第34話 魔王
「試合終了! 三回戦を制したのは初参加のムサシ&コウのペアだ!」
観客席から大きな歓声が湧き上がる。
正直、思っていたよりも楽だった。
と言うより、不安が杞憂に終わったって表現が正しいだろうか。
「おいおいこの程度か? こんなんじゃあムサシの親分もオイラも満足しねえでヤンスよ!」
「おおっと! ここで子分が唐突に煽りだした!
先ほどから大して何もしていないのに随分な言いがかりだ!
しかし、彼の言い分にも一理ある! ムサシ選手、汗ひとつもかいていないぞ!」
僕の煽りが効いたのか歓声はさっきの倍、そして僕への苦言も倍だ。
まあ、物や座布団が投げられないだけマシか。
……そもそも観客席に座布団なんて無いけど。
さて次は魔王幹部戦、その次に魔王戦。
少しムサシの体力が心配になったので、小声で問いかける。
「ムサシ、疲れてないか?」
彼は今、魔力の半分を犠牲に「魔剣錬成」の魔法を使っている。
おそらく絶好調ではないはずだ。
「ええ、まだ大丈夫です」
ムサシもまた、周囲に聞こえないように小声で返した。
頼むぞ、僕が考えたこの超完璧な策にはお前が表立って戦ってくれなきゃ困るんだ。
「さあ! ついに最後の試合だ! チャレンジャーが戦うのは、あの魔王幹部四天王の中でも最強の筋力を誇る、レゾジ様だ!」
レフェリーの紹介の後に、向こう側の門から一人の魔物が登場する。
第一印象はクソデカい筋肉達磨。
ただ、多分あの牛のような角からしてミノタウロスなんじゃないかと思う。
どんな種族にしろ、魔法をメインにして戦う感じではないだろうね。
「ほう、最近の奴らと比べても中々いい闘気だ」
「……」
レゾジとかいう魔物は、ムサシを見て横柄に言い放つ。
だが、ムサシは何も答えない。返事をするのが面倒くさいのかな?
「両者、準備はよろしいでしょうか。……始め!」
レフェリーの合図と同時にムサシが突進する。
レゾジが振った斧を避け、カウンターにムサシの剣が奴の腹を掠った。
ムサシは素人目から見ても明らかに動き方が良くなっている。
どうやらオスカーさんの下で修行を受けていた日々は無駄ではなかったようだ。
だがムサシの攻撃は軌道から見て深手になるはずなのに、レゾジはピンピンしている。
やっぱり能力値のせいか。
そもそもの話として、能力値とは神の書庫曰く『戦闘を効率化するための装置』らしい。
この世界を作った神が何を考えているんだというツッコミは抜きにして、
例えば攻撃力100のパンチを防御力100の人間に当てれば、そのままの痛みや負傷を負う。
だが攻撃力100のパンチを防御力300の人間に当てると、それらのダメージが幾分か軽減される。
つまり、あの攻撃が見た目に反してあまりダメージが出ていない理由は、ムサシの攻撃力に対してレゾジの防御力のほうが高いからなのだ。
「おっと、中々痛いな。だが、そこまで傷は深くない。
ってことは、お前のレベルは大体20かそこらだろうな」
「いいや、俺のレベルはまだ13だ」
「なんだと? ……ああ、そうかスキルの効果か」
レゾジは動揺しだした。
だが、すぐに何かに納得したような素振りを見せた。
「前にもお前と同じ『魔剣使い』のスキルを持った奴と戦った事があるが、だからこそ確信できる。
お前はなにか別の、それも特別なスキルを持っているだろう?」
「ああ、当たりだ。スキル『下剋上』 自分よりも格上の相手と戦う時のみ能力値にある程度の補正を受けることができる。……これで満足か?」
「なるほど合点がいった。ではもう一つ教えてほしい、お前は何故それを得ようとした?」
僕にはムサシが一瞬言葉が詰まったように見えた。
まあ、少なくとも「主様に言われて云々かんぬん」じゃあ通らんわな。
「俺は強さを手に入れる必要がある。
その為には俺より強い奴を何人も倒さなければならない。
だからこのスキルを選んだ」
「……強くなる、か」
「ああ、そうだ。だから俺は必ずお前を倒して魔王に挑む。もう無駄話は終わりだ」
その言葉と共にムサシは再び奴に突っ込んだ。
僕もそろそろ本気で動くべきだろう。
「漂う魔力よ、僕は龍の意志を継ぐ者、そして、魔を操る真の魔法使い。僕の内なる激情と共に今、命令に従い、闇の雷光に姿を変えろ。」
ムサシが僕を見ると、すぐに後ろに飛んでレゾジと距離をとった。
分かってるね、よし今だ!
