第29話 一つの物語が終わる
『神の書庫』
それは幾つもの情報が集積された、現実には存在しない本と棚で埋め尽くされた精神的世界。
と、たまたま手に取った本に書いてあった。
どうやらここは一種の白昼夢というか、VR空間というか、世界の裏側的な場所らしい。
僕としては図書館の印象が強いかな、窓は無いけど机と椅子があるし。
ここにある本にはこの世界に関する様々な情報が載っている……いやむしろ載りすぎている。
全ての魔物の種類と進化条件、全てのスキルと解放条件、何なら全ての特異転生者の専用スキルまであった。
流石に多すぎだろ……グロ動画のモザイクの先とかゲームの無限増殖バグみたいな、やってはいけないことをした罪悪感みたいなものがある。
ただまあ、本当に何でも情報が得られるってワケじゃない。
今の情勢とか未来の事とか特異転生者の現在地とかは全く無い。
やっぱり、あくまでも世界というシステムの説明書という事なのだろう。
因みに、この空間で一億秒が経過してやっと現実世界で一秒経つぐらいここは時間の流れが遅いらしい。
念じれば簡単に来れるし、単純に考え事をする時とかにもここを利用させてもらおう。
っとこの空間については大体分かったし、色々と魔物についても知れたからもう良いだろう。
それじゃ、あっちに帰るか。
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「主様、手袋を投げて決闘なんて今時キザっぽいですよ」
帰ってきて早々にムサシから文句つけられた。
「カッコつけたいのは分かりますが意図が掴めません。
何がしたいんですか」
「君、メッチャ否定するやん」
ちょっとだけ傷ついた。
が、すぐに立ち直り、説明をする為に自分の姿を龍人に変える。
「ちょっとこの状態の強さを確認したくてさ、取り敢えず誰かと手合わせしたいんだよね」
「なるほど、承知しました」
ムサシはいつものように構えを取り、戦闘態勢に入る。
僕もそれに応える為に構えようとしたが、自分なりの構えが無かったのでなんとなく自然体で臨んだ。
「手加減は必要無いからね」
最初に仕掛けたのは僕。
右手に自身の魔力を集めて、火球の要領で魂属性の魔力の球を作る。
そしてムサシに向けて放ったが、彼はそれを皮一枚で避けて一瞬で距離を縮めた。
そのままムサシは剣を振り下ろす。
そして、鈍い音が響いた後に彼は二回驚いた。
最初に僕が避けると思って全力で振るったのに、僕は手の甲で受け止めたから。
次に僕の手が分断される事は無く、一切のダメージを受けずに剣を止めたから。
「硬っ!」
「おお、すげえ」
ムサシは分が悪いのを察して後ろに飛んだ。
だが僕はそんな彼の横を通り抜けて後ろに回る。
「いきなり後ろに現れるのは強キャラの特権ってね」
「うおっ! いつの間に!」
そのまま後ろから殴ろうかと思ったが、その前に僕の身体が限界を迎えた。
やはり龍人の時は大量のエネルギーを消費するらしく、龍人化が解除されると同時に僕は前のめりに倒れた。
「ぐへぇ、もう動けね」
「主様、大丈夫ですか?」
「うん、少し休んだら歩けると思う」
龍人化。圧倒的な能力を使用出来るが、その使用時間が極めて短い。
龍人状態の維持は四、五秒が限界。
戦闘のような激しい運動をしなければもう少し長く維持できるが、それでも五分……いや三分も持たないだろう。
効率が悪すぎて戦闘には全く使えない、俗に言うロマン砲だ。
けど、今の所僕にとって最大の自衛手段だから何とか使えるようにしないと。
「考え事をしてたらハラ減ってきた。ムサシ、やっぱりおぶってくれ」
「……分かりました」
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昼食を食べ終え、僕はマナから「魔道具」という物を教えてもらっていた。
魔道具とは簡単に言えば魔法を道具として落とし込んだ物体の事で、秘宝の下位互換らしい。
僕が持っているジェムのような攻撃用の物や、他にも設置型の物とか色々な種類があるようだ。
「魔道具の製作を職業にしている人たちは錬金術師って呼ばれていて、なんでも作れるの。
貴方もいつかきっと必要になるわよ」
「なんでも作れるって?」
「文字通りなんでもよ。その人の才能や能力によって左右されるけど、例えば敵の侵入を防ぐ防護壁とか、致命傷を一度だけ無しにするペンダントとか、あと経験値稼ぎができる召喚用の魔法陣とかあるわね」
