第30話 Go to MAOUcity
会議をした翌日の朝、僕らは早速魔王の所に行く準備を進めていた。
メンバーは四人。僕とムサシそしてアメリとここまでは決まっていたが、ベルが村に残ると言い、代わりにジュードが来ることになった。
ヒーラーがいないのは残念だが、それなりに薬はあるので大丈夫かもしれない。
最終確認を済ませ外へ出ると、馬に餌をやる村長とマナの姿が見えた。
馬車に繋がれているのを見るに、これから何処かに行くのだろう。
「グッモーニン、二人ともここで何してんの?」
「おはようございます。前に話した錬金術師の件で遠出したいと思いましてね」
「ああ、勧誘のヤツね」
村長の方は分かったけど、マナは何でここに?
「私も錬金術師に興味あるし、色々と買いだめしたいの。
だから、一緒に乗せてもらおうと思ってね」
「ふーん、なに買うの?」
「まあ、その……色々よ。化粧水とか」
「ふーん」
会話の流れでなんとなしに聞いたが、聞いたところで適当な返事しか返せなかった。
「ねえ、コウ」
次へ向かおうとした僕を、マナが呼び止めた。
彼女はアメリを一瞥して、再び口を開く。
「あの子は、アメリは情報屋を名乗るだけあって捜査能力が高いし、それに口も達者で要領も良い。あと十年もすれば戦闘力も飛躍的に向上するでしょうね」
「……まあ、そうかもな」
「だから、敵に寝返ったら厄介でしょうね。
特に、私達と決別するような形だったら最悪」
「……それが起こるかもしれないと?」
願望も混じっているが、アメリは僕をそれなりに信頼してるように見える。
そう簡単に立場が変わるとは思えない。
「貴方も、彼女の正体は感づいているでしょう?」
「……まあ、うん」
「私が一番危惧しているのは、アメリが何を考えているか分からない事。
そして、中途半端に分かる事実があるという事。
だってあの子は――」
マナとの会話を終えて、次はベルに話しかける事にした。
彼女はさっきから近くに生えている植物を刈り取り、それをカゴに入れるという行為を続けている。
「これは……たぶん……」
随分と熱心に集めていて、かなり近づいているのに僕に一切気づいていない。
食事用か、医療用か、はたまたベルの個人的なおやつだろうか。
適当な推測をしつつ観察していると、ベルは唐突に手に持っている植物にかじりついた。
しかも葉っぱとかそんなんじゃねえ、土の付いた根っこごといきやがった。
「ちょ、ちょっと待て!」
「ん?」
すぐに声を掛けたが、時すでに遅し。
ベルは「ゴクン」と音を立ててそれを吞み込んでしまった。
「何やってんだ、腹壊すぞ」
「毒は無いし大丈夫。おいしいよ」
「いや、せめて洗ってくれよ」
「でも、採れたてが一番おいしいんだもん」
「採れたてが過ぎるだろ……」
アメリとは別ベクトルでこのベルという魔物も思考が読めない。
でも、ある側面では独創的とも……言えるのか?
「もう行くの?」
僕の困惑をよそにベルが別の話を振ってくる。
このマイペースすぎる会話も最近はちょっとずつ慣れてきた。
「ああ……ベルはやっぱり来ないのか?」
「私は村に残る。モモカに残って欲しいって言われたから」
モモカはベルに尊敬の念を抱いている。
だから彼女もベルから魔法を習って、早く同じ場所に立ちたいのだろう。
ベルの回復魔法は確かに便利だ。
それを使える者が増えるのも僕としても望ましい。
何ならもっと増やしてほしいぐらいだ。
「主様ー、そろそろ行きましょー」
村の入り口に立っているムサシが僕を呼んだ。
「じゃあ、もう行くから」
「うん、頑張って」
小さく手を振って見送るベルに、僕も手を振り返す。
後ろ髪を引かれる思いで、僕は村に背を向けた。
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力の魔王が治める町。
そこにあるなんの変哲もない宿。
その一室に、奇妙な二人組がいた。
「うーん、この果物もおいしい!」
一人はベットを占領し、幾つかの果物を食べ比べしている若い女性。
一見すると観光に来ている都会育ちの少女の様にも見えるが、引き締まった腕と立てかけている剣が只者ではない事を物語っている。
「……」
もう一人は椅子に腰掛け、紙にカリカリと音を立ててせわしく何かを書き綴っている男。
女性の独り言を無視してただ目の前の物事に集中する様は、まさに真面目そのものである。
「君も一緒に食べようよ。勇者クン」
男はその一言で手を止めて女性を見た。
だが、それは誘いに乗ったからでは無かった。
「俺は勇者では無い、勇者候補だ。
それを履き違えるな」
「はいはいごめんね、序列二十位クン」
「まったく……何故他の勇者候補ではなく冒険者の、しかもお前の様な誠実さの欠片もない奴なのだ」
魔物の世界に冒険者という職業は存在しない。
似たような組織、職業ならあるがそれを「冒険者」と呼ぶ魔物はいない。
当然ながら勇者を自称する魔物もない。
勇者はほとんどの魔物にとって天敵であり、忌むべき存在なのだ。
ではこの二人は魔物では無く、人間なのか?
