第26話 転生者、早乙女真奈 その1
目を開けた時、私がいたのはどこか懐かしい家だった。
その中でも特に目を引いたのは、テレビに映るアニメ。
そして、それをじっと見つめる髪の長い小さな女の子。
間違いない、これは過去の記憶、それを私が俯瞰して見ているんだ。
あのアニメは「魔法少女 マジカル★メアリー」今映っているのは、第13話の主人公のメアリーとそのライバルが激しい戦闘をするシーン。
一番好きなアニメの一番好きなシーン、忘れるはずが無い。
目の前にいる過去の幼い私はきらきらと目を輝かせてアニメを見ている。
そういえば、この時の私は夢を持っていた。
このアニメの主人公みたいに魔法少女になる夢、どこまでも子供っぽくて希望に満ち溢れた夢。
確か、この時の私はまだ5歳だっけ。
楽しかったなあ……お友達がたくさんいて、皆で夢を共有する事ができたんだから。
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私が瞬きをすると、急に場面が変わった。
目の前には、三人の女の子がいた。
視界の左側には過去の私が、右側には尻もちをついて過去の私を睨む誰かが、そして真ん中にはそんな二人を交互に見て困惑している別の誰かがいた。
思い出した。これは私が小学校二年生の時の、学校から帰っている時の光景。
私は、何故かあの子を突き飛ばしてしまったんだ。
あの二人、名前はもう憶えてないけど、よく登下校を一緒にしていた程の親しい友人だったのは憶えてる。
この日も、一緒に色んな話をしながら家に帰っている途中だった。
その中で、将来の夢についての話題が出た。
私は一番乗りで言った、「魔法少女」と。
私は自分の夢がとても誇らしかったけど、あの子達にはそうでも無かったみたい。
彼女らは口々に言った、「小学生にもなってそれが夢だと他の子に笑われる」「もっと別の夢や、やりたいことを見つけるべき」と。
あの時の私は、いくつもの複雑な感情が混ざり合って、いくつもの考えが頭に浮かんだっけ。
でも、なんであの子を突き飛ばしたのかは今でもよく分からない。
悔しかったのか、怒っていたのか、恥ずかしかったのか、それも分からない。
あの時の事を思い返していると、この空間に変化が起きる。
過去の私が突発的に走り始めたのだ。
なんで走ったのかは分かる、あの子に対する罪悪感から逃げたかったからだ。
私はあの時、ただ一心不乱に走った。
だから気付けなかった。信号が赤だった事、すぐ近くまで車が来ていた事。
ああ、思い出した。
私はこの時、異世界転生をしたんだ。
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私はまったく見覚えが無いベットの上で目を覚ました。
少なくとも、私の身体は無傷でこれといった問題は無い。
そしてすぐ近くに私の杖がある。
これなら、今すぐにでもここから逃げ出せそうね。
「あ、起きた?」
現状の確認が終わるとほぼ同時に、ドアを開けて誰かが入って来た。
忘れもしない、コイツはあの虫のような魔物だ。
「ここはどこ? 貴方はだれ? 答えなさい」
杖を奴に向けて、殺気を言葉に込めながら質問をする。
帝国で学んだ事がこんな時に役に立つなんて。
「ここは君が来たがっていた村。私はベル。よろしくね」
ベルと名乗った魔物は私を警戒していないようだ。
いや、そもそも私を監視する者すらいなかった。
彼らは、あの男は何を考えているの?
「今日はいい天気だし、外に出ない? 歩いた方がいいよ」
「余計なお世話、というか貴方はなんでそんなにも冷静なの?
