第43話 脅威、接近中
「……主様?」
「返事がしたくない、ただのしかばねのようだ」
「それはさっき聞きました。何をしているんですか?」
何をしてるかって? 逃げているんだよ、仕事から。
絶え間なく続く仕事、仕事、仕事…………
「やってもやっても終わらない、もうやんなっちゃうね」
「主様、その原因は以前の会議のせいでは?」
以前の会議……たしか二週間ぐらい前だっけ。
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その日は、会議室に重要な人物を全員集めた。
ヌイコとかムサシとかジュードとかマナとか……とにかく色々な奴らをだ。
「えー、まず最初にここにいるメンバーで星連評議会を結成します」
全員が何も言わず、ただ黙って聞いている。
次の言葉を待っているのだろう。
「星を連ねると書いて星連評議会、この星とは人のことで、それが連なって……いやそんな事はどうでもいい。
肝心なのは諸君がそのメンバーで、今後何かが起こるたびに諸君を集め評議をするって事だ。それを覚えていて欲しい。
ああ、ちなみにメンバーは増減する事もあるから。
更にちなむと、議長はこの僕コウで、副議長がマナ、書記がネリーね」
そこまで言うと、ようやく一人が声をあげた。
「ちょっといい?」
「何でしょうか、マナさん」
「なんで私が副議長なの? そんな話聞いてないんだけど」
「そりゃあ、名前の発案者だからさ」
「え? なんのこと?」
あれ、察しつかないかな。
「星連評議会、前に僕とマナが会話したことで生まれた名前だよ。覚えてないの?」
「…………そんな会話した? 全くもって身に覚えがないんだけど」
そう、あれは一週間前のことだった……が、これ以上過去に遡るとめんどいのでやっぱりいいや。
「まあ、なんにせよこの中で一番副議長に合いそうなのはマナだからさ、頼むわ。
皆はどう?」
「異議なし」
「賛成」
「問題ないと思います」
マナはこの中で一番責任感があり、面倒見がいい。
皆もそれを理解しているからこそ、賛成したのだろう。
「副議長ってアレでしょ? コウがいない時の代理とか、会議の進行補助とかしなきゃいけないんでしょ」
「せやで」
「……はぁ、了解。謹んでお受けいたしますわ」
「うん、よろー」
さて、副議長も就任したことだし本題に入ろう。
「今回の議題は『組織作りと仕事の分業化』
の前にまずは、ネリー」
指をパチンと鳴らし、合図を出す。
一度やってみたかったんだよね。
「はい。まずはこの村……いえ、この町の人口からお話させて頂きます。
現在、様々な種族の方がこの町に移住しており、町民の数は千を超えています。
最も多い種族は獣人族とアークゴブリン族、次いで魔人族、となっております」
アークゴブリン、知能面に優れる進化をしたゴブリン種。
人間と同等の知能があり、柔軟性もある。
実際、この町に最初に移住してきたのは、アークゴブリンの若い奴らだった。
「人数が多くなった弊害か、最近はどの仕事を割り当てようか迷ってる。
なんて話はよく聞くね」
僕のセリフに、何人かが「そうだそうだ」と頷く。
「だから、これからは仕事を分けよう」
「仕事を分ける、とは?」
「これまでは、一人一人が複数の仕事を持っていた。
だが、これからは一つのグループが一つの仕事に専念できるようにしたい。
そういう訳で、部署を作ります」
あらかじめ作っておいたリストを広げる。
「まずは代表取締役。言わずもがな僕の事だね、色んな部署にちょっかいをかけられる権限があるよ。
続いて総務部。部長はヨーム、主な業務は他部署のサポートだね、潤滑油として働いてくれ。
そして生産管理部。部長はシルヴァ、これが無いと始まらない、農業から服飾まで幅広くやってくれ。
んで防衛部。部長はムサシ、実質的な軍隊だね、がんばれー
続いては――」
「えと、そろそろツッコミ入れていい?」
ルイがそっと手をあげる。
彼女は別に評議会のメンバーとして入れる予定は無い、転生者という観点から意見が貰えるかもしれないと思って呼んだだけだ。
「何か文句が?」
「文句というか……これって国とか町とかって言うより、どちらかというと会社的な感じじゃない?」
的を射た意見だ、考えてみれば「会社」というのは現代的な概念だったな。
「まあ、少し前まで高校生だった僕からすれば、国づくりなんて滅茶苦茶難しいワケで。
それならいっその事会社っぽくしたいなー、と」
「高校生が会社の仕組みなんて分かるの?」
「ああ、言ってなかったっけ、僕は社長の息子なんだよ」
社長とは言っても小規模の、だけどね。
「ふうん、道理で詳しいわけだ」
「納得してくれた? 続けようか」
その後も僕は部署を乱立しまくった。
