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第45話 心臓に悪い相手:後編

 ヌイコ・ジュラグ、俺にその名前と魔王の力をくれたのは、目の前にいる大魔王様だった。

 俺が生まれて初めて負けた相手、この方になら殺されてもしょうがないと思った相手。

 つまり、どうしようもない雲の上の人。のはずなのに……


「ルシ……あやつを、か」


 今、その方に臆することなく渡り合っている人間。

 それこそが俺の新たなる主、コウ。


 さっきまでの自然災害がぶつかり合っているような激論から一変して、今は恐怖を感じるほどに静かな会話が続いている。


「貴殿とあやつとの間に何が起きたか余は知らぬ、そして興味もない。

 故に、貴殿の為そうとしている行為にどれほどの正当性があるのか余は想像もつかぬ。

 だが、余はあやつを高く評価しておる。

 あやつが消滅すれば、余と配下達に損害が起こる事は容易に想像できる」

「つまり、やめてほしいと?」

「いいや、違う。これは温情を願う言葉では無く、損益の話だ。

 貴殿がルシを殺す、その手助けをしよう。ただし、それに伴う損害は貴殿が補填せよ」


 やっぱりな。大魔王様は利益主義、そのうえ自身も含めて命の価値が低い。

 だから、なんとなくそう言うだろうなとは予想していた。


 さあ、どうするコウ。

 復讐の為に魂を売るか、それとも仲間の為に地獄を歩くか。

 俺はどっちでもいいぜ。


 ***


 ルシも、()()()()()()()

 でも、人間離れした精神性と魔物化願望のおかげで、ジージの配下に加わった。

 ほんの数年、いや数十年前? それぐらい直近の事だからよく覚えている。

 あたしも結構目にかけていたんだけど、しょうがないか。

 道具は買い替え時が大事だからね。


「さてコウよ、決断の時だ。余の血を受け入れるか?」


 彼は一呼吸置いて、敵意の剝き出しになった目であたしを見た。


「……もし、こんなので僕の復讐が叶ったとして、結局こんどは僕が交渉の材料になるだけなっだろうね」

「なに?」

「せっかくのお心遣いですが、お断りさせて頂きます。

 僕はアンタの部品じゃないんで」


 なるほど、あたしの考え方を知るために試したんだね。

 やっぱ頭の回転が早いなぁ。


「その発言、間違いは無いな?」

「ああ、なんにも」


 きっぱりと言い放ったね、本気であたしと事をかまえるつもりなのかな。

 ううん、違うね。もしそうなったら、彼は助かっても彼の仲間がただじゃ済まない。

 彼もいま落としどころを探してるんだろうね。

 なら、あたしも穏便に……ん? あれ?


「ヌイコ……貴様……」


 ***


 大魔王の目の動きに連れられて、後ろを見る。

 するとヌイコの様子が変わっている事に気付いた。

 彼の象徴でもあった四本の角は二本に減り、心なしか少し身体が小さくなったような気さえする。

 その変化は、一応そこで収まったみたいだ。


「ふむ、多くの魔物にとって、角というのは重要である。

 立派な角を持つ魔物、それすなわち力の強さとなる。

 しかし……ヌイコ、貴様がそれを手放すとは」

「貴方から頂いたこの魔王の力、お返しいたします。

 俺、やっぱりこの人についていきたいです」


 それ、やばいんじゃない?

