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第39話 大いなる彼の王

 コウが町の闘技場で俺を倒し、王になってから十日が過ぎた。

 トップが変わってから気づいたが、どうやらこの町の住人は魔王である俺にも、そしてコウにも特別な思い入れが無いらしい。

 まあ、俺は町を興した時も(まつりごと)が嫌いでほとんどの仕事を部下たちに任せていたし、しょうがないか。

 コウについては……これからに期待しよう。


 そう考えてしばらくは傍観していたが、つい先日コウが「アメリとジュード以外の全員で村に帰ろう。もちろんヌイコも一緒だから」と唐突に言い放った。

 どうやら、コウが今ここでやるべき事はすべて終えたらしい。

 そして、この俺ももうここにいる必要は無いようだ。

 コウによると、今俺がやるべきは「挨拶回り」らしい。




「ほらヌイコ、ここが僕の村だよ」

「……なるほど、まあこんなもんか」


 コウが住んでいる村は、町になろうとしてる発展途上の村といった感じだ。

 少なくとも、俺の町より見栄えが良いとは言えない。


「お帰りなさいませ、主様」

「ただいまー」


 エルフらしき女性が俺たちの前に立つ。

 コウを「主様」と呼ぶのは、コウのスキルによって創られた従者だけらしい。

 故に、この美人さんもそういう生物なのだろう。


「ああ、紹介するよ。こいつはネリー、僕の従者だ。

 ネリー、彼が例の魔王ヌイコだ」

「魔王様にお会いできて光栄です。以後お見知りおきを」


 ネリーは恭しく頭を下げた。

 こういう相手がへりくだる時こそ、俺が最も魔王を意識する瞬間だ。


「ところで、ベルは?」

「ベル様は出かけています、もう少しで帰ってくるかと。

 そういえば、主様に紹介したい方がいるのですが……」


 そう言うと、ネリーはどこかへ歩きだす。

 そして、少しして一人の魔物を連れて戻ってきた。


「こちらの方はキラースパイダーのアラクネ様です。

 ベル様に仲間になるよう誘われたようでして、少し前からご家族と一緒にこの村の一員として暮らしております」

「お前がコウ……か」


 不思議なキラースパイダーのアラクネは、目を細めて俺とコウの顔を見比べ始めた。


「何? 僕の顔になにか付いてる?」

「いや……お前オサか? そっちの角付きの方が存在感ある」

「オサ、長? ここら辺で一番偉いという意味なら、それは僕だけど」


 なるほど、考えてみればコウは人間。

 魔物が強さを測るときの、俗に言う「存在感」が無いのは当たり前だ。

 あれ? でも待てよ……そういえばコイツ……


「おいコウ、あのリュウジンカ? ってヤツになれ」

「龍人化ね、まあいいけど」


 コウの額に角が生え、腰の辺りからもトカゲのような尻尾が伸びてくる。

 それと同時にコウの身体がデカくなる……いや、実際には体格自体は変わってない、ただそう錯覚するほどに「存在感」が膨れ上がっていたんだ。


「う……む、確かにホンモノ。お前はオサだ」

「そっか、認めてくれてサンキュー」


 その後、アラクネはネリーに連れられてまたどこかに消えた。

 意外と忙しい身なんだそうだ。


 それを見届けたコウは、すぐに龍人化を解いてしまった。


「おい、その状態じゃさっきみたいにまた舐められるぞ。

 龍人化を続けろ」

「やーだねっ、あれは時間制限付きの奥の手なんだ。

 見せびらかす為のもんじゃない」


 奥の手? 見せびらかす為のもんじゃない? 何を言っているんだ。

 力というのは誇示するためにある。

 勝つため、平伏させるために存在するんだぞ。

 コウ、お前は分かっているのか?




 ーーーーーーーー




 コウは本当に凄いヤツだろうか?

 ヤツに付いていくことは、果たして正しいのだろうか?


