第41話 無駄遣い
「「お帰りなさいませ、ご主人様」」
メイド服に着替えたネリーとモモカが、スカートの裾を軽く持ち上げ、上品にお辞儀をする。
こんな可愛いメイドさんにお辞儀されるとか、眼福以外の何ものでもないよね。
さて、ブラスの反応はどうかな?
「……」
どうやら彼はあまりの素晴らしさに言葉も出ないようだ。
「これが……お前の答えか?」
「そうだよ。良いでしょ?」
「ハァ……確かに素体も、服装も悪くない。
素体は顔、スタイル共に良い。エルフと獣人で同じ服装でも全く違うアプローチを見せているのも褒めるべきポイントだ。
給仕服も一見すると黒と白の単調なデザインに見えるが、その実リボンやフリルなどで個性を持たせている。
それぞれロングスカート、ミニスカートで差分を作るのも悪くない判断だ。
もし複数人にその完成度を評価させるなら、百点満点中七十点以上は固いだろう。
だが! だが俺からすればそれでも不合格だ!」
「な、何ィ!」
あ、あそこまでベタ褒めしといて不合格!?
マジでなんでなん?
「正直お前のセンスには驚いた、しかし俺はやはり認める事が出来ない。
給仕服は……受け入れられないんだ」
受け入れられないって、随分と根が深そうな問題だな。
「俺は貴族が嫌いだ、そしてそれを連想させるモンも嫌いだ。
だから、それをもう見たくは無い。次はもっと違うものを見せてくれ」
ブラスはそれだけ言い捨てると、扉をシャットアウトしてしまった。
偏屈というより、自己中心的だ。
「主様、二度とこんな事させないでください」
閉じた家の前で、ネリーは冷ややかな目をこちらに向けながら呟いた。
言葉の内容はお願いなのに、言い方がまるで脅しのようだ。
もしかして、おこ?
「おこなの? ねえ、おこなの?」
「はい、おこです。百歩譲ってこのような服装をするのは納得できますが、主様以外の方に『お帰りなさいませ、ご主人様』と言うのはとても不快です。もうやらせないでください」
「分かった。善処するよ」
「……でも、この服は主様の好みにしては着用者にも配慮されたデザインで良いと思います。
モモカ様はどう思いますか?」
主に対してここまでハッキリと物事を言う従者とは、ある意味生意気だ。
創造主としては非常に満足である。
「うーん、コウさんを否定するわけでは無いんですけど、ちょっと私には合わないですかね。
スカートよりズボンタイプの方が好きですし、エプロンもいらないし、どうせならポケットも欲しいですね」
「もしかしたら、君にはメイド服よりもツナギのほうが似合うかもね」
無意識のうちかもしれないけど、完全に採取目的で話してるな。
やっぱ段々とベルに毒されつつあるんだよな、モモカって。
「あー、改善点について話すのは良いんだが……こっからどうすんだ?
あのヘンクツにおんなじ手は通用しねーぞ」
ヌイコの意見のせいでリアルに引き戻された。
「ま、一旦帰ろっか。ここにいてもアイデア出ないしね」
ーーーーーーーー
帰ったところでアイデアが出ないのも、辛いことだ。
こう、ブラスの口から「も、萌えー!」て言葉を引き出したいんだよな。
ん? 萌えってもう死語か?
「次どうすっかなあ」
「……コウ? ……ちょっとコウ、聞いてる? あなたが話してほしいって言うからこうしてわざわざ話してあげてるのに」
「へ? ああ、ごめん。考え事してた」
そうだった、今はマナの話を聞いている途中だ。
双子の錬金術師、共和国、転生者殺し、中々興味深い話だった。
だが、それ以上にマナの選択には驚かされたな。
……マナか、そういえば彼女にピッタリの服があった。
「ネリー、あの錬金術師達はどんな感じかな?」
「マナ様とオスカー村長が連れてきたお二人でしたら、ヨーム様に案内を引き継いでいただいております」
「そっか、なら大丈夫そうだね。ネリー、サンプルナンバー2を持ってきて」
「……アレですか、かしこまりました」
よし、次のアプローチが決まったぞ。
これならブラスも納得するはず。
……いや、その前にマナをどうやって納得させようか。
ーーーーーーーー
つーワケで色々あって再びブラスんとこに来ました。
今回こそは合格もらえるかな?
「なんだお前また来たのか、魔王はどうした?」
「ヌイコは仕事が忙しくてね、でも彼がいなくても問題は無いでしょ?」
「ああ、そうだな。それで、今日は何を見してくれんだ?」
後ろで隠れている彼女を手招きして、誘い出す。
今回は結構自信あるんだよね。
「うう……まさか今更こんな格好することになるなんて」
マナが少しだけ顔を赤らめながら前に出る。
普段はストレートの髪をツインテールに結び、服装は学校の制服を大幅に改造したような印象的なデザインになっている。
そう、今回のテーマは魔法少女。
マナからテレビアニメ「魔法少女 マジカル★メアリー」を聞き、それに似せたデザインを設計して着せたのだ。
着せた、とは言ったが結構苦労した。
最初に提案した時なんて、マナは全力で首を横に振って拒絶したからね。
でも、この服を着る意義と日本のコスプレ文化、そしてマナがかつて夢見ていた「魔法少女」になれる的な話を十日間かけてじっくりと話す事でようやく納得してもらえた。
「ふむ、これは……」
ブラスがマナを凝視して呟く。
だがこれで終わりじゃない、見せ場はここからだ。
「マナ、あれを」
「はぁ……専用スキルをこんな風に使うのなんて貴方ぐらいよ」
マナはため息をつきつつ、専用スキルを発動させる。
髪が純白に染まり、瞳が深紅に輝く。
そうして、真の意味で彼女は魔法少女に変身した。
「ふふ、どう? 似合ってる?」
マナがドヤ顔で髪を撫でる。
さっきまで後ろ向きだったのに、おもしれー女。
「なんだったら褒め称えても――」
「不合格だ」
「はぁ!? なんでよ!」
「派手すぎる」
感情的に喋るマナとは対照的に、冷めた口ぶりで話すブラス。
観ているぶんには面白い。
「これも失敗、か」
「主様、やはり費用対効果が釣り合ってませんよ」
護衛として付いてきたムサシが、横から話しかけてくる。
「それってマナとブラス、どっちに向けて言ってる?」
「両方です。というか主様、楽しんでますよね?」
「あ、バレた?」
正当な理由で女の子にコスプレ出来る機会なんて今後起きないだろうから利用しつくしたい、という僕の魂胆が見抜かれてしまった。
「それ……本当?」
マナが恐怖のオーラを出しながら僕を睨む。
いつの間にかブラスは居なくなっていた。
「あ、いや、その」
「アンタ、私が交渉に折れて、こんな服装して、ここまで来て恥ずかしくなってるを見て楽しんでたって言うの!?