 僕としては嬉しいけど、向こうはなんて言うのか。


 ***


 ヌイコが鞍替えする可能性は考えていた。

 ここまでの会話で、コウが人心掌握に長けている事も充分に理解出来たから。

 でも、実際に魔王としての力まで捨てるなんて。

 あの子、昔は力に貪欲だったのに。


「何故、その判断へと至った?」

「俺は今教師をしています」


 きょ、教師? さすがにその答えは意外だったわ。


「最初はコウに任命されてしょうがなくやっていました。

 でも、やっていく中で段々と楽しく思えてきた自分がいました。

 きっと俺の天職は、魔王じゃなくてコレなんだと思います」

「力の探究はもうよいのか?」

「はい。俺は、ここで今の仕事を続けます」


 まさかあの脳筋ヌイコがそんな事言うなんて。

 やっぱり、この男は不思議だね。


「コウよ」

「……なんでしょう」

「貴殿、および貴殿の配下となっている魔物が余の加護を離れ独立する事。

 そして、余の血を受け取らず『魔王化』を拒んだ事。

 どちらとも、寛大な心で赦そう」

「ありがとう……ございます」

「貴殿がどういう人間かがよく分かった。今はそれで良いだろう、充分だ。

 故に、余はこれにて出立させてもらう」


 よっし! 乗り切った! 帰ろ!


 ***


 大魔王とその配下の知の魔王が、会議室を出ようとする。

 よし、何とか乗り切った。


「ふむ、そういえばコウよ」

「な、なんすか?」


 僕の横を通り抜ける直前、大魔王がいきなり質問をぶつけてきやがった。

 もう、本当によしてくれ。


「貴殿は国を興そうとしているであろう?」

「はあ、そうですが」

「国の名は決まっておるのか?」


 ……考えてなかったわ。


「まあ良い、励むことだ」

「国の名前は……」

「む? なんだ?」

「国の名前は……『バベル』

 人間と魔物が共存する国、バベルだ」




 ーーーーーーーー




 大魔王らは馬車に揺られていた。

 コウとの戦いを終えた大魔王マキアは、感傷に浸るように窓を見ていた。


「……やっぱ、あたし人間好きだわ」


 マキアは聞き逃しそうなほど小さく呟く。


「人間の事を考えている時だけは、心臓の鼓動を感じるんだよね」

「……それは『あの男』が人間だったからですか?」

「そうかもね」


 ジージは、マキアの声が心なしか悲しそうに聞こえた。


「あいつは、人間だった。だからあたしより随分早くに死んだ。

 もう、何百年も前に死んでるのに、なんでだろう。

 あたしはまだ、あいつを覚えてる」


 マキアは、窓から目を離してジージの顔を見た。


「ジージはさ、あたしが死ねって言ったら死んでくれる?」

「もちろんです、私の命は大魔王様の物ですから」

「あたしも、あいつとの約束の為なら笑顔で死ねる。一緒に見守ろうねあの子(コウ)を」




 ーーーーーーーー




 つかれた。めちゃつかれたいちにちだった。


「主様、大丈夫ですか? 腑抜け顔になっていますが」

「大丈夫じゃないかも、とりあえず半年ぐらい有休もらうね」

「駄目です、仕事は山積みなんですから、明日も働いていただきますよ」


 クッソブラックで草、いや草も生えないわ。

 どうにかして休みを捻出しようと考えていると、ドアの開く音がした。


「……終わった?」

「ベル! どうした? 何か用事か?」


 そういえば、最近はベルともすれ違い気味だった。

 声を聞いた瞬間脳汁出たわ。


「えっと、その、散歩に付き合って」

「ああ、勿論いいよ。丁度息抜きが欲しかったんだ」


 ネリーに有無を言わせる前にそそくさと外へ出る。

 今日は、これにて退勤させていただこう。




 僕とベルは町から離れ、人気のない林のような所に来ていた。

 たしか、前もこんな事があったような?


「いやー、今日は一段と厳しかったわ。もうしばらく何もしたくない。

 ベルは最近どう? 何してたの?」

「……」

「ベル?」


 反応が無いのでベルの肩を叩こうしたが、その前に彼女の方が振り向いた。


「あのね、コウにだけ伝えなきゃいけない話があるの」

「それって、良い話? 悪い話?」

「…………」

「悪い話か」

「……うん」


 僕はベルの次の言葉を待った。

 時間にして三十秒、もしくは十分ぐらいだったと思う。

 ベルはいつかのように真っ直ぐな目で僕を見て、言った。


「私は、あと一年以内に寿命が無くなる」

次回、新章「トリニティライン編」突入

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