 不信感というのは雑草だ、心の中に芽吹けばあっという間に増殖する。

 そうして心を支配したとき、それまで見えてきた薔薇色の世界が一気に色を失って灰色になる。

 そして……


「――い、おーい」


 ムサシの呼びかけでようやくハッと現実に戻った。

 危ない危ない、今はムサシと修行している最中なんだ。

 もっと集中しねえとな。


「悪い、ボーっとしてた」

「頼むぞ。俺はもっと強くならなきゃいけないんだ」


 コウの懐刀、ムサシ。

 ここに来る途中も何回か戦ったが、その度にこいつの成長に驚かされた。

 レベルのみに頼らず、研鑽を積み重ね、技術を磨き、俺や色んな魔物の戦い方を吸収して自分のものにするその姿は、まさしく魔人族の模範だ。


 だが、俺が何よりも気に入っているのは、そのストイックさ。

 真っ直ぐに強さだけを求める姿勢は、まるで魔王になる前の俺のようだ。

 いや、こいつは偉くなりたいとか女が欲しいとかの俗物的な理由じゃなく、ただ単にコウの役に立ちたいという理由で強さを求めている。

 その精神性は、俺よりもずっとマシだ。


「どうだヌイコ、俺はお前を超えられるか?」

「ああ、もしかしたらな。

 だが慢心はするなよ、この世界には魔王よりも強い奴もいるからな」

「例えば?」

「例えば、そうだな……天龍とか、歴代の勇者の中にもとんでもない力を持っている奴がいるらしいし、あとは大……」


 おっと、いまのは失言だったな。


「だい? なんだ?」

「いや、なんでもない。天龍と勇者、そこらへんだな」


 危うく()()()に関する情報を漏らすところだった。

 今はまだ秘密にしておかないとな。


「……お前、なにか隠しているだろ」

「な、何も?」


 意外と鋭いな、どうにかして話題を逸らさねえと。


「と、ところでムサシ、お前も武者修行に出たらどうだ?」

「武者修行……大陸を渡り歩けという事か?」

「そうそう、俺も若い頃にやってここまで強くなったんだ。

 お前も俺と同じ才能溢れる魔人族、武者修行で必ず見違えるほどの強さに――」

「いいや、折角だが遠慮しておく。俺は主様、コウ様に仕える者だからな」


 ……もったいないな。


「なあ」

「ん? なんだ」

『なにもコウの従者でいる必要はない。お前も魔王になれ』


 喉元まで来た言葉をなんとか飲み込む。

 言ったところで無駄。こいつが「従者」でコウが「主」その関係性が壊れない限り、俺が介入するのは野暮だ。


「……今日はここまでにして、村に帰ろう」

「ああ、そうだな」




 ーーーーーーー




 村の中央にあるベンチに腰掛けて、ぼんやりと空を眺める。

 いつの間にか雲は黒と赤が混じった様な色に変化していた。

 日没が近いようだ。


「コウ、次これで遊ぼー!」


 広場のような所で、コウと獣人の子供たちが戯れている。

 子供の仕事が遊ぶことだとしても、コウお前は違うだろ。


「待て待てちびっ子達、目上の人には『さん』を付けろ」

「コウ、次これで遊ぼさん」

「言語クラッシャーかお前」


 子供に手を引かれ、コウが歩き出す。

 まんざらでもない様子だ、アイツ意外と子供好きなのか?


 しばらく観察していると、コウが俺に気づいた。

 コウの判断は早かった。

 やんわりとガキどもに断りを入れて俺の隣に座る、ここまでほんの数秒ぐらいだったと思う。


「いやあ、子供たちは元気じゃのう。おじいちゃんは腰が痛くてまともに動けんわい」

「お前まだ17だろ」


 人間は20歳くらいで肉体の全盛期を迎える、とどこかで聞いたことがある。

 つまり、多分またコウのどうでもいいウソだ。


「それで、村は気に入ってくれた?」

「……悪くはないと思うぞ」


 まだここにきて一日だから、これぐらいしか言えない。

 が、一週間経っても同じような事を思うんだろうな。


「それは良かった。君には数ヶ月間ここに居てもらう予定だからね」

「という事は俺の仕事場はここか、何をすればいい?

 狩りか……それとも用心棒か?」

「そういうのは間に合ってるから、ヌイコ君には先生をやってもらいたいんだよね」


 余りにも予想外な答えに、俺の口は開けっ放しになった。

 その姿を見て察したコウは、更に話を続ける。


「ほら、ウチはいま文字の読み書きとか、計算ができる奴少ないからさ、ヌイコにも教えるのを手伝ってほしいんだよね。なんか、教えるの上手そうだし」

「確かに俺は読み書きや計算も出来るが、人に教えるのは……」

「ムサシを鍛えた時みたいな感覚でやれば大丈夫。何事も経験、やで」


 コウはにっこりと微笑んで肩を叩いた。

 まったく、無神経な男だ。


「それに戦闘力だけが全てじゃない。

 知識もまた、力だよ」


 コウは雰囲気からして何気なく言ったんだろう。

 だが俺にはその言葉が今までで一番心に響いた。


「分かった、やる……やりますよ王様」

「うん、よろしくね」


 どちらともなく拳を突き出し、互いにグータッチを交わす。

 また俺の世界が変わった気がした。


「にひひ、さーんきゅ」

「まったく、お前はゆるいな」

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