私は一瞬で貴方を殺す事が出来るのよ」
私がハッキリと「殺す」と言っても奴の顔は恐れを持たない。
ただ不思議そうに首を傾げただけ。
「私を殺す?」
「ええ、そう言ったの」
「……ほんと?」
奴の口調は、まるで噓を指摘するかの様だった。
その事に対して困惑していると、奴の方から私に近づいてきた。
「もし君が本当に私を殺す気なら、とっくにそうしていた。
でも、今この瞬間も君は行動する素振りが無い。つまり……」
奴が杖の半歩先まで来ると、そこで歩みを止めた。
「君はもう魔物への殺意は無いし、対話したいとも考えている。そうでしょ?」
その言葉を聞いて、私はようやく杖を下ろした。
彼女は私が隠していた本心を完全に見抜いていたのだ。
「……疑惑を全てなくした訳じゃないから」
「うん、それでいい。コウならきっとそう言うよ」
ベルに連れられて建物の外に出ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
人間と獣人族が楽しそうに雑談をしたり、作業をしたりする光景。
もちろん予想はしていたが、こうして実際に見るとやはり驚いてしまう。
「私は行かなきゃならない場所があるから、後は好きに見ていって」
ベルはそれだけを言うと、フラフラと何処かに向かって行った。
そして、入れ替えるように一人の女性が私に話しかけてきた。
「おや、お目覚めですか。転生者様」
その人は長く尖った耳が特徴的で、神秘的な雰囲気を纏っている。
まさかエルフ? なんで村にいるの?
「お初にお目にかかります、私はエルフのネリー。
我らが主、コウ様に仕える者です」
「私はマナ。……もしかして貴方、コウのスキルで創られた従者?」
「はい、推察の通り、私は主様によって創られた二人目の従者です」
やっぱりね、エルフは人や魔物から離れて森の奥深くで暮らす種族。
普通、こんな所にいるわけ無いもの。
「貴方の事情は主様から聞いております。
村の者たちには、道に迷った一介の冒険者として説明しました」
「そう、ところでコウはどこ? 話がしたいんだけど」
「主様は村の外にいます。
重要な用事のようなので、戻るまでもう少しかかるかと」
ネリーはこの間、いっさい表情を変えていない。
機械的ではあるが、この人の口調の節々から人間味と、コウに対する敬愛を感じる。
だからこそ、私の頭に一つの疑問が浮かんだ。
「ねえ、貴方はコウの事をどう思ってるの?」
「……それは難しい質問ですね」
ネリーは顎に手を置いて、空を見ている。
コウを褒め称えるような言葉を出すかと思ったけど、そうではないようね。
「私や主様によって創られた従者はみな、主様の記憶の大半を渡されています。
なので、どうしても客観的な意見を出しずらいのです。
……ですが少なくとも私は、あの方を深い考えを持つ方だと評価しています」
「深い考え……理解できなくはないけど」
「貴方はどう思いますか? アメリ」
私はその直後に、ようやく真横に人が立っていたことに気が付いた。
10歳か9歳程の見た目の少女、単純に小柄だからかもしれないが、ネリーが目線を変えるまで全く気配を感じなかった。
この子も尖った耳、エルフかしら。
でも、この感じ……もしかして――
「ボスについて話してたんですよね」
「ええ、貴方は主様をどう思っていますか?」
「そうですね、とても面白い人だと思います。
ひょうきんな人、という意味でもありますし、
何をしでかすか予想がつかないから面白い、という意味でもありますね」
ネリーとアメリと呼ばれた少女の感想は、一見すると対立しているように思える。
でも、私はその両方にほんの少しだけ共感できる気がした。
「私やアメリだけではなく、他の人にも聞いてみてはいかがでしょう。
例えば、あちらの二人などは」
ネリーは他の人とは少し離れた場所にいる二人をさした。
私も今すぐにやりたいこともないし、彼女の言葉に従うのも良いかもしれない。
ネリーがさした二人はとても個性的な雰囲気だった。
一人は陰気な深緑色の長い髪の獣人族。
もう一人は弓を携えた恐らく魔人族の男。
素直だが戦闘力の低い獣人族と、プライドが高いが恵まれた肉体を持つ魔人族。
その二つの種族が対等に話す光景なんて初めて見た。
「それでモエギ、威力を上げる魔法ってのはどう使うんだ?」
「あっ、えっと、まず矢を握って、それで、なんかこう、グーって体内に広がるフワフワした感じの力を一点に込めてください」
「こ、こうか?」
「あっ、いえ、グランさんのはグワーって感じなのでもっと……」
もしかしてだけど、あれって魔法を教えている最中?
