第37話 マナとクソ野郎
共和国の冒険者組合、ここに来るのも久しぶりだ。
五十数年あまりここを中心に冒険者活動をしていたせいか、訪れるだけで安心感を得るようになってしまった。
だが、感傷に浸る為にここに来たわけではない。
まずは受付に行かないと。
「冒険者組合にようこそ、本日はどのような要件でしょうか?」
「支部長に会わせてもらえますか、オスカーが呼んでいると言えば来るはずです」
「畏まりました。少々お待ちください」
しばらくロビーのベンチに座っていると、支部長室に呼ばれた。
どうやら彼らも私の事を覚えていてくれていたらしい。
中に入ると、そこには小太りの男性が既にソファに座っていた。
「オスカーさん、本当に久しぶりですね。さあ、こちらの席にお掛けください」
「ラモン、あなたは変わっていないですね」
ラモンに言われるがまま、彼と向かい合うように座った。
私が最後に見た時は、彼はまだ副支部長だったと記憶している。
という事は、前の支部長は辞めたか本部にいったのだろう。
「前任者は一月ほど前に辞めました。今は盆栽を愛でながら余生を過ごしています」
「なるほど」
「そんな事より私が気になっているのは貴方ですよ、オスカーさん。
あれから今まで何をしていたんですか?」
「さあ、何をしてたんでしょうね」
「……秘密主義なのは相変わらずですね。用件を聞かせてください」
「さすが、私をよく理解していただけているようで幸いです。
実はお願いがございまして、この二人の冒険者の死亡報告書を作成していただけますか?」
ラモンにコウさんから預かったアントンさんとメルケルさんのギルドカードを手渡す。
「はあ、分かりました。
とりあえず明日までカードはこちらで保管させていただきます」
「ええ、お願いします」
「……ところで、もう冒険者に戻る気は無いのですか?
実はここの所かなり苦境に立たされていて……」
「それはあなた達の問題でしょう。それに最近ミソラという冒険者の話を聞いたのですが、その人はどうなのですか?」
私が「ミソラ」と口に出して途端、彼の表情が曇った。
「ああ、あの人ですか……」
「聞いた話によると恐ろしいスピードでSランク冒険者に昇格したとか。
私の後釜としては充分なのでは?」
「確かに彼は凄いです。戦闘力だけを見れば冒険者……いや人間全体で見てもトップクラスと言えます。
でもね、ミソラさんは位置が特定出来ないんですよ。
あの人は一点に留まらず各地を放浪しているんです。
だから肝心な時にいないんです。
それに、彼はなんというか……孤立しているんです。
他の人と組まずに一人でクエストを遂行しているんですよ」
「なるほど。冒険者で孤立しているというのは、確かに問題ですね」
私達の会話とは裏腹に、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえてくる。
そして、足音の主がノックもせず扉を開けた。
「支部長! 『転生者殺し』です! 転生者殺しが三丁目に現れました!」
「な、何ですと!」
ラモンが大声をあげて立ち上がる。
転生者殺し……物騒な名前だが、聞き覚えが無い。
「目撃者の証言によりますと、白髪の女魔術師と戦闘を繰り広げた後、南西の方向に向かって逃走したようです。どうしますか?」
「Aランク、Bランクの冒険者を対象とした緊急捜索クエストを発行します。
すぐに下の階にいる冒険者達に伝えてきて下さい」
「承知しました」
組合の職員が立ち去ると、ラモンは疲れたようにどっしりとソファに座りなおした。
「大変そうですね、転生者殺しというのは?」
「大陸全体で指名手配を受けている、お尋ね者の通り名です。
本名は文詩黒 陽太郎。五年前に転生し、秘宝国に配置されていた特異転生者です。
主な罪状は『特異転生者、根白 倫華及び自由転生者二名の殺害』
魔王よりも厄介な相手です」
なんと……特異転生者が同じ転生者を殺すとは、非情な話だ。
「……それにしても、報告にあった白髪の女魔術師とは一体?」
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文詩黒は不敵に笑い、私の動作を観察している。
