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第44話 心臓に悪い相手:前編

 町の入り口に立っていると、一つの馬車が向かってくるのが見える。


「ヌイコ、あれがそうなのか?」

「……多分」


 適当な返事だな。

 と、思っている間にその馬車はもうすぐの所まで来ていた。

 そして、馬は僕が立っている少し前で止まり、馬車の扉が開く。


「陛下、どうぞ」


 最初に出てきたのは、山羊のような角が印象的な男性の魔物。

 なんだか凄いオーラを感じるが、あれは違う。ただの付き人だろう。


「うむ」


 付き人の手をとって、馬車の中からもう一人の魔物が出てくる。

 西洋の彫刻のような整った顔立ちと、ネイビーブルーの長髪、金や宝石をふんだんに使った服装、そしてなにより、この場にいる誰よりも凄まじいオーラ。

 間違いない、例の大魔王だ。


「貴殿がコウか。種族は、人間。

 ……む? 見慣れぬスキルが二つもあるとは」


 出鼻をくじかれたな、いきなり看破してきやがった。

 一体どんなカラクリだ?


「失礼、まずは挨拶からであるな。

 余の名はマキア・エ・ンキドゥ。種族は半神半魔(デミゴッド)、もしくは大魔王でもある」


 半神半魔(デミゴッド)、その意味を完全に理解出来る者はそうそういない。

 文字通り神の血を半分受け継ぐ存在……では無く、ただ神通力を持っているだけだ。

 つまるところ、天龍や僕のような存在。神の書庫への入出権限も持ってるしね。

 違う点があるとすれば、閲覧できる情報が少ないという事。

 僕が神の書庫で閲覧できる情報の量を100とすれば、デミゴッドは1ぐらい。天龍は1000ぐらいらしい。


「そして、こちらが余の付き人である知の魔王だ」


 僕の中の警戒レベルが一気に上昇する。

 知の魔王、それはつまり、あのルシ・フェアウェルの上司。

 もし何かあった場合は、僕が……


「始めまして。私は知の魔王、種族はデビル。名をジサジシジージュ・ニーロルエデューリアユロ・テウノヴァヴィリットゥダ・ウィンドアリジェリウスソスレインと申します」


 ……なんて?


「この者の名を全て覚える必要は無い。ジージとでも呼ぶが良い」

「……知の魔王でお願いします」


 なんか、気が抜けちゃったな。

 コイツの名付け親の顔が見てみたいわ。


「さて、そちらの名前を教えてもらおうか」


 おおっと、話しかけられちゃったよ。


「改めましてコウです。こっちは付き人のムサシとネリー、そしてこっちが――」

「ヌイコ・ジュラグ、であろう?」

「……はい」


 まあ、二人は一度会った事あるらしいし、わざわざ紹介する必要も無いか。


「久方ぶりであるな、十年ぶりか。前より角が増えたか?」

「お久しぶりです大魔王様。本日はお日柄もよく、お足元が悪い中、このような場所までご足労いただき誠にありがとうございました」


 誠実そうな発言に聞こえるが、そこはヌイコクオリティ。

 よく言葉を咀嚼してみると、かなり変な事言ってる。


「ええと、ところで。何故僕を知っておられるのでしょうか」

「余の魔眼『イミナの眼』は、全てを見通す。

 真名も、種族も、スキルすらも、故に余に嘘はつけぬ。覚えておくがよい」


 イミナの眼……そういう魔法か? それとも秘宝か、少なくとも神の書庫にはそんなの載ってなかったな。


「まあ、立ち話もあれなので、こちらへどうぞ」




 会議室に入り、大魔王様一行を奥の席に案内した。


 入口から遠い方が上座、近い方が下座のはず。

 もっとも、この世界にそんなマナーあるのか知らんが。


「それで、どのようなご用件でしょうか」


 僕は「来る」と聞かされただけで、どんな用件かは知らない。

 ただ顔を見にきただけか……もしくは、僕を滅ぼしにきたか。


「……ここは良き町だ。民衆の顔は明るく、そして誰も彼もが熱意をもって仕事に取り組んでいるように見受けられる」

「はあ、どうも」

「しかし、問題なのは貴殿だ。貴殿は人間、その上特異転生者であろう」

「確かにそうですけど、それが何だと言うのですか?」

「困るのだよ、魔物の町の頂点が人間というのは。

 例え貴殿らがその関係性に納得していたとしても、外の者が見れば『魔族が人間に屈服した』という状況に見える、もしくは『特異転生者であればそれが可能である』とも。それを余が許すと思うか?」