ふざけないでよ!」
マナは僕の肩を掴み、鬼の形相で怒る。
「やめてー肩ブンブンしないでー
そういう楽しんでるじゃないんだよー」
三半規管がバグる前にマナに落ち着いてもらわないと。
「い、いやーなんでブラスは不合格なんて言ったんだろ。
僕は滅茶苦茶かわいいし似合ってると思ったんだけどな」
「えっ、か、可愛い?」
お、マナの揺さぶりが止まった。
「う、うん可愛いよ。なんて言うかマナの女の子っぽい部分が強調されてて、いつも以上に可愛い!」
「も、もう、そんな簡単な褒め言葉が私に通用するわけないでしょ、バカ」
言葉とは裏腹に満更でもなさそうだ。
マナは褒め殺しに弱いらしい。
さて、マナも落ち着いたことだし、次の手を考えないと。
「主様、よろしいでしょうか」
「なんだい? ムサシ」
「一つ、あのブラスという男に思う所があるのですが――」
ーーーーーーーー
またしばらく経ったのち、ブラスの所まで来た。
「お前もしつこいな」
「そうかな? 少なくとも、頑固さでは僕よりも君の方が上だと思うよ」
「……まあいい、見せてくれ」
何故かは分からないが、僕は今日で最後になると確信していた。
自分に絶対の自信があるからなのか、はたまた別の要因か、まあそれはどうでもいい。
とにかく、見せて納得してもらおう。
「あ、うう、お手柔らかにお願いします」
肩を軽く押して、モエギを一歩前に出す。
今回のコーディネートは、ベージュ色のニットとチェック柄のロングスカート、ただそれだけ。
だが、ただそれだけで彼女の特徴である立った犬耳と深緑色の長髪が引き立っている。
今回は趣向を変えて、素朴な感じにしてみた。
『奴は地味……というか素朴な物が好みなのでは?』
きっかけはムサシのその一言。
まるで脳みそに雷が落ちたような衝撃を受けたよ。
これまでの僕は盛り付ければ盛り付ける程良くなると考えていたが、そうでは無かった。
肝心なのは最も輝く部分をより際立たせる為の不要な装飾の削除、つまりは引き算の美学だったのだ。
「さあ! これでどうだ!」
「……………………」
ブラスは応答せず小刻みに震えている。
その震えてが止まった時、彼は魂から叫んだ。
「も、萌ェェェェェェェェェェェエエエエエ!!」
ブラスは体を限界まで反らし、天に向かって絶叫する。
その声で、そこら辺の鳥が一斉に飛び立つ。
それから十秒ほどして、ブラスは額を土にこすりつけてせきを切ったように喋りだした。
「素朴ッ! だが、それでも人生観が変わるほどにピュアな可愛さがそこにある!
かのような言い表せぬほど素晴らしき存在をこの目に焼き付けさせて頂いた事!
モエギ様、コウ様に多大なる感謝をもって御礼申し上げますぅ!!」
限界オタクみたいでちょっと怖いというかなんと言うか……
さっきまでの頑固親父っぽさは何処に行ったんだ。
「つきましては、是非! お力添えをさせていただきたく存じます!
さあ! 何なりとご命令ください!」
「えっと……ブラスってオリハルコンの精錬とか加工とかってできる?」
「朝飯前です! 設備と材料さえあれば、いくらでも作れます! お任せください!」
これが……本来のブラスなのか?
「そっ……か、一旦僕の村に来てもらおうかな」
「はい! どこへでも付いてゆきます!」
……なにはともあれ、目標達成。
大手を振って帰れそうだ。
「あっ、あのコウ様」
さあ帰ろう、と思ったと同時にモエギが話しかけてきた。
「どうした?」
「私、コウ様のお役に立てましたでしょうか?」
そんなの明らかだろ。と言いかけたが、そういえばこういう子だったな。
「うん、君のおかげだ。ありがとう」
「ふへへ、困った事があったらまたお手伝いさせて下さい。
私は、コウ様のお役に立つ為ならなんでもいたしますから」
モエギも危なっかしい子だ。
でも、モエギは僕に心酔してるっぽいし、また似たような事が起きたら彼女にコスプレしてもらおうかな。
……まあ、それはともかくとして今は帰還の準備を――
「主様」
なんだよネリー! もう帰るんだけど!
「再三のお願いとなりますが、二度とこの様な手段を用いないで下さいね」
「まあ、そうなるようにするけどさあ、でも――」
「よろしいですね?」
「は、はい」
小さく微笑むネリーに、僕はただ頷くしかなかった。
結論:女の子が一番怖い。