教育部、建築部、医務部……
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そういえば、あの日から急激に忙しくなり始めたな。
僕も今日までの二週間ずっと残業しっぱなしだったし。
「だとしても、ここまで残業を強要されるのはおかしい。これ訴えたら勝てるだろ」
「どこの誰に訴えようというのですか、いいから手を動かしてください。
私も出来るだけ手伝いますから」
ああ、ブラックだ。
なんとかしてサボる口実を見つけないと。
「あ! そうだ、視察行こうよ視察!」
「はあ、視察ですか」
「なんだよ文句あるのか? 部署を視察するのだって上の人間の仕事だろ?」
「そうではありますが……畏まりました」
我ながら良い策を思いついたものだな、うん。
「そうですね、現在視察が必要そうな部署でいうと……製造部、魔法研究部、人材開発部、あたりでしょうか。どの場所へ視察に行きますか?」
「うーん、それなら……」
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てな感じで製造部鍛造課に来ました。
ここではブラスを筆頭に多くのドワーフらが働いている、もちろんそれ以外の種族もね。
主な仕事は、素材の精錬と武器や鎧、道具などの制作。
残念ながら、まだ大量生産は出来ていないけどね。
「あれ、先客がいる」
「主様、奇遇ですね」
先客はムサシだった。
そういえば、最近はお互いに忙しかったから会うのは久しぶりだ。
「やあ、調子どう? なんでここに来たの?」
「ぼちぼちです。ここへは、前に頼んだ俺専用の武器を取りにきました」
そういえば、製造部の方からもそんな話があったな。
曰く「ムサシがオリハルコン製の武器を所望している」とか。
「そっか、まあ、強いに越したことはないからね」
「はい。主様の剣として、俺はもっともっと強くなります」
他愛ない話をしていると、作業場からブラスが姿を現した。
「コウ氏じゃないですか。どういったご用件で?」
「視察。それは置いといてムサシに渡す物があるんだろ」
「はい、では失礼して」
ブラスは背負っていた武器の数々を床に並べた。
ほとんどはロングソード、あるいは刀だ。
「ムサシ、この中から『これだ!』って奴を選びな」
胡坐をかいて、ムサシを一直線に観察するブラス。
普段は変な親父だが、こういう時の覇気は一流の職人そのものだ。
「……」
ムサシは広げられた武器を見回すと、なんの躊躇いもなく真ん中の武器を手に取った。
「太刀か、そのタイプならそことそっちにもある。
一度見比べて――」
「いい。俺はこれ以外の武器はいらない」
「……そうか、よほど気にいったんだな」
ムサシが選んだのは、漆黒の長刀。
他と見比べても、その長さは歴然だ。
「手に馴染む、いや、吸いついてくる?
まるで、俺ではなく、この武器が俺を選んでいたかのような……」
「師匠が言ってた話、本当だったんだな」
「どういう話だ?」
そもそもブラスにも師匠がいたんだ、そこが今日一番の驚き。
「最高の職人が、最高の素材を使って、最高の使い手に武器を作ると、『意思を持つ武器』が生まれる。
最初に聞いた時は正気を疑ったが、今なら納得できる。
俺がこれまで作った武器の中でも、ソイツだけは別格の出来栄えだったからな」
「意思を持つ武器……」
付喪神的な? もしくは霊的な現象? それとも神通力みたいな?
「大事に使えよ。聞いた話だと、意思を持つ武器は他の使い手の所に行ったり、自分で自分を錆びさせて使えないようにする、なんて事もあるらしいからな」
「……覚えておく」
面倒くせえな、それ。
最悪武器のご機嫌取りをしなきゃいけないのか?
「面倒くさそうですね、武器のご機嫌取りなんて」
「わあ、アメリちゃんだ!
毎回気配消して近づくのビックリするからホントやめろよお前マジで」
怖いわぁ、ガチ怖い。
「で、情報部部長アメリさん、何のご用件ですか?」
「ヌイコさんより伝達です。『明日の正午、大魔王様がお越しになる。注意されたし』と」
「?? なにそれ」
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「大魔王様、まもなく到着します」
「最近の馬車は早いね。百年前とは大違いだ」
「昔よりも品種改良が進んでいますからね。
それより、ちゃんと威厳ある口調にしてくださいよ。自分で決めた事なんですからね」
「はいはーい――コウという者は、果たして余の提案を受けるであろうか?」
「必ず了承しますよ。むしろ、陛下は提案を蹴った魔物を生かした事がないでしょう」
「いいや、分からぬぞ? もしかすると、もしかするかもしれぬからな」