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第38話 マナと新参者

「……は? なんでリックが必要なの? こいつ錬金術の才能ないけど」


 ティカが不思議そうに首を傾げる。

 団子を一口だけ味わった後、私は答えてあげることにした。


「そこにある本を見てみなさい」

「私の本? ……あ、なんか終わってるっぽい。マナがやったの?」

「私じゃないわ、そしてアンタでもない。つまり――」


 私とティカが彼に目を向ける。


「リック、あなたがコッソリ書いたんでしょ」

「まあ、そうです」


 リックはやれやれといった様子で肩をすくめた。

 裏の顔が剝がれたというか、話したくないどうでもいい事を人づてに話されてしまった、といった感じだ。


「俺が帰ってきた頃、家には誰もいませんでした。

 奥にいってもマナさんも姉さんもいない、ほんの数行だけ書かれたまま置き去りにされた本があるだけ。

 ただ俺はその本がどうしても気になったんです。

 そして、好奇心のまま夢中で計算していたら、気づけば姉さんの代わりに解析を終わらせてました。

 別に他意は無いですよ。ただそれだけです」


 リックは淡々と事実を述べる。

 その口調はまるで感情がないようで、無関心という言葉がぴったりだ。


「ちょっ、ちょっと待って。リック、あんた何でそんな事できるの? ……いや、できたの?

