第35話 エキシビジョンマッチ
「ヌイコ、動けるか?」
「……無理だな、こうしてお前と話しているだけでも辛い。
ったくどんな威力で蹴ったんだよ」
偉大なる魔王様が置物だと分かったので、今の状況を整理しよう。
目の前にいるのは自称勇者候補と、フットワークの軽そうな女性。
多分、というかほぼ確実に人間だろうな。
目的は魔王討伐、手段は漁夫の利……いいのか? 勇者候補がそれで。
うーん、もし戦闘になったら僕とムサシだけで勝てるかな?
まあ、最悪龍人化でゴリ押せばいいか。
「こんにちは、僕はコウ。まずは軽い世間話でもどうかな?」
「ああ、殺し合いの前に和やかな空気を作るのは作法だからな。
ところで、和やかに心臓を刺していいか?」
「……和やかに拒否するね」
駄目だコイツ、完全に殺る気ですやん。
しかも相手二人はもう抜刀してるし。
「はぁ、取り敢えず戦うか。ムサシ、君は勇者候補の方ね」
「かしこまりました」
お互いに距離を離し、僕は黒髪の女性と対峙した。
「ねえ、さっきの姿にはならないの?」
「……何のことかな」
「とぼけても無駄だよ。私は目が良いからね、君が変身してパワーアップした瞬間はしっかりと見ていたんだ」
龍人化してヌイコに攻撃を与えて解除する、この流れを終えるまで一秒もかからなかったはずだけど……目が良すぎるな。
まあ、見られたからには仕方ない。龍人化してすぐに終わらせよう。
「……ほら、こんな感じだろ?」
「そうそう、その姿! いやー形態変化をする魔物は何種類かいるけど、君のように圧倒的な戦闘力を得るのは聞いたことがないよ。
ところで、もしかしてその姿の時は寿命がガンガン減るの?
それともその姿になれる時間が限りなく短いとか?」
「……」
「なるほど、後者だね。君、けっこう感情が顔に出やすいよ」
まるで刑事ドラマの犯人役になった気分。
あまりにもズバズバ言い当てるもんだから、いっそ怖いぐらいだ。
「調子狂うなあ、さっさと無力化しないと」
「いいよ、やってみて。出来るものならね」
「そうさせてもらう、よっ」
両手から魔弾を撃ちまくるが、女がそれを奇跡的な反射神経と身体能力で避けて走ってくる。
あいつも『超回避』のスキルを持っているのか、厄介だな。
くそっ、もうあと一歩の所まで距離を詰めてきた。
こうなったら殴るしか、いやさすがに女の子に危害を加えるのは……
「やっぱり、君は甘いんだね。ボス」
僕の迷いを相手も見抜いたらしい。
奴は僕に斬撃をくらわせると、すぐに離れた。
当然、今の僕の身体ではそんな攻撃は痛くも痒くもない。
だが問題はそこではなく、奴が去り際に僕にかけてきた液体だ。
粘性は水と同じぐらいだが、舐めてみると凄く甘い。
これは、毒か? そういえば龍人化の時に状態異常がどうなるかは検証してなかった。
「ふふっ、私が何者か知りたいって?」
「え? いや別に。それよりこの液体ってな――」
「私はルイ・サシダ。冒険者界隈では〈周到な狩人〉って通り名で呼ばれてるんだ」
コイツどんだけ名前売りたいんだよ。
ん? サシダ……刺田!? もしかして転生者か?
