第31話 罪悪感
”新しい魔王が作った町は純粋な力によって全てが決まる”
俺がこの町に来たのはそんな噂話を聞きつけたからだ。
闘技場で行われる試合で勝ち上がれば金も地位も貰えるというのは、腕力しか取り柄のなかった当時の俺からすれば夢のようだった。
だが、勝者がいれば敗者がいる。俺は敗者側だった。
ちょっと腕が立つ田舎のゴロツキなど、天才やら秀才やらが集まるこの町ではそこらのパンピーと何も変わらないのだ。
そういう訳で俺はプライドを完全にへし折られた。
しばらく自暴自棄になっていたが、今では大工として働いている。
お世辞にも給料が高いとは言えないが、俺は意外とこの仕事を気に入っている。
何故なら、ほぼ望んだ日に休みが貰えるから。
昔の俺が見ればいちゃもんを付けてくると思うが、それでも今の俺はこの生活に納得している。
結局のところ、不平不満が出るのは現実との折り合いがつけられていないからなのだ。
そして俺は今日、その休みを利用して闘技場に来ていた。
目的は当然、試合を観戦すること。
しかし、今日の俺は目の前の試合よりも別の事に目を引かれた。
俺が見たのは観客席に座る青年、彼は魔王ヌイコを見定めるようにじっと見ていた。
それなりに選手を見てきたから分かる。
あいつはヌイコを見てはいるが、それ以上に自身の理想を真っ直ぐに見ている。
そういう目をしている奴は、絶対に目的を達成するのだ。
「ボウズ、魔王に勝ちたいか?」
俺は奴の隣に座って、思い浮かんだ疑問を率直に聞いた。
青年はヌイコから目を離して俺を見る。
「これまで何人、何十人とあいつの挑んだが、勝つ事はおろかまともな試合が出来た奴は一人もいなかった。
最近は戦っても無駄だと考える奴が増えて、せっかく勝ち上がったのに魔王と戦うのを避けるやつばっかりだ。
昔はもっと熱狂的だったんだけどな」
「……オッサン誰?」
「未来のファンになるかもしれない、ただの闘技場好きの中年だ」
「僕に何して欲しいの?」
「あいつに……魔王にどぎつい一発を与えてくれ。
そうすれば、あの時の熱気が少しでも戻ってくるはずなんだ」
俺は試合に目を移した。
あそこで戦っている二人も、筋は良いが結局目的は幹部のポスト。
自分が新しい魔王になってやろうという気概が無い。
「お前の目的は知らんが、その熱意はひしひしと伝わってくる。
本気でヌイコを倒したいのなら俺も全力で協力させてもらうぜ」
「じゃあちょっと聞きたいんだけど……」
その男、コウは今日初めてこの町に来たらしく、闘技場のシステムを全く知らなかった。
だから教えてやった。
闘技場で行われる試合は全てトーナメント方式。
魔王と戦うには他の出場者と三回戦って勝ち上がり、その後更に幹部に勝つ必要がある。
基本的に出場者はソロだが、バディを組むことは認められてる。
武器や魔法に制限は無いが、リングから出たり第三者から攻撃を支援された場合失格となる。
と、そこまで説明するとコウは席を立って出口へ向かって歩きだした。
「教えてくれてどうも、もう行くよ」
「コウ、気張れよ」
ーーーーーーーー
闘技場を出た僕は、ムサシの様子を見ようと宿に向かって移動している。
……あの人、アドバイスをくれたり応援してくれたり本当にいい人だったけど、アルコール臭かったな。
次は距離を保った状態で会話したい。
とか何とか思っていると、見覚えのある奴を見かけた。
「人形使いのおじさん、またねー」
「おじさんじゃないお兄さんだ。ちびっ子」
ジュードが諭すように間違いを訂正すると、その周りにいた子供達は返事をせずに笑いながら走り去っていった。
「やあ、人形使いのおじさん」
「主様まで、勘弁してくださいよ。
というか俺はまだ生後一年も経ってないんですよ」
「それを言ったらネリーなんて生まれた瞬間2000年を生きるエルフ、とかいう破綻しまくった設定だけどね。
それはともかくとして、何してたの?」
「自分の芸を試したくてちょっとした人形劇を。
それと、ついでにこれを売っていました」
ジュードは「一つ1キラ」と書かれた木の板の後ろにある瓶から、人形の両手を使って丸い物体を取り出して僕に渡してきた。
「それ、雑貨屋で買ったミルクキャンディーです。
薄利多売で少し儲けようかと」
「それちゃんと店主に許可取ってんの?」
「ええ、利益の半分を渡すと言ったら許可してくれました」
「ふーん、ところで」
僕は声の発生源であるパンデモンを見た。
何故かこいつは浮いており、しかも一見するとなんの細工も無いように見える。
「ねえ、なんで君浮いてるの?