特に大昔なんかでは戦争が活発化していて、魔道具や秘宝をいくつ持っているかによって勝敗が分かれる事が多かったとか。
「錬金術師、か……」
「おや、コウさん錬金術師に興味がありますか?」
村長がしれっと話に混ざってきた。
何だか錬金術師を知っているような口ぶりだが、それよりも気になるのが……
「村長、木刀なんて持ってどうしたんだ?」
「ムサシさんに稽古をつけたいと思いましてね。
こうみえても私、昔は冒険者としてそこそこ活躍してたんですよ」
そういえば村の人間たちから何度か村長に関する噂話を聞いたことがある。
何でも、昔はSランク冒険者だったとか、剣聖のオスカーとして敬われていたとか、魔王と戦って負傷した際に冒険者を辞めたとか。
まあ、いくつか眉唾物の話があるが。
「えっと、話を戻そう。村長、錬金術師に知り合いがいるのか?」
「ええ、冒険者時代の旧友に。既に錬金術師としての第一線は退いていますが、私に恩を感じているようなのでもしかしたら来てくれるかもしれません」
「なら呼んできてくれ。別に落ち着いてからで良いし、駄目だったら駄目だったでいいから」
「ええ、分かりました」
こうして僕と村長の話は終わった。
因みに、この後数日間に渡ってムサシが村長によってボコボコにされ、毎日のように顔や手が腫れ上がる事になるのはまた別の話。
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あれから数日、村にシルヴァやガルル達も集めて再び会議を開いた。
いいかげん会議会議と呼び続けるのもいやだし、そろそろ名前をつけたいんだよな。
「では会議を始めましょう。司会進行役は私、ネリーが行います。
まずはヨーム様、前回の会議で提案した道の整備について報告を」
「は、はい。整備については順調に進み、つい先日に完了しました。
これで今まで以上に物質の輸送や村の行き来が便利になるはずです」
ヨーム、ちょっと緊張してる?
無理もないか、ここに来る前はただの獣人族の村人として暮らしていたらしいし。
因みにこの計画はヨームとジュードが合同で提案したものだが、総責任者をヨーム、現場監督をジュードにしたらしい。
「ジュード、君の方から報告はあるかい?」
「いや、特には。揉め事や怪我も無く、本当に順調すぎるほどでした」
僕の問いかけに応えるのはジュードでは無く、彼の腹話術人形であるパンデモン。
毎回口調が変わるのは、設定が固まっていないからか?
「でも魔物とかに何回かは出くわしたんじゃないか?」
「ええ、でも魔人族の人たちが追い払ってくれたので大事には至りませんでした」
まあ、元々魔人族は全員が戦士の素質を持っているらしいし、魔物と戦うぐらい日常茶飯事なのかもな。
「では続いてアメリ様、まずはいきさつの説明からお願いします」
「あ、あのネリー様、私程度に対して敬称は必要無いですからね」
「畏まりました。善処します」
「……えー、私はボスの命令により力の魔王様の本拠地を調査しておりました。
本拠地と言ってもお城の様な感じではなく、町のような感じでしたけどね」
ラハブとの約束を果たして能力を受け取った今、次にやるべきはこの辺り一帯を統べる力の魔王を手中に収めること。
つまり、国づくりに向けて本格的に動くという事だ。
「力の魔王様はその名が表すように力比べが好きらしく、彼が治める町では中心部に闘技場があります。
そして闘技場では毎日大会が開かれ、さまざまな猛者達が自らの力を競っています。
優勝すれば力の魔王様への挑戦権と幹部待遇が貰えるらしいですよ」
「なるほど、バトルして友情育む系のあれね」
力の魔王は魔人族らしいし、やっぱり力こそパワーの純粋な脳筋なのかな。
個人的にはこういうバトル漫画的展開で仲間に出来るのはすごく良い。
「ねえコウ、もしかして貴方、魔王と戦うの?」
「うん、そうだけど」
「いやいやいや、絶対ムリでしょ。もう少し待ちなさいよ」
「ま、ムリだったらその時はその時で」
別にゲームみたいに絶対勝たなきゃいけない戦いでもない。
負けたら逃げて、別の戦い方を模索すればいいんだ。
「とにかく、近いうちに魔王の本拠地に行く。これは決定事項だ」
ここまで言えば僕の本気度が伝わっただろう。
面倒ごとというのは、早め早めに済ませた方がいいはずだ。
「力の魔王、どんな奴か楽しみだ」
次回、新章「Pride or Scout編」突入