「君は……あっ」
サシダに話しかけようとした途端、急激な脱力感と疲労感に襲われた。
まさかもう時間切れか? あと数秒は余裕があったはず……まさか。
「なあ、マジで何を投げつけたんだ?」
横に倒れて寝転がりつつ問いかける。
いつの間にか、龍人化が解除された時の受け身のとりかたが上達していたようだ。
「さっきも言ったけど、私は冒険者だから君のような変身をする魔物は何回も見てるんだ。
だから持っているんだよ、変身時間を短くする薬をね」
「あの甘いやつがそれか。文字通り一杯食わされたわけだ」
サシダが勝利を確信したように不敵に笑う。
甘かった、完全に足元をすくわれた。
もっと神の書庫を使ってまで考えるべきだったんだ。
負けた。
その事実が想像以上にストンと入ってきた。
だって、ムサシのあんなサマを見てしまったからね。
「ハァ……ハァ……すみません、主様」
「魔力切れか、それに相手も悪かったね」
剣は輝きが鈍り、ムサシも傷だらけで片膝をついている。
対してあの勇者候補は、涼しい顔をしていた。
「スキル『勇者候補』魔王種以外の魔物に相対した時、能力値が一時的に加算される、か」
「何故知っている? 不気味だな。
俺のスクロールを覗いたわけではないのだろう、誰から聞いた」
「聞いたんじゃない、本で見たんだよ」
困ったな、もうこっから勝てる手段は無い。
……こればっかりはやりたくなかった、でもこの作戦に頼るしかないようだ。
「君、たしかジョセフって名前だっけ?」
「ああ」
「なあ、僕を助けてくれないか?」
ーーーーーーーー
芋虫のように這いつくばるその魔物は、惨めったらしくも俺に慈悲を乞いてくる。
こいつには誇りというものは無いのだろうか。
「頼むよ! 他の奴はどうなってもいいから!」
「……いいのか? 仲間だろう?」
「いいや、こいつらは仲間じゃない。ただの駒だ」
その言葉に奴の付き人は目を丸くした。
当然だ。信じてきた主に切り捨てられたんだからな。
「ふむ、まあ俺の目的は魔王の死体を持ち帰る事だからな。
一人ぐらい見逃してもいい」
「そ、そうか。良かった」
俺は奴のもとへ近づいて、首筋に剣を当てる。
「悪いな、冗談だ。
お前のような危険因子は、魔王よりも先に倒さなければならない」
元から俺の中で答えは決まっていた。
その上で自己のために仲間を平気で見捨てる奴には、俺も簡単に刃を振り下ろせるというものだ。
構えをとり、奴に命を絶つ一撃を下ろそうとした。
だが、その時奴はそれまでの必死な形相を消して、余裕を見せた。
「謝る必要は無いよ、僕も笑えない冗談を言ったからね」
「よう! 武器を下ろしな!」
後ろから見知らぬ声がする。
いつのまにか俺は背後を取られ、鎌を押し当てられていた。
横を見ると、サシダもまた小柄なエルフに取り押さえられている。
「ふう、駒だなんだと言っていた時は肝が冷えましたよ。ボス」
「ごめんね。でもちゃんと信頼してくれたんだね」
奴はムサシの肩を借りて立ち上がった。
なんだ? どういう事だ?
何故俺達は立場が逆転しているんだ?
「最初からここまで想定してたの?」
「いやいやまさか。それだったら一回ピンチに陥る必要も無いだろう。
『仲間を見捨てる』君たちはこの言葉を鵜吞みにした。
でもね、アメリとジュードは僕が絶対にそんな事しないって分かってたんだ。
つまり君たちの敗因は、まあ言ってしまえば調査不足だね。
……ところでサシダ、君と僕の知恵比べは最終的に僕の勝ちってことでいいよね?」
結局、俺たちはそのまま宿で軟禁されることになった。
奴らのボス、コウ曰く「捕虜としての価値は無いが、聞き出せる情報は無数にあるから」らしい。
あの男は危険だ、どうにかして勇者様に知らせなければ。
ーーーーーーーー
早朝、町にいる全ての魔物に闘技場に集まってもらった。
昨日は色々あったが、結果的に僕は力の魔王に勝ったんだ。
民衆を集めてスピーチする権利ぐらいはあるだろう。
「主様、集まったようです。スピーチの内容は考えていますか?」
「ああ、任せとけ。一瞬で終わらせてやるぜ」
この特等席は、闘技場内の観客席まで見下ろせる。
十分に声が届きそうだ。
とはいえ、実はまず最初にヌイコが話すんだけどね。
「……俺は、昨日まで自分が誰かに立場を譲るなんて考えもしなかった。
だが、ついに現れたのだ。俺をたった一撃で倒した魔王に相応しい魔物が。
紹介しよう。俺たちの新たなる王、コウだ」
ヌイコに背中を押されつつ前に出る。
さて、まず出だしは……
「こんにちは、僕はコウ。
まず皆に伝えたいのは、僕は人間だという事だ」
僕の「人間」という言葉に魔物達がざわめきだす。
だが、龍人になるとその声も徐々に弱まっていった。
「そして同時に魔物でもある。
つまり僕は人間の心と魔物の心、その両方を持っているんだ。
だからある日思ったんだ。人間と魔物が共存する世界はどうなるだろう、と。
だから、僕はここを礎にそんな世界を創ろうと考えている。君たちにもそれが実現した時を想像して欲しい。
もし良いと思ったのなら、拍手で賛成の意を示してくれ」
場内が沈黙に包まれる。
そして、しばらくすると何人かが小さな拍手を僕に送った。
それ以上音が大きくなることは無かったが、それでいい。
今はまだ、彼らも僕を完全に信用できてはいない。
だからまず、行動で示す必要があるんだ。
「主様、お疲れ様でした」
「ああ、でも大変なのはここからだよ」
まずは、一度魔王を連れて村に帰るか。新しい仲間を紹介しないと。
……新しい仲間といえば、マナはもう錬金術師を見つけたのかな。