少なくとも明日どっかの魔王が戦争を吹っかけてくる事もないだろう。
だから、今の問題は人間サイド。
人魔共生国という存在を、少なくとも一つの人間の国に認めてもらう必要があるのだ。
「なあ、魔物と仲良くしよう……みたいな人間の国ってないか?」
「あるわけないでしょ。あるわけない……けど」
ありそうだな。
「秘宝国クリスカ、そこの先代女王が鉄の魔王に取引を持ち掛けた。
噂話だけど、そんな感じの事を聞いた覚えがあるわ」
「へえ、因みに秘宝国って?」
「神様が残した遺物、通称『秘宝』それを信仰する秘宝教、その総本山がクリスカ国なの。
だから基本的に秘宝国クリスカって呼ばれているわ」
要するにあだ名か。
「話を戻すけど、あくまで噂話だし女王はもう代替わりしているわ。
だから、魔物の国と外交を結ぶ可能性は低いわね」
「無理ってこと?」
「そうねえ、でも五つある人間の国の中では一番可能性は高いんじゃない?
帝国ディスクリンドは人間至上主義、
勇者国ルガルバンダは文字通り魔物の天敵である勇者の国、
龍国ロンティェンは……アンタにはちょっとオススメしがたいわね。
共和国シナズ・ウーダも……何が起きるか分からないわ」
不確定要素が多いなあ。
「そういえば、クリスカ国の現女王は新しいものが好きらしいわ。
ウチにはオリハルコンや魔道具もあるんだし、献上品にでも持っていったら?
もしくは売ってお金に変えるとか」
「そういや、あれ持て余してたんだよな」
鉱山から一日に採れるオリハルコン原石の数を十とすると、精錬出来る数はたったの一。
全然間に合っていない。
ブラスが技術を弟子達に教えてはいるし、全力で精錬設備に資材を投じてはいるが、やっぱり時間がかかる。
今ある精錬済みオリハルコンで何を作ろうか迷って貯め続けていたら、いつの間にかかなり量になっていた。
「現在の主な使い道が、ブラスが試作品を作って、ムサシがその一つ持っていて、魔法研究部とかに少しだけ流して、残りは……保管?」
「そうですね、主様が利用を最小限に抑えている為、インゴットのままのオリハルコンが大量に倉庫内に保管されています」
「これがラストエリクサー症候群かあ……」
実際の所、オリハルコンを売ってそのお金で精錬施設に使えそうな資材買った方が有意義よな。
……それに、秘宝教の総本山ならベルの因果をかき消す秘宝があるかもしれない
「よし、秘宝国クリスカにオリハルコンを売りに行こう」
ーーーーーーーー
あれから一週間、遂に準備が終わって出立の朝を迎えた。
メンバーは、僕、ムサシ、マナ、ネリー、アメリの五人。
どうやらクリスカ国は人間の国でありながら、エルフも人間と同等の扱いをしているらしい。
そもそも、あっちの国ではエルフというのは人間でも魔物でも無く、『精霊』という扱いだ。
精霊は清い心を持ち、正しき行いのために力を振るうんだと。
「おー、ボス、おはよー」
「はい、おはよう」
朝一番に話しかけて来たのは、自由転生者のルイ。
彼女は現在、実質的なウチの軍にあたる防衛部に属している。
そして、その隣には勇者候補のジョセフ。
彼にも勇者候補としての面子があるのか、特に何らかの部署には所属しておらず手伝いだけをしてもらっている。
だから要するに……アルバイト?
「にしてもお前ら、いつもコンビでいるよな」
「それは偶然だ、別にいつも行動を共にしている訳じゃない」
ルイも「そうだそうだ」と言うように首を振る。
ま、僕からすればコンビであろうがなかろうがどっちでも良いんだけど。
「それより、俺はもうルガルバンダに戻る。
いい加減戻らないといらぬ心配をされそうだからな」
「そっか、勇者の人たちによろしくね」
「ああ、平和ボケした国王がいると伝えておくよ」
手紙も遣わしたし、そろそろ無事であることを証明するために誰か帰らせないといけないよな。
ジョセフなら、水と食料さえあれば生きて帰れるだろう。
「で、ルイは……」
「私? 私は残るよ、というかここに骨を埋めるつもりだから」
「マジで?」
ルイについては本当に考えが分からん。
自分で言うのは悲しいが、他の町や国に比べて、彼女が満足出来そうな物は無いように思える。
「理由は?」
「んー」
彼女は言葉を濁しつつ、遠くを指差す。
そして、その先にあるのは――
「……オリハルコン?」
彼女が指したのは馬車がある方向。
そこにはオリハルコンや魔道具の詰まった車両と、ちらほらと人がいるだけだ。
「違う。ムサシ君」
「ムサシ? あいつに何の用があるんだ」
「……一目惚れ、ってやつ」
「マジで?」
一目惚れという事は、顔がタイプだったのか。
いやでも実際、有り得ない話ではないと思う。
ムサシの外見は、あるマンガのキャラクターからインスピレーションを受けて造形した。
んで、そのパク……インスピレーションを受けたモデルは、女性人気が高かった。
当時の僕はそんなの関係なくカッコイイと思ったからムサシの顔をそれに寄せた訳だが、それが巡り巡ってこの結果になるとは、なんとも因果なものだ
「ねえ、ムサシ君紹介してよ」
「……これまで以上に働いてくれるなら、それぐらいするけどさ」
「ホント!? ありがと、ボス!」
「いや、紹介はするけど、保証は出来ないよ。あいつだって意思があるんだ」
「分かってる、きっかけさえくれればいいから。( `・∀・´)ノヨロシク」
ルイはスキップでもするかの様に、ルンルンで持ち場に戻っていく。
どっちにしろ、これからしばらくは離れるのに、吞気なこっちゃ。
「……よし、行くか」
ーーーーーーーー
ルイ達と別れた後、僕は馬車の所へと向かった。
「おはようネリー、準備は整った?」
「おはようございます主様。既に積み込みは完了しており、皆も集まっております。
あとは主様より指示を頂くのみです」
今回の馬車は二両編成となっている。
一両目は人と食べ物等の消耗品の類を入れて、
二両目はオリハルコンとその他諸々を入れている。
「そういえば主様、魔法研究部錬金術課よりこのような物を預かっております」
ネリーが荷馬車の中から何かを取り出す。
それは、バスケットボールぐらいの丸い水晶だった。
「これ、魔道具?」
「はい。遠い距離でも会話を可能にする装置、言ってしまえば電話です」
あの双子錬金術師、分けわからん魔道具を大量に作ってた印象しかないけど、ちゃんと碌なモン作ってたようで安心した。
にしても随分とでかい電話だな。
「魔力を込めればいつでも対となる水晶で連絡をとれます。
ただし、近くに会話が出来る相手がいれば、ですが」
「そこら辺はうまくやってるよね?」
「はい。対の水晶はジュードに肌身離さず持っておくよう言いつけています」
僕らがいない間の穴埋めは、ジュード、ヨーム、村ちょ……オスカー、の三人に任せている。
もちろん、水晶を通して指示をしたり相談を受けたりもするが、なるべく彼らだけで国を回してもらいたい。
僕がいなくても国が回るって所を見してほしいね。
「主様、既に他の者は馬車に乗っております」
「オーケー……コホン」
少し辺りを見回し、咳払いを一つ。
「これより、秘宝国クリスカへ向けて移動する! 全速前進!」