 だって昔一緒に婆ちゃんから教わってたのに、あんた簡単な薬ぐらいしか作れなくて、結局そのままやめちゃったじゃん」

「錬金術はやめたんじゃなくて方向性を変えたんだよ。

 姉さんは自分以外に興味が無いから知らなかっただろうけど、婆ちゃんは俺が実技じゃなくて理論で輝く事を見抜いてくれて、参考書とか色々買ってくれてたんだよ」

「そ、そうだったんだ。じゃあ、なんで言ってくれなかったの? 今日はやってくれたのに」

「はあ、さっきも言ったけどあれはただの戯れで、別に姉さんを手伝おうとしてやったんじゃ無いんだ。

 というか俺はあんまり自分の能力を誇示したくない。

 姉さんの発明品を売って、生活できればそれでいいんだ。

 ……つまり何が言いたいかというと、これ以上協力する気は無いってこと。

 このあとやらなきゃいけない事もあるし」


 そこまで言うと、リックは私達に背を向けて歩きだした。

 彼は全て片付いたと考えているようだけど、私からすればまだ言い足りない事だらけだ。


「待ちなさい、まだ解析は終わってないわ。

 貴方が終わらせたのは第一段階。この後第二段階と第三段階もやらなきゃいけないの」

「そうですか、でも後はお二人でやってくれませんか。

 俺は引っ越しの手はずを整えなければいけないんです」

「……引っ越し?」

「ええ、ここら一帯が都市開発の対象になったようでして、立ち退き料を貰うかわりに来月までに新しい所に引っ越さなきゃいけないんです」


 そういえば、ここに来る途中の大通りは活気に満ちあふれていたのに、この店に面している道路は人っ子一人いなかった。

 あまり気にしていなかったけど、考えてみれば奇妙だったわね。


「……ねえリック、その腕の火傷がなんで出来たか覚えてる?」


 リックをどう説得するか悩んでいると、ティカが口を開いた。


 その質問を聞いて、リックが左手でシャツの腕の裾をたくし上げる。

 そこには、何年も前の火傷で負ったであろう焼け爛れた皮膚が広がっていた。


「これ? よく覚えてないけど、たしか小さい頃に熱湯を被ったからだっけ。

 ……そういえば、あの頃からなんとなく姉さんとの壁を感じてたな」

「アンタは忘れているようだけど、その火傷は私を庇って出来た物なの」

「へー……へ? 本当?」

「ほんと。だから私はそれを治す事を目標にして錬金術師やってたの」


 リックは口を手で押さえて、驚嘆を隠そうとしている。

 よほど驚いたのか「え……でもだって……」とか「あ、だから……つまりそういう」など独り言を漏らしていた。


 それにしたって、なんでティカはその事を今まで黙ってたのかしら。

 まあ、どうせ何を言われるか分からないからとか単純に恥ずかしかったからとかでしょうね。


「リックはさっき『壁を感じる』って言ってたけど、それも事実。

 正直、アンタを見ているとなんというか……ちょっと苦しかったの」

「そ、そうだったんだ。昔に比べると姉さんが冷たくなったと感じてたけど、そういう事だったんだ」


 だとしても、彼女は弟に対して少し冷た過ぎるように感じる。

 コウの言葉を借りるなら、こういうのを「つんでれ」っていうのかしら。


「リック、もう分かっているだろうけど、私は今あなたの古傷を()()()()()()()()()薬を作ってる。

 でもこのままじゃ時間がかかる、だからあなたにも手伝ってもらいたい。

 私の大きな我儘、聞いてくれない?」

「………………はぁ、分かったよ手伝う。というか、姉さんが我儘いうのは今日に限ったことじゃない気がするけど……まあいいか」


 リックは困ったような、でもどこか満足そうなため息を一つ吐いた。

 なにはともあれ、これでまた一つ進歩した。あとは薬を完成させるだけだ。


「……ところでリック、村長……じゃなくてオスカーは?」

「オスカーさんは戻る前にギルドに寄っていくそうですよ。

 多分、そろそろ来ると思います」




 あれから二日、全ての準備を終えてついに今日『エリクサーもどき』を作ることとなった。


「それじゃあ、始めるわ。成功率は七割程度だから、失敗しても私を責めないでよ」

「分かってるから、さっさとはじめよ」


 手順はこうだ。

 まずは錬金釜の下に設置した魔法陣を起動する。

 次に材料を全て入れる、この時に釜の中の色が黄色になるまでよく混ぜる。

 そして最後に私とティカでお互いに詠唱を行う「共鳴詠唱」の方式で魔法を使う。

 これで中身の色がルビー色になれば成功、それ以外なら失敗だ。


「マイホネ、テゲケ、ビコケ……魔法陣起動」


 錬金釜の下から紫色の淡い光が溢れてくる。

 よし、成功ね。


「さあ、材料を入れて」

「えーと……完熟マンドラゴラ、ウルトライエローハーブ、干しアキザ、ハネシカの角、イワミミズ、そして二型魔法調合薬と、特殊四七型魔法調合薬。これで全部だね」


 全ての材料を入れたのを確認して、ティカがヘラで釜の中をかき回す。

 それを見たリックが、苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「……あの、マジであれ飲まなければいけなんですか?

 ミミズとか入れてましたけど」

「我慢しなさい、錬金術製の薬なんてあんなものよ」


 他愛のない話をしていると、釜の中がまるで黄色の絵具を入れたような色に染まっていく。

 ここまできたら、ラストスパートね。


「もういいわ、そろそろ共鳴詠唱に入りましょう。

 一応聞いておくけど、覚えているわよね?」

「大丈夫、任せて」


 魔法も錬金術も、結局のところ重要なのはやると決めた意思。

 才能などは二の次だ。


 そういう意味では、詠唱魔法というのは実に好ましい。

 はなつ言葉に意味は無く、何をしたいかを言うことによって魔法の威力が何倍にも上がる。

 それこそが「詠唱」という行為に多くの人が頼る理由なのでしょうね。


「我らのあゆみが道を開く、五つの光の言葉、五つの闇の言葉を用いて真なる言葉を与える」

「愛玩、子供、裁定、太陽、覚醒」

「悲願を叶えよ、望みを与えよ、さすれば鍵のしるべに出逢うだろう」

「空白、閉鎖、欲望、財宝、真理」

「対は揃った。最後の言葉にて深紅の雨を見せよ」

「精霊、欺瞞」


 錬金釜が魔法に反応し、段々と濃い色に染まっていく。

 さて、あとは結果待ちね。


 ぶっちゃけこの詠唱、それっぽい事を言ってはいるがやはり言葉自体に意味はない。

 でも、そこに確かな思いがあるからこそ応えてくれるのだ。


「この、この色は……赤! ルビー色だよ!」

「よかった、成功したのね」


 私はほっと胸をなでおろす。

 ティカは飛び跳ねて喜び、リックはそれを見て困ったようにはにかむ。

 陰ながら応援していた村長は、なんだか涙目になっていた。


「早速リックに飲ませよう!」

「ええそうね、でもその前に……」


 小瓶を取り出して、中に完成物を注ぎ込む。

 まだ終わってないのよ。


「ティカ、リック、目的は達成された。でもこの薬はあげない。

 ここからは私たちのお願いを聞いてもらう番よ」




 ――私は、彼らに説明してあげたわ。

 どこから来たのか、何故彼らに会いに来たのか、そして彼らは笑顔で誘いに乗り……

 ちょっとコウ、聞いてる? あなたが話してほしいって言うからこうしてわざわざ話してあげてるのに。

 え? なに? 「これを着てほしい」?

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