「いくぜ、ダークサンダーボルト!」
禍々しい光を放ち、轟音と共にそれが奴の身体に当たる。
現状僕の中でもっとも破壊力のある魔法なのだが、まだ撃破には届かなかったみたいだね。
「ふう、頑丈な身体でよかったぜ」
「ハハハ、やっべ」
やはり僕の魔法はまだまだ弱い。
このまま押し切れるだろうか。
「さて、今度はこっちから――」
「レゾジ、もう下がっていいぞ。あとは俺がやる」
観客席から存在感のある声が響く。
声の主はそう、魔王ヌイコだ。
「ま、魔王様……大丈夫です、この程度で俺は――」
「ああ、そうじゃなくて俺が戦いたいんだ。だから、な?」
魔王は観客席から下りてレゾジのすぐ傍に近づくと、肩をポンと叩いた。
口元は笑ってはいるが、その圧倒的な貫禄のせいで空気が全く和やかじゃない。
結局、レゾジは回れ右をして戻っていった。
「さて、そういう訳で選手交代だ。
知っていると思うが俺はヌイコ・ジュラグ、魔王やってんだ」
魔王は指の骨を鳴らしながらほぼ意味の無い挨拶をする。
さて、戦いを始める前にまずはアレだよな。
「……スクロールコピー」
「おっと、キャンセルだ」
呪文を唱えたにもかかわらず僕の手には一向に魔王のスクロールが出てこない。
やっぱりあいつは知っていたか。
「ククク……一応教えてやる。スクロールコピーの魔法ってのはな、圧倒的格下の場合に限りその魔法を無効化できるんだ。つまり、俺の強さは実際に肌で確かめるしかないってこった」
はぁ……一筋縄じゃいかないか。
流石に魔王様は馬鹿じゃないらしい。
「さて、俺はもう準備ができた、いつでもかかっていいぞ」
魔王はなにも持たずに構えをとった。
どうやら奴の武器は己の肉体と拳のみらしい。
「正直お前達には……特に剣士のお前には期待しているんだ、強く、野望があり、更に潜在能力もある。
今日は歯応えのある試合ができそうだ」
「そうか、なら貴様の歯を顎ごと砕いてやる」
ムサシが一気に踏み込み、剣の横なぎを放つ。
だが、それを魔王は腕で止めた。
「素手で剣を止められるのは初めてか?」
「……いいや、二度目だ」
その後もムサシは攻撃を続けるが、その悉くが弾かれる。
魔王はいつでも反撃のチャンスがあるのにただ防御を固めるだけ。
おそらくだが、魔王は僕らが勝つ可能性など一ミリも考えてはいないのだろう。
『5年後か10年後、自分のライバルとして相応しい相手になるかもしれない』という考えを確信に変える為にこの試合に出た、そんな所だろうか。
わざわざレゾジを下げて魔王自身が直接相手をするという状況が、僕の考えを後押ししている。
で、あるならばもうあの茶番を見る必要もない。
あとは僕が魔法をぶっ放すだけだ。
「ヌイコ! 僕を見ろ!」
片手で収まるぐらいの魔法の球をとにかく両手で投げまくる。
詠唱もせず魔力も大して込めていないので、さっきのダークサンダーボルトの一割程度の威力しか出ていないが、それでも効果的なはずだ。
「チッ、的確に目や足を狙いやがる。……先に潰すか」
魔王と目が合ったと思ったら、奴はまるで瞬間移動でもしたかのように僕の眼前に来た。
そして、魔王が拳を振りかぶっているのを見て僕はつい言葉を漏らした。
「ありがとう、予想通りだ」
ーーーーーーーー
「おーい、おーーい、起きてよー」
頬をペシペシと叩きながら呼びかけると、ようやく魔王が意識を取り戻した。
彼が起きて最初に言ったのは、
「があっ! は、腹が、腹筋がくそ痛てぇ!」
だった。
中々個性的だね、僕もおはようの代わりに使おうかな。
「お前、確かコウ、だったな。説明しろ、何をしたのか」
「ええ、いいでしょう」
魔王は苦痛に満ちた目を僕に向けている。
まあ、説明といってもシンプルなんだけどね。
「結論から言うと、君は僕の蹴りをまともにくらってそのまま反対側の壁に激突して気絶したんだ」
「は? ってことはつまり、お前は俺よりも強かったってことか?」
「そうだね。君が魔王として覚醒することで力が格段に上昇したように、僕もとある出来事があって一定時間だけ君よりも強い状態になれるんだ」
「なら何故わざわざペアを組んで……まさか、そういう事か」
「お? 気づいた?」
「お前は最初から一撃で俺を倒すつもりだった。
だから、まずは周囲に自分を本来の力より過小評価するように仕向けた。
あのムサシという剣士がまるでお前よりも色々な面で優れているようにし、自分はさもその付き人かのように」
「そう、そして僕はただの魔法使いで、近距離戦にはめっぽう弱いと思わせた。
だから君、ヌイコは僕に不用心に近づいた。そこが僕の本来の力を十分に引き出せる位置だとも知らずに」
そこまで言うと、ヌイコはがっくりと肩を落とした。
「さて、解説も終わったし本題に入ろう。魔王ヌイコ、僕らの仲間になってくれないか?」
「……どういうことだ?」
「実は僕は――」
と、ようやく本来の目的を話そうした時、突如として横槍が入ってきた。
「力の魔王とそれに与する悪しき魔物共よ!
俺は勇者候補序列二十位、ジョセフ・ガスコイン!
人々に平和をもたらす為、今ここで魔王討伐を遂行する!」
怒気の強い名乗りをあげ、二人の人間が近づいてくる。
どうやら、まだ厄介事は続くらしい。