 確かにそうとも考えられる、想像してなかったな。


「故に」

「ゆ、故に?」

「余から貴殿に提案がある」


 ふう、よかった。「ぶっ潰す」とか言われるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ。

 でも、提案ってなんだ? まだ油断は出来ないな。


「両手一杯の余の血、それを飲み干す事で肉体に変化がおこる」


 ああ、なんか嫌な予感。

 絶対この後とんでもねえ事言われるよ。


「強制的な種族の進化、あるいは変異ともいうのだろうか、余はそれを『魔王化』と呼んでおる。

 あるミミックはパンドラボックスに、あるサキュバスはロイヤルサキュバスに、そしてある魔人はブラッドオーガに、そうした進化を経て、はじめて魔王の地位を得る」


 話を終えると、大魔王は手を伸ばしてきた。


「コウよ、余の血を受け入れ、魔王とならぬか?」


 ***


 大魔王(あたし)の威厳、強さ。彼もそれを痛感してる。

 さて、その上で吐く言葉は……


「少し考えさせてください」


 ……ふうん、そっかそっか。

 じゃあ、ちょっとだけ脅しちゃおうかな。

 まずはオーラをマシマシにして、と。


「貴殿は、何か勘違いしているようだ。

 今、貴殿は選択できるのでは無く、選択しなければいけないのだ。

 それを、分かっているのか?」


 あたしの話を聞いて、彼は笑った。


「そっちこそ、分かっているのかな?」

「……何をだ」

「僕は、僕だという事を」


 ***


 やっべー焦って変なこと言っちゃったよ。

 でも、でもさ、しょうがないやん。

 なんかアイツいきなり滅茶苦茶やべえ雰囲気だしてくるんだもん。

 そりゃあ、変な言葉の一つや二つ、出ちゃうやん。


「それは、どういう意味だ?」

「フッ、さあ?」


『さあ?』ってなんだよ! ふざけんじゃねえ!

 やばい、もう、なんか、普通に喋れない。

 心臓バクバクだし、寿命なくなりそう。

 あ、よく考えたら僕に寿命の概念なかったわ。


「大魔王様に向かってなんですか、その口の利き方は」

「ジージ、よい」


 ああ、今すぐ逃げてえ。


 ***


 彼は何が言いたいんだろう。

 普通に考えたら口から出まかせを言っているようにしか思えないけど、でもどこか気迫のある言い方だ。

 気迫といえば、彼からはなんだか変なオーラを感じるんだよね。

 特異転生者だから? いや違う、どこかで感じた事あるような。


「どうしました? 僕の顔に何か付いてます?」

『どうかしましたか? 私の顔に何か付いていますか?』


 …………!!

 天闇龍ラハブ! そうだ、このオーラは完全にあのラハブだ!

 でも、何故彼がアイツのオーラ、いや神通力を?

 いいや、そんなのはどうでもいい。

 もう、魔王化とか提案とかもどうでもいい。

 今はとにかく敵対しない形で、尚且つあたしの面目が潰れない形でこの話を落とさないと!

 ああ、もう、今すぐ逃げたい!


 ***


 や、やばい。

 なんか大魔王様すげえ僕のこと睨んでる。

 なにかしたか? いや、したはしたんだけどさ。


 ***


 今考えたら、あの『僕は、僕だという事を』の本当の意味は『僕は天闇龍ラハブの力を持っている、そしてこの力を使って僕は僕の道を往く。もしそれを邪魔するなら、例えアンタだろうと容赦しない』ということ!