さて、『究極魔法少女』を発動させたは良いものの、どう戦えばいいかしら。
コウとは違ってコイツは容赦なく私を殺害してくる。
せめて衛兵が来るまでの時間稼ぎをしないと。
「ふむ、観客はもういなくなったか。寂しいなあ」
「これで気兼ねなく暴れられるわ」
文詩黒の専用スキルは、手に持っているあの不思議な石で特殊な道具を作る能力。
それをどう攻略するかが鍵になるわね。
「地層よりいでし岩石よ、この魔力を受け取り新たな役割をこなせ。
……クリエイトゴレム」
転がっていた石が集まりだし、人の形に変わる。
魔道人形「ゴーレム」こいつを壁役にして私が魔法で強力な攻撃を与える。
そういう戦法でいきましょう。
「命令よ、私を守りなさい」
ゴーレムが低い唸り声をあげて、防御の体勢に入る。
さて、アイツはどう動くか。
「めんどくさ、コイツをどうぞ」
文詩黒が不思議な石からナイフを取り出してゴーレムに投げた。
ナイフはゴーレムの頭に刺さったが、そんな物で機能停止するはずがない。
「チクタク、時限爆弾付きナイフだよ」
「……命令、玉砕して」
ゴーレムは私から離れるように突進して、そのまま爆発四散した。
だが、やはりアイツは生きていたようで、黒い煙の中から姿を現す。
「濃硫酸入り水風船をどうぞ」
「遠慮しとくわ」
魔法で衝撃波を出して、水風船を壁に打ち付ける。
凶暴な魔道具をいくらでも考えつく事、それこそがこの男の一番恐ろしい所ね。
「よし! インファイトといこう!」
「手品はもう見飽きたわ……あなたのツラもね」
文詩黒がナイフを取り出し、近づいてくる。
私は杖に魔力を集めて、次の魔法の準備に掛かった。
「光と闇、炎と水、大地と魂、混ざり合い、浄化し、いま新たなる白へと姿を変える。
究極の魔力を持つ我が命ずる、その大いなる魔法をもって悉くの悪を滅せよ」
文詩黒が私の心臓に向けてナイフを振る。
だが、その攻撃は魔道具「ハイパープロテクター」によって防がれた。
「ティカからパクっといて良かったわ」
「……しくった」
「これで終わりよ! ホワイトレーザービーム!」
極太の粒子の塊が、街路を通り過ぎる。
当たった。そう思えたのは一瞬だった。
「ふう、危ない危ない。『一度だけ転移石』が無かったらいくら俺でも終わってた」
奴は屋根の上にいた。
「君との戦闘ごっこはなかなか楽しかったけど、時間のようだ」
後ろから警笛の音が聞こえる。
ようやく衛兵が来たようね。
「じゃあまたね、次会った時は……殺すから」
奴は笑顔で、でも目は無表情なままそう言い残して去っていった。
奴は、文詩黒は本当に遊んでいるだけだった。
手段も奥の手も、いくらでもあったらしい。
「はあ、とうだ無駄足だったわ。帰りましょ」
もう色々と面倒くさい、転移魔法で戻ろう。
……あ、魔道書どうしよ。
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「ティカ、いる? ……留守かしら」
ティカの錬金部屋に転移したが、誰もいない。
そのうち戻ってくるかもしれないし、待ってるほうがよさそうね。
なんとなく部屋を見回すと、ティカが大事そうに持っていた本に目が行った。
ふむ……解析は終わっているようね、ただこの筆跡は……
「あ、マナさん戻ってきていたんですね。
……ところで、どこから入ってきたんですか?」
リックがお茶と甘味を持ってきながら入ってくる。
「転移魔法を使ったの。ティカは?」
「姉さんならもうすぐ戻ってきますよ。良かったらみたらし団子でもどうぞ」
リックが言い終えるのと同時に、ドアベルが鳴る。
まるでタイミングを見計らってたみたいね。
「あれ、マナもう戻ってきたんだ」
「ええ、早めに切り上げてきたわ」
「ふーん、それで魔導書はあった?」
ティカが団子を頬張りながら問いかける。
「結論から言うと、厄介な出来事に巻き込まれて行けなかったわ。
でも、魔導書が無くても大丈夫よ」
「って、言うと?」
「魔導書は理論構築の為に必要だと思ったけど、どうやらそれが無くても彼の力を借りればよかったみたい」
私は団子の串で彼を指した。
「あなたの力を貸してもらうわ、リック」




