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第27話 転生者、早乙女真奈 その2

 ある日、帝国ディスクリンドにて身元不明の少女が保護された。

 その少女は帝国の中でも特に地位の高い大臣によって引き取られ、厳しく躾けられた。

 少女は要領が良く、特に魔法の分野は同年代の誰よりも優れていた。

 故に彼女は様々な人に褒められ、頼られた。


 しかし、少女の心が満たされた瞬間は一度も無かった。

 少女自身もそれは分かっていた、だがその理由までは分からなかったのだ。

 いつしか少女は成熟し、大人と同等の扱いを受けるようになった。

 彼女は特別だった。特別な扱いを受け特別な仕事を任される、それこそ彼女が望んだ未来。

 それでも彼女の心は満たさないまま、歪なままであった。


 少女の名は早乙女真奈。

 人類が発見した、二番目の特異転生者である。




 ーーーーーーーー




 村から少し離れた場所にある、小さな石のオブジェクト。

 それに僕は花を供えて手を合わせた。

 この世界では一般的では無いと思うが、見る人が見ればすぐにこの行為がお墓参りだと分かるだろう。


「時間の合間を縫ってわざわざ僕が墓を作ってやったんだ。

 嬉しいだろう?」


 …………

 向こうからの言葉は返ってこない。

 当然だ。普通に考えて死んだ人間がこんな所にいるはずが無い。

 でも、ちょっとだけ期待した。せめて最後に一言だけ言ってくれればと。


「ずっと……謝りたかったんだ、二人を死なせてしまった事を。

 やり方はいくらでもあった。死を遠ざける方法もあの男から逃れる方法もあったはずなんだ。

 でも、僕はそれを選ぶことをしなかった。本当に、ごめん」


 …………

 やはり彼らからの返答は無かった。


「……もう行くよ。まだやらなきゃいけない事も沢山あるし、客人もいるから。

 じゃあ、また来るね」


 僕は振り返って村に戻ろうとした。

 だが僕の足は一歩だけ前に進んで止まってしまう。

 何故なら、僕の前にマナが立ちふさがっていたからだ。


「やあ、もう起きてたんだね。こんな物を見ても面白くないと思うけど?」

「いえ、その……そのお墓は、貴方の仲間の?」

「ああ、この世界に来て初めて会った冒険者でね、少し前まで一緒に行動していたんだ」

「そう……なんだ」


 何だかめちゃくちゃ気まずい。

 この状況で和やかに談笑できないのは当然だが、さすがにここまで気まずいのは何とかしたい。


「そうだ、村は見てきたか?」

「ええ、みんな貴方のことを心から尊敬している感じだったわ」

「そっか。それは嬉しいけど、ちょっとだけ苦しいな」

「苦しい? なんで?」

「僕は、普通の人間だからさ」




 ーーーーーーーー




 どういう事? なんでコウは自分の事を普通だと思ってるの?


「貴方は特異転生者だし、それを抜きにしても特別な存在でしょ?」

「そうだね、みんなそう思っているし、僕もそうありたいと思ってる。

 でも、だからこそ僕は普通なんだよ。

 強くもないし、出来るのは上から指図を飛ばすだけ。

 もしそんな事ですら出来なくなったら、きっと僕は失望される。

 だから、僕にとって信頼されるっていうのは凄く嬉しい事だけど、同時にちょっぴりだけ怖い事なんだ」


 ベルが言っていた「コウの悩み事」とはきっとこのことね。

 確かに、この内容は村の人達に話しずらいわよね。


「こんな事を誰かに話したのは初めてだよ。

 あ、ちなみにこの話は秘密にしてくれ、配下にはかっこいい姿を見せたいからね」

「……貴方はその悩みをずっと独りで抱えていくの?」

「まあ、そうだね。でもこういう点も含めて上に立つ者の責務って事だよ」


 そう言う彼の顔は、私には少し寂しい様に思える。

 だからだろう、私は彼の頭に自然と手を伸ばしていた。


「えっと、マナ? どうしたの、いきなり頭を撫でてきて」

「慰めてあげてるのよ。いいこと、貴方は悩みを抱え込む性格だからつらい事があったらすぐに周りに相談しなさい」

「忠告感謝するよ、でも――」

「でもじゃない! 仲間が貴方を信頼しているなら、貴方も仲間を信じて相談しなさい」


 私の言葉で彼はハッとしたように目を見開いた。


「……そうだな、ありがとう。しっかり覚えておくよ」

「フン、感謝なんていらないわ。それより、さっさと戻りましょう」




 コウと村に戻ると、中央らへんで鍋を使って何かを作っているのが見えた。

 そういえば、そろそろランチの時間ね。


「マナ様、少々よろしいでしょうか」

「えっと、貴方はネリー、よね?」

「はい、覚えてくださり光栄です」


 改めて考えると、この人はすごく礼儀正しい。

 あのコウから創られたとは思えないほどね。


「あと少しで食事が出来ますので、そちらでお待ちください」

「え? 食べていいの?」

「はい。貴方は大事な客人ですので、遠慮する必要はありません。

 どうぞ自分の家だと思っておくつろぎください」

「コウから聞いているでしょう?