前まで手にはめて使ってたよね?」
「ああ、なんか俺の中にジュードの爪とそれっぽい自作のお札、ついでにジュードの魂の一部を入れたら義体として動かせるようになりました。リーズナブルですよね」
「え、こわ、てかきっしょ」
幽物質は自分の魂を操ることが出来ると神の書庫にも書かれていたが、これは流石にやばいだろ。
「まあ、人形はジュードから大体三メートルぐらいしか移動できないし、今の所何でもかんでも魂入れられる訳でも無いですからね。あんま大したことないですよ」
「そっかあ」
言いたいことが二、三個あるが「大したことない」という言葉を信じることにした。
そろそろ宿に向かおうと思った時、僕の耳が変な音を拾った。
それは金属がぶつかり合う音、まるで近場で誰かが戦っているかの様だ。
「闘技場から……じゃないよな遠いし」
「結構近い感じでしたよね。闘技場以外の場所での喧嘩や争いは禁止されてるはずなんですけど」
「ちょっと野次馬根性で見てくるわ」
音の発生源を探って路地裏に入った。
そして僕はアメリの姿を目撃した。
「も……もう話せる事は無い。本当だ。許してくれ……」
「えー、貴方さっき自分のことを魔王の幹部って言ってたじゃないですか。
まだ何か持ってるでしょ」
「あれは、噓で、ちょっと、調子に乗った、だけで」
アメリが男の首にナイフをつけて尋問をしている。
男の方は追い詰められた様子だが、彼女はどこか遊んでいるかの様だ。
「おい、何してるんだ」
「あ、ボス。見ての通り情報収集ですよ」
「違う、これはただの尋問だ。今すぐやめろ」
「……はーい」
アメリはナイフを鞘に納めて向き直る。
僕は尋問されていた男に通貨である宝石を一つ投げた。
「治療費だ。それもって消えろ」
「は、はい」
男は逃げるように僕らの前から消えて大通りへ向かった。
さてと、どうアメリと話したものか。
「あのさあアメリ…………」
僕は何かを言いかけたが、それより先を言えなかった。
僕は見てしまったのだ、生気の無い目を開けて横たわったまま動こうとしない何かを。
「それ……」
「え? ああ、この死体ですか? さっき私が殺しましたけど」
一気に血の気が引いた。
このまま気を失いそうなところを、何とか持ち堪えてもう一度アメリを見る。
「アメリ、君がこの人を殺したのか?」
「はい、そうです」
「さっきまで戦っていたのか?」
「はい、なんか二人していちゃもんつけてきたので」
「殺さなきゃ自分が殺される状況だったんだよな?」
「いいえ、そんなに私が弱く見えますか?」
「じゃあ、手元が狂って、間違えて――」
「違います。私はもう一人の男から円滑に情報を得るために、見せしめとして、故意に、殺しました」
今、僕の目の前にいるのは本当にあのアメリだろうか?
もしかしたら、僕はまた悪夢にうなされているのかもしれない。
だとすれば、きっとこの夢の目的はアメリを説得する事だろう。
「アメリ……どんな状況でも絶対に不殺を貫けとは言わないが、自分が危機的状況に陥っていなければ殺しは避けるべきだ」
「あー、ボスはそういう考え方なんですね。今度から気を付けます」
「今度からとかじゃねえんだよ!!」
僕が感情的になったのを見てアメリはとても驚いた。
「人を、お前は人を殺したんだ。
お前と同じで息をして、生活をして、友人や家族がいる者をだ。
なのに何故……何故そんなにも、へ、平然と」
「ボス、さっきから何が言いたいんですか。
確かにこの町では無断での殺害は犯罪ですけど、ボスが魔王を倒してこの町のトップになれば私は無罪になるでしょう? だから問題ないです。
それとも倫理観の問題ですか? それにしたってボスの方が矛盾だらけなのが悪いですよ。
だって、ゴブリンとかオークは殺していいのにこの人は殺しちゃ駄目ってどういうことですか。
同じ魔物じゃないですか。それに赤の他人だし。
そういうのエゴなんじゃないですか? だいたい――」
僕は気付けばアメリの頬を叩いてしまった。
彼女の言葉に耐え切れなかったのだ。
「貴方も、あいつらと同じだったんですね。
信じてたのに……」
アメリはそれだけ言うと、姿を消した。
雨が降り始めている。
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土砂降りの中、私は行く当ても無くただうずくまっていた。
大丈夫、こういうのは慣れてる。
今回もそりが合わなくなっただけで、いつかきっと私に最適な場所が見つかるはずだから。
でも何でだろう、いつもなら一切の未練なく忘れてすぐに旅に出るのに、私はまだ無気力なままだ。
「君こんな所で何やってるの? お家の人心配してるよ?」
私を家出少女だとでも思ったのか、誰かが話しかけてきた。
「子供扱いしないでください、私は……もう20歳ですよ」
「それでも私の方が年上だね」
その人は何が面白いのか、更に質問をしてくる。
「君、エルフだよね」
「ご名答」
「なんでここにいるの? 風邪ひくよ」
「エルフは風邪をひかないし、病気にもなりません」
「でも心配だなあ」
「余計なお世話です」
そこで会話は区切られた。
ようやく満足いったかと思ったら、今度は全く予想のつかない事を言ってきた。
「よし、置いていくのも忍びないし私のいる宿まで連れていってあげる」
「あの、私の話聞いてました? 別に大丈夫ですから」
「まあまあ、いいからいいから」
そう言うと、彼女は強引に私の手を引いて走り出す。
「ちょ、ちょっと! まだお互い名前も知らないじゃないですか」
「あ、確かに」
彼女がそこで振り返って、やっと私達は顔を合わせた。
「私は自由転生者の刺田累、よろしくねエルフちゃん!」