その答えは是である。
男の名はジョセフ・ガスコイン。
勇者候補序列二十位の……言ってしまえば勇者になれる権利を持つ者の中で最も弱く実績の無い男である。
しかし、それはジョセフの戦闘能力が弱いという訳では無く、勇者および勇者候補として数えられる人間達が化け物揃いなため相対的に弱く見えるというだけである。
もう一人の名はルイ・サシダ。
Aランク冒険者であり、五年前にこの世界に転生した自由転生者でもある。
特異転生者ほどでは無いが戦闘力はジョセフとも引けを取らず、スキルポイントを多面的に振っている為、オールラウンダーとして期待されている。
「ねえ、私達の仕事って新しい魔王を調査する事だよね」
「その通りだ」
「じゃあ、もう終わってるじゃん。
通称は力の魔王で、名前はヌイコ。
私達程度じゃスクロールコピーが通じないぐらい強くて、レベルもスキルも不明。
他になんか調べられる事ある?」
「だからといって勝手に帰るわけにもいかないだろう。
帰還命令が出るまでは残るぞ」
その言葉にルイは大きくため息をついた。
「はぁ……またクレープ食べたいなあ」
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村から歩いて数日、ようやく魔王がいる町に着いた。
アメリから聞いてはいたが、やはり魔物の町も人間のそれと対して変わっていない。
家があって、店があって、道が整備されている。
そしてこの町の象徴である闘技場は、ここからでも十分見える程に巨大だった。
ひとまず宿でも借りようと思ったが、やはり魔物の世界にも金は必要。
というわけで、僕は今素材等を買い取ってくれる店にいる。
「なるほど、人間が使ってる硬貨か……ふむふむ」
毛深い店主のおっちゃんが、僕が渡した金貨を回しながら覗き込むように細部を見る。
そして、独りでに頷くと、僕の方を見た。
「欠けた部分も、目立った傷も無いし、かなり状態が良い。
これならマニアにも高く売れそうだ。
ウチなら五百キラで買い取るが、どうだ?」
「じゃあ、それで」
店主は近くの袋から幾つか宝石を取り出して、カウンターに置いた。
色はまちまちだが、全てこぶし大の大きさだ。
どうやら魔物の世界では通貨の価値を宝石の大きさで決めているらしい。
「そういえば、アンタらは何が目的でこの町に来たんだ?」
「観光が二割、腕試しが八割かな。出来れば魔王様とも戦ってみたいね」
「そうか。まあ、いちおう応援してやるよ」
換金したお金で部屋を借りた後、僕は宿屋に併設されている訓練場に立ち寄った。
だが、付いてきたのはムサシだけ。
アメリには町に関する調査をしてもらって、ジュードは……市場調査とか言って勝手にどっかにいってしまった。
多分あいつにも考えがあるっぽいし、あんまり束縛させたく無いのではした金だけ渡して自由にさせた。
「ムサシ、『自戒』のスキルは獲得しているよな」
「はい、昨日主様に言われていたので」
「じゃあそのスキルを発動したまま素振りを千回やってくれ」
「え?」
ムサシの表情が「主様の命令なら何でも聞く」から「何言ってんだこいつ」に変わる。
「まあ言わんとすることは分かる、僕も半信半疑だからね。
でも、神の書庫によればこの方法で新しいスキルを解放出来るはずなんだよ。
だから一旦やってみてくれ」
「は、はあ……一、二、三……」
疑問の表情を残しながらも、ムサシは僕の言った事に従った。
神の書庫で思い出したが、あそこには魔人族の進化について書かれている本もあった。
いずれはムサシの進化先について彼と議論しないといけないだろうな。
「さて、僕も地道な努力でもしますかね」
あの日から僕は、龍人化をして体力の限界まで何らかの運動をする、というのを毎日続けている。
理由は単純、これを続ける事で龍人になれる時間が着実に伸びるのだ。
最初は五秒やそこらだったが、今では十秒まで戦闘が出来るようになった。
ただ龍人になるだけなら十分は持つ。
そういうわけで、今日は龍人状態でカッコいいキックをする練習だ……十秒だけ。
「うおおおお! ドラゴンキック! ドラゴンキック!」
どうせここには僕とムサシ以外誰もいないんだ。
これまでの分も含めて思いっ切り叫ぼう。
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ドラゴンキックが出来なくなったので、闘技場を見学する事にした。
見学料は取られたがかなり安かった。
観客席に上がるとそこは想像どうりの光景が広がっていた。
中央で二人の男が戦い、それを観客が野次を飛ばしながら観戦する。
そして、僕は闘技場の中でも特に豪華な席にいる一人の男に目を付けた。
明らかに他よりも優遇されているその男は、椅子にふんぞり返って品定めをするかの様に試合を見ていた。
見た目は二十代の人間の男に似ているが、頭にある四本の角が魔物であることを物語っている。
上半身にはマントしか付けてないので嫌でも引き締まった筋肉が目に付く。
目標はあの男で間違いないな。
「あれが、力の魔王ヌイコ・ジュラグか」