 私は特異転生者で、きのう貴方達の主を倒そうとしたのよ?」

「もちろん存じ上げております。ですが、昨日の敵は今日の友。

 そんな事にずっと腹を立てるというのは非効率的です」


 ベルと話している時も思ったけど、彼女たちと話していると奇妙な感覚に陥る。

 まるで身体の内側から来るような、くすぐったい感覚。


「マナ、スープを取ってきたよ。そこに座って食べよう」


 どうやら私は少しボーっとしていたらしい。

 いつの間にかコウが私の分を取ってきていた。


「ご、ごめんなさい。頂くわ」


 私はスプーンで食べ物を掬い、それを口に運んだ。

 そして一口食べた瞬間、私の中に温かいものが広がった。


「どう、口に合う?」

「……おいしい」


 私はこれまで帝国でいくつもの料理を食べてきた。

 このスープよりもずっと素材に拘って、ずっと高度な調理をした料理を。

 でも、今食べたこのスープは、これまで食べてきたどんな料理よりもずっと満足感があった。

 とても不思議だったけど、すぐにその理由が分かった。


 私は特異転生者、だから帝国では常に特別な扱いを受けていた。

 でも、それは英雄のような華々しいものではなく、兵器や悪魔のような恐れられ敬われる存在だった。


 だけどこの場所は違う。

 私を特異転生者でも敵でもなく、『私』として受け入れてくれる。


 その事に気付くと、私の目から涙がこぼれた。


「……なさい、ごめんなさい」


 私は子供の様に泣きじゃくりながらこれまでの非礼を謝罪した。

 帝国によって植え付けられた『魔物は悪』という考えは、既に無い。


 もはや私に、彼らを憎む理由は無かった。




 ーーーーーーーー




 日が落ちて村にいる殆どの者が寝静まった頃、私はコウに連れられて教会の屋根に登った。

 どうやら彼は私に星を見せたいらしい。


「どうだ、この満天の星空! 今日は新月だから特に良く見えるぞ!」

「へえ、確かにすごいわね……けど、他の人も誘わなくて良かったの?」

「夜は出来る事が限られるから、みんなすぐ寝ちゃうんだよ。

 だから、『睡眠耐性』のスキルを持ってるマナぐらいしか誘う相手がいなかったってワケ」


 それからは特に会話をせず、しばらくの間私たちはただ星だけを見ていた。

 ただ上を向いているだけなのに、なぜか心臓の鼓動が高鳴る。


「マナは、なにか将来の目標みたいなのってある?」

「……昔はあったけど、もう達成しちゃったから今は無いわね」

「そっか」

「逆に貴方はあるの?」

「僕は正直、ベルやムサシ達と平和に暮らせればそれでいい。

 でも今の所それが難しいっぽいし、ひとまず人間と魔物が共存する国を創るよ」

「国を創る? それはまた星を掴むような話ね」

「そうだね」


 コウはそこまで言うと、私の方に顔を向けた。

 彼の目は空の光を反射し、爛々と輝いていた。


「君はこの後どうする? 帝国に戻るか、それとも別の道を歩むか」

「……帝国に戻るのが正解、だと思う。でも」


 私には帝国に残してきた物は無い。

 友人や親しい人はいないし、私を育ててくれた人も去年病気で亡くなってしまった。


 少し考えた後、再びコウの顔を見てようやく決心した。


「ここに残るわ、貴方の仲間になってあげる」

「え、マジ? いいの?」

「マジよ。もう帝国に戻る理由も無いもの」


 コウはそこまで聞くと、更に目を輝かせて私の手を握ってきた。


「ありがとう! マナ、君がいれば百人力だ!」

「ちょっと、いきなり乙女の柔肌に触れるんじゃないわよ」

「ああ、ごめん! 興奮しちゃって」


 まったく、怒ったり悲しんだり喜んだり、調子のいいヤツね。

 でも、もしかしたら私は彼のそういう所に魅かれたのかもしれない。


「これからよろしくね、コウ」

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