 そして『フッ、さあ?』はただの煽りに聞こえるが、その実最終通告。

 本当の意味は『何? 意味理解できなかったの? もう一回チャンスあげるから、考えてみな』だ!


 あぁっぶねぇー! あやうくガチ正面衝突するトコだったー!

 いくらあたしでも天龍には勝てない。それに、天龍にまつわるモンに関わるとロクな事にはならないってちゃんと学んだ。

 大丈夫、もう分かった。あとは理由つけてトンズラすれば――


「そろそろ決めたらどうですか。大魔王様の下に付くか、それとも相対するか」


 クソジジイ!!


 ***


 …………やるしか、ないか。


「なあ、大魔王様」


 相手の目を見つつ、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

 ここまで来たら、僕ももう覚悟を決めるしかない。

 これをしなければならないとは……本当に、最悪だ。


 ***


 なっ、なっなっなんで? なんで、立ち上がったの……ですか?

 まさか、あたしに、攻撃しようと、してます?

 それは、マズイ。

 非常に、マズイ。


 やばい、数百年ぶりに冷や汗かいてる。

 甘かった。あたしはまだ何とかなると考えていた。

 でも、そんなんじゃ駄目だ。命がけで、面目だけは守らないと。


 ***


 遂に繰り出すしかない。

 社会人の最終兵器「土下座」を!!


 クソッ、いざ心に決めると羞恥心の方が先に来る。

 だが、だがそれでもやらねばならない。

 土下座は最大の誠意であり、僕が出来る最大の謝罪方法。

 大魔王様の御前で不可解な事を言い、優柔不断であった僕の非礼を詫びなければ!


「本当に、僕が悪かったと思っている」


 僕はゆっくりと前傾姿勢になって、ソレへの準備を整えた。

 ふと思ったのだが、ここまでがこの人のシナリオだったのだろうか?

 僕がここで決断しない事も、プレッシャーをかけて思考力を奪ったのも……いや、それらは全て妄想で、例え事実だとしても僕が僕の考えでこの判断に至ったのは自分がよく分かっている。

 凄いよ、アンタ。マジで大魔王だったんだな。


 ***


 な、なに? なにを言ってるの?

 理解が追いつかない、でも深読みしないと。

 いや、そんな時間は無い。既にコウは体勢を整えている。

 まずはどうにかして攻撃を防御、もしくは阻止しないと!


「受け取れ! これが! 僕の――」


 ***


「待て」


 心臓の芯にまで澄み渡るほど美しい声のせいで、僕の身体から余計な力が抜けた。


「貴殿が行おうとしている事を、余は勧めぬ。

 それは、我らの間に甲乙をつける行為だ。

 余はそのような恥辱を見るために来たのでは無い」


 噓……だろ、ここまで読んでた……ってのか?

 こ、この人、いったい、何者なんだ?


「余は、貴殿の覚悟をしかと肌で感じた。

 それならば余も、最大限の譲歩をせねばなるまい。

 さあ、座ってくれ」


 操り人形のように、言葉に従って座る。

 いつの間にか、僕の熱は冷めきっていた。


「改めて言おう、余は貴殿に魔王となってもらいたい。

 もしその提案を呑んでくれるのであれば、更に特典を付けよう」

「と、特典?」


 なんかいきなり俗物っぽくなったな。

 僕の感覚がこの世界とズレてるだけか?


 ***


 しゃあ! っしゃあっ! なんとかあたしの方が優位っぽく出来た。

 あとはこのままボロを出さなければなんとかなる。

 一時はどうなるかと思ったけど、今ならなんでも出来る!

 このまま丸め込んでしまおう。

 ジージ! もう余計な事言うなよ!


「そうだ、余が可能な範囲で貴殿に特典をやろう。

 今、もっとも欲しい物したい事はなんだ?」


 ***


 特典、か。

 秘宝でも願ってみるか? それとも人材か……いや待てよ。

 少し試してみるか。


「なあそこの知の魔王さん、アンタの配下にルシ・フェアウェルって奴いるよな」

「……ええ」

「ソイツを、僕の手で殺させてくれ」

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