あの女の子、いくらなんでも教えるの下手すぎでしょ。
「擬音と感覚に頼っていたら、出来るものも出来ないわよ」
自然と身体が動き、魔物である二人の会話に割り込む。
さすがに酷すぎて見るに堪えなかった。
あの二人は魔法の才能に差が開き過ぎている。
獣人族の方は体内の魔力を感覚で分かっているので、魔法の才能は上の下か、上の中あたり。
魔人族の方は一般人以下、才能はせいぜい下の上あたりね。
「まず最初に魔力を感じる所から始めないと駄目ね。
それが出来なきゃ、魔法なんて使えないわ」
「どうすれば魔力を感じる事ができるんだ?」
「自分の身体に意識を集中させて、魔力の流れを感じ取るの。
今日中は無理だろうから、毎日やりなさい。
貴方のようなタイプは最低でも二週間はかかるわ」
魔人族の男は少しだけ落ち込んだが、すぐにやる気を取り戻した。
まあ、才能がまったく無い者は一生かかっても無理なんだけど。
「それと獣人族の貴方、人に何かを教える時は相手がどのレベルまで出来るかを考えながら言葉を選びなさい」
「わ、分かりました。気を付けます」
この獣人族、モエギって呼ばれていたわね。
陰気だけど素直で真面目なそうだし、あまり嫌いじゃないわ。
「ねえ、ところで貴方達はコウをどう思ってる?」
私の問いかけに二人は一瞬だけキョトンとしたが、すぐに口を開いた。
「あの方はすごく優しい人です。無能な私に名前をくださったり、信用してくれるんです。
コウ様の頼みなら私はいつでも命を張って戦えます」
「俺はあの人の指揮官としての能力にとても感心している。
恐らくあの人は、将来とんでもない名将になるだろうな」
彼らもコウを尊敬し、信頼しているようね。
でも、昨日の戦いを思い返してみると、たしかに彼の采配は見事だった。
名将になるというのは、あながち間違いでも無いのかも。
「マナ、コウのところに案内する。付いてきて」
いつの間にか戻ってきていたベルは、それだけを伝えるとまたフラフラと歩いて行った。
私の返事を聞かないのは絶対に付いてくると分かってるからかしら?
村の近くにある森の中、ベルと私はお互いに何も話さず歩いていた。
「私にとってコウは、誰よりも信頼できる人」
だが、その静寂を打ち破ってベルは話を始めた。
「コウは私を何度も窮地から救ってくれた。
だから彼を信頼してるし、役に立ちたいとも考えてる」
ベルのコウに対する信頼は、それまで話を聞いてきた人達とは重みが違う。
それが彼女の雰囲気と口調ですぐ分かった。
「でも、私は今のコウに何も出来ない」
「今の、ってどういうこと?」
「コウは今、すごく傷ついてる。私が行っても、それを癒すことは出来ない」
ベルはそこまで言うと、振り返って私を見た。
「この先を真っ直ぐに歩いたらコウがいる。
コウの所に行って話をして、彼の相談を聞いてあげて」
「なんで余所者の私に? 貴方じゃ駄目なの?」
「私達が行くと、きっと彼は悩みを隠して知らないふりをする。
だから、無関係の君にしか頼めない」
彼女の目から、悲しみが感じ取れる。
それだけ困窮していたんだろう。
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コウは森の中の、少し開けた場所にいた。
彼は私に背を向けて立っていたが、その体が昨日よりも小さく見えた。
コウの前に、積みあがった石が二つだけあった。
私は木の後ろに隠れて様子を窺った。
今話しかけるのは気が引けたからだ。
彼は消え入りそうなほど弱々しく言葉を吐いた。
「久しぶりだな